東京ドームの試合について。
約二ヶ月ぶりの更新。皆様、あけましておめでとうございます。さて、新年恒例の1.4東京ドーム大会。僕はPPVで見たんですが、もしこの大会を採点するならせいぜい55点といったところでしょうか。自分的に印象に残ったのは、「三銃士復活」と太陽ケアの強さだけですね。
まず、最後の試合の演出に関しては、ネット等でも「今さら橋本を持ち出して」という意見が多いようだし、テレビ解説席の高山も「これはズルいよ」というような論調で喋っていたけれど、僕はそうは思いませんでした。「ファンの記憶を利用する」のはトップレスラーの特権だし、ましてやそれが「橋本」である以上、武藤と蝶野の二人にはその資格が十分にあると思うし。ファンがどう感じるかは自由だとしても、仮にもレスラーの高山が「これをやられたら勝てねーよ」みたいに言ってしまうのは、僕は非常に情けない発言だと思う。仮にあの日の最後がアレだとしても、もしその前に中邑や棚橋がファンの度肝を抜くような試合を見せれていたなら、武藤や蝶野の行動が「寒いもの」に見えた可能性だってあったと思う。ファンの記憶を味方につけようが何しようが、そういうものも含めて他の試合とも真剣勝負をしなきゃいけないのが、プロレスラーだと思う。もし、あの日、武藤や蝶野の試合が他の試合よりもファンの印象に残ったのなら、それは単純に武藤たちが他のレスラーたちよりも凄かったということ。ここで「ズルい」と言ってしまった高山は、まだまだレスラーとして甘いと思います。そもそも、そういう高山だって、ドン・フライとのあの一戦の「印象」で食いつないでいるんじゃないの?と。非常に頭のいいレスラーだし、これからのプロレス界を背負うキーマンだと思うだけに、帝王、帝王と呼ばれて、ちょっと勘違いしちゃってるんだとしたら残念だし、人の試合にいちゃもんつける前に自分の身体をきっちり仕上げて(特にあのお腹)、武藤や蝶野が出来ないような試合を一つでも多く僕たちファンに見せてほしいと思います。ただ、アレですね。「三銃士の勝利」というハッピーエンドなシナリオはいいんですが、そのためにテンコジに貧乏くじを引かせる必要があったのかどうか。仮にも直近の世界最強タッグの優勝チームなわけだし、小島は全日本のエースでもあるわけだし。あの試合は「武藤・蝶野with橋本」が勝つことが重要で、ここに世代闘争を持ってきたのは間違いだと思うんです。このあたりの選手の扱いの下手さが、むしろ僕は非常に許せなかったですね。ちなみに、カード編成が決まる前、僕は「武藤・蝶野 vs カートアングル・高山」というマッチメイクを描いていました。どっちが勝とうが負けようがあまり関係のないドリームカードならまだしも、こういう演出を成立させるために団体の商品にカンタンに傷をつけてしまうのはどうかと思いました。
あと、太陽ケア。僕的には今までわりとノーマークな存在だったんですが、この選手はエラい強いですね。棚橋の勝利に説得力を持たせるなら、もう少し最後に反撃が必要だったと思うし、せめて最後はドラゴンスープレックスだと思ったんですが、どうでしょう。いつどこで決まるかわからない格闘技じゃないんだから、こういうフィニッシュシーンにはしっかりこだわってほしいです。
中邑と川田の試合は、僕はぜんぜんいい試合だと思いませんでした。この試合を賞し、解説の柴田さんあたりは「新日本に殺気が戻ってきた」なんて言ってたけど、そうでしょうかね。僕は中邑はもっときわどく攻めてもよかったと思うし、それでこそ川田の凄みが引き出されたように思う。僕はむしろ中邑がプロレスの世界にとけ込み、本来持っていた殺気が損なわれてきたことが心配になったし、ハッスル慣れした川田の試合勘の無さにがっくりしました。あと、永田。「白目をむく」キラー永田ムーブは、本当に勘弁してほしいです。鈴木との意地の張り合いも今となっては予定調和にしかみえないし、「あー、この二人は信頼し合ってるんだなぁ」と思ってしまいました。
まず、最後の試合の演出に関しては、ネット等でも「今さら橋本を持ち出して」という意見が多いようだし、テレビ解説席の高山も「これはズルいよ」というような論調で喋っていたけれど、僕はそうは思いませんでした。「ファンの記憶を利用する」のはトップレスラーの特権だし、ましてやそれが「橋本」である以上、武藤と蝶野の二人にはその資格が十分にあると思うし。ファンがどう感じるかは自由だとしても、仮にもレスラーの高山が「これをやられたら勝てねーよ」みたいに言ってしまうのは、僕は非常に情けない発言だと思う。仮にあの日の最後がアレだとしても、もしその前に中邑や棚橋がファンの度肝を抜くような試合を見せれていたなら、武藤や蝶野の行動が「寒いもの」に見えた可能性だってあったと思う。ファンの記憶を味方につけようが何しようが、そういうものも含めて他の試合とも真剣勝負をしなきゃいけないのが、プロレスラーだと思う。もし、あの日、武藤や蝶野の試合が他の試合よりもファンの印象に残ったのなら、それは単純に武藤たちが他のレスラーたちよりも凄かったということ。ここで「ズルい」と言ってしまった高山は、まだまだレスラーとして甘いと思います。そもそも、そういう高山だって、ドン・フライとのあの一戦の「印象」で食いつないでいるんじゃないの?と。非常に頭のいいレスラーだし、これからのプロレス界を背負うキーマンだと思うだけに、帝王、帝王と呼ばれて、ちょっと勘違いしちゃってるんだとしたら残念だし、人の試合にいちゃもんつける前に自分の身体をきっちり仕上げて(特にあのお腹)、武藤や蝶野が出来ないような試合を一つでも多く僕たちファンに見せてほしいと思います。ただ、アレですね。「三銃士の勝利」というハッピーエンドなシナリオはいいんですが、そのためにテンコジに貧乏くじを引かせる必要があったのかどうか。仮にも直近の世界最強タッグの優勝チームなわけだし、小島は全日本のエースでもあるわけだし。あの試合は「武藤・蝶野with橋本」が勝つことが重要で、ここに世代闘争を持ってきたのは間違いだと思うんです。このあたりの選手の扱いの下手さが、むしろ僕は非常に許せなかったですね。ちなみに、カード編成が決まる前、僕は「武藤・蝶野 vs カートアングル・高山」というマッチメイクを描いていました。どっちが勝とうが負けようがあまり関係のないドリームカードならまだしも、こういう演出を成立させるために団体の商品にカンタンに傷をつけてしまうのはどうかと思いました。
あと、太陽ケア。僕的には今までわりとノーマークな存在だったんですが、この選手はエラい強いですね。棚橋の勝利に説得力を持たせるなら、もう少し最後に反撃が必要だったと思うし、せめて最後はドラゴンスープレックスだと思ったんですが、どうでしょう。いつどこで決まるかわからない格闘技じゃないんだから、こういうフィニッシュシーンにはしっかりこだわってほしいです。
中邑と川田の試合は、僕はぜんぜんいい試合だと思いませんでした。この試合を賞し、解説の柴田さんあたりは「新日本に殺気が戻ってきた」なんて言ってたけど、そうでしょうかね。僕は中邑はもっときわどく攻めてもよかったと思うし、それでこそ川田の凄みが引き出されたように思う。僕はむしろ中邑がプロレスの世界にとけ込み、本来持っていた殺気が損なわれてきたことが心配になったし、ハッスル慣れした川田の試合勘の無さにがっくりしました。あと、永田。「白目をむく」キラー永田ムーブは、本当に勘弁してほしいです。鈴木との意地の張り合いも今となっては予定調和にしかみえないし、「あー、この二人は信頼し合ってるんだなぁ」と思ってしまいました。
新日と全日の「合同興行」について。
来年の1.4東京ドーム大会が、事実上、新日&全日の合同興行として行われることが決まりました。新日にしては珍しく事前にマスコミにリークされることもなく、リアルに「電撃発表」だったのでビックリでした。まあ、それほど新鮮な絡みではないし、今さら二大メジャーでもないだろうという気もします。でも、告知ポスターにあの二つのロゴマークが並んでいるのを見ちゃうと、うかつにもちょっとドキドキしてしまう自分がいましたね。
カードに関しては、とりあえずIWGPと三冠のチャンピオンシップが行われることだけが決定してるようですね。武藤が言うように、僕もこの日は取ってつけたような対抗戦はやめ、両団体&フリー選手が入り交じった混成カードを組んだほうがいいような気がします。と言いつつ、一向に「夢のカード」が思い浮かばないのが哀しいところでもあるのですが、そこは両フロントのプロレス頭が問われるところでしょう。個人的には武藤全日の興行のつくり方は非常に評価しているし、プロレスのひとつの可能性として、いつか化けるような気がしないでもないんです。そんな全日の「パッケージプロレス」をベースに、新日のレスラーたちをキャラクターとして配置していったらどうなるのか。なんだかんだいっても、プロレス界の「エリート集団」として、新日に所属するレスラーたちの個々の能力は高いんですよね。要は「使い方」が悪いだけで、そんな新日の選手たちが適材適所のポジションを与えられたらどうなるのか。僕はそれが見てみたいと思うんです。あえて言えば、今回は観客数よりも試合内容だと思います。たとえ3万人しか入らなくても、その3万人が満足して帰るプロレスをやるべきだと思う。それが、今の新日の興行に足りない部分だし、そうやって積み重ねていけば、自ずとお客さんって増えると思うんです。新日のフロント&選手には、今回の興行を通して、武藤全日の手法をよく学んでほしいですね。
さて。ここでもすでに何度か触れていたことですが、これでNOAH&ゼロワン連合軍(GPWA)vs新日&全日連合軍という図式が現実化してきたとも言えます。そして、今は単に仲のいいもの同士が協力しあってるだけなんでしょうけど、これがプロレススタイルを含めたイデオロギー戦争になってくると面白くなると思うんですけどね。僕は以前にも書いたように、丸藤とKENTAの試合を「最高」と位置づけるようなプロレスは嫌いです。これを機に武藤と蝶野あたりがしっかりと手を組んで、NOAHのアンチテーゼとなるようなプロレスの世界をつくりあげてくれたら。プロレス界が、少しだけいい方向に進んできたと思います。
カードに関しては、とりあえずIWGPと三冠のチャンピオンシップが行われることだけが決定してるようですね。武藤が言うように、僕もこの日は取ってつけたような対抗戦はやめ、両団体&フリー選手が入り交じった混成カードを組んだほうがいいような気がします。と言いつつ、一向に「夢のカード」が思い浮かばないのが哀しいところでもあるのですが、そこは両フロントのプロレス頭が問われるところでしょう。個人的には武藤全日の興行のつくり方は非常に評価しているし、プロレスのひとつの可能性として、いつか化けるような気がしないでもないんです。そんな全日の「パッケージプロレス」をベースに、新日のレスラーたちをキャラクターとして配置していったらどうなるのか。なんだかんだいっても、プロレス界の「エリート集団」として、新日に所属するレスラーたちの個々の能力は高いんですよね。要は「使い方」が悪いだけで、そんな新日の選手たちが適材適所のポジションを与えられたらどうなるのか。僕はそれが見てみたいと思うんです。あえて言えば、今回は観客数よりも試合内容だと思います。たとえ3万人しか入らなくても、その3万人が満足して帰るプロレスをやるべきだと思う。それが、今の新日の興行に足りない部分だし、そうやって積み重ねていけば、自ずとお客さんって増えると思うんです。新日のフロント&選手には、今回の興行を通して、武藤全日の手法をよく学んでほしいですね。
さて。ここでもすでに何度か触れていたことですが、これでNOAH&ゼロワン連合軍(GPWA)vs新日&全日連合軍という図式が現実化してきたとも言えます。そして、今は単に仲のいいもの同士が協力しあってるだけなんでしょうけど、これがプロレススタイルを含めたイデオロギー戦争になってくると面白くなると思うんですけどね。僕は以前にも書いたように、丸藤とKENTAの試合を「最高」と位置づけるようなプロレスは嫌いです。これを機に武藤と蝶野あたりがしっかりと手を組んで、NOAHのアンチテーゼとなるようなプロレスの世界をつくりあげてくれたら。プロレス界が、少しだけいい方向に進んできたと思います。
猪木のオーナー復帰説について。
木曜日の東スポ一面に、猪木がユークスから新日の株を買い戻すという「ウワサ」が載ってましたね。信憑性のほどは定かじゃないのですが、僕は少なくとも猪木にその意思があるのは間違いないように思います。賛否両論、むしろ「否」のほうが多いニュースかと思いますが、このブログでは猪木の「オーナ-復帰」を全面的に支持したいと思います。
プロレスは、シュートである。
今、この混沌としたプロレス界でろくでもない団体(イベント)を挙げようと思ったらキリがないのですが、中でも僕が一番許せないのがハッスルとレッスルランド。リングも道場も持ってないようなインディー団体とは違い、それなりのお金をかけ、メジャーレスラーたちをキャスティングしてるだけに。どうして、こんなくだらないものになってしまうのか。ぶっちゃけ、腹が立って腹が立って仕方がないのです。
ハッスルやその二番煎じともいえるレッスルランドの「原型」は、言うまでもなくWWEでしょう。噛み砕くと、要は「リアルファイトじゃないこと」を前提したプロレス、とでも言えるでしょうか。総合格闘技がみるみるうちに市民権を得ていく一方で、それに反比例するように人気が暴落したプロレス界。今、米国とは違う意味でプロレスを「再定義」することが求められているのは事実です。そして、今こそプロレスの本当の面白さを提示していかなくてはという想いが間違っているとも思えません。ただ、ここで僕が言いたいのは、「だからって、どうしてみんなおちゃらけに走るの?」ってこと。毎回毎回、実にさまざまな人間模様をリング上のストーリーに組み込んでいるWWEだけど、彼らの凄いところはそこに「真剣に演じきっている」リアルさがあることだと思うんです。対して、ハッスルやレッスルランドはどうか。なんだかとても安っぽく、常にとってつけたようなストーリーを展開していて、僕はぜんぜん乗れないのです。
僕は、そもそもプロレス=シュートだと思っています。確かにストーリーも勝ち負けも決まっているかもしれませんが、そこで行われることの多くはアドリブでしょう。例えば、AとBというレスラーの試合が組まれたとします。Aが勝つ、というストーリーが決まっていると仮定して、じゃあそのときBは淡々と負けて帰るのでしょうか。僕は、そんなことはないと思います。なぜなら、AもBも人間だから。もしBが腕っぷしに自信があるレスラーなら、お客さんの見えないところで「極めては外し」「極めては外し」を繰り返し、Aに本当は自分のほうが強いことを誇示するかもしれません。あるいはBが優れたヒールレスラーなら、Aをいかにアップさせるかをプロフェッショナルに考え、また自分自身も光り輝くやられ方を披露して、お客さんにその実力をアピールしようとするかもしれません。いくらブッカーがレスラーたちを型にはめようと、リング上のすべてを管理するのは不可能です。レスラーに、いや人間にジェラシーや自己顕示欲という感情がある限り、その戦いのどこかには必ずリアルがあるはず。リアルファイトじゃないからといって、すべてをフェイクと片付けられるほど、プロレスは単純なものではないような気がします。
そう考えたとき、僕はハッスルやレッスルランドのやっていることが、じつに幼稚で浅はかなものに思えて仕方がないのです。「リアルファイトじゃないこと」を前提に、エンターテインメントと称して開き直ることだけが、プロレス復興の「答え」だとは思えません。総合格闘技のリアルさに対し、その真逆の、いわばプロレスのフェイクな部分で対抗しようとしているのが今のハッスルやレッスルランド。でも、僕は思うんです。どうして、単なる勝ち負けでは語れない、プロレスの奥深さというものをもっともっとクローズアップしないのか。「リアルファイトじゃないこと」ではなく、むしろプロレスのシュート性が垣間見えるようなエンターテインメントプロレスがあってもいいのにな、と思うのです。
ハッスルやその二番煎じともいえるレッスルランドの「原型」は、言うまでもなくWWEでしょう。噛み砕くと、要は「リアルファイトじゃないこと」を前提したプロレス、とでも言えるでしょうか。総合格闘技がみるみるうちに市民権を得ていく一方で、それに反比例するように人気が暴落したプロレス界。今、米国とは違う意味でプロレスを「再定義」することが求められているのは事実です。そして、今こそプロレスの本当の面白さを提示していかなくてはという想いが間違っているとも思えません。ただ、ここで僕が言いたいのは、「だからって、どうしてみんなおちゃらけに走るの?」ってこと。毎回毎回、実にさまざまな人間模様をリング上のストーリーに組み込んでいるWWEだけど、彼らの凄いところはそこに「真剣に演じきっている」リアルさがあることだと思うんです。対して、ハッスルやレッスルランドはどうか。なんだかとても安っぽく、常にとってつけたようなストーリーを展開していて、僕はぜんぜん乗れないのです。
僕は、そもそもプロレス=シュートだと思っています。確かにストーリーも勝ち負けも決まっているかもしれませんが、そこで行われることの多くはアドリブでしょう。例えば、AとBというレスラーの試合が組まれたとします。Aが勝つ、というストーリーが決まっていると仮定して、じゃあそのときBは淡々と負けて帰るのでしょうか。僕は、そんなことはないと思います。なぜなら、AもBも人間だから。もしBが腕っぷしに自信があるレスラーなら、お客さんの見えないところで「極めては外し」「極めては外し」を繰り返し、Aに本当は自分のほうが強いことを誇示するかもしれません。あるいはBが優れたヒールレスラーなら、Aをいかにアップさせるかをプロフェッショナルに考え、また自分自身も光り輝くやられ方を披露して、お客さんにその実力をアピールしようとするかもしれません。いくらブッカーがレスラーたちを型にはめようと、リング上のすべてを管理するのは不可能です。レスラーに、いや人間にジェラシーや自己顕示欲という感情がある限り、その戦いのどこかには必ずリアルがあるはず。リアルファイトじゃないからといって、すべてをフェイクと片付けられるほど、プロレスは単純なものではないような気がします。
そう考えたとき、僕はハッスルやレッスルランドのやっていることが、じつに幼稚で浅はかなものに思えて仕方がないのです。「リアルファイトじゃないこと」を前提に、エンターテインメントと称して開き直ることだけが、プロレス復興の「答え」だとは思えません。総合格闘技のリアルさに対し、その真逆の、いわばプロレスのフェイクな部分で対抗しようとしているのが今のハッスルやレッスルランド。でも、僕は思うんです。どうして、単なる勝ち負けでは語れない、プロレスの奥深さというものをもっともっとクローズアップしないのか。「リアルファイトじゃないこと」ではなく、むしろプロレスのシュート性が垣間見えるようなエンターテインメントプロレスがあってもいいのにな、と思うのです。
秩序なき今。
今、プロレス団体っていくつあるんだろう。そもそも、メジャーとインディーの境界線がなくなりつつあるというか、もはや何をもってして「メジャー」と言うかも曖昧になってしまってますよね。僕的に独断と偏見で分けるなら、新日・ノア・全日・ゼロワン・ドラゴンゲートがメジャーで、DDT・大日本・大阪・みちのく・無我・アパッチ・K-DOJO・バトラーツ・IWAジャパン・エルドラドあたりがインディー、それ以外はインディーとも呼びたくないって感じかな。ともかく、プロレス界は今一度このへんのラインをハッキリさせていったほうがいいと思うんですね。
団体数の増加に歯止めをかけることは、基本的には誰にもできません。でも、じゃあ例えば僕がすごくお金を持っていて、明日いきなりプロレス団体をつくるとします。数人のプロ選手をブッキングし、その他大勢の素人をかき集めてどこかの会場をおさえ、雑誌社にリリースを送ればそれでひとつの団体として認められてしまう・・・こんな業界、普通あり得ないわけです。でもそれがまかり通っているし、そんな訳のわからない団体の興行でさえ、あわよくばプロレス誌やサムライTVなんかでも報道されちゃう。これって、やっぱりおかしいと思うんですね。
「狭き門」として存在するメジャー団体がいくつかあるとする。何らかの理由でそこに入れない人たちはインディー団体を狙い、そこでスターを目指すか、何年かして技量が認められればメジャー団体へ移籍する。これは、ある種とても健全な話だし、どこの業界でもよくある構造だと思うんです。でも、今のプロレス界でこの図式が成立しているかと言えば、どうもクエスチョンです。完全にメジャー団体にカテゴライズされているのはノアぐらいなもので、新日や全日でさえその他の団体と同一線上で語られているようなところがありますよね。いや、確かにDDTや大日本の選手はみんな一生懸命やってるし、そもそも見ていて面白い。その「完成度」で言ったら、もはや新日あたりの興行を上回ってる部分も多いと思います。でも。でも、ここはくっきりと線を引いておいたほうがいいと思うんです。そしてまた、インディーとそれ以下の団体にも、やはり厳然としたラインを設けるべきです。メジャーはインディーを突き放し、インディーはその立場をひっくり返そうと躍起になる。インディーにも満たない団体は、、、そんなのカウントしなければいいんです。不公平かもしれません。でも、嘘でもそういうピラミッド状態をつくることで、業界は発展していくような気がするんです。
団体が増えることに歯止めをかけることはできなくても、ある程度「調整」することは可能です。そして、それこそが、週刊誌やテレビなどプロレスメディアが果たすべき役割のひとつだと思います。ここで言いたいのは、何より業界に秩序をつくること。今、この業界には秩序がなさすぎます。GPWAのようにメジャーとインディーが徒党を組んだり、新日の選手がアパッチの興行で試合をしたり。こういうことは、長い目で見たらけっしてプラスの方向には働かないと思うのです。
団体数の増加に歯止めをかけることは、基本的には誰にもできません。でも、じゃあ例えば僕がすごくお金を持っていて、明日いきなりプロレス団体をつくるとします。数人のプロ選手をブッキングし、その他大勢の素人をかき集めてどこかの会場をおさえ、雑誌社にリリースを送ればそれでひとつの団体として認められてしまう・・・こんな業界、普通あり得ないわけです。でもそれがまかり通っているし、そんな訳のわからない団体の興行でさえ、あわよくばプロレス誌やサムライTVなんかでも報道されちゃう。これって、やっぱりおかしいと思うんですね。
「狭き門」として存在するメジャー団体がいくつかあるとする。何らかの理由でそこに入れない人たちはインディー団体を狙い、そこでスターを目指すか、何年かして技量が認められればメジャー団体へ移籍する。これは、ある種とても健全な話だし、どこの業界でもよくある構造だと思うんです。でも、今のプロレス界でこの図式が成立しているかと言えば、どうもクエスチョンです。完全にメジャー団体にカテゴライズされているのはノアぐらいなもので、新日や全日でさえその他の団体と同一線上で語られているようなところがありますよね。いや、確かにDDTや大日本の選手はみんな一生懸命やってるし、そもそも見ていて面白い。その「完成度」で言ったら、もはや新日あたりの興行を上回ってる部分も多いと思います。でも。でも、ここはくっきりと線を引いておいたほうがいいと思うんです。そしてまた、インディーとそれ以下の団体にも、やはり厳然としたラインを設けるべきです。メジャーはインディーを突き放し、インディーはその立場をひっくり返そうと躍起になる。インディーにも満たない団体は、、、そんなのカウントしなければいいんです。不公平かもしれません。でも、嘘でもそういうピラミッド状態をつくることで、業界は発展していくような気がするんです。
団体が増えることに歯止めをかけることはできなくても、ある程度「調整」することは可能です。そして、それこそが、週刊誌やテレビなどプロレスメディアが果たすべき役割のひとつだと思います。ここで言いたいのは、何より業界に秩序をつくること。今、この業界には秩序がなさすぎます。GPWAのようにメジャーとインディーが徒党を組んだり、新日の選手がアパッチの興行で試合をしたり。こういうことは、長い目で見たらけっしてプラスの方向には働かないと思うのです。
ヒールの鑑。
今日のノア中継で、SEMにブードゥー・マーダーズが登場したシーンを放送してました。いやいや、仕事ができるレスラーって素晴らしいですね。試合後にTARUとノアの若手が乱闘してたけど、TARUのキレ具合とか本気だし、正直恐ろしいもんなぁ。プロレスには「怖いヒール」が必要だってことを、あらためて感じました。レッスルランドにも絡み始めてるようだけど、彼らなら棚橋を輝かせることだってお手のものかも。新日本体にも呼んでほしいけど・・・そしたらGBHの居場所がなくなっちゃいますね。マジで、この人たちはプロレス界の救世主かもしれません。
例えば、こういうのはどうでしょう。
正規軍・GBH・蝶野軍と軍団が再編成され、また社長のサイモンも抗争に加わるなど、にわかに活気づいてきた新日。どこまで綿密にストーリーが組み立てられているのか、行き当たりばったりのアングルがたまたま功を奏した気がしないでもないんだけれど、どうせ開き直ったのなら、しばらくこのまま突っ走ってほしいように思います。まあ、IWGPチャンピオン・棚橋の影が薄いというか、メインストーリーから外れてしまってる気がするのはどうかとは思うんですが・・・。
エンターテインメントだろうが、ストロングスタイルだろうが、要は突き抜けたことをやっていけばいいと思うんです。プロレスの一番のポイントは「つくれる」ことなんだから、強気に、ダイナミックに「悪ノリ」するのも必要だと思うし、そうすれば自ずと他団体(格闘技団体も含む)との差別化も出来てくる。柴田や健想はもちろん、上井氏・草間氏・永島氏などキャラの立ったフロントOBだってたくさんいるんだから、過去のことは一切気にせずにこういう人たちもストーリーラインに加えていったらどうなんでしょう。そして、新日最大の切り札はやっぱり猪木だと思います。紙プロで星野総裁も「猪木さんが一番新日のことを気にしてる」と語っていたけれど、僕はどうして猪木をリングに上げないのかが不思議でなりません。ギャラが高いと言ったって、そのぶん人が来てくれたらいいわけで。口ではいろいろ言いながらも、基本的に目立ちたがり屋で、また「隠れWWE好き」で知られる猪木のこと。実際にプロレスなんてしなくたっていいわけだし、おいしいストーリーさえ用意すればきっと出てくるはず。この「天才」を上手に使わない手はないと思うんだけどなぁ。
ハッスルが致命的につまらないのは、ほぼ100%が「つくったストーリー」だからだと思います。その点、新日には歴史があり、その中にはほんとにいろんな軋轢もある。こういうリアルな部分をアングルに昇華していったら、僕はWWEなんて目じゃないぐらい面白いものができる気がするんです。レッスルランドのように、過去の抗争やキャラを形だけなぞってるようじゃダメだと思うんですけどね。
エンターテインメントだろうが、ストロングスタイルだろうが、要は突き抜けたことをやっていけばいいと思うんです。プロレスの一番のポイントは「つくれる」ことなんだから、強気に、ダイナミックに「悪ノリ」するのも必要だと思うし、そうすれば自ずと他団体(格闘技団体も含む)との差別化も出来てくる。柴田や健想はもちろん、上井氏・草間氏・永島氏などキャラの立ったフロントOBだってたくさんいるんだから、過去のことは一切気にせずにこういう人たちもストーリーラインに加えていったらどうなんでしょう。そして、新日最大の切り札はやっぱり猪木だと思います。紙プロで星野総裁も「猪木さんが一番新日のことを気にしてる」と語っていたけれど、僕はどうして猪木をリングに上げないのかが不思議でなりません。ギャラが高いと言ったって、そのぶん人が来てくれたらいいわけで。口ではいろいろ言いながらも、基本的に目立ちたがり屋で、また「隠れWWE好き」で知られる猪木のこと。実際にプロレスなんてしなくたっていいわけだし、おいしいストーリーさえ用意すればきっと出てくるはず。この「天才」を上手に使わない手はないと思うんだけどなぁ。
ハッスルが致命的につまらないのは、ほぼ100%が「つくったストーリー」だからだと思います。その点、新日には歴史があり、その中にはほんとにいろんな軋轢もある。こういうリアルな部分をアングルに昇華していったら、僕はWWEなんて目じゃないぐらい面白いものができる気がするんです。レッスルランドのように、過去の抗争やキャラを形だけなぞってるようじゃダメだと思うんですけどね。
これが、最高のプロレスか。
少し更新をサボっていました。仕事で忙しいのもあったのですが、実はそれだけが理由ではありません。本当のことを言うと、自分の中で「プロレス」というものがよくわからなくなっていたのです。
丸藤vsKENTA戦。前回の更新では批判めいたことを書いたけれど、正直、この試合をテレビで見ていて目が離せない自分がいたのも事実でした。試合に見入り、少なからず興奮しながらも、このブログで不満を書いた自分。いったい自分でどんなプロレスを見たいのかが、よくわからなくなってしまったんですね。書きたいことはいろいろあったけれど、このあたりのことをすっきりさせないことには何も書けませんでした。根っからの新日ファンではあるけれど、他団体の試合でも「いいものはいい」と認める自分でありたい。なんだか前回のコメントでは批判だけして終わってしまったというか、要は「フェア」じゃなかったような気がして、すごくモヤモヤした気持ちがあったんですね。
そんな想いであれこれ考えて、ようやくひとつの結論に至りました。僕の理想のプロレスは、ひとことで言えば「殺伐としたプロレス」です。例えば、新日vsUWFや新日vs誠心会館のような。プロレスではよく「戦うもの同士の信頼関係」みたいなことが言われるけれど、そういう信頼関係が見えてしまうとちょっと冷めてしまう自分がいます。丸藤とKENTAの絡みに「一線を超えた凄み」があったのは確かだし、それはそれで十分に見どころのある試合だったけど、僕は二人の攻防には「プロレスに一番大切なもの」が欠けていたように感じたんですね。
ファンや関係者の絶賛を受け、早くも今年の「ベストバウト」の呼び声が高い丸藤vsKENTA戦。だけど、僕はあえて言いたいと思います。「これが、最高のプロレスか」と。確かに僕自身、この試合からは感じるものが多かったし、なにより丸藤とKENTAのプロレスに賭ける覚悟がひしひしと伝わってきました。でも、プロレスの面白さは、こういう面白さだけじゃないはずなんです。こういう試合がプロレスのひとつの「ありかた」として賞賛されるのは理解できるけれど、一方で業界関係者がこぞってこの試合をベストバウトと言ってしまうことに、僕は釈然としないものを感じます。これはこれで凄いけど、でもこの試合をプロレスの完成形のように語られると、僕は「それは違うよ」と言いたくなってしまうんです。
と、ここまで書いて、今日のワールドプロレスリングを見たら、「蝶野軍団」がお揃いのTシャツでサイモン批判を繰り広げ、あげくテレビ解説席を陣取って好き勝手なことを語っていました。これこそまさに「殺伐としたプロレス」の対極に位置するものだし、もちろん試合内容では丸藤vsKENTA戦に及びもつきません。でも、アジる蝶野や少し風格の出てきた中邑を見て、単純にカッコいいと思い、新日のリングが久しぶりに面白くなってきたと感じてしまった自分は何なのでしょう。
プロレスってホントに難しいものだなぁと思うとともに、プロレスブログを立ち上げて毎日きちんと更新されている方々を尊敬します。
P.S. 紙のプロレス最新号に中邑のインタビューが載っていて、相変わらず総合への興味を示す一方、邪道・外道の言葉をよくメモってると語っていました。やはり、新日の未来は彼にかかっていると思いました。
丸藤vsKENTA戦。前回の更新では批判めいたことを書いたけれど、正直、この試合をテレビで見ていて目が離せない自分がいたのも事実でした。試合に見入り、少なからず興奮しながらも、このブログで不満を書いた自分。いったい自分でどんなプロレスを見たいのかが、よくわからなくなってしまったんですね。書きたいことはいろいろあったけれど、このあたりのことをすっきりさせないことには何も書けませんでした。根っからの新日ファンではあるけれど、他団体の試合でも「いいものはいい」と認める自分でありたい。なんだか前回のコメントでは批判だけして終わってしまったというか、要は「フェア」じゃなかったような気がして、すごくモヤモヤした気持ちがあったんですね。
そんな想いであれこれ考えて、ようやくひとつの結論に至りました。僕の理想のプロレスは、ひとことで言えば「殺伐としたプロレス」です。例えば、新日vsUWFや新日vs誠心会館のような。プロレスではよく「戦うもの同士の信頼関係」みたいなことが言われるけれど、そういう信頼関係が見えてしまうとちょっと冷めてしまう自分がいます。丸藤とKENTAの絡みに「一線を超えた凄み」があったのは確かだし、それはそれで十分に見どころのある試合だったけど、僕は二人の攻防には「プロレスに一番大切なもの」が欠けていたように感じたんですね。
ファンや関係者の絶賛を受け、早くも今年の「ベストバウト」の呼び声が高い丸藤vsKENTA戦。だけど、僕はあえて言いたいと思います。「これが、最高のプロレスか」と。確かに僕自身、この試合からは感じるものが多かったし、なにより丸藤とKENTAのプロレスに賭ける覚悟がひしひしと伝わってきました。でも、プロレスの面白さは、こういう面白さだけじゃないはずなんです。こういう試合がプロレスのひとつの「ありかた」として賞賛されるのは理解できるけれど、一方で業界関係者がこぞってこの試合をベストバウトと言ってしまうことに、僕は釈然としないものを感じます。これはこれで凄いけど、でもこの試合をプロレスの完成形のように語られると、僕は「それは違うよ」と言いたくなってしまうんです。
と、ここまで書いて、今日のワールドプロレスリングを見たら、「蝶野軍団」がお揃いのTシャツでサイモン批判を繰り広げ、あげくテレビ解説席を陣取って好き勝手なことを語っていました。これこそまさに「殺伐としたプロレス」の対極に位置するものだし、もちろん試合内容では丸藤vsKENTA戦に及びもつきません。でも、アジる蝶野や少し風格の出てきた中邑を見て、単純にカッコいいと思い、新日のリングが久しぶりに面白くなってきたと感じてしまった自分は何なのでしょう。
プロレスってホントに難しいものだなぁと思うとともに、プロレスブログを立ち上げて毎日きちんと更新されている方々を尊敬します。
P.S. 紙のプロレス最新号に中邑のインタビューが載っていて、相変わらず総合への興味を示す一方、邪道・外道の言葉をよくメモってると語っていました。やはり、新日の未来は彼にかかっていると思いました。
丸藤vsKENTA戦を見て。
日曜日に行われた丸藤vsKENTA戦の録画中継を見ました。率直に言って、僕はこの試合を「最高の試合」とは思いませんでした。コンディションはいいし、身体は張ってるし、それこそプロレスラーとしてのプライドも強烈に感じるんだけれど、その一方で二人の信頼関係が見えすぎちゃうというか、どこかお互いが協力して「名勝負にしようとしてる」感じが気になった。総合の凄さとは違う、プロレスならではの凄さを示すものとしては確かに素晴らしい試合だったのかもしれないけれど、「これぞプロレス!」かと言えば僕はそれだけではない気がするんですね。まあ、これは新日のプロレスを見て育ったものとしての「価値観の違い」なのかもしれませんが。ただ、彼らがレスラーとして今の同世代の中で先頭を走ってることは認めざるをえません。試合のテイストは別にして、じゃあここまで完成度の高い試合を棚橋・中邑にできるかといえば、まだまだ無理だと思うから。これを上回るような、つまりこれぐらいお客さんを沸かせられるようなメインイベントの試合を、早く棚橋や中邑も表現できるようにならないと。今日の丸藤vsKENTAが全日・四天王プロレス の未来系だとすれば、新日・ストロングスタイルの未来系とは、いったいどんなものなのか。少なくとも身体のコンディション的には、棚橋や中邑も負けていないでしょう。彼らにも、一刻も早く、丸藤・KENTAぐらいの試合ができるレスラーに成長してほしいと思いました。それにしても、小橋・秋山をヌキに、こういうメインを見せられちゃうNOAHは強すぎですね。
プロレスと裏切り。
久々にワールドプロレスリングを見たら、10.9の「永田・山本vs高山・鈴木」をやっていました。この試合のポイントは「超大物二人を相手に山本がどこまでやれるのか」だったと思うけど、個人的には「大失敗」だったと言いたいですね。それは、山本に対して、というよりは、この試合のシナリオを書いた人に対して。というのも、この試合、誰がどう見ても「山本が健闘するものの、最後はやっぱり敵わない」という結論は見えてるわけです。そして事実、高山・鈴木が山本をいじめる→山本がお返しをして永田にタッチ→溜まりにたまった永田が暴れて山本にタッチ→山本が意地を見せるも最後は玉砕→しかし山本の目は死なず、という、「予定調和」の戦いでしかなかった。「山本をアップさせる」という役割を意識してか高山・鈴木はそれなりに受けてしまってるし、「だけど高山・鈴木は別格だよね」ということを印象づけるために山本はボコボコにされることを演じてる。要するに、「血気盛んな山本」と「さすがに格の違う高山・鈴木」という二つの「お題」をきれいに成立させるために、いわば、みんなが同じ方向を向いてそういう戦いをしているんですね。確かにお互いが感情をさらけ出し、なかなかキツい打撃を入れあってはいる。本人たちは満足しているかもしれないし、そこに課せられたテーマはクリアしているんでしょう。けれど、それが猪木の言う「戦いのあるプロレス」かっていうと、僕は違うと思う。それは、この試合には「観客を裏切る」要素がひとつも無かったからなんですね。
例えば、です。この試合をまず「永田・飯塚vs高山・鈴木」みたいなマッチメイクにしておくとします。そうしておいて、開始早々、鈴木のマウントパンチで飯塚をKOさせてしまう。リングドクター登場。担架で運ばれる飯塚。審議の結果、リングアナがノーコンテストが叫ぶ中、花道を疾走してきた山本がマイクを持って「待ってくれ、俺にやらせてくれ」と叫んだらどうなのか。同じマッチメイクにしても、こうして始まりが違うだけで観客の「思い入れ」はぜんぜん変わってくると思うんですね。あるいは、仮に普通に試合が始まったとしても、山本が入れた打撃で高山が試合中に戦闘不能になってしまったらどうなのか。もちろん、結局息を吹き返した高山にボコボコにされて終わってもいいんだけど、みんなまさか若手相手に帝王・高山がそんな姿を見せるなんて思ってもいません。そうやって、このマッチメイクに予定調和を崩す要素を加えることなんていくらでも出来ると思うんですね。
「戦いのあるプロレス」とは、「裏切りのあるプロレス」のことだと、僕は思う。つまり「何が起こるかわからない」前提にあってこそ、見る人に「戦い」が伝わるんだと思うのです。そして、そのもっと大前提にあるのが、「プロレスは見せ物である」ということです。猪木とシンは心から憎しみあっていたから、ああいう試合が出来たのでしょうか。違うはずです。本当に腕が折れていようが折れていなかろうが、それを見ている僕らがそう感じることができさえすればいいわけです。この10数年、新日のプロレスに苦言を呈し続ける猪木。でも、彼は何もレスラーたちに「お前ら、もっと本気で戦えよ」と言っているわけじゃないと思う。少なくとも観客の僕らには、本気で戦ってるように「見せる」こと。そして、それを手助けするようなハプニング的要素を、試合の中に織り込んでいくこと。攻防の素晴らしさだけで観客を魅了することができるレスラーは、ほんの一握りです。じゃあ、どうすれば観客を手のひらに乗せ、その戦いを多くの人たちの記憶に刻むことができるのか。レスラーも、そしてフロントも、それを考えようとしないから怒っているんだと思う。
みんなの予想どおりの試合をし、「健闘」してみせた山本だけど、じゃあ、その山本を試合後に永田が張り飛ばしてたらどうだったのか。それだけでも、この試合に余韻が生まれたと思う。例えば、最後にそういうワンシーンがあるかないかだけで、僕らのこの試合への印象はぜんぜん違ったように思うのです。
例えば、です。この試合をまず「永田・飯塚vs高山・鈴木」みたいなマッチメイクにしておくとします。そうしておいて、開始早々、鈴木のマウントパンチで飯塚をKOさせてしまう。リングドクター登場。担架で運ばれる飯塚。審議の結果、リングアナがノーコンテストが叫ぶ中、花道を疾走してきた山本がマイクを持って「待ってくれ、俺にやらせてくれ」と叫んだらどうなのか。同じマッチメイクにしても、こうして始まりが違うだけで観客の「思い入れ」はぜんぜん変わってくると思うんですね。あるいは、仮に普通に試合が始まったとしても、山本が入れた打撃で高山が試合中に戦闘不能になってしまったらどうなのか。もちろん、結局息を吹き返した高山にボコボコにされて終わってもいいんだけど、みんなまさか若手相手に帝王・高山がそんな姿を見せるなんて思ってもいません。そうやって、このマッチメイクに予定調和を崩す要素を加えることなんていくらでも出来ると思うんですね。
「戦いのあるプロレス」とは、「裏切りのあるプロレス」のことだと、僕は思う。つまり「何が起こるかわからない」前提にあってこそ、見る人に「戦い」が伝わるんだと思うのです。そして、そのもっと大前提にあるのが、「プロレスは見せ物である」ということです。猪木とシンは心から憎しみあっていたから、ああいう試合が出来たのでしょうか。違うはずです。本当に腕が折れていようが折れていなかろうが、それを見ている僕らがそう感じることができさえすればいいわけです。この10数年、新日のプロレスに苦言を呈し続ける猪木。でも、彼は何もレスラーたちに「お前ら、もっと本気で戦えよ」と言っているわけじゃないと思う。少なくとも観客の僕らには、本気で戦ってるように「見せる」こと。そして、それを手助けするようなハプニング的要素を、試合の中に織り込んでいくこと。攻防の素晴らしさだけで観客を魅了することができるレスラーは、ほんの一握りです。じゃあ、どうすれば観客を手のひらに乗せ、その戦いを多くの人たちの記憶に刻むことができるのか。レスラーも、そしてフロントも、それを考えようとしないから怒っているんだと思う。
みんなの予想どおりの試合をし、「健闘」してみせた山本だけど、じゃあ、その山本を試合後に永田が張り飛ばしてたらどうだったのか。それだけでも、この試合に余韻が生まれたと思う。例えば、最後にそういうワンシーンがあるかないかだけで、僕らのこの試合への印象はぜんぜん違ったように思うのです。

