こんにちは。

 

 

「くら寿司」より前に、アメリカ進出していた 

 

 

スシクラです。

 

 

アメリカ

 

 

 

 

突然ですが

 

 

過去と未来ってあると思いますか?

 

 

 

私は今まで、過去、未来を経験したことがありません。

 

 

 

「今日」しか経験したことがないのです。

 

 

今日、と言うより

 

「今」ですね。

 

今しか経験したことがないのです。

 

 

 

 

昇天

 

 

 

まあだから

 

存在しない過去、未来のことを思いわずらい

 

どんなに悩んで努力しても

 

 

 

それは実態のない

 

永久に存在しない 頭の中の空想なんだと

 

ある日、気がついたんです。

 

 

この辺かな  →  スシクラッシュTV

 

 

 

 

笑ううさぎ

 

 

 

 

これからこうしたい、ああしたい

 

こうもしたい

 

という望みを持つことは自然なことで

 

私の経験からすると

 

それはちょうど良い時期に自然に現実となるので

 

 

むしろそれは

 

忘れてるくらいで良いと思います。

 

忘れて今しかない今に集中する。

 

 

「望みを絶つ」

 

 

 

絶望です。

 

 

 

でも不安になっちゃうんですよね

 

どうしたらいいんだろう

 

叶わなかったらどうしよう

 

あのときああしていれば

 

 

とか。

 

 

 

もう散々やりました。

 

過去と未来を背負い(めちゃ重い)

 

悩んで努力して

 

もうぶっ倒れるまでやりましたよ。

 

 

 

 

無駄でした 笑い泣き

 

 

 

 

 

だから今はすべての望みをあえて絶って、今しかない今やることをやる。

 

 

絶望するんです。

 

 

 

過去も未来も存在しない。

 

 


絶望って気楽でいいなあ

 

 

 

 歩く

 

 

 

ということで皆さん

 

 

レッツ ゴー!

 

 

 

じゃなくて

 

 

 

 

 

ゼッツ ボー!

 

 

 

えーん

 

 

また書きます。

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは

 

 

 

最近

 

映画はあまり観ないスシクラです。

 

 

 

 

うさぎ

 

 

 

 

私の母親は

 

学生時代 演劇部だった ということもあり

 

かなりの映画好きで

 

つられて私も子供の頃はよく観てました。

 

 

 

 

当時はビデオもなかったし

 

一本の映画の存在感、影響力、というものが 強烈だった 記憶があります。

 

 

 

 

アメリカでラジオ番組をやってしまったのも、明らかにその影響です。

 

コレですが →  ラジオ出演

 

 

 

他にもホントに強烈だったのは

 

ジョニーは戦場へ行った

 

という映画で

 

やっぱり子供の頃、テレビ放送されたものを観たのですが

 

 

 

戦争とはこんなにも恐ろしいものなんだ、と

 

もう怖くて怖くて

 

しばらくテレビを観ることが出来なかった記憶があります。

 

 

 

そう、

 

私が看護師さんと結婚したのも(離婚してますが)

 

看護師さんが重要な役割であるこの映画の影響だろうと思っています。

 

 

 

強烈にインプットされた情報は

 

どこかで自分の現実として経験すると思います。

 

 

 

 

 

うさぎ

 

 

 

 

さて

 

 

人生は自分が主人公の一本の映画だと思うんです。

 

 

それがどんな内容だろうと

 

自分にとっては、一番観たかった

 

自分だけのストーリーです。

 

 

 

 

先がわかったら面白くない

 

 

 

人生のどの場面でもいい

 

どの角度から撮ってもいい

 

 

大きな変化もなく

 

淡々とした描写だっていい

 

 

自分が 

 

この世に生まれるまでの冒険にフォーカスする人もいるかもしれない。

 

 

 

 

 

私は

 

私の人生の様々な面、無限の側面 から

 

観たいストーリーを 自分で選んで 観ている

 

と思うんです。

 

 

 

 

そして

 

どんなに辛いことがあっても

 

きっと

 

 

私は、その映画大好きなんです。

 

 

 

 

 

また書きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは。

 

 

 

何も知らない スシクラです。

 

 

 

 

振り返ってみれば

 

アメリカでの22年間  アメリカ

 

いつも悩んでいました。

 

 

何が正解なのか、何がしたいのかどうしたら良いのか。

 

 

 

 

 

 

漠然とした不安と焦りから逃れようとして

 

 

「もう出来ない」

 

 

というまで仕事をするしかありませんでした。

 

 

チーン

 

 

 

 

もちろんお金を得るというハッキリした対象はありましたが

 

お金を得たら得たでまた悩みが生じる、迷う。

 

 

 

例えばこの状況  →  クラッシュ

 

 

 

 

 

とりあえず、その日生きていくための最低条件

 

安全と衣食住はあったので

 

それ以外の悩み、というのは贅沢な事なのかもしれませんが

 

 

 

人生の正解 を求めて

 

彷徨っていたのだと思います。

 

 

 

 

でも結局

 

 

正解はなく

 

 

生きる事

 

 

死ぬ事

 

 

経験しているこの世界について

 

 

 

 

私は何もわからないし

 

 

何もわかっていないし

 

 

何も知らない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

22年間、休みなく我武者羅に働き考え続けて

 

 

ようやく得たもの、わかったことは

 

 

 

 

 

何も知らない

 

何もわからない

 

 

 

 

ということでした。

 

 

ハイハイ

 

 

 

何も知らないことを知った。

 

何もわからないことがわかった。

 

 

 

 

 

でもそれは逆に

 

 

勝手に決めて良い

 

 

ということでもあり

 

 

 

 

それが自由というものだと決めました

 

 

また書きます。