右肩下がりの大学の成績
私の大学時代の成績は完璧な右肩下がりです。
1年の頃の成績表はAのオンパレード。
(若干自慢も入っていますが、もはや過去の栄光でしかありません…。)
授業は、看護の専門的なことはほとんどなく、
一般教養的なことや、
高校時代の勉強の貯金でなんとかなるものが多かったのも
好成績の原因のひとつでした。
そして1年の頃にAが並んで「なんだこんなものか」と
なめてしまった部分もちょこっとあり、
それが下降線を描く原因になっていったと思います。
1年の後半くらいからは、あんまり授業を聞かなくなっていました。
一応出席はしてるんだけど、半分以上寝てる……みたいな。
ただそれでも、課題の本を読んでレポート出すような科目だと、
一晩徹夜するだけでAが来ちゃうんですよ。
たかだか19歳になるかならないかの未熟な学生なんだから
なめちゃうのも無理ないよぉ、
なんて責任を人になすりつけるようなことは言いませんが。。。
でも、大学はそんなに甘くありませんでした。
2年になって基礎看護技術の演習が始まったりしたのですが、
気がついたら授業がぜんぜん分からなくなっていました。
演習テストでも何度も追試になったりしました。
期末試験の時は、大量のプリントを前にして
さすがに一夜漬けじゃ乗り切れないなと悟ったものの、
結局は1週間くらいしか勉強しないままの付け焼刃で臨み、
案の定、ギリギリ追試を免れる程度の点数だったと思います。
それでもなんとか留年することもなく、3年生へ。
病態学や看護学が3年前期で詰め込まれるという
強行カリキュラムが組まれていました。
前期で専門科目を詰め込み、後期で病棟実習という流れです。
ここで私は「授業で寝ない宣言」をしたのですが、
3日ともたずに崩れました。
朝9時から夕方6時、遅い時は7時半までビッチリ詰まった授業。
しかもよく分からない医学部の教授がフラっと来て、
自分の専門領域を学生の習熟度なんかお構いなしに喋り上げて、
「質問ならいつでも受ける」と偉そうなことを言いながら、
自分の名前もメールアドレスも告げないような人、多数。
(もちろんすべての医学部の先生がこうだったわけではありませんが。)
でもまあ、とにかく、
大抵の授業では私の理解力も集中力もまったくついていけませんでした。
3年後期にあった病棟実習。
このことはまた改めて書くつもりですが、
とりあえず、自分の勉強不足をイヤというほど痛感させられました。
でも私の方向性が見えてきたのもこの頃です。
尊敬できる人生の先輩に出会えました。
成績は下がり、気がつけばAの割合はどんどん少なく、
Bの勢力が急激に増し、Cもどんどん顔を見せるようになっていきました。
それでも卒業に必要な単位は
4年時の必修科目を除いて、3年まででとり終えることができたので、
自由気ままな4年生を過ごすことができ、
のほほんとしたまま卒業に至りました。
1年の頃の成績表はAのオンパレード。
(若干自慢も入っていますが、もはや過去の栄光でしかありません…。)
授業は、看護の専門的なことはほとんどなく、
一般教養的なことや、
高校時代の勉強の貯金でなんとかなるものが多かったのも
好成績の原因のひとつでした。
そして1年の頃にAが並んで「なんだこんなものか」と
なめてしまった部分もちょこっとあり、
それが下降線を描く原因になっていったと思います。
1年の後半くらいからは、あんまり授業を聞かなくなっていました。
一応出席はしてるんだけど、半分以上寝てる……みたいな。
ただそれでも、課題の本を読んでレポート出すような科目だと、
一晩徹夜するだけでAが来ちゃうんですよ。
たかだか19歳になるかならないかの未熟な学生なんだから
なめちゃうのも無理ないよぉ、
なんて責任を人になすりつけるようなことは言いませんが。。。
でも、大学はそんなに甘くありませんでした。
2年になって基礎看護技術の演習が始まったりしたのですが、
気がついたら授業がぜんぜん分からなくなっていました。
演習テストでも何度も追試になったりしました。
期末試験の時は、大量のプリントを前にして
さすがに一夜漬けじゃ乗り切れないなと悟ったものの、
結局は1週間くらいしか勉強しないままの付け焼刃で臨み、
案の定、ギリギリ追試を免れる程度の点数だったと思います。
それでもなんとか留年することもなく、3年生へ。
病態学や看護学が3年前期で詰め込まれるという
強行カリキュラムが組まれていました。
前期で専門科目を詰め込み、後期で病棟実習という流れです。
ここで私は「授業で寝ない宣言」をしたのですが、
3日ともたずに崩れました。
朝9時から夕方6時、遅い時は7時半までビッチリ詰まった授業。
しかもよく分からない医学部の教授がフラっと来て、
自分の専門領域を学生の習熟度なんかお構いなしに喋り上げて、
「質問ならいつでも受ける」と偉そうなことを言いながら、
自分の名前もメールアドレスも告げないような人、多数。
(もちろんすべての医学部の先生がこうだったわけではありませんが。)
でもまあ、とにかく、
大抵の授業では私の理解力も集中力もまったくついていけませんでした。
3年後期にあった病棟実習。
このことはまた改めて書くつもりですが、
とりあえず、自分の勉強不足をイヤというほど痛感させられました。
でも私の方向性が見えてきたのもこの頃です。
尊敬できる人生の先輩に出会えました。
成績は下がり、気がつけばAの割合はどんどん少なく、
Bの勢力が急激に増し、Cもどんどん顔を見せるようになっていきました。
それでも卒業に必要な単位は
4年時の必修科目を除いて、3年まででとり終えることができたので、
自由気ままな4年生を過ごすことができ、
のほほんとしたまま卒業に至りました。