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母のお葬式が済んだ翌日。
朝から、やることリストがいっぱいでした。
 

夫も忌引の休みを延長してくれていたので、
滞在中に、役所での諸手続きを
済ませておきたいと思っていました。

 

 

まずは、お世話になった特養へ
荷物を引き取りに行きました。

 

荷物自体は後でもよかったのですが、
役所での手続きに必要な
医療保険証や介護保険証、障がい者手帳を
預かっていただいていたため、
そちらを先に受け取りに行くことにしました。

 

それともうひとつ、
昨年から担当してくださっていた方へ
ごあいさつをしたいと思っていました。

 

担当さんが変わってからは、
こまめに連絡をいただき、
母の様子がとてもよくわかるようになっていました。

 

面会のたびに、なぜかタイミングが合わず、
一度もお会いできないままだったことが、
心残りでもありました。

 

そのことを、
介護保険証などの受け取りの件とあわせて伝えると、
やはりこの日もタイミングが合わず、
夜勤明けになるとのことでした。

 

電話対応してくださったのは副施設長の方で、
勤務中にはなるけれど、
「9時前に来ていただければ時間を調整しますよ」と
言ってくださいました。

 

そんなわけで、朝一番で伺うことにしました。

 

宿泊したホテルからの風景

 

 

施設に到着し、事務の方にその旨を伝えると、
内線で呼び出していただきました。

そして、担当さんに、
やっとお会いすることができました。

 

 

はじめましてのはずなのに、
ずっと前から知っているような、
そんな不思議な感覚でした。

 


母は介護度が高いこともあり、
大変なことも多々あったと思いますが、
昨年末の骨折の件に触れ、

「痛い思いをさせてしまいすみませんでした」と。

そして、
「娘さんやご家族のお話をされるときは、

とてもいい表情をされていましたよ」と、

話してくださいました。

 

朝のミーティングを終えた施設の方々も
声をかけてくださり、
入院して10日足らずでの急変だったことに、
とても驚かれている様子でした。

 

私自身も同じ気持ちでした。

 

 

ただ、母が本当に戻りたかったのは、
自宅だったのだと思います。

 

それでも、終の棲家となったこの場所も、
母にとって心地よい場所であったと信じたいです。

 

 

2月の末、
施設での最後の面会のとき、
母が初めて「家に帰りたい」と口にしたことが、
今も忘れられません。

 

そう思うと、涙が止まりませんでした。

 

それでも、
こちらでお世話になれたことは、
家族にとって大きな安心でもありました。

 

 

2年間という短い期間でしたが、
半身麻痺や高次脳機能障害、嚥下機能障害など、
さまざまな障害がある中で、

 

母らしく過ごせるように、
介護、看護、リハビリ、栄養と、
チームケアで関わっていただき、
あたたかく支えていただきました。
 

特に、入退所に関わる相談員さんには、
入所を申し込んだ時からお世話になり、
私たちにとって安心できる存在でした。

 

いつか訪れる退所の時が、
こんなにも早く訪れるとは思っていなかったので…


その感謝の気持ちを、
泣かずに伝えたいと思っていたのですが、
こみ上げる思いを抑えきれず、
涙ながらにお伝えしました。

 

担当さんも勤務中に時間をつくってくださっていたこともあり、
施設に滞在したのは20分ほどでした。
 

短い時間でしたが、
とても濃い時間だったように感じています。

 

利用料金の支払いや、
まだ他にも荷物があるとのことだったため、
こちらは後日、改めて伺うことにしました。

 

 

このあと、市役所での手続きへ向かいましたが、
そのことはまた別でまとめたいと思います。

 


 

 

 

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在宅介護が始まるまでは意外とやることがいっぱい

母に現れていた脳梗塞の堅調な症状

脳梗塞は時間との闘い

 

 

最後までお読みくださりありがとうございます。

 

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母のお葬式は、生前の意志を尊重して、
火葬のみの「直葬」という形で見送りました。

 

直葬とは、通夜や告別式を行わず、
火葬のみで見送る葬儀の形です。


家族や近しい親族のみで行われ、
当日中にすべて終わるケースが多いとされています。

 

 

私自身、初めてのことばかりでしたが、
当日の流れをふり返りながら、
ポイントごとにまとめました。

 

 直葬の流れとポイント

・前日の過ごし方
・当日の朝の流れ
・斎場到着後の流れ
・納棺の流れ
・火葬場での流れ
・帰宅後の流れ
・支払いについて
・ふり返り

 

今回は少し長めの記事になりますが、
そのときに感じたことや

気づいた点も含めてまとめています。

 

これから直葬を考えている方の
参考になれば幸いです。

 

 

なお、この記事には、
葬儀や安置の様子の写真を一部掲載しています。
苦手な方は、この先の閲覧をご遠慮ください。


 

 

前日の過ごし方

母は、葬儀の前々日から、
斎場に安置されていました。

 

前日の夕方、
斎場に火葬場用のお茶とお菓子を持って行き、
「また明日ね」と声をかけて帰ろうとしたところ、
叔父や従妹、弟夫婦も、最後のあいさつに来てくれました。

 

みんな考えることは一緒なんだと感じました。

 

安置室での母
 

継父は、ひとりで過ごすことになりました。
人に合わせることがあまり得意ではないこともあり、
ひとりで気を遣わずに過ごせるよう、
私たちはホテルで宿泊することにしました。

 

 

長女から「前泊することにしたよ」と連絡があり、
前日でしたが同じ宿の予約が取れ、
一緒に温泉で過ごしました。

 

夕食に春のお花見プレートがつくプランでした。

 

慌ただしい中でも、
こうして長女家族で過ごす時間が持てたことで、
少し気持ちを整えることができたように思います。

 


※遠方の家族がいる場合は、前泊しておくと当日がスムーズです。

 

※家族の性格や関係性によっても負担が変わるため、

無理のない形を選ぶことが大切だと感じました。

 

当日の朝の流れ(チェックアウト〜実家へ)

葬儀当日は、娘家族より先にチェックアウトし、
途中のコンビニで注文していた軽食を受け取り、

実家へ向かいました。
 

この軽食は、

火葬場での待ち時間に備えて準備したものです。

 

※火葬中は1〜2時間ほど待つことが多いため、

軽く食べられるものを用意しておくと安心です。

 

※火葬場へはそれぞれマイカーで移動するため、

お酒の用意はしませんでした。

 

※マイクロバスなどで移動する場合は、

お酒を用意されているケースもあるようです。

 

斎場到着後の流れ

当日は、親族への案内時間より
少し早めに来てくださいとのことで、
30分前に継父と一緒に会場に到着しました。

image
少し大きめのホールを準備していただきました。

 

事務所に声をかけると、
葬儀担当や火葬場担当の方、運転手さんなど、
関わってくださるスタッフの方々が集まり、
順に自己紹介をしてくださいました。
 

火葬場担当のスタッフの方に軽食をお願いすると、
「前日にお預かりしていたお茶やお菓子も一緒に準備していますね」と、
声をかけてくださいました。

 

※複数のスタッフが連携して進めてくださるので安心感がありました。

 

納棺の準備と納棺師さんの対応

直葬プランでは、

家族で納棺を行う形を勧めていただきました。

 

納棺師さんがいらして、自己紹介を受けました。
映画『おくりびと』のイメージを持っていたのですが、
CAさんのようにとてもスタイリッシュな装いで、
最初は司会の方かと思ったほどでした。
 

母は病院からの着物のままだったため、
母らしい洋服を、上からかけるつもりで準備していました。
着替えさせてもらうことまでは、考えていませんでした。

 


納棺師さんは、母の身体を清めるため、一度席を外されました。
その際に

「このお洋服に着替えられますか?」と聞かれ、
「できれば…でも無理はしなくて大丈夫です」とお伝えしました。

 


image

式が始まる前の会場の様子

 


※納棺に立ち会えるかや着替えについては、

事前に相談しておくと安心です。

 

 

納棺の流れと気づいたこと(死後硬直について)

戻ってきた母は、

準備していた洋服に着替えていました。

 

その姿を見たとき、
一瞬、母がそこにいるかのように感じ、
現実とのギャップに、思わず涙があふれました。

 

納棺師さんからは、
「やわらいでいたので、合掌もできました」とお話がありました。

 

私は死後硬直がずっと続くものだと思っていましたが、
時間の経過とともにやわらぐことを、初めて知りました。

 

※こうした知識も、

実際に経験して初めて知ることが多いと感じました。

 

家族で行うケア(保湿・身支度)

時間の経過とともに乾燥が進むとのことで、
母の手足や爪、顔の保湿のために、
クリームやネイルオイルを、
叔母や娘、従妹、私といった女性が中心になって塗りました。

 

右手の爪だけチアノーゼの状態でしたが、
それすら今はやりのパープルネイルのようで、
母らしく、おしゃれに見えました♡

 

その後、
納棺師さんが髪を整え、
お化粧をしてくださり、
母の支度が整いました。

 

どこか、ちょっとおでかけするような雰囲気でした。

 

image

病院からいただいたメイクセット

病院では肌の色がきれいだったため使用せず、
そのまま持参しました。

 

※家族が直接関われる、かけがえのない時間でした。

 

棺への移動と旅支度

 

棺が運び込まれ、弟、叔父、娘婿、夫と、
男性を中心に母を棺へ移しました。
 

宗教的な儀式は行いませんでしたが、
冥途への旅支度として、
わらじ・すねあて・手甲・頭陀袋などは

みんなで身につけました。
 

このとき「結び目は縦結びで」と説明があり、
縦結びが縁起が悪いとされている理由を、
この年齢になって初めて実感しました。

 

棺に入れたもの(副葬品)

あらかじめ準備していた思い出の品や、
持たせたいものを棺に納めました。

 

脳梗塞で嚥下障害になってから、
食べられなかった刺身や肩焼きせんべい、
夫が用意したたばこ、
娘や孫たちは手紙などを入れました。

 

大好きだったケンタッキーフライドチキンは、
骨なしなら大丈夫とのことでしたが、
骨付きが好きだったため、あきらめました。

 

※副葬品は入れられるものに制限があるため、事前確認が必要です。

 

最後のお別れの時間

スタッフの方がお花を集めてくださり、
声をかけながら顔周りに手向けました。

 

最初は緊張していた孫たちも、
周りの大人の様子や雰囲気の中で、
少しずつ自然に参加するようになっていき、
母に触れたり、何度もお花を手向けてくれました。

その姿が、とても印象に残っています。

 

image

 

最後に一人ひとり声をかける時間がありましたが、
それぞれ言葉につまり、涙声になっていました。
 

約1時間ほどの時間でしたが、
家族みんなでゆっくりと過ごすことができた、
大切な時間でした。

 

※直葬でも、しっかりお別れの時間を持つことができました。

 

出棺と火葬場への移動ルート

出棺の際、位牌、遺影、骨壺、供花は、
家族や近しい親族がそれぞれ手に持ち、
参列者に一礼してから、各自の車に乗り込みました。

火葬場までは、

自宅前を通るルートにしていただきました。

 

本当はお世話になった施設にも寄りたかったのですが、
反対方向だったため断念しました。

 

※ルートの希望は相談できる場合があります。

 

火葬・収骨と解散

火葬場に到着すると、
すでに準備が整えられており、
炉の前で最後のお別れをしました。

 

淡々と進んでいく様子に、
少し流れ作業のような印象も受けました。

 

控室には、軽食や飲み物、
お菓子や果物がきれいに並べられていました。

 

その後は控室で1時間ほど、
軽食をつまみながら過ごし、
収骨を終えて現地で解散となりました。

 

納骨に必要な火葬許可証は、
遺骨と一緒に保管する形でした。

 

image

 


※納骨の際に必要になる大切な書類のため、

紛失しないよう注意が必要です。

 

帰宅後の流れ(祭壇と遺骨)

斎場を出る際、
骨壺は重さがあるため

男性が持った方がよいとのことで、
弟が持ってくれました。
 

そのまま弟が自宅まで運んでくれ、
帰宅後は、後飾り祭壇に遺骨を納めました。

 

 

祭壇は、母を斎場へ移動するために迎えに来ていただいた際、
出発前に担当の方が設置してくださり、
それまでの枕飾りや枕花も祭壇へ移されました。

 

納骨まで、この状態で置いておくとのことでした。

 

 

※遺骨は想像以上に重さがあるため、

持ち運びについても事前に考えておくと安心です。

 

支払いのタイミング

ホッとする間もなく、
葬儀社の方がいらして、請求書を渡されました。

 

これは事前に

「当日支払い」とお約束していたためです。
夕方前に、あらためてお越しいただきました。

 

※支払い方法やタイミングは、
葬儀社によって異なるため、事前に確認しておくと安心です。

 

費用負担と香典の扱い

家族葬のため、受付は夫と弟が担当してくれ、
香典は夫がまとめて預かっていました。
 

喪主である継父には、
あらかじめ香典は支払いに充てることを伝えていたため、
最終的には「請求額-香典」が、負担額となりました。

 

・香典の扱いや費用負担については、

事前に家族で話し合っておくとスムーズです。

 

 

 

ふり返り

初めて経験する葬儀の準備が、母の葬儀でした。


火葬のみの直葬でしたが、
家族でゆっくりと母と向き合う時間を持つことができました。

 

事前に確認しておくことで安心できることも多く、
家族が直接関われる場面が多いことも印象的でした。

 

わが家の場合、
娘家族は子どもたちがまだ小さいため、
通常であれば周囲に気を遣う場面もありますが、
今回は身内だけでの納棺だったこともあり、
無理に静かにさせることもなく、
自然な形で一緒にお別れをすることができました。

 

家族、親戚、みんなで過ごすことができた、
とても大切な時間だったと感じています。

 

 

夫も葬儀社の方から話を聞いたり、
いろいろと段取りを手伝う中で、
「とても参考になった」と話していました。

 

そうした経験から、私たち自身も、
将来は直葬という選択を考えています。

 

 

これから直葬を考えている方の、
少しでも参考になれば幸いです。

 

 

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脳梗塞は時間との闘い

 

 

最後までお読みくださりありがとうございます。

 

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母が亡くなり、そろそろ1ヶ月になります。

 

実家が遠方のため、
お葬式が済んでからも、

手続きや片付けで慌ただしく、
行ったり来たり。

 

気がつけば、桜の花は散り始め、
季節はワープしたような感覚で、
心も体も常にフル回転の状態でした。



そんな母の諸手続きがようやく一段落し、
1ヶ月ぶりにリハビリへ行ってきました。
 

今回は、病院まで片道1時間の道のりを
1人で運転して通うことができ、
小さな達成感も味わえました♪

 

お天気だけど風がビュービューでした。

 

前回のリハビリで、
目を閉じるときの違和感は、

顔面神経麻痺の後遺症である
「病的共同運動」とのことでした。


目と口の神経が連動して動いてしまう…

わかっていても、
自分の意思とは違う動きをする顔の状態に、
やはりショックを隠せませんでした。


ベル麻痺は、初期の投薬治療が終わると
あとは自然回復に任せることが多いそうですが、

私の場合、最初のENoG検査の結果がほぼ0%で、
「重度」と診断されていました。


それでも、

早期の神経移植手術は避けられ、
同じような状態の方と比べると
「動きは出てきている」とのことでした。
 

少しずつですが、
確実に前には進んでいるはずなのです。

 


 

顔面神経麻痺の後遺症というと、
まったく動かない状態のイメージを持っていました。


先生は、
私の心の内を見透かすようにこうおっしゃいました。
 

「思い描いている回復と現実に、
少しギャップがあるのかもしれませんね」

「これからは、不安との闘いになるかもしれません」


不安との闘い…


その言葉を聞いて、
どこかアスリートのようだな、と
少しだけ思ってしまったのですが、

今回、その言葉が強く心に残っています。



正直、麻痺の状態が
元に戻るかどうかもわからない中で、
この半年間、

「少しでも良くなりたい」という一心で、
アドバイスを素直に受け入れ、
真面目に取り組んできました。
 

でも、その中で気づかないうちに、
「こうしなくちゃ」という思いが強くなりすぎて、
自分に負担をかけてしまっていたのかもしれません。

 



先生からは、今後のリハビリについて
「月に2回くらいでもいいですよ」と提案されました。
 

それはリハビリの必要がなくなったということではなく、
発症から半年が過ぎ、
大事な時期がひと段落した、という意味でした。


この半年関わってきた先生から見た私の印象は、
「聡明で前向き、真面目なタイプ」だそうです。

(なんか、嬉しい♪)

先生は私のことをよく見たうえで、

「あまりがんばらなくていいんですよ」と、
心のブレーキを外す言葉をかけてくださいました。


先生の説明によると、

リハビリが、ストッパー(精神的な負担)になってしまう方もいるそうです。


私は家族の協力もあり、
毎週通えていたことが回復を支えてくれていましたが、

この1ヶ月、母のことで通えなかった時間は、
やはりどこか「不安」でもありました。


そして、

「不安が和らぐのであれば、
これまで通り来ても大丈夫ですよ」

 

先生のその言葉に、
ふっと心が軽くなった気がします。



 

前に進んでいるはずなのに、
どこか不安も残るこの感じ。
 

見えない不安と向き合うこと自体が、
ひとつの「闘い」なのかもしれません。


闘いといっても、
何かに打ち勝つというような
大げさなものではなくて、

揺れ動く気持ちの中で、
自分を失わずに、保っていくような日々。


不安をなくすのではなく、
揺れる気持ちのままでいられること。


それもひとつの向き合い方なのかもしれません。


 

顔面神経麻痺を発症し、
顔だけの麻痺ではなく、
生活が制限され、
心と体のバランスも崩れ、

これまでも不安はたくさんありました。
 


これからもいろいろあると思いますが、

焦らず、比べず。


さらにゆる〜く参ります♡
 


同じように麻痺と向き合っている方の心も、
少しずつ軽くなりますように。

 



4/11 アメトピに掲載していただきました。

ありがとうございます、



【関連記事】
顔面神経麻痺(ベル麻痺)発症から5ヶ月間問の経過と今の現状【備忘録】

うがいで気づいた違和感から始まった顔面神経麻痺(ベル麻痺)

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先日、母が亡くなった日のことを書いた記事が
アメトピに掲載されました。

数日後、同じ記事がタイトルを変えて、
再び掲載していただき、まさに
「タイトルマジック」再び
と言った感じでした。

  • 元の記事
    『母が亡くなった日。帰宅編』

  • アメトピ① 
    『母の唇を湿らせて溢れ出た涙』

  • アメトピ②(再掲載) 
    『母に声をかけ一気に溢れ出した涙』


どちらも同じ日の出来事なのですが、

切り取る場面が違うだけで、
受ける印象も、届き方も、
こんなに変わるものなのかと感じています。

 

image

実はブログのタイトルは、
自分でも意識してつけています。

記事全体に合うように考えたり、
読んでもらえそうな人を思い浮かべたり、
その人に伝わる言葉を選ぶようになったのは、
別のブログの方で
グループコンサルを受けてからでした。


起業用の記事として、
ドラマチックなタイトルよりも、
わかりやすさを意識してきました。

気づけばこちらのブログにも、
その感覚が自然と出ているように感じます。


グループコンサルの後半は、
顔面麻痺のため受講できなくなってしまいました。

最初は必死で、
正直よくわからないまま受けていたのですが、
前半で教えていただいた大切なことが、
少しずつ活かされてきたように感じています。

 

 

今回、アメトピに掲載された2つのタイトルを見て、
同じ日の出来事でも、感情の部分を切り取ると、
それぞれにタイトルがつくことを改めて感じました。

どちらも、その時の本当の気持ちを
拾っていただいたような気がします。

タイトルの意味合いは、
なんとなく違うけれど、
どこかつながっているような、
不思議な感覚です。
 


ブログの内容とタイトルのバランスって
やっぱり大切ですね♡
 

 

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葬儀の打ち合わせでは、
遺影の写真を選ぶ時間もありました。
 

緊張が張り詰める中で、
この時間だけは、なぜか心が穏やかになるひとときでした。

 

 

遺影の写真を選ぶポイント

生前、母が気に入っていた写真があり、
その写真を見てもらい決めました。
 

その時間は、娘や叔母、従妹たちも来ていて、
「ばーちゃんらしいね」
「〇〇ちゃんだね」と、

自然に笑顔がこぼれました。

 

 

ちなみに母のお気に入りは、

定年のお祝いをしたときのもので、
大好きな家族に囲まれて、

満面の笑顔の一枚でした。

 

 

ちょうど今の私と同じ年頃の写真で、
なんだか不思議な気持ちになりました(笑)


遺影は、少し若い頃の写真の方がよいそうです。

 

家族で準備したこと

 

葬儀費用には基本料金に含まれないものも多く、
葬儀社にお願いする場合と、家族で準備する場合、
それぞれのメリット・デメリットについても教えていただきました。

 

そうした説明を受ける中で、
家族として準備することも少しずつ見えてきました。

 

決められた日までに用意するものもあり、
毎日、やることリストを更新しながら進めていました。
 

枕花

枕花は、故人の枕元に飾るお花で、
自宅用と斎場用をそれぞれ準備しました。

 

斎場用は、母が移動する日の午後に合わせて注文しました。
 

プチお通夜

直葬ということで

宗教的な儀式は行いませんでしたが、
母が自宅で過ごす最後の夜、
親戚が集まり、思い出話をする時間を持ちました。

 

形式的なものではなく、
家族としての小さなお通夜のような時間でした。

 

火葬場での軽食

火葬の時間が昼時だったため、
待ち時間に食べられる軽食やお菓子を準備しました。

 

葬儀社のお弁当やオードブルではなく、
余っても持ち帰れるものがいい
という叔母のアドバイスもあり、
コンビニで事前に注文し、

当日の朝に受け取れるようにしました。


 

初めてのことで、わからないことばかりでしたが、
ひとつひとつ丁寧に説明していただき、
費用も明確で、疑問にもきちんと答えてくださり、
私たちの希望に寄り添っていただけているようで、

安心することができました。


 

母が戻ってきた夜。

私は、一晩中線香を絶やさない

「寝ずの番」があるものだと思っていました。

 

ですが担当の方から、
「今は寝ずの番は必要ないので、

ご家族もゆっくり休んでください」と言われました。

 

その代わりに、
8時間持続する巻き線香を

絶やさないようにとのことでした。
 

 

image


その夜は、寝ずの番がないことを知り、
私は着の身着のままで来ていたこともあり、
一度自宅に帰ることにしました。
 

娘は長男のお迎えに間に合うように戻り、
入れ替わるように

夫が仕事終わりに迎えに来てくれました。

 

継父も朝から慌ただしかったため、
夜は夫婦水入らずで過ごしてもらい、
「今夜はお互いにゆっくり休みましょう」と声をかけて、
実家を後にしました。
 

長かった一日が、ようやく終わりました。

 

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