老健介護士になったアラサー中卒ひきこもり(10年目) -13ページ目

老健介護士になったアラサー中卒ひきこもり(10年目)

いじめ、高校中退、ひきこもり等を経験し介護士になりました。私の経験が誰かの役に立てばと思いブログをしております。

この記事を読んで頂きありがとうございます照れ



この度、第5回引きこもり文学大賞で大賞を頂きました。

(正確には引きこもり文化祭内の引きこもり文学大賞本編部門大賞受賞)


何回かブログで話していますが、引きこもり文化祭とは、ひきこもり、元ひきこもりの人たちだけが参加できるコンテストです。


詳しくはこちらをご覧下さい。


 今回は大賞受賞作を載せます。拙著ではございますが、ご覧頂けると嬉しいです。

 

※本作品はフィクションです。

実在の人物や団体などとは一切関係ありません。



タイトル『願望』


「ぼちぼち帰るわ。」
本日八回目の帰宅宣言とともにタッコさんがイスから立ち上がる。
「もう昼ご飯食べるからここに居たら?」
僕がそう返すとタッコさんは納得したように座る。
「そうか?ほんなら、よばれようかな。」
昼食前に八回は珍しい。いつもなら二、三回帰ろうとするだけなのに、今日は結構そわそわしている。きっと何か感じるものがあるのだろう。
早く母さんが帰って来てくれないかな。今日はパートを早上がりするって言ってたから、十三時には帰ってくる筈だ。
「ソウハチは今日仕事ないんか?」
「今日は母ちゃんが来るから会社休んだんだ。」
「そこまでしてもろて、悪いわぁ。」
タッコさんは申し訳なさそうに頭を下げる。
この会話も今まで何回しただろうか?おそらくは何百回、下手すると何千回だ。
昔は「僕はソウハチの息子のシュウタだよ。」と訂正していた。しかし、その場では納得しても五分後にはソウハチと呼ばれるので、すぐに話を合わせるようになった。
もうかれこれ四年この生活を続けている。平日の昼間はずっと二人だ。


タッコさんの面倒を家で見ることになった時は、正直に言うとすごく厭だった。
昔から大好きなおばあちゃんで、お手製の砂糖たっぷりフレンチトーストは今でも食べたくなるし、よく連れて行ってくれたプールは、夏休みの楽しい思い出だ。
ただ、いくらおばあちゃんが好きでも、それまでの自由な生活を壊されるのが厭で厭で仕方がなかった。日中は自分が介護することになるだろう。そして何よりも一人で居られる空間、唯一落ち着ける時間を侵されるのは御免だった。
しかし、僕がいくら反対でも、両親の決定には逆らえない。多少は文句を言ったけど「お前は働いてないんだから、母ちゃんの介護ぐらいしろ。」とか「厭なら家から出ていったら?」とか言われたら終わりだからだ。
まぁ、現実にはそんなことは言われず「悪いけどシュウくん、お義母さんのことお願いね。」と母に頼まれただけだ。

言い方は悪いかもしれないがタッコさんはあまり手がかからない老人だった。
母の作り置きを昼に出して、薬を飲むのを見届け、日中に数回トイレの声掛けをするだけだ。
普通に歩けるし、なんだったら走れる。ゴキブリを見つけた時のタッコさんの素早さといったら獲物を見つけた猫くらいのスピードだ。鬼の形相であっという間にスリッパを持ってきて叩いてしまう。
介助が必要なのは声掛けとか見守りとかの部分で、タッコさんがうちに来た理由も、幾度となく町を彷徨い警察に保護されたからだった。
それもテレビで時代劇を流して、一日数度帰ろうとするのを留めたら、特に問題はない。ほぼリビングのイスに座っているだけだ。
最初は色々と戸惑ったり、手間取りもしたけど、この四年間で大分慣れた。もはやタッコさんの介護は日常の一部だ。
確かに、自分の部屋にこもり切りだった頃に比べるとやる事は多くなった。それでも今はタッコさんに感謝している。
以前までは「できるだけ早く働いてほしい。」と言っていた両親が「家で面倒を見てくれてありがとう。」と言うようになったからだ。それに、自分以外の誰かがいるという生活も意外と悪くない。


タッコさんは中学校教師だったお祖父ちゃんの家に嫁ぐために、大阪から東京へ出てきた。
その後は夫婦で協力しながら、僕の父を含めて八人の子どもを育てた。八人もの子育ては、それはそれは苦労したそうだ。
子どもがみんな一人立ちしてからは「忙しくしていたい。」と言ってお菓子工場でパートとして働いていたらしい。
昔から穏やかで優しい人だった。今でも性格は変わらず、僕が間違ったことを言っても絶対に否定しない。
タッコさんと話すと、大体は子育てが大変だった話かお菓子工場の話になる。数分前に話したのを忘れて全く同じ話をするなんて、ざらにあることだ。
不思議なもので、同じ話ばかりでもこちらの返し方によっては新しいエピソードが出てくることもある。違う話を探り当てられた時はちょっと嬉しい。ただ最近は会話が噛み合わなくなることが増えてきた。

「ぼちぼち帰るわ。」
九回目の帰宅宣言。
「あっ!」と言う短い叫び声とともにドンッという音が鳴る。
タッコさんが転けてしまった。僕が二階で作業をしていて、リビングに駆け付けるまでに時間がかかったせいだ。
「大丈夫?どこか痛くない?」
転けた時に打ったのか、右肩をさすりながら苦い表情を浮かべている。
「ちょっと右肩が痛いけど大丈夫や、堪忍なぁ。」
僕は前に立ち、タッコさんの脇の下から腕を回して、せーので持ち上げる。
ここ最近転けることが増えてきた。余り歩かないので足腰が弱ってきたんだろうか?
散歩に連れて行けたら良いけど、よっぽど僕の調子が良い時じゃないと難しい。たった数分の散歩にも行けない自分が情けない。
そういう事もあってか、最近の調査ではタッコさんに要介護1の判定が出た。今まではもっと低い、要支援の判定だったので、段々と家で見るのも難しくなってきた。ということだろう。


要介護1の判定が出た時、家である会議が行われた。開催時間は深夜、タッコさんが寝た後だ。
メンバーは父と母、福岡からオンラインで参加した姉、そして平日昼間の介護者代表兼息子の僕。今後の介護の方向性を決める重要な家族会議だ。
「これ以上お義母さんを家で見るのは無理よ。シュウくんだっていつかは働きに行くだろうし。」
「シュウタは今、暇なんだから良いだろう。歩ける間は母ちゃんを家に居させてあげたいんだよ。」
「暇って、これじゃあ就職活動もできないじゃない。もう四年もこんな状態なのよ。」
「母ちゃんだっていつまでも生きてるわけじゃないんだ。シュウタも家に居たくて居るんだから良いじゃないか。」
タッコさんの今後の話し合いの筈なのに、何故か僕の話しになっている。
二人とも普段こういうことを言わないせいか、心にグサグサ刺さる。すごく居心地が悪い。

するとそれまで黙っていた姉ちゃんが口を開いた。
「父さんも母さんも、これはシュウの今後の話し合いじゃないでしょ?早くタッコさんの話に戻ろうよ。」
姉ちゃんの圧に押されて、本来の話の筋に戻る。ふぅ助かった。
「本来ならお義母さんは、とっくに施設で見てもらってる筈なの。もうその段階に来たってことよ。」
「まだ全然暮らせるよ。なぁ頼むよもう少しだけ。」
「あなたは全然お義母さんの面倒みないじゃない!」
「休みの日は昼ご飯作ったりしてるだろう!」
「昼ご飯だけで面倒みてるつもりなの?私がパート休みの日は一日中お義母さんのお世話してるわよ!」
「その分、お前の両親には仕送りをしているだろう!」
平行線の父と母の言い合いを終わらせたのは姉だった。
「はい!もう喧嘩は終わり。母さんも父さんも自分の意見ばっかり。介護をしてるシュウの意見も少しは聞いてあげてよ。」
バツが悪そうに黙る両親。
「それで、シュウはどうしたいの?」
こちらを見る三人に僕は答えた。


「本当にシュウは優しくて強いね。昔から自慢の弟だ。」
姉ちゃんはいつも僕を過大評価する。優しさとかじゃなくて、単に僕がやりたいだけだ。


「ごめんね、仕事が終わる直前に店長から頼まれ事しちゃって、中々帰れなくって。」
母が帰ってきたのは十三時を大幅に過ぎた頃だった。
「いいよ、残りの荷物はまとめておいたから。」
「あら、さすがシュウくん!ありがとうね。」
「スズカさんお帰り。お腹すいたからみんなでお昼ご飯食べに行かへん?」
母の存在に気づいたタッコさんが話しかけてくる。ちなみに昼ご飯は一時間前に食べた。
「お義母さん、今日は行くところがあるので一緒に行きましょうか。」
「そうなん?まぁスズカさんが言うんやったら行こか。」
母の目配せの意味を理解して、僕はまとめた荷物をガレージの車に向けて運び出す。
「ちょっと遠いので車で行きましょうか。私が運転しますから。」
「運転なんかソウハチにやってもらったらええやん。」
「お気遣いありがとうございます。今日は私がやりたい気分なので私に運転させて下さい。」
僕が荷物を運び終わった頃、母がタッコさんを車に乗せる。
「それじゃあ行きましょうか。」
そしてそのままタッコさんは施設に入った。この施設はリハビリに力を入れているらしい。


「ぼちぼち帰るわ。」の無い昼食。一人分の食事をレンジで温める。
一軒家にたった一人で、少し寂しい気持ちもあるけど、きっとまた慣れるだろう。
この間、母さんと一緒にタッコさんのところへ行った時「ここの病院は食事が美味しいわ。」とか「隣の人とお友達になってん。」って笑ってたな。ふらつくことも少なくなったってリハビリの人も言ってたし、施設に入って本当に良かった。
タッコさんも頑張っている。あのまま家に居たらどんどん歩けなくなって、結局は寝たきりになってしまっただろう。
そうだ、明日あたり一人で会いに行ってみよう。前に挑戦した時は施設まで行けずに帰ってしまったから、今度は行けると良いな。
介護者という役割はなくなったけど、今の僕にはやりたいことがある。


こちらを見る三人に僕は答えた。
「それで、シュウはどうしたいの?」
「僕はタッコさんを毎日散歩に連れて行けるようになりたい。」

これが僕の願望。


介護士としての経験、ひきこもりの経験、ブログや小説を書いてきた経験。
全てを縣けて書いた作品だったので大賞に選んで頂いて感無量です。


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これは介護老人保健施設(老健)で働く現役介護士が、実際に施設を利用しないと分からないルールや決まり事をご紹介するシリーズです。


はじめの記事はこちら
前回の記事はこちら

絶対に転けさせないようにできる?

これは結構よくある要望です。

自分の母や父を転倒させたくないし、ケガをして欲しくない。
そう思われるのは当然です。

その気持ちを出来るだけ実現したいのですが、介護施設にできるのは
・転倒リスクを減らす
・転倒した際のダメージを減らす
この二つです。

絶対に転けさせないことは不可能です。

まず、前提に「人は動くし動けば転ける」という絶対的な法則があります。
反射神経や筋力に衰えのない若者でも転けるのに、高齢者の転ける確率は段違いに高いでしょう。

転けさせないようにする方法は二つだけ。
四六時中見守るか、身体拘束等をして動けないようにするかです。

四六時中の見守りは、倫理面でも人員の面でも経費の面でも現実的ではありません。


一方の身体拘束はどうでしょうか?
車いす用ベルトで動きを抑制したり、ベッドの四方を柵で囲んで出られないようにする等が身体拘束と言われます。
そして介護業界の原則は、この身体拘束を出来る限り行わないことです。

厳しい要件(身体拘束の三要件)に当てはまらないと身体拘束が出来ず、要件に当てはまっても、定期的に身体拘束が適切かどうかの見直しが必要となります。

私の経験上、転倒するから身体拘束する。というのは聞いたことがありませんし、要件に照らし合わせてもかなり厳しいでしょう。

また、身体拘束による心身への悪影響は相当なもので、筋力低下、認知症の進行、精神的苦痛、他にも沢山あります。
介護士側からしても気持ち良いものではなく、正直に言ってやりたくないです。


ここで、話を最初に戻しますが、転倒リスク軽減のために部屋のレイアウトを考えたり、行動パターンの把握に努めたりします。
転倒時のダメージ軽減のためにプロテクターの着用や、角をクッションでカバーしたりします。

我々介護士も利用者様を転倒させたくはないのです。


次回に続きます。


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これは介護老人保健施設(老健)で働く現役介護士が、実際に施設を利用しないと分からないルールや決まり事をご紹介するシリーズです。


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入院時は部屋を置いといてくれる?

老健では原則、入院=退所なので部屋を置いておくことはできません。
ただし、「入院したんだからもう施設は関係ないです」というスタンスではなく「また退院されたら施設に帰ってきてください」というのが基本的なスタンスです。

なので、入院した時点で部屋は別の利用者様が使うことになるものの、退院の際は新しく部屋を用意するのが普通です。


これは裏の話ですが、実は病院も「そっちの施設から来たんだから、そっちに帰るのが当然ですよね?」というスタンスなので、正当な理由なく受け入れを拒否すれば、病院との関係性にもヒビが入るでしょう。

正当な理由とは、施設で見たくないとかいった理由ではなく、施設で対応できない医療的なケアがある、施設で出せない薬がある、ここら辺の理由のことです。

大分前に一度だけ、正当な理由なく受け入れを拒否したケースを聞いたことがあります。
その後、その病院から新規入所の問い合わせは一度も来ていません。

一部例外として、予定された数日の入院(胃ろうにする際等)の場合は部屋を置いていることはあります。

また部屋は置いたままにしないのが原則。とは言っても、一、二週間での退院予定なら、それまでの間部屋を置いている場合も割と多いです。

短期のお泊り(ショートステイ)の人に一時的に使って頂いたりもします。

たまに、「お金なら出すので部屋を置いておいて下さい。」という利用者様、ご家族もおられます。
ただ、お金の問題だけでなく、システム上の話なのでこれは難しいです。

それに、そこまでしなくても、基本的に部屋を用意しますし、中間施設的(老健から家、老健から特養等)な役割をするのが老健なので、利用者様の入れ替わりが激しく、ちょっと待っていたら大概は部屋が空きます。



もっとも、今までに挙げたのはあくまでも利用者様やそのご家族が「退院後は前の老健に戻りたい。」と感じている場合のみの話です。


原則部屋を用意する。とは言っても、縛りやルールを利用者様側に課すものではありません。

違う老健、違う施設が良いと思われたら、遠慮なく別の施設を探して下さい。



次回に続きます。



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整容(爪切り、耳かき、髭そり)の頻度は?

自立されている利用者様の場合は、その方が好きな時に整容をされます。

ただし、爪切りの道具は刃物にあたるため、持ち込みを断っている施設や、職員が預かる施設もあります。
また、例え自立されている利用者様でも、爪切りで指の肉を切ってしまうリスクがある為、原則見守りをさせて頂きます。

髭そりについても施設によっては、電気シェーバーだったらOKで、T字の剃刀はNGです。

では自立されていない利用者様の場合はどうでしょうか?

今まで私が働いた施設での爪切りの頻度は、手の爪=一週間に一回程度。足の爪=入浴時に確認し伸びていたら。という感じでした。三施設ともです。


余談ですが、爪切りは爪の状態によっては医療行為になるので、介護士は『スタンダードな爪切り道具を使って切れる利用者様』のみの爪切りをしていました。それ以外は看護師に任せます。

今回は割愛しますが、どこから医療行為なのか該当する条件があります。


髭そりは一日一回そっていた施設と、気付いたタイミングでそっていた施設とで分かれていました。

ただ、定期的にそらないとすぐに伸びてしまうので、少なくても二日に一回はそる方が良いです。


耳かきはどの施設も気付いたタイミングでやっていました。

日曜日は基本的に入浴する人数が少ないので、日曜日に整容をやりがちです。



当然ながら、爪切り、耳かき、髭そりのどれでも、利用者様から希望があった時は出来る限り早いタイミングで整容を行います。


そして、これらの整容をやったかどうかは、チェックリストで管理します。


職員の間でどの整容を行うかの担当は決めていません。

ですが不思議なことに、各々の得意分野があり自然と分担できていました。



次回に続きます。



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記憶にある最初の失敗体験は小学三年生。

クラス替え直後の自己紹介で「苦手なものは梅干しです。」と言った時にクラスメイトの大半から「えぇー!信じられない。」「あんなに美味しいのに。」という声が上がったことです。


多くの人から自分の嗜好を無闇に否定されて、傷付きました。

これが失敗体験です。



子供の頃の成功体験、失敗体験というのは、人格形成に大きく影響すると言われます。


私の場合は大勢の人の前で自分の意見を言うことが、苦手になりました。
この失敗体験の前からその傾向はあったのですが、これが決定打になり、以降八、九年間は人前で話すことがとても苦痛でした。

一方、成功体験は小学六年生の時。
それまでは全然覚えられていなかったローマ字を、パソコン入力がある授業で使わなければならなかった際の話です。

「今ここで覚えないといけない。」
決死の覚悟で授業前の数分でローマ字表を確認し、すぐ覚えられました。

今考えると大したことではないかもしれません。
ただ、この成功体験は「大体のことは本気を出せばできる。」という自信になりました。


二つの体験の影響は、あれから二十年以上経った現在でも、多少は残っています。
やはり今でも人前で話すことに苦手意識はありますし、本気を出せばそこそこのことは出来るという、良い意味での心の余裕を持てています。

子供の頃でも鮮明に覚えている記憶、今でも残る影響。
私の子どもはまだ1歳ですが、これから色々な体験をさせてあげたいと思います。


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