4年目看護師のアタマとココロ -24ページ目

病棟オリエン&歓迎会

なんだか一日がすごく濃厚。

ものすごい勢いでいろんな情報が入ってくる。

消化しきれていませんが。

今日は点滴ラインの作り方や滴下数の調節などの演習をやりました。

患者さんもいないのに、かなりキョドってしまいました。

 

歓迎会で思ったこと。

・想像以上にタバコ人口が少ない。

 20人くらいいた中で、飲んでる席でタバコを吸っていたのは一人だけでした。

・みんな元気

 日勤やって勤務時間内には当然おわらず残業までしてる人がほとんどなのに、

 かなりのテンションで、しゃべる!飲む!食べる!

・みんな根はマジメ

 どんなに騒いでいても、まじめネタに移るとすぐにそのマジメさが言葉の節々に現れます。

全体研修は今日でおしまい。

病院の社員食堂デビューを果たしました。
値段は手頃で味もおいしい。
なんだか、安心しました。
でも病院の社食ってだけあって、利用者の9割は何かしらの白衣。
ちょっと異様な光景でした。
なんだか、コワイ。まあきっとすぐに慣れる気はしますが。

全体のオリエンは今日で終了。
明日は病棟でいろいろなオリエンを受けます。
全体でやるのよりはちょっと緊張。
そして夜には病棟での新人歓迎会とやらが催されるそうです。
こっちもなにげに緊張します。

配属発表!

今日、ついに配属が発表されました。
私は混合外科に!!
外科系希望だったので、希望が通ってよかったです。

バイク通勤がしたい

友達と会話をしていて、
勤務先の病院が家から思っていた以上に近いことが分かりました。
地図でザッと距離を測ってみるとだいたい5、6km。
学生時代だったら、実習のない日ならチャリ通したかもしれません。

でもさすがに今になってそんなところに体力を使う気はないですが、
バイク通勤したいなぁなんて思ったんです。
電車で通うと、ドアtoドアで余裕をもって計算すると50分くらいかかるんです。
でもバイクを使えばこの距離なら20分くらいあれば十分行けそう。

まあ慣れるまではとりあえず電車で通勤します。
そう思って、定期は3ヶ月分だけ買いました。
定期を買って、さらにバイク通勤への思いが高まりました。
社会人になると、(当然ですが)学割が効きません。
そうすると、定期代がかなり高いんですね。

今の悩みはどんなバイクにするか。
普通免許は持ってるので
原付きならモノさえ手に入れればすぐにでも乗れるのですが、
私は原付きに対してあまり好印象は持っていません。
(馬力が弱い分、より危なそうなイメージがあります。)
それなら二輪免許を取るとしたら、
小型限定(125cc以下)にするか普通(400cc以下)にするか。
通勤用なら小型限定で十分だと思うのですが、
教習費用が2万ちょっとしか変わらなかったので、
だったら普通二輪の方がいいのかなぁと思ったり。
でも別にバイクで遠くに行きたいわけでもないし、と思ったり。
ただ免許取得の難易度に大きな差がなにのなら、
普通で取って小さ目のバイクを買うのでもいいし、と思ったり。

でもまあこのことはまたしばらくしてから考えようと思います。
まずは病院での仕事に慣れる方が先で、
早急に勉強するべきことも山ほどあるはずなので。

それに、先立つ物も貯めなければいけません。。。
原付きを買うくらいだったらそれこそ3ヶ月経てば頑張れば買えそうですが、
例え小型だとしても免許とってバイク買うとなると大きな出費ですもんね。

新人研修 2日目

といっても、昨日・今日は大して内容がないように思える。
マナー研修も本当にありきたりのことしか言われなかったし。
今日、大事だなと思ったのは、ICカードでの出勤・退出の記録の仕方くらい。
でも月曜には看護部オリエンテーションがみっちりあるし、
火曜には実技の演習があるから、ちょっとエネルギーが必要かも。

明日はお休み。
大学の部活のOGたちとやってるクラブ活動の練習に行ってきます。

新人研修 1日目

今日から、日曜日を除いて4日間、新人研修が行われます。
私の勤める病院はキリスト教系の病院なので、
「就職感謝礼拝」というものから始まりました。
社会人デビュー、ということで
「もう居眠りなんてしない」と決意はしたのですが……。
あの厳かな空気、胸に響くパイプオルガン、絶妙な抑揚のチャペルンの言葉、
すべてが私を心安らかな眠りに誘います。

ということで、新社会人の決意はものの20分で崩れました。
でも私、この礼拝みたいな時間と空間はキライじゃないなと思いました。
日々、殺伐な生活が続いたとしても、
週に1回、数十分でもああゆうふうに落ち着いた場所で
周囲の雑音から耳を閉ざして物思いにふけることができたら、
なんだか心がリフレッシュできそうな気がします。
別にキリスト教の礼拝所である必要はないですけどね。
どこでもいいけど、そういう時間と空間を持つことって大事かも。

それ以後は、まあ特別たいしたことはなく6時ごろ終了。
そういえば、3日目まではお昼のお弁当が支給されるのですが、
そのお弁当が期待以上に美味しかった。
しかも就職祝いという意味を込めてくれているのか、
なんとご飯が白ご飯ではなくお赤飯でした。

合格証書、到着

合格証書が届きました。
といっても、ハガキをペラっとめくったら出てくる程度のものですが。
それには国家試験成績等通知書なるものも付いていて、
自分の得点と合格基準も示されています。
2年前から試験問題の持ち帰りが禁じられ、
(というっても毎年確実に問題は復元されてますけどね。)
それに伴って、成績が通知されるようになったと聞いた覚えがあります。

成績通知書を見て初めて知ったことが一つ。
・保健師の合格基準は絶対基準。
→前からそうだったのでしょうか?
 あんまりよく分からないのですが、
 とりあえず今年は6割以上ということのようです。

とまあ、とりあえず、これで国試に関することは全て終わりです。
あとはちゃんと申請して、免許状さえもらえればばっちりです。

このブログは日々の国試勉強を振り返ることを
大きな目的としていたものです。
その役割は国試受験が終わり、結果が出た時点で終わりました。
なので今後は、タイトルも内容も一新することにします。

ちなみに、4月1日にアメーバブログがリニューアルするそうです。
そしてリニューアルに伴い、
30日午後9時ごろから4月1日の午前9時ごろまで
ブログ閲覧を含めたアメーバブログの全てのサービスが一時休止になります。

ということで、
新ブログは4月1日からスタートすることにします。
でもせっかくなので、今までの分はとっておいたまま、
設定だけ変更して続けていきたいと思います。
ただ4月1日から研修が始まるので、
もし疲れてPCを開く元気もなかったりしたら
更新が遅れることもあるかもしれません。
でも、どんな形になるかは未知ですが、
とにかく私のこのブログは続けていきますので、
皆さん、お時間があるときにはぜひ覗きにいらして下さい。
お待ちしています。

今後もよろしくお願いします。

国試?ダイジョウブでした!!!

本日、看護師・保健師の合格発表があり、
お蔭様で無事にどちらも合格しました。
これで無事に4月から就職することができます。
応援してくださった皆さん、
気にかけてくださった皆さん、
本当にありがとうございました。

今日私は厚生労働省の合格者名簿を見に行きました。
発表は2時だったのですが、着いたのは2時10分くらいで、
結局かなり並ぶことになりました。
私が入るころには既に結果を見終わって、
はしゃいでる人、嬉し泣きの人、様々でした。
でも並んでる最中に、不安で涙しながら電話してる人もいたりして、
なんだか微妙な空間でもありました。

私はそれなりに自信はあったので
それほど心配はしていなかったのですが、
それでも自分の番号と名前を見つけた時には
やっぱり心底ホッとしました。

これでようやくスタートラインに立てました。
4月1日から新入職員の研修が始まります。
「勉強やり直しときなさいよ」的メッセージが伺える、
研修用のテキストが送られてきたりもしました。
学生気分ともそろそろお別れをして、
気持ちを引き締めて、
最初の一歩を踏み出して行きたいと思います。

人生が変わった②~病棟実習~

私の学校では、3年の後期に病棟実習が集中しています。
その時のことです。
私はこの実習が終わるまでは、
看護師の免許は取っても、病院でなんか働かないと考えていました。
2年生の夏にやった基礎実習やその秋にあった母性の実習などで
病院という場になんとなく馴染めず、
卒業したら看護以外の仕事に就こう、
一般企業への就職活動をしようと思っていました。
なのでこの病棟実習は、
とにかく大学を卒業するために、
半年間我慢をして耐え抜こうという気持ちで臨みました。

病棟実習は一つの病棟に2週間か3週間、
一人の患者さん(その患者さんが実習期間中に退院された場合はもう一人)を受け持たせてもらい、
看護ケア計画を立てたり、許される範囲で看護ケアを行ったりします。

私は患者さんにも看護師さんにも実習指導の先生にも
一緒に実習するメンバーの学生にも
基本的に恵まれながら実習を進めていくことができました。
理不尽なことを言われることもなく、
イヤな思いをすることもありませんでした。

その中でも最も私が影響を受けたのが、
消化器外科病棟で実習をしていた時の実習指導の先生です。
その人は学校の助手の先生でしたが、
実習まではそれほど関わったことはありませんでした。

私はその先生に実習初日からことごとくダメだしをされ続けました。
実習目標と実習の行動計画いうのを毎日立てるのですが、
その実習目標にすらダメだしされ、
なんでダメなのかさっぱり分からなかった私は、正直言って驚きました。
また毎日、前日の実習を振り返ってその日の学びを書いて
実習指導の先生に提出するのですが、
それを読まれて「薄い学びねぇ」と言われたこともあります。
真剣に書いたアセスメント用紙も見せた途端に苦笑されたこともあります。

と、こう書くとものすごくいびられているようにも見えるかもしれませんが、
これは要するに私のレベルがものすごく低かったということなんです。
この消化器外科の実習までにもいくつかの病棟で実習し、
そのたびに様々な実習指導の先生に受け持ってもらいましたが、
こんなにも出来の悪い私に真正面から付き合ってくれたのはこの先生だけでした。

まあ、大学生にもなれば、
最低限のレベル以上は自己責任みたいな部分があるのかもしれません。
学ぼうと思うならいくらでも自分で行動できる状態ですから。
ただ私には自分から積極的に学ぼうという姿勢は微塵もありませんでした。
とにかく早く実習が終わればいい、そう思っていました。
さすがに患者さんを目の前にするとテキトーなことはできない気持ちになり
実習中は頭をフル回転させて、誠実に、一生懸命やりました。
でも所詮はなんの積み重ねもない付け焼刃なので、
私はおそらく、最低限度ギリギリくらいのレベルだったんだと思います。

多くの先生は、こんな私にも誠実に対応してくれました。
できるところを認め、あとここをもう少し頑張れと助言してくれたりしました。
でもある程度のこと(=最低限度のこと)を認められた私は、
それ以上のことはほとんどやりませんでした。

ですが、消化器外科の時の実習指導先生は違ったのです。
私の根のマジメさだけは認めてくれましたが、
それ以外は全部ダメだしと言っても過言ではないくらいでした。
記録をつき返され、直したと言って再提出しても、ダメ。
直せと言われても、私は全然直すことができなかったのです。
私のレベルの低さはすぐに先生も気づき、
そうなると日々のカンファレンスで徹底的にしごかれました。
毎日様々な質問を飛ばしてきて、
分からなければ「じゃあ明日までに調べてきてね」という具合です。

それまでの実習でも一生懸命に頭と体を使ってきたつもりでしたが、
この時の実習ではその使い方が違いました。
そして毎日これだけ先生にダメだしをされると、
「今度こそ絶対にOKもらってやる」
「先生がびっくりするくらい完璧な記録を出してやる」
と変なやる気も出てきました。
(でもこれは私が単純すぎた気もします。)
ただ結局3週間、最後までダメだしはなくなりませんでした。
実習が終わった時は、やっと終わった!と開放感を感じました。

私が自分の変化に気づいたのは実習が終わってからです。
この実習の後、1週間ほど休みがありました。
(大学の学園祭のために一斉に授業がなくなる時期でした。)
久しぶりに記録に追われることもなく、部活の練習に出て、
帰りの電車でボーっとしていました。
その時に、開放感とは違う何か別の気持ちがあることに気づきました。
なんだろうと考えていると、ある一つの結論に至りました。
「あ、寂しいんだ。。。」
もうあんなふうに実習することがない、
そう思うと無性に寂しく感じました。
そして気付きました。
「自分のやりたいことはこういうことなんだと。」
つまり、毎日あんなふうに頭と体を使いたかったのです。
自分ではその使い方が全く分かっていませんでした。
この実習中は、先生に導かれるがままにやっていたのですが、
そのことを通じて
何を考えたらいいのか、どんなふうに考えたらいいのか、
どんな視点で考えたらいいのか、
何を優先するべきなのか、何が大事なのか、
そういう考えや行動の道筋を少し示してもらったのだと思います。

それから少しして、私は看護の道に進もうと決意しました。
先生が私のことを見捨てずに見せてくれた道は
実はものすごく興味深いところでした。
私はそのことすら見えない段階で、
この道は合わないと決めつけていたようです。
そのことを気付かせてくれたこの先生には
本当に感謝と尊敬の気持ちでいっぱいです。
見捨てないでくれて、見放さないでくれて、ずっと付き合ってくれて、
ありがとうございました。

人生が変わった①~海外デビュー~

私は大学2年の春休みまで海外に行ったことがありませんでした。
というかむしろ、外国にはほとんど興味がなく
ヨーロッパやアメリカなどに憧れることも
アフリカやアジアに夢を馳せることも全くありませんでした。

そんな私が海外に行くことになったのは、
乱暴な言い方をすれば、友達にそそのかされたからです。
彼女とは部活の同級生で、
いろんな所に旅するのが大好きな人でした。
大学1年の春休みにも友達3人と共に
香港~ミャンマーあたりを
1ヶ月以上バックパックで旅行していたり、
それ以外にもいろいろ行ったりしていたり、まあそんな感じの人です。

こんな彼女が
「旅はいい」「一回行けばきっと何か変わる」
「絶対いろんな所に行っといた方がいい」
などなど、なぜだかしきりに私のことを誘ってきました。
自分が一緒に旅行した友達と会わせたり、
沢木耕太郎の「深夜特急」を貸してくれたりもしました。

そんなことをしている間に、
なんだかちょっと楽しそうだなぁという気になっていました。
簡単に言えば彼女のペースに飲み込まれたんですけどね。
私自身、未知の世界に飛び込むことは結構好きなタイプですし。
怖いもの知らずというか世間知らずというかは微妙ですが……。

そんなこんなで私の初海外は、
3週間ほどバックパックで
シンガポール~マレーシア~タイを旅することになりました。

はっきり言ってこの3週間は、本当に衝撃的で刺激的な毎日でした。
毎日毎日がフツーに生活していたらありえない非日常的なことばかりで、
本当にあっという間の3週間でした。
まあ3週間でこれだけの場所に行ったのでかなり駆け足旅行で、
やったら移動ばっかりしていたせいっていうのもあると思うんですけどね。

でもとにかく、
この時の経験が、感情が、光景が、
私の心の中の何かを動かしたのです。
そこには、人々の生きる力が溢れているように感じました。
ただ、生きる力だけでは生きられない、
そんな事情も垣間見ることができました。
「そういう所に手助けがしたい」、そう思いました。