人生が変わった②~病棟実習~
私の学校では、3年の後期に病棟実習が集中しています。
その時のことです。
私はこの実習が終わるまでは、
看護師の免許は取っても、病院でなんか働かないと考えていました。
2年生の夏にやった基礎実習やその秋にあった母性の実習などで
病院という場になんとなく馴染めず、
卒業したら看護以外の仕事に就こう、
一般企業への就職活動をしようと思っていました。
なのでこの病棟実習は、
とにかく大学を卒業するために、
半年間我慢をして耐え抜こうという気持ちで臨みました。
病棟実習は一つの病棟に2週間か3週間、
一人の患者さん(その患者さんが実習期間中に退院された場合はもう一人)を受け持たせてもらい、
看護ケア計画を立てたり、許される範囲で看護ケアを行ったりします。
私は患者さんにも看護師さんにも実習指導の先生にも
一緒に実習するメンバーの学生にも
基本的に恵まれながら実習を進めていくことができました。
理不尽なことを言われることもなく、
イヤな思いをすることもありませんでした。
その中でも最も私が影響を受けたのが、
消化器外科病棟で実習をしていた時の実習指導の先生です。
その人は学校の助手の先生でしたが、
実習まではそれほど関わったことはありませんでした。
私はその先生に実習初日からことごとくダメだしをされ続けました。
実習目標と実習の行動計画いうのを毎日立てるのですが、
その実習目標にすらダメだしされ、
なんでダメなのかさっぱり分からなかった私は、正直言って驚きました。
また毎日、前日の実習を振り返ってその日の学びを書いて
実習指導の先生に提出するのですが、
それを読まれて「薄い学びねぇ」と言われたこともあります。
真剣に書いたアセスメント用紙も見せた途端に苦笑されたこともあります。
と、こう書くとものすごくいびられているようにも見えるかもしれませんが、
これは要するに私のレベルがものすごく低かったということなんです。
この消化器外科の実習までにもいくつかの病棟で実習し、
そのたびに様々な実習指導の先生に受け持ってもらいましたが、
こんなにも出来の悪い私に真正面から付き合ってくれたのはこの先生だけでした。
まあ、大学生にもなれば、
最低限のレベル以上は自己責任みたいな部分があるのかもしれません。
学ぼうと思うならいくらでも自分で行動できる状態ですから。
ただ私には自分から積極的に学ぼうという姿勢は微塵もありませんでした。
とにかく早く実習が終わればいい、そう思っていました。
さすがに患者さんを目の前にするとテキトーなことはできない気持ちになり
実習中は頭をフル回転させて、誠実に、一生懸命やりました。
でも所詮はなんの積み重ねもない付け焼刃なので、
私はおそらく、最低限度ギリギリくらいのレベルだったんだと思います。
多くの先生は、こんな私にも誠実に対応してくれました。
できるところを認め、あとここをもう少し頑張れと助言してくれたりしました。
でもある程度のこと(=最低限度のこと)を認められた私は、
それ以上のことはほとんどやりませんでした。
ですが、消化器外科の時の実習指導先生は違ったのです。
私の根のマジメさだけは認めてくれましたが、
それ以外は全部ダメだしと言っても過言ではないくらいでした。
記録をつき返され、直したと言って再提出しても、ダメ。
直せと言われても、私は全然直すことができなかったのです。
私のレベルの低さはすぐに先生も気づき、
そうなると日々のカンファレンスで徹底的にしごかれました。
毎日様々な質問を飛ばしてきて、
分からなければ「じゃあ明日までに調べてきてね」という具合です。
それまでの実習でも一生懸命に頭と体を使ってきたつもりでしたが、
この時の実習ではその使い方が違いました。
そして毎日これだけ先生にダメだしをされると、
「今度こそ絶対にOKもらってやる」
「先生がびっくりするくらい完璧な記録を出してやる」
と変なやる気も出てきました。
(でもこれは私が単純すぎた気もします。)
ただ結局3週間、最後までダメだしはなくなりませんでした。
実習が終わった時は、やっと終わった!と開放感を感じました。
私が自分の変化に気づいたのは実習が終わってからです。
この実習の後、1週間ほど休みがありました。
(大学の学園祭のために一斉に授業がなくなる時期でした。)
久しぶりに記録に追われることもなく、部活の練習に出て、
帰りの電車でボーっとしていました。
その時に、開放感とは違う何か別の気持ちがあることに気づきました。
なんだろうと考えていると、ある一つの結論に至りました。
「あ、寂しいんだ。。。」
もうあんなふうに実習することがない、
そう思うと無性に寂しく感じました。
そして気付きました。
「自分のやりたいことはこういうことなんだと。」
つまり、毎日あんなふうに頭と体を使いたかったのです。
自分ではその使い方が全く分かっていませんでした。
この実習中は、先生に導かれるがままにやっていたのですが、
そのことを通じて
何を考えたらいいのか、どんなふうに考えたらいいのか、
どんな視点で考えたらいいのか、
何を優先するべきなのか、何が大事なのか、
そういう考えや行動の道筋を少し示してもらったのだと思います。
それから少しして、私は看護の道に進もうと決意しました。
先生が私のことを見捨てずに見せてくれた道は
実はものすごく興味深いところでした。
私はそのことすら見えない段階で、
この道は合わないと決めつけていたようです。
そのことを気付かせてくれたこの先生には
本当に感謝と尊敬の気持ちでいっぱいです。
見捨てないでくれて、見放さないでくれて、ずっと付き合ってくれて、
ありがとうございました。
その時のことです。
私はこの実習が終わるまでは、
看護師の免許は取っても、病院でなんか働かないと考えていました。
2年生の夏にやった基礎実習やその秋にあった母性の実習などで
病院という場になんとなく馴染めず、
卒業したら看護以外の仕事に就こう、
一般企業への就職活動をしようと思っていました。
なのでこの病棟実習は、
とにかく大学を卒業するために、
半年間我慢をして耐え抜こうという気持ちで臨みました。
病棟実習は一つの病棟に2週間か3週間、
一人の患者さん(その患者さんが実習期間中に退院された場合はもう一人)を受け持たせてもらい、
看護ケア計画を立てたり、許される範囲で看護ケアを行ったりします。
私は患者さんにも看護師さんにも実習指導の先生にも
一緒に実習するメンバーの学生にも
基本的に恵まれながら実習を進めていくことができました。
理不尽なことを言われることもなく、
イヤな思いをすることもありませんでした。
その中でも最も私が影響を受けたのが、
消化器外科病棟で実習をしていた時の実習指導の先生です。
その人は学校の助手の先生でしたが、
実習まではそれほど関わったことはありませんでした。
私はその先生に実習初日からことごとくダメだしをされ続けました。
実習目標と実習の行動計画いうのを毎日立てるのですが、
その実習目標にすらダメだしされ、
なんでダメなのかさっぱり分からなかった私は、正直言って驚きました。
また毎日、前日の実習を振り返ってその日の学びを書いて
実習指導の先生に提出するのですが、
それを読まれて「薄い学びねぇ」と言われたこともあります。
真剣に書いたアセスメント用紙も見せた途端に苦笑されたこともあります。
と、こう書くとものすごくいびられているようにも見えるかもしれませんが、
これは要するに私のレベルがものすごく低かったということなんです。
この消化器外科の実習までにもいくつかの病棟で実習し、
そのたびに様々な実習指導の先生に受け持ってもらいましたが、
こんなにも出来の悪い私に真正面から付き合ってくれたのはこの先生だけでした。
まあ、大学生にもなれば、
最低限のレベル以上は自己責任みたいな部分があるのかもしれません。
学ぼうと思うならいくらでも自分で行動できる状態ですから。
ただ私には自分から積極的に学ぼうという姿勢は微塵もありませんでした。
とにかく早く実習が終わればいい、そう思っていました。
さすがに患者さんを目の前にするとテキトーなことはできない気持ちになり
実習中は頭をフル回転させて、誠実に、一生懸命やりました。
でも所詮はなんの積み重ねもない付け焼刃なので、
私はおそらく、最低限度ギリギリくらいのレベルだったんだと思います。
多くの先生は、こんな私にも誠実に対応してくれました。
できるところを認め、あとここをもう少し頑張れと助言してくれたりしました。
でもある程度のこと(=最低限度のこと)を認められた私は、
それ以上のことはほとんどやりませんでした。
ですが、消化器外科の時の実習指導先生は違ったのです。
私の根のマジメさだけは認めてくれましたが、
それ以外は全部ダメだしと言っても過言ではないくらいでした。
記録をつき返され、直したと言って再提出しても、ダメ。
直せと言われても、私は全然直すことができなかったのです。
私のレベルの低さはすぐに先生も気づき、
そうなると日々のカンファレンスで徹底的にしごかれました。
毎日様々な質問を飛ばしてきて、
分からなければ「じゃあ明日までに調べてきてね」という具合です。
それまでの実習でも一生懸命に頭と体を使ってきたつもりでしたが、
この時の実習ではその使い方が違いました。
そして毎日これだけ先生にダメだしをされると、
「今度こそ絶対にOKもらってやる」
「先生がびっくりするくらい完璧な記録を出してやる」
と変なやる気も出てきました。
(でもこれは私が単純すぎた気もします。)
ただ結局3週間、最後までダメだしはなくなりませんでした。
実習が終わった時は、やっと終わった!と開放感を感じました。
私が自分の変化に気づいたのは実習が終わってからです。
この実習の後、1週間ほど休みがありました。
(大学の学園祭のために一斉に授業がなくなる時期でした。)
久しぶりに記録に追われることもなく、部活の練習に出て、
帰りの電車でボーっとしていました。
その時に、開放感とは違う何か別の気持ちがあることに気づきました。
なんだろうと考えていると、ある一つの結論に至りました。
「あ、寂しいんだ。。。」
もうあんなふうに実習することがない、
そう思うと無性に寂しく感じました。
そして気付きました。
「自分のやりたいことはこういうことなんだと。」
つまり、毎日あんなふうに頭と体を使いたかったのです。
自分ではその使い方が全く分かっていませんでした。
この実習中は、先生に導かれるがままにやっていたのですが、
そのことを通じて
何を考えたらいいのか、どんなふうに考えたらいいのか、
どんな視点で考えたらいいのか、
何を優先するべきなのか、何が大事なのか、
そういう考えや行動の道筋を少し示してもらったのだと思います。
それから少しして、私は看護の道に進もうと決意しました。
先生が私のことを見捨てずに見せてくれた道は
実はものすごく興味深いところでした。
私はそのことすら見えない段階で、
この道は合わないと決めつけていたようです。
そのことを気付かせてくれたこの先生には
本当に感謝と尊敬の気持ちでいっぱいです。
見捨てないでくれて、見放さないでくれて、ずっと付き合ってくれて、
ありがとうございました。