大学生活≒部活生活
私は中学・高校とバスケ部に入っていました。
はっきりいってそんなに強い学校ではありませんでしたが、
それなりにキッチリと、一生懸命やっていました。
私はスポーツが大好きなので、
部活を引退してからも休み時間などには
友達とバスケやバレーやフットサルなんかをやって遊んでいました。
そんな私なので、
大学に入ってからも何かしらスポーツをやりたいなと漠然と思っていました。
でも、正直言って、
おもいっきり部活をやる気なんてまったくありませんでした。
最初はいくつかサークルを覗いてみたのですが、
私の心に響くものには出会えませんでした。
なんとなく雰囲気が「違うなぁ」と。
入学してから1週間ほど経った頃、
友達に「スポーツやりたいんだよね~」と話していたら、
「あそこ雰囲気良かったし、楽しかったよ」とある部を教えてくれました。
とりあえずついて行くと、なにか心ときめくものを感じました。
何度か通い、気がついたらメンバー登録していました。
人数不足という危機的状況が原因ですが、
入って間もなく、公式戦にも出場させてもらいました。
どんどんどんどんのめり込んでいき、
結果的には大学生活の大部分を部活動につぎ込みました。
(ちなみに私に紹介してくれた彼女は違う競技を始め、
そこで4年間頑張っていました。)
私はこのブログで部活では何の競技をしていたのかを
意識的に書かないようにしています。
というのも、この競技はかなりマイナーで、
競技名を明かせば、わりと簡単に私のことが特定できると思うからです。
私は心置きなく、このブログに思いのたけを綴りたいと思っています。
そのためには今のスタンスのまま続けていくつもりです。
あー、でも本当はこの部活のこと、もっともっと一杯書きたいんですよね。
できれば紹介もしたいくらい。
ちょっとしたジレンマです。
私はこの部活動を通して、
本当にたくさんのことを学んできたと思っています。
何気ないことであっても、
実はいろいろな人のお陰があってこそだということ、
たくさんの人に支えられ、応援されているんだということ、
こういうことに気づけたことが一番大きいかなと思いますが、
様々なことを通じて、本当にいろんなことを学び、感じ、考えました。
また、多くの人と出会えたことも大切な財産です。
専門性を越えて、育ってきた環境を越えて、
年齢を越えて、学校を越えて、職業を越えて、
たくさんの人と出会い、様々なことを考えるきっかけにもなりました。
いろいろな場面で支えてもらい、
これからも助けてもらうことはあると思います。
そして何かの形で私も誰かの力になれればと思っています。
とにかく、大学4年間は部活ばっかりの生活でしたが、
ここで得たことは、とても大きな財産となると思います。
はっきりいってそんなに強い学校ではありませんでしたが、
それなりにキッチリと、一生懸命やっていました。
私はスポーツが大好きなので、
部活を引退してからも休み時間などには
友達とバスケやバレーやフットサルなんかをやって遊んでいました。
そんな私なので、
大学に入ってからも何かしらスポーツをやりたいなと漠然と思っていました。
でも、正直言って、
おもいっきり部活をやる気なんてまったくありませんでした。
最初はいくつかサークルを覗いてみたのですが、
私の心に響くものには出会えませんでした。
なんとなく雰囲気が「違うなぁ」と。
入学してから1週間ほど経った頃、
友達に「スポーツやりたいんだよね~」と話していたら、
「あそこ雰囲気良かったし、楽しかったよ」とある部を教えてくれました。
とりあえずついて行くと、なにか心ときめくものを感じました。
何度か通い、気がついたらメンバー登録していました。
人数不足という危機的状況が原因ですが、
入って間もなく、公式戦にも出場させてもらいました。
どんどんどんどんのめり込んでいき、
結果的には大学生活の大部分を部活動につぎ込みました。
(ちなみに私に紹介してくれた彼女は違う競技を始め、
そこで4年間頑張っていました。)
私はこのブログで部活では何の競技をしていたのかを
意識的に書かないようにしています。
というのも、この競技はかなりマイナーで、
競技名を明かせば、わりと簡単に私のことが特定できると思うからです。
私は心置きなく、このブログに思いのたけを綴りたいと思っています。
そのためには今のスタンスのまま続けていくつもりです。
あー、でも本当はこの部活のこと、もっともっと一杯書きたいんですよね。
できれば紹介もしたいくらい。
ちょっとしたジレンマです。
私はこの部活動を通して、
本当にたくさんのことを学んできたと思っています。
何気ないことであっても、
実はいろいろな人のお陰があってこそだということ、
たくさんの人に支えられ、応援されているんだということ、
こういうことに気づけたことが一番大きいかなと思いますが、
様々なことを通じて、本当にいろんなことを学び、感じ、考えました。
また、多くの人と出会えたことも大切な財産です。
専門性を越えて、育ってきた環境を越えて、
年齢を越えて、学校を越えて、職業を越えて、
たくさんの人と出会い、様々なことを考えるきっかけにもなりました。
いろいろな場面で支えてもらい、
これからも助けてもらうことはあると思います。
そして何かの形で私も誰かの力になれればと思っています。
とにかく、大学4年間は部活ばっかりの生活でしたが、
ここで得たことは、とても大きな財産となると思います。
右肩下がりの大学の成績
私の大学時代の成績は完璧な右肩下がりです。
1年の頃の成績表はAのオンパレード。
(若干自慢も入っていますが、もはや過去の栄光でしかありません…。)
授業は、看護の専門的なことはほとんどなく、
一般教養的なことや、
高校時代の勉強の貯金でなんとかなるものが多かったのも
好成績の原因のひとつでした。
そして1年の頃にAが並んで「なんだこんなものか」と
なめてしまった部分もちょこっとあり、
それが下降線を描く原因になっていったと思います。
1年の後半くらいからは、あんまり授業を聞かなくなっていました。
一応出席はしてるんだけど、半分以上寝てる……みたいな。
ただそれでも、課題の本を読んでレポート出すような科目だと、
一晩徹夜するだけでAが来ちゃうんですよ。
たかだか19歳になるかならないかの未熟な学生なんだから
なめちゃうのも無理ないよぉ、
なんて責任を人になすりつけるようなことは言いませんが。。。
でも、大学はそんなに甘くありませんでした。
2年になって基礎看護技術の演習が始まったりしたのですが、
気がついたら授業がぜんぜん分からなくなっていました。
演習テストでも何度も追試になったりしました。
期末試験の時は、大量のプリントを前にして
さすがに一夜漬けじゃ乗り切れないなと悟ったものの、
結局は1週間くらいしか勉強しないままの付け焼刃で臨み、
案の定、ギリギリ追試を免れる程度の点数だったと思います。
それでもなんとか留年することもなく、3年生へ。
病態学や看護学が3年前期で詰め込まれるという
強行カリキュラムが組まれていました。
前期で専門科目を詰め込み、後期で病棟実習という流れです。
ここで私は「授業で寝ない宣言」をしたのですが、
3日ともたずに崩れました。
朝9時から夕方6時、遅い時は7時半までビッチリ詰まった授業。
しかもよく分からない医学部の教授がフラっと来て、
自分の専門領域を学生の習熟度なんかお構いなしに喋り上げて、
「質問ならいつでも受ける」と偉そうなことを言いながら、
自分の名前もメールアドレスも告げないような人、多数。
(もちろんすべての医学部の先生がこうだったわけではありませんが。)
でもまあ、とにかく、
大抵の授業では私の理解力も集中力もまったくついていけませんでした。
3年後期にあった病棟実習。
このことはまた改めて書くつもりですが、
とりあえず、自分の勉強不足をイヤというほど痛感させられました。
でも私の方向性が見えてきたのもこの頃です。
尊敬できる人生の先輩に出会えました。
成績は下がり、気がつけばAの割合はどんどん少なく、
Bの勢力が急激に増し、Cもどんどん顔を見せるようになっていきました。
それでも卒業に必要な単位は
4年時の必修科目を除いて、3年まででとり終えることができたので、
自由気ままな4年生を過ごすことができ、
のほほんとしたまま卒業に至りました。
1年の頃の成績表はAのオンパレード。
(若干自慢も入っていますが、もはや過去の栄光でしかありません…。)
授業は、看護の専門的なことはほとんどなく、
一般教養的なことや、
高校時代の勉強の貯金でなんとかなるものが多かったのも
好成績の原因のひとつでした。
そして1年の頃にAが並んで「なんだこんなものか」と
なめてしまった部分もちょこっとあり、
それが下降線を描く原因になっていったと思います。
1年の後半くらいからは、あんまり授業を聞かなくなっていました。
一応出席はしてるんだけど、半分以上寝てる……みたいな。
ただそれでも、課題の本を読んでレポート出すような科目だと、
一晩徹夜するだけでAが来ちゃうんですよ。
たかだか19歳になるかならないかの未熟な学生なんだから
なめちゃうのも無理ないよぉ、
なんて責任を人になすりつけるようなことは言いませんが。。。
でも、大学はそんなに甘くありませんでした。
2年になって基礎看護技術の演習が始まったりしたのですが、
気がついたら授業がぜんぜん分からなくなっていました。
演習テストでも何度も追試になったりしました。
期末試験の時は、大量のプリントを前にして
さすがに一夜漬けじゃ乗り切れないなと悟ったものの、
結局は1週間くらいしか勉強しないままの付け焼刃で臨み、
案の定、ギリギリ追試を免れる程度の点数だったと思います。
それでもなんとか留年することもなく、3年生へ。
病態学や看護学が3年前期で詰め込まれるという
強行カリキュラムが組まれていました。
前期で専門科目を詰め込み、後期で病棟実習という流れです。
ここで私は「授業で寝ない宣言」をしたのですが、
3日ともたずに崩れました。
朝9時から夕方6時、遅い時は7時半までビッチリ詰まった授業。
しかもよく分からない医学部の教授がフラっと来て、
自分の専門領域を学生の習熟度なんかお構いなしに喋り上げて、
「質問ならいつでも受ける」と偉そうなことを言いながら、
自分の名前もメールアドレスも告げないような人、多数。
(もちろんすべての医学部の先生がこうだったわけではありませんが。)
でもまあ、とにかく、
大抵の授業では私の理解力も集中力もまったくついていけませんでした。
3年後期にあった病棟実習。
このことはまた改めて書くつもりですが、
とりあえず、自分の勉強不足をイヤというほど痛感させられました。
でも私の方向性が見えてきたのもこの頃です。
尊敬できる人生の先輩に出会えました。
成績は下がり、気がつけばAの割合はどんどん少なく、
Bの勢力が急激に増し、Cもどんどん顔を見せるようになっていきました。
それでも卒業に必要な単位は
4年時の必修科目を除いて、3年まででとり終えることができたので、
自由気ままな4年生を過ごすことができ、
のほほんとしたまま卒業に至りました。
大学入学
大学受験を終え、私は某私立大学の看護系学部に進学しました。
第1志望は国立大学の看護だったのですが、
そこはセンターの失敗が響いて不合格となり、私立に行くことにしました。
この学校を選んだ大きな理由は、
「看護の単科大学ではない」ということです。
大学入学時点では、看護の道に進むとは限らないと思っていたので、
看護だけに限らない勉強もできたらいいなという気持ちがありました。
また、できるだけいろんな人と友達に、知り合いになりたいなと考えました。
様々なつながりを作るには、
いろんな人が身近にいる方がいいと思ったからです。
卒業する今、この学校を選んでよかったなと思っています。
たくさんの人と出会い、
様々な経験をして、
広い意味でいろんなことを学ぶことができました。
本当に充実した4年間だったと思います。
第1志望は国立大学の看護だったのですが、
そこはセンターの失敗が響いて不合格となり、私立に行くことにしました。
この学校を選んだ大きな理由は、
「看護の単科大学ではない」ということです。
大学入学時点では、看護の道に進むとは限らないと思っていたので、
看護だけに限らない勉強もできたらいいなという気持ちがありました。
また、できるだけいろんな人と友達に、知り合いになりたいなと考えました。
様々なつながりを作るには、
いろんな人が身近にいる方がいいと思ったからです。
卒業する今、この学校を選んでよかったなと思っています。
たくさんの人と出会い、
様々な経験をして、
広い意味でいろんなことを学ぶことができました。
本当に充実した4年間だったと思います。
あっという間に。。。
3月が怒涛のように過ぎていきます。
卒業旅行や卒業に起因する飲みやお食事、
部活の後輩の練習や合宿に顔を出したり、
社会人チームへ入部しての活動などなど、
気がつけば
あっという間に3月も残り1週間となりました。
そして、明日は謝恩会、明後日は卒業式です。
私の場合、引越しが無いのでその点はラクをしていると思いますが…。
残り少ない、学生という幸せな身分。
例え今後、修士に進んだりすることがあったとしても、
これまでの小・中・高・大と続いてきた学生生活とは絶対違うと思うと、
なんだか学校との別れが本当に寂しく感じられます。
卒業旅行や卒業に起因する飲みやお食事、
部活の後輩の練習や合宿に顔を出したり、
社会人チームへ入部しての活動などなど、
気がつけば
あっという間に3月も残り1週間となりました。
そして、明日は謝恩会、明後日は卒業式です。
私の場合、引越しが無いのでその点はラクをしていると思いますが…。
残り少ない、学生という幸せな身分。
例え今後、修士に進んだりすることがあったとしても、
これまでの小・中・高・大と続いてきた学生生活とは絶対違うと思うと、
なんだか学校との別れが本当に寂しく感じられます。
大学受験勉強④~面接対策~
看護系の学校では大抵、
受験科目として小論文と共に面接が含まれている。
私が受けた4つの大学のうちの3つに面接があった。
私も質問の受け答えについてはいろいろ考えて臨んだ。
やっぱりいい格好をしようとして
変に自分を作ったり、嘘をついたりするのは、
ひょんなことから綻びが生じたりして
逆に自分を追い詰めかねないと思った。
だからそれは避けた。
でも、ある程度自分の考えを整理しておくことは大切だと思った。
ただ単にその時の自分の率直な考えを答えていたら、
矛盾したことを言ってしまう恐れがある。
自分の基本的な考え方の筋を予め考えておくと楽になると思う。
私の基本スタンスはこうだった。
「私は人間というものに興味があって、
人を多角的にみるという看護という分野に魅力を感じた。
でも将来どんなことをしたいかはまだ分からない。
大学で4年間いろいろなことをして過ごす間に考えていきたいと思う。」
中途半端なことを言えば突っ込まれてボロが出る。
「看護とは何か」なんて欠片も分からない状態だし。
そんな段階で「○○がやりたい」なんてことは私には言えなかった。
大学入試の段階で
将来の方向性を明確に見出している18歳なんてほとんどいない。
「看護の勉強は『なんとなく』では続かない」
と言われるのもしゃくにさわっていた。
実際にある学校で「なんで看護を選んだのか」をしつこく訊かれ
最後には「なんとなくおもしろそうだから」と答えたこともあった。
(ちなみにこのやりとりをした学校に入学し、卒業する。)
ただ、今振り返ってみても
あながち間違った考え方ではなかったと思っている。
受験科目として小論文と共に面接が含まれている。
私が受けた4つの大学のうちの3つに面接があった。
私も質問の受け答えについてはいろいろ考えて臨んだ。
やっぱりいい格好をしようとして
変に自分を作ったり、嘘をついたりするのは、
ひょんなことから綻びが生じたりして
逆に自分を追い詰めかねないと思った。
だからそれは避けた。
でも、ある程度自分の考えを整理しておくことは大切だと思った。
ただ単にその時の自分の率直な考えを答えていたら、
矛盾したことを言ってしまう恐れがある。
自分の基本的な考え方の筋を予め考えておくと楽になると思う。
私の基本スタンスはこうだった。
「私は人間というものに興味があって、
人を多角的にみるという看護という分野に魅力を感じた。
でも将来どんなことをしたいかはまだ分からない。
大学で4年間いろいろなことをして過ごす間に考えていきたいと思う。」
中途半端なことを言えば突っ込まれてボロが出る。
「看護とは何か」なんて欠片も分からない状態だし。
そんな段階で「○○がやりたい」なんてことは私には言えなかった。
大学入試の段階で
将来の方向性を明確に見出している18歳なんてほとんどいない。
「看護の勉強は『なんとなく』では続かない」
と言われるのもしゃくにさわっていた。
実際にある学校で「なんで看護を選んだのか」をしつこく訊かれ
最後には「なんとなくおもしろそうだから」と答えたこともあった。
(ちなみにこのやりとりをした学校に入学し、卒業する。)
ただ、今振り返ってみても
あながち間違った考え方ではなかったと思っている。
地味に忙しい3月
3月は国試直後の卒業旅行から帰ってきてからは
基本的にのんびりと過ごすつもりだったのですが、
予想以上に忙しい、今日この頃です。
というっても、簡単に言えば
卒業前にできるだけ遊んでるってだけなんですけどね。
先日、大学で卒業発表があり、
無事に卒業できることが決まりました!
単位的には絶対大丈夫な計算だったのですが、
やっぱりきちんと出るまではちょっとだけドキドキしました。
そう思うと、国試の発表の時は
ものすごく緊張してしまうんだろうなと思います。
基本的にのんびりと過ごすつもりだったのですが、
予想以上に忙しい、今日この頃です。
というっても、簡単に言えば
卒業前にできるだけ遊んでるってだけなんですけどね。
先日、大学で卒業発表があり、
無事に卒業できることが決まりました!
単位的には絶対大丈夫な計算だったのですが、
やっぱりきちんと出るまではちょっとだけドキドキしました。
そう思うと、国試の発表の時は
ものすごく緊張してしまうんだろうなと思います。
大学受験勉強③~小論文対策~
看護系の学校には受験科目に大抵小論文が含まれている。
私は4つほど大 学の看護系学部を受験したが
そのすべてに小論文の試験があった。
私は塾の「医療・看護系小論文」という授業をとっていた。
そこでは毎週、医療に関するトピックを取り上げていた。
具体的には、脳死臓器移植・安楽死事件・尊厳死・
リビングウィル・介護・出生前診断・環境ホルモンなどなど。
(その先生は特に脳死について熱く、
全体の3分の1くらいは時間を使ってたと思う。)
一般的な知識や現在行われている議論の内容などを講義してもらった。
グループでディスカッションさせられたりもした。
そして小論文を宿題として書いて添削してもらった。
提出した小論文を匿名で公開して、
それをたたき台に書き方のポイントを教えてもらったりもした。
まあ内容としては決して興味のないことではないので
つまらなかったわけでもなく、
それなりに新しい知識を得ることはできたなぁと思います。
小論文を毎週コンスタントに書くというのもいい練習になったし、
それを添削してもらえるというのもいい機会だったなと思います。
でも、実際の受験の小論文で、
医療に関するトピックを課題として課せられた学校は、
私が受験した中では一つもありませんでした。。。
私は4つほど大 学の看護系学部を受験したが
そのすべてに小論文の試験があった。
私は塾の「医療・看護系小論文」という授業をとっていた。
そこでは毎週、医療に関するトピックを取り上げていた。
具体的には、脳死臓器移植・安楽死事件・尊厳死・
リビングウィル・介護・出生前診断・環境ホルモンなどなど。
(その先生は特に脳死について熱く、
全体の3分の1くらいは時間を使ってたと思う。)
一般的な知識や現在行われている議論の内容などを講義してもらった。
グループでディスカッションさせられたりもした。
そして小論文を宿題として書いて添削してもらった。
提出した小論文を匿名で公開して、
それをたたき台に書き方のポイントを教えてもらったりもした。
まあ内容としては決して興味のないことではないので
つまらなかったわけでもなく、
それなりに新しい知識を得ることはできたなぁと思います。
小論文を毎週コンスタントに書くというのもいい練習になったし、
それを添削してもらえるというのもいい機会だったなと思います。
でも、実際の受験の小論文で、
医療に関するトピックを課題として課せられた学校は、
私が受験した中では一つもありませんでした。。。
大学受験勉強②~高3夏~
高校3年の夏といえば、受験の天王山……のハズ。
でも私には、正直いってあんまり記憶もない。
別に遊びまくっていたという覚えもなければ、
必死に勉強したという覚えもない。
一体、何をしていたんだろう。
部活は引退して、毎年恒例の夏合宿への見送りをして、
後輩への激励メッセージを送った。
塾の夏期講習にも何クールか通ったと思う。
でもエピソード的なことは何にも覚えていない。
唯一思い出したことは、
そのころ受験勉強に躍起になりだした同級生たちを見て、
あんなに燃えられないなぁと思っていたこと。
そして同じように思っていた部活友達の一人と
なんとなくまったりしながら過ごしていた。
なんとなくみんなのマネしてみようかと言って、
一緒に塾の自習室に行って勉強の真似事なんかもしたような気がする。
でも私には、正直いってあんまり記憶もない。
別に遊びまくっていたという覚えもなければ、
必死に勉強したという覚えもない。
一体、何をしていたんだろう。
部活は引退して、毎年恒例の夏合宿への見送りをして、
後輩への激励メッセージを送った。
塾の夏期講習にも何クールか通ったと思う。
でもエピソード的なことは何にも覚えていない。
唯一思い出したことは、
そのころ受験勉強に躍起になりだした同級生たちを見て、
あんなに燃えられないなぁと思っていたこと。
そして同じように思っていた部活友達の一人と
なんとなくまったりしながら過ごしていた。
なんとなくみんなのマネしてみようかと言って、
一緒に塾の自習室に行って勉強の真似事なんかもしたような気がする。
大学受験勉強①~高3春~
大学受験勉強。
今となっては、懐かしい話です。
もう5年も前のことになります。
高校時代、私はバスケ部に所属していました。
お世辞にも強いなんていえない学校ではありましたが、
週に4,5回、練習していました。
そして高校3年の頃の私は塾通いをしていました。
一応受験科目となりうる、英語・数学・生物・小論文です。
週に4,5回部活をしていて、週に4回塾に通う。
一週間は7日しかありませんから、
当然、部活と塾の両方ある日があります。
普通の時は部活後に塾に行っても間に合うのですが、
大会前などで部活の時間が延長になると、
どうしても塾には間に合わなくなります。
しかし部活があるのも6月の初めまで。
私は最後までレギュラーになれなかった2軍メンバーですが、
だからといって中途半端なことはできません。
私は自分の意志で部活を優先しました。
実はこの高2から高3にかかる時期は、
受験勉強を理由に部活を辞める人が複数の部で存在しました。
でも私にとっては部活は辞めたくない大切なものであったし、
大切なものを犠牲にしてまで受験のために尽くそうとは思えませんでした。
引退試合でも、私のプレイ時間はごく短い限られたものでした。
私がこの部活動で得た成功体験は本当に小さなものしかありません。
でも大切な友達と一緒に最後までやり遂げたということは
かけがえのない財産になったと思います。
努力は必ず報われるだなんて思いません。
でも努力は必ず自分のものになります。
そして努力をした事実はきっと認めてもらえるはずです。
今となっては、懐かしい話です。
もう5年も前のことになります。
高校時代、私はバスケ部に所属していました。
お世辞にも強いなんていえない学校ではありましたが、
週に4,5回、練習していました。
そして高校3年の頃の私は塾通いをしていました。
一応受験科目となりうる、英語・数学・生物・小論文です。
週に4,5回部活をしていて、週に4回塾に通う。
一週間は7日しかありませんから、
当然、部活と塾の両方ある日があります。
普通の時は部活後に塾に行っても間に合うのですが、
大会前などで部活の時間が延長になると、
どうしても塾には間に合わなくなります。
しかし部活があるのも6月の初めまで。
私は最後までレギュラーになれなかった2軍メンバーですが、
だからといって中途半端なことはできません。
私は自分の意志で部活を優先しました。
実はこの高2から高3にかかる時期は、
受験勉強を理由に部活を辞める人が複数の部で存在しました。
でも私にとっては部活は辞めたくない大切なものであったし、
大切なものを犠牲にしてまで受験のために尽くそうとは思えませんでした。
引退試合でも、私のプレイ時間はごく短い限られたものでした。
私がこの部活動で得た成功体験は本当に小さなものしかありません。
でも大切な友達と一緒に最後までやり遂げたということは
かけがえのない財産になったと思います。
努力は必ず報われるだなんて思いません。
でも努力は必ず自分のものになります。
そして努力をした事実はきっと認めてもらえるはずです。
看護学を選んだ理由
「スタートラインまでの道程」という新しいテーマを設けました。
ここでいうスタートラインは看護師国試合格です。
無事にそこにたどり着けるかどうかは
3月29日にならなければ分からないのですが、
とりあえず今に至るまでの道程を振り返ってみようかなと思っています。
================================
私が大学受験のことを意識したのは高校3年に上がるころのことでした。
それまで漠然と大学には行くものだと思っていたのですが、
いまいちピンとくるものがなく、わりとボーっと過ごしていました。
それでも1つ上の学年の受験シーズンが到来すると、
周囲もちょっとずつ受験を意識するようになり、
その波に揺すられて自分もちょっと考えないとなぁと思った感じです。
私は大学での勉強とその後の仕事というのをかなり繋げて考えていました。
興味を持っていた分野は、大きく分けて「地震、自然環境、人間」の3つ。
このうちの「地震」と「自然環境」は本気でやるとなると
研究者になって一生研究を続けていくという未来を勝手に想像していました。
興味があるといっても、一生を捧げるほどの覚悟は持っていません。
かといって、それなりに勉強はしても卒業したら普通の会社員、
というようにはなりたくありませんでした。
一方で「人間」というのはかなり大きなテーマです。
医学も心理学も文学も、はたまた法学や経済学や経営学などなど
どんなことでも「人間」というところにたどり着くような気がしました。
こんなようなことを考えながら、
学部紹介的な冊子や仕事紹介的な本を
なんとなくペラペラとめくっていたある時のことです。
「看護は人間を多面的にみる科学」
正確な記憶ではないのですが、こんな感じの内容のことが目につきました。
直感的に何かおもしろそうだなと感じました。
いろいろ読んでみると、
看護というのは学術的にはまさに今、発展しつつある分野で、
さらにこれからの時代に必ず必要となる分野だと書いてありました。
これだけ科学が発展した世の中で、
時代の最先端に立てる可能性が遠くないところにあるというのは
とても魅力的に感じました。
しかも看護学部の受験科目を調べてみると、
たいていが、英語+理科(生物or化学)+小論文+面接。
国公立の場合はこれにセンター試験がつきますが、
それを加味しても私にはとてもオイシイ内容でした。
というのも私の得意科目は生物。
不得意科目は英語と数学と物理と化学。
受験で英語から逃れられないのは覚悟するとして、
得意の生物が使えて、かつ苦手な理系科目を使わなくていいなんて
こんな素晴らしい条件は他にはありません。
もう神様が看護に進めと言っているようにさえ思えました。
そんなこんなで、
マジメなんだか不純なんだか分からない理由ですが、
とりあえず看護学部を目指すことにしました。
ここでいうスタートラインは看護師国試合格です。
無事にそこにたどり着けるかどうかは
3月29日にならなければ分からないのですが、
とりあえず今に至るまでの道程を振り返ってみようかなと思っています。
================================
私が大学受験のことを意識したのは高校3年に上がるころのことでした。
それまで漠然と大学には行くものだと思っていたのですが、
いまいちピンとくるものがなく、わりとボーっと過ごしていました。
それでも1つ上の学年の受験シーズンが到来すると、
周囲もちょっとずつ受験を意識するようになり、
その波に揺すられて自分もちょっと考えないとなぁと思った感じです。
私は大学での勉強とその後の仕事というのをかなり繋げて考えていました。
興味を持っていた分野は、大きく分けて「地震、自然環境、人間」の3つ。
このうちの「地震」と「自然環境」は本気でやるとなると
研究者になって一生研究を続けていくという未来を勝手に想像していました。
興味があるといっても、一生を捧げるほどの覚悟は持っていません。
かといって、それなりに勉強はしても卒業したら普通の会社員、
というようにはなりたくありませんでした。
一方で「人間」というのはかなり大きなテーマです。
医学も心理学も文学も、はたまた法学や経済学や経営学などなど
どんなことでも「人間」というところにたどり着くような気がしました。
こんなようなことを考えながら、
学部紹介的な冊子や仕事紹介的な本を
なんとなくペラペラとめくっていたある時のことです。
「看護は人間を多面的にみる科学」
正確な記憶ではないのですが、こんな感じの内容のことが目につきました。
直感的に何かおもしろそうだなと感じました。
いろいろ読んでみると、
看護というのは学術的にはまさに今、発展しつつある分野で、
さらにこれからの時代に必ず必要となる分野だと書いてありました。
これだけ科学が発展した世の中で、
時代の最先端に立てる可能性が遠くないところにあるというのは
とても魅力的に感じました。
しかも看護学部の受験科目を調べてみると、
たいていが、英語+理科(生物or化学)+小論文+面接。
国公立の場合はこれにセンター試験がつきますが、
それを加味しても私にはとてもオイシイ内容でした。
というのも私の得意科目は生物。
不得意科目は英語と数学と物理と化学。
受験で英語から逃れられないのは覚悟するとして、
得意の生物が使えて、かつ苦手な理系科目を使わなくていいなんて
こんな素晴らしい条件は他にはありません。
もう神様が看護に進めと言っているようにさえ思えました。
そんなこんなで、
マジメなんだか不純なんだか分からない理由ですが、
とりあえず看護学部を目指すことにしました。