実以のブログ -33ページ目

9月の白い花―ヒガンバナ、サルスベリ

今年はなぜか近所の公園のものも含めて、百日紅の花をじっくり見る時間が

取れませんでしたが、9月10日、東京国立博物館の庭で白い百日紅の花を

見ることができました。

残暑の厳しい日でしたので、雪のように真っ白な花には癒されました。百日紅は珍しい樹ではありませんが、ここのように地面まで枝を伸ばしていて間近に

見られるところは少ないように思います。

東博の庭園も少し見ました。驚いたことに9月だというのにまだいくらかハスが咲いていました。

 

9月中旬、上野両大師の境内で白、あるいはアイボリーのヒガンバナが咲いていました。

 

八月後半は暑さにかまけて来られなかったのですが、もう一度くらい、白いユリも楽しみたかったなどと思いましたが、白いヒガンバナにも清楚な魅力があります。赤いヒガンバナのようなどぎつさ、かすかな不気味さ?がありません。

 

白のヒガンバナって珍しいと思っていましたが、いつも行くスーパーの近くでも

赤と混じって咲いていました。流行りなのでしょうか?

 

いつも使うバス停の近くで白いオシロイバナが咲いているのに気づきました。

オシロイバナも特に珍しいものではありませんが、たくさん咲いている時はとてもよい香りを放ちます。

 

 

 

”満月 満足” 十六夜?の白魔術に誕生日の人間ドック

 

女優の星光子さんが9月10日夜、満月眺めながら、NHKの『ウルトラマン大投票』をごらんになったそうです。

 

私はこの日、東京国立博物館で『故宮の世界』を鑑賞した帰り道、東の空に輝く満月を眺めました。

 

コップなどに入れた水に満月を映し、それを飲み干すとパワーが得られると白魔術の本にあります。この夜も水を持ってベランダに出て満月を映してみようと思いつつ、夕食後、昼間歩き回った疲れが出て忘れて寝てしまいました。

 

翌晩も十六夜の月がわりときれいだったので一日おくれながら、コップに映して飲んでみました。十六夜でもまあまあ元気が出たかもしれません(笑)。まあ、満月は毎月あるので。

 

9月、また誕生日がやってきました。たまたまこの日、勤め先の人間ドックを予約していました。健診センターの受付スタッフの方に「今日がお誕生日なのですね、おめでとうございます」と言われ、結構恥ずかしかったので、

来年は誕生日には健診は入れないようにします。(笑)

 

昨年は節約のため、人間ドックにしなかったので、終了後のランチは2年ぶり。以前より質素になったのは、諸々の値上げのせい?

フレッシュハーブティがあったのはラッキーでした。

 

さて、これも白魔術で、誕生日にもらうか買うかした花をドライフラワーにして保存しておくと一年間お守りになるといいますから、毎年誕生日には花を買っていたのですが、これも昼間の健診の疲れ?が出て、買うのを忘れてしまいました(笑)。

 

しかたがないので折り紙で花を作り、これを手帳にはさんでおくことにしました。ドライフラワーにする手間もありませんし。(笑)

#私のおすすめする一冊 岡本綺堂『綺堂むかし語り』より『震災の記』

私のおすすめする一冊

 

 

 

 

 

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光文社時代小説文庫(1995)

表紙の写真は下記アマゾンでごらん下さい。

青空文庫でも読めます。
https://www.amazon.co.jp/%E7%B6%BA%E5%A0%82%E3%82%80%E3%81%8B%E3%81%97%E8%AA%9E%E3%82%8A-%E5%85%89%E6%96%87%E7%A4%BE%E6%96%87%E5%BA%AB%E2%80%95%E5%85%89%E6%96%87%E7%A4%BE%E6%99%82%E4%BB%A3%E5%B0%8F%E8%AA%AC%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%B2%A1%E6%9C%AC-%E7%B6%BA%E5%A0%82/dp/4334720978

 

劇作家岡本綺堂が関東大震災での被災を書いた随筆。

 

 

大正十二年九月一日、その日の天気は「二百十日前後にありがちの何となく穏かならない空模様で、驟雨《しゅうう》が折りおりに見舞って来た」。それでもいつものように仕事、週刊朝日の原稿を書いていた綺堂、風に庭の朝顔やへちまがゆれていたことなど、よく記憶しています。この時点では予想していたのは地震ではなく暴風雨。


来客があり、早めの昼食を食べ、二階への階段を上がる途中、大きな鳥が羽ばたくような音と共に階段がみりみりと鳴りだし、壁も襖もガラス戸も揺れ出し、家族と共に外へでて門柱にとりつく綺堂。しかしこのゆれの被害はさしてなく、棚いっぱいの人形たちも博多人形の夜叉王の首が砕けたのをわびしく思うだけ。彼らとの別れが迫っていようとは思わなかったのです。

この随筆で衝撃的なのは正午直前に発生した当初、綺堂とその周辺の人々が危機感に乏しかったこと。岡本家の前に椅子や床几や花筵を出して一時の避難所を作ったものの、茶やビスケットやビールやサイダーを持ち出して一種の路上茶話会。



「しかしここらは無難で仕合せでした。ほとんど被害がないと云ってもいいくらいです。」と、どの人も云った。まったくわたしの附近では、家根瓦をふるい落された家があるくらいのことで、いちじるしい損害はないらしかった。(本文より引用)

神田や赤坂、銀座で火災が起こり、警視庁や帝劇が燃えているという情報が入り、その煙が遠く見えていても、まさか自分たちのところまでと思い込んでいて、日が暮れるまで避難する者はなかったのです。暗くなってから地震はおさまっても火災はおさまらず、燃える炎が見えてきて、不安がつのり始めます。でもようやく避難したのは何と夜半。


そこまでに至る状況、心境を当事者として克明に書いていることに驚嘆させられます。もっと早く避難を始めていれば、愛する人形たちや作家として大切な蔵書や資料の幾分かは失わずに済んだかも…なんて思ったのではないでしょうか。

避難すると心を決めた時、もうすぐ炎につつまれるであろう家とその周辺をながめ、活動写真のように少年時代の思い出が脳裏をよぎります。家の人々は皆黙って避難のための荷造り。この時「万一の場合は紀尾井町の小林蹴月くんのところへ」と避難場所を決めてあったこと、「いくら欲張ったところで仕方がないのでめいめいが両手に持ち得るだけの荷物を持ち出すこと」にしたことは不幸中の幸い?で私共も見習うべきところ。 今年読んだ新聞記事でも関東大震災の際、多くの人が車に載せるほどの家財を持って逃げようとしたことがさらなる悲劇につながったというものがありました。いざという時は執着に捕らわれないのが大事。

2011年の東日本大震災の時にも「これまでの経験から津波はここまでは来ない」と考えていたけれどそうでなかったという方のお話が報じられました。そして今、火災や津波ではないけれど、世界のあちこちで戦争が起きたり、人々が飢えたり、自由が抑圧されたり…まさか自分たちには…とついつい思ってしまうけれど、そうではないかもしれない、今のうちにできることは何なのだろう…今年は綺堂の文章を読んで考え込んでしまいます。

 

他にこの『綺堂むかし語り』には今年、大河ドラマで注目されている源頼家、範頼終焉の地である修禅寺、磯部や仙台の紀行文、ロンドンやフランスのランスの旅の随筆も収録されています。いつかそれらについてもレビューしたいですね。


 

#私のおすすめする一冊 岡本綺堂『綺堂むかし語り』より『思い出草』『人形の趣味』

私のおすすめする一冊

 

 

 

 

 

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光文社時代小説文庫(1995)

秋にお勧めかどうかわかりませんが、毎年8月末から9月初め、関東大震災についての記事が新聞に出るころになると読みたくなる本です。劇作家岡本綺堂の被災経験を書いた随筆が載っているからです

表紙の写真は下記アマゾンでごらん下さい。
https://www.amazon.co.jp/%E7%B6%BA%E5%A0%82%E3%82%80%E3%81%8B%E3%81%97%E8%AA%9E%E3%82%8A-%E5%85%89%E6%96%87%E7%A4%BE%E6%96%87%E5%BA%AB%E2%80%95%E5%85%89%E6%96%87%E7%A4%BE%E6%99%82%E4%BB%A3%E5%B0%8F%E8%AA%AC%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%B2%A1%E6%9C%AC-%E7%B6%BA%E5%A0%82/dp/4334720978



まずはこの本の最初の章『思い出草』について少々。赤とんぼやどんぐり、獅子舞や牡丹餅の店など著者の幼年時代から小学生のころの人、事物の記憶がごく短い文章で綴られています。

 

とりわけ興味をそそられるのが「西郷星」のくだり。明治10年に起きた西南戦争の時、明治5年生まれの綺堂は今でいう就学前の年齢。「幼い頃のことで何んにも知らないが、絵草子屋の店にいろいろの戦争絵があった」こと、兵隊が西郷に追われる歌が流行ったり、その年の秋に現れた箒星が西郷星と呼ばれ、西郷や桐野が雲の中に現れた錦絵になり―謀反人なのに西郷はみんなのヒーロー。私にとって物心つくかないかのころのヒーロー『ウルトラセブン』のような存在が綺堂の西郷。金紙をつけた怪しげな洋服を着て西郷に扮した商人が売る「西郷鍋」なる玩具を幾度も買ってもらった(今でいうキャラクターグッズ?)、「西郷糖」という菓子も売りに来たが、「あんな物を食っては毒だ」と買ってもらえなかったこと(今でいうキャラクター菓子?)。

 


さて幼児の時、西郷鍋を買ってもらっていた綺堂、随筆『人形の趣味』で「人形に限らず、わたしもすべて玩具のたぐいが子供のときから大好きで、縁日などへゆくと択り取りの二銭八厘の玩具をむやみに買い集めてきたものでした」と書いています。二銭八厘から五銭というのが縁日などで売られている玩具に多い価格帯だったとか。「十九や二十歳の大供になってもやはり玩具屋を覗く癖が失せませんでした」とも。もし20世紀後半か21世紀に生まれていたらフィギュアなどをコレクションする、オタクと呼ばれる人になっていたのではないでしょうか。。


そして原稿などをかく場合にも、机の上に人形をならべるという習慣が自然に付きはじめた綺堂、旅行をする場合でも、出先で仕事をすると判っている時にはかならず相当の人形を鞄に入れて」。書棚に人形がたくさんあるので初めて来た人に「お子供衆が余程たくさんおありですか」などと訊かれて赤面することも。



特別の知識を持って骨董価値のある人形を探すというような風ではなかったようですが、エッセイの後半では、日露戦争の従軍の際に中国で入手したあやつり人形の首を三越の展覧会に出品したこと、その中でも孫悟空を申年生まれであることからとりわけ寵愛していること、伏見の饅頭人形、伊勢の生子人形、庄内の小芥子人形、広東製の竹彫りの人形などが紹介されています。インドやフランス、イギリスなど外国製もあるのだとか。


「実際いろいろの人形をながめていると、人間というものに就いて悟るところがあるようにも思われます」「自分の気にいった人形を机や書棚の植えに飾って、朝夕に愛玩するのは決して悪いことではないと思います。人形を愛するの心は、すなわち人を愛するの心であります」。世間一般の少年少女にも努めて人形を愛玩させる習慣を作らせたい、大人の方たちにもこれをお勧め申したいとまでいう綺堂。人形コレクションについて語ること、、それらが創作の友であることはすてきですが、世間一般の人にお勧めするほどのことでもないと思いますが(笑)。


しかしこのエッセイは衝撃の結末。「この稿をかいたのは、足かけ四年の昔で、それら幾百の人形は大正十二年九月一日をなごりに私と長い別れを告げてしまった」

地震について考えると共に、いわゆる断捨離に取り組んでいる人、それを考え中の人にもお勧めの随筆。断捨離を実行するにせよ、思い留まるにしろ、考えるヒントになります。

どんなに大切にしたいと思っていても、そういう時は来るのだと。私は今のところ、綺堂のような経験はありませんが、東京に進学しておそらくはそのまま帰郷することはないと進路を定めた頃、子供の頃から持っていた人形、玩具などはほとんど人にあげてしまいました。また20年少し前、父の定年を機に生まれ育った家と縁を切った際、多くのものを手放さざるを得ませんでした。中には今でも思い出す、未練?があるものもあります。何と申しましょうか?


処分するしか方法がなかったとは思うのですが、捨てて、よいことづくめで全く痛みがないかというとうそになります。

人と物との関わりは複雑ですね。老後に備えての断捨離は50代のうちにと言いますから、これからも脳内でしばしば綺堂に相談することになるでしょう。

 

ステンドグラス?の傘を買いました

先日、淡い緑の晴雨両用傘を買いましたが…

実はこの夏、もう一つ傘を買ってしまいました。

 

昨年、勤め先近くの店に広げてあって気になっていました。

買おうかどうしようか、しょせんビニール傘のいくらか豪華版って

感じかな?などと迷っているうちに見かけなくなりました。

 

でも今年の夏、再び店頭にあるのを見て…

「傘ってどうせ使うものだし」、価格も1000円台でしたので。

 

注意書に「乳母車などに取り付けられるようになっていません」とあります。

ついついそういう使い方しちゃう人多いのでしょうね。

 

私も今のところ、今使っている雨傘が使えるので、枕元に置いて

寝転んでステンドグラス?を楽しもうかしら。

 

子どもの頃、母が赤ちゃんだった弟をおんぶして座敷の中を?

傘をさして歩いていたのを思い出します。そうすると弟が落ち着いて

寝てくれるとかで。持ち家ではありませんが、その頃は座敷のある家に住んでいたのです。

 

先日、久しぶりにファンシーショップなるところに行ったら、

虹色?に輝くビニール傘が売られていていしばらく見てしまいました。

 

気をつけないと玄関が傘だらけになりそうなので(笑)

半額セールになっていたUV手袋とばら売り駄菓子を買って退散。

クリームソーダゼリーのメロン味(緑)とサイダー味(青)、そしてロールケーキ。

「ピエールおじさんのロールケーキ・バタークリーム」なかなか

おいしいです(笑)

 

 

 

 

 

 

星さんの緑の装いが素敵…”国立アーカイブ黒澤明展”淡い緑の傘を買いました

 

女優の星光子さんが脚本家としての黒澤明の展覧会に行かれたとのこと。

展示も興味をそそられましたが、緑の濃淡でまとめた星さんの装いが本当にすてきです。

 

緑は私も好きな色。モスグリーンかエメラルドグリーンが似合うと言ってくれる人もたまにいます(笑)

 

先日、歴史番組で高松塚古墳の壁画の人物が緑の傘をかかげていること、

緑の傘はこの時代皇太子級の高貴な人にしか許されないものだから、

この古墳の被葬者は刑部皇子ではないかと。

 

だからというのでもないのですが、緑の晴雨両用傘を買いました。

高松塚古墳の壁画のような緑ではなく、淡い緑、「日本の伝統色」という本によれば「白緑」(びゃくろく)。写真を撮るとグレーに近く映りますね。

昨日(9月8日)、晴雨両用、デビュー?しました。

 

持ち手が太くなっているのがとても持ちやすいです。

私が買うにしては高級?(3000円弱)なので、

なくさないよう白魔術をほどこしました。

 

使い始める前に傘のあちこちに指で名前を書くといいのだそうです。

 

今日はグミの日 よく食べてます

好きなグミは?やわらか~い・嚙み応えありタイプ

やわらかいフルーツ系のグミが好きです。

 

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甘いものはなるべく控えたいとは思うのですが、

今は勤め先が決算期。多忙なので、どうしてもスイーツがほしくなります。

 

グミはチョコレートほど温度管理をしなくてもよくて、

持ち歩くのも便利なのでよく買います。

 

 

これは100円ショップで見つけたもの。110円でこんなにいろいろな種類が

入っていてお得感がありますね。

 

近所のローソンストアでご当地ものも買います。

特に山葡萄のグミは他であまり見かけず珍しいですね。

両大師の白百合と芙蓉

今一つ元気が出ないなと思いつつ、本も読んではいますし、

ドラマや映画も視てはいて、それらのレビューを書きたいと

思うのですが、なかなか書けません。

 

お盆休み前の写真で恐縮ですが、上野の両大師の境内のテッポウユリです。

暑すぎたせいか、百合がつぼみをつけてから花が咲くまでにすごく

日数がかかったように思います。

 

美女の歩く姿に例えられるだけあって、百合の花びらのカールは

優雅。子供の頃、紙で百合の花を作った時、花びらを鉛筆などで

巻いて百合らしく見えるよう苦心したのを思い出します。

 

上野で有名な花は桜と蓮ですが、こんなにたくさんの白百合が見られるところは他にあるのでしょうか。

 

これは7月の写真ですが、やはり両大師の垣根の間から見た

芙蓉です。通勤途中に眺めてさわやかな気分になりました。

横からみるとまるで蝶が舞っているようです。

ゆるきゃらフェイスタオル 神田西口商店街の思い出

もうすぐ住まいのある集合住宅の大規模修繕工事が始まります。

物干し竿とエアコン室外機以外の一切をバルコニーから撤去しなければならないので、お盆休みは片付け作業で終わってしまいました。常々とりわけ

きれい好き、片付け大好きとは言えない私ですが、やり始めると楽しく?なることもあり、へんに熱中してしまい、後で疲れが出ます(笑)。

 

片付けるのはベランダですが、買ってくる時に大変だった素焼きの植木鉢は

捨てないで洗って部屋の中に入れようかななどと思い、そのスペースを作る必要から、クローゼットや納戸も断捨離。今までなぜかしまいこんだまま、使っていなかったものも使用することにしました。

 

まずは、かれこれ10年近く?も前になりましょうか? 当時、通勤で通っていた神田西口商店街にあったディスカウントショップ蔵王で買ったフェイスタオル。いささかしわくちゃな写真で失礼いたします。

 

この黒地に甲冑姿?のふなっしーは買う時に店のスタッフの男性が、

「これはもう入らないから」と言ったのをおぼえています。

 

当時は戦国ブームで、靖国通りにも「時代屋」という歴史関係の書物と

歴史関係グッズ、甲冑エプロンとかお城のプラモ等々を売るお店がありました。いろいろなキャラが甲冑姿になっていましたね。

 

私は特にふなっしーのファンではなかったのですが、武将やくノ一?に

なっているふなっしーが面白く、また各80円という安さもあって買ったのでしょう。

もともとはアプリゲームのコラボグッズだったようで。

 

 

今となっては特にゆるキャラ好きでもない私、このタオルは家でだけ使おうと

思います(笑)

 

2016年に閉店したこの蔵王はこのタオルのような雑貨や衣類の店が神田西口商店街にあり、家や職場で電池が必要になった時などここで買っていました。初めてキャスターのついたリュックを買ったのもここで、3000円台だったかしら。

 

少し引っ込んだところには同じ蔵王の食品部門の店もあり、インスタントコーヒーや紅茶、お菓子を時々買っていました。このタオルを買ったころには

食品部門の店は閉店していて西口沿いのところに統合されていたかしら?

小さな袋入りの豆類の袋の柄が鎧武者?になっている「戦国豆」なる

商品もここで買いましたね。

 

そういえば大河ドラマ『竜馬伝』が放送された次の年、竜馬の写真がプリントされた男物のTシャツが250円!で売っていたのも買ってしまいました。

チュニック風に着られるかなと思ったのですが、とりわけ竜馬を崇拝している

わけでもないので、なかなか着られません(笑)。あれも使うとしたらパジャマかな?

 

あまり大きくはなく、いろいるなものがぎっしりと並び、いくらか雑然としてもいましたが、そこが楽しいお店でもありました。

 

 

ハスの鑑賞と洗濯時間

この夏も家を早く出られた日は不忍池のハスを楽しみました。

7月26日朝、不忍池の南側です。天候が悪い日でハスが雨に打たれてしまっております。ここからの写真は初めて。いつも出勤前に弁天堂のあたりをぶらぶらっとするのがやっと。勤め先((始業時間9時)はここのすぐ近くというわけではないので、なかなか大変です。

 

7月6日、これが今年のハス写真のベストかな? 望遠レンズ?のついた

立派なカメラをお持ちの方々もお越しになっておりますが、私はスマホですから、岸に近いところでちょうど見ごろの花が咲いているのを見つけたときだけ

こんな写真が撮れます。

 

咲いているのとつぼみ。

二つ並んでいるのもすてき、

 

これは不忍池ではなく、上野両大師の本堂脇の蓮池で。ここは開門が9時からなので、朝は入れず、昼休みにしか行けないせいもあって、今年は咲いている花は見れませんでしたが、こんな風に葉の上に散った花びらや雨粒を眺めました。

ハスの葉の上の水は水あめのように見えます。甘い味がしそう。

 

どういうものか、天気のよい日はまぶしくて、写真を撮るのが難しいので、

天気予報で翌日が雨か曇りになりそうな時は、夜のうちに洗濯を済ませ、

室内で干し、その分朝は早く家を出て、不忍池に寄るtことにしていました。

 

住んでいる集合住宅では朝は6時前に洗濯機をまわすのは禁止。私のような遠距離通勤者にはこれがちょっと大変。

 

この決まりが通達されたのは数年前。どうも住民に音に敏感な方がいらっしゃるようです。

 

「6時数分前なら大丈夫だと思って洗濯される方がいますが、必ず6時以降にお願いします」という回覧が来ました。ちなみに夜の方は「午後11時までに

して下さい」。

 

ということは洗濯機の騒音で管理室にクレームを出した方は、夜は比較的

強くて、朝早く起こされるのが苦手な人なのでしょうか。なんて考えています。