昨日の題の生味噌のことだが、いったいどんなものなのか知らない。 別に私の母が愛用していたわけでもない。 創作だよ、創作。 因幡の白ウサギみたいに、塩気の多い味噌なんてすりこんだらもっと痛くなりそう。 本当にあかぎれに効くのか。 生味噌っておいしそうだけどね、焼酎に合いそう、とまた食い気に走ってしまう。


というわけで、(どういうわけだ)最近良く思い出すのが高校の時に歌ったような曲である。 ”夏の思い出”とか“雪の降る町を”とか。 ゆーきのふーるまーちをー、と歌いだすと、じゃじゃじゃじゃーんとピアノの伴奏が今でも入るのはさすがというか、しつこいというか。 忘れないものだ、三つ子の魂。 


今度日本に帰ってカラオケの時はこういうので行こう。  

昨日のブログのテーマソングをずっと歌っていた、垣根の垣根の曲がり角、焚き火だ焚き火だ落ち葉焚き。あーたろうか、あたろうよ、北風ピーピュー吹いている。 二番の歌詞の しもやけお手手がもう痒い、というところで、思い出した。 小学校のころの冬の思い出。 温まった教室でかゆくなった足の指を靴の上から押さえつけてかゆみをこらえたこと、ぷっくり膨れて、皮膚が破れて、化膿してしまった手。 毎年決まってつらい思いをした。 


日本よりずっと寒いところにすんでいるのに、子供たちはしもやけなんて知らない。凍傷というのは、たとえば冬山に登山した人が遭難したらなるものだと思っている。 それはそうなんだけど。


しもやけもあかぎれも 貧しかった昭和の日本の遺物なのか。

前の庭だけでもしておこうかと、落ち葉掻き。 124リットル入りの大きなビニール袋に4杯。 まだ全部おちてないから、今しなくてもいいだろうという怠惰な男どもの声をものともせず、私一人で始める。 小春日和で汗ばむようだ。 集めて燃やしたいのは山々なのだが、(私は火をつけるのが大好き、父親譲りのパイロメニアック) 市内では落ち葉焚きは禁止。 サツマイモなんか入れて焼き芋なんていいのに。 残念。


つい利き腕を使ってしまうので体の片方が痛い。 晩御飯は鮭のムニエル、ご飯、チキンスープ、キャベツの炒め物、サラダ。 肉体労働をしたあとはご飯がうまい。 


今週は仕事の締め切りがあって忙しく、夜寝ている間も 今書いている書類の校正を頭の中でやってたり、もっとリサーチの必要なところはないかと考えていたりして、かなりのストレス。 めったにないことに頭痛がしたり。 今日でひと段落着いたので、やれやれ。 今、カベルネのワイングラスを片手にやっと落ち着いたところ。 


あしたは久しぶりに買い物でもしよう。 私のお気に入りのヒュージャックマンの新作、”FOUNTAIN” はまだ封切りになってないようだ。 ”PRESTIGE” は今やっているけど、なんだか怖そうで見に行けない。 もともと、サーカスとか曲芸とか、マジックとか、人が怪我をしたり、事故にあったりする可能性のある危険なものは楽しめないたちなのだ。 


マジックならトランプを使うくらいがちょうどいい。 美女を電気のこぎりで真っ二つに切るなんてもってのほか。 

たとえば、めざしの焼いたもの、油揚げをあぶってしょうゆに熱いままジュンとつけたものとか、里芋の煮付けなど、食べたくなるものはまったく理論的な必然性もなく、突然視覚、嗅覚、味覚を襲う。 そうなると記憶の中に逃げ込むか、それとも想像力に頼って乗り切るか。 値段の高いもの、変わったものは出てこないのが不思議である。 イカのぬた、ママカリの酢漬け、さわらの塩焼き、からしレンコン。 なんだか、お酒のおつまみになりそうなものばかり。 ふーん。


歳とともに食い意地が張ってきたのは確か、それに体調は絶好調で、食べられる量もたいしたもの。 と自画自賛。 自慢できることでもないか。 

日本玉子かけご飯シンポジウムが開かれたとか、それ専用のおしょうゆが大人気で生産が追いつかないとか聞いた。 とたんに食べたくなる単細胞の私。 でもアメリカの玉子っていかにも生で食べたらあたりそう、家族には冷たい目で見られるし。 ダレもうちでは生の玉子は食べてくれない。 (でもいり玉子にして、砂糖としょうゆで味をつけたのは、子供たち好きである。 うちでは タマゴノグジュグジュとよぶ。) 一番のモンダイは、一個の玉子でご飯軽く二杯はいけること。 食欲の秋といってもねとちょっと自粛。


割りいれた玉子を熱々のご飯にかけて混ぜる。お醤油をたらす。ほかには何も加えない。一緒に食べるものはもちろんキムチ。 あー結局たらふく食べてしまった。 満足満足、安上がりにできているなあ。

高価な宝石には興味はない、というより縁がない。 でもきれいなものは好き。 誕生石のオパールは私のお気に入りの石である。といってもそんなに買える筈もなく、もっているものは安物ばかり。 サンアントニオに行ったときに記念にと買ったメキシコオパールのイヤリングなど。 数年前にマザーズリングを作り、オパールを真ん中に周りを子供たちの誕生石で囲んだ。 デザインも宝石店の人と一緒に考えて、土台にはもらったけど使わなくていた金の鎖を溶かして指輪にしてもらった。 


結婚指輪は10キロ近くの体重増のせいで、当然のことながらきつい。 ソーセージのようなぷっくりしたわが指を眺めながら、だから、体重減らさなきゃなあとため息の秋である。

この日曜は一時間余分にある、サマータイムが終わりになるのだ。 家中の時計を忘れないように一時間遅らせる。 今まで、朝7時にはまだ薄暗かったのが明るくなる、その代わり仕事が終わった5時にはもう車のライトが必要。 これでどうして光熱費の節約になるのか、よくわからないけれどそういう理屈らしい。


ハロウィーンが近づいているけど、もう小さな子供がいなくなると楽しみも半減。 栗を食べることもなくもう何年にもなる。 酢牡蠣が食べたいナーとかおもうこのごろである。 

リュウザエモンはお年頃というわけで、着るものにも気を使うし、髪の手入れにも余念がない。 友達と同じようなものを普通選ぶのだが、時々えーっなにそれというものを買ってきたりする。 Walmartで特売で7ドルだったという白いキャンバス地の靴。おじいさんが履くみたいと私たちは思ったのだが、本人は平気で学校にはいていった。 友達にも、グランパシューズといわれたという。 でもそこでめげないのがあの子のたくましいところ、さすが3人兄弟の末っ子でもまれて育ったモンね。 その靴の白いところいっぱい友達にいろんな色のペンでサインをしてもらった。 へーえ、とつくづく眺めると、女の子の名前ばかり。 その後、白いキャンパス地の靴に友達に名前やメッセージを書いてもらうというのがその高校で流行ったとか。 自分は流行を作る先端を行くのだ、と自慢している。


ある日、リュウザエモンの車の助手席のガラスに ”Luv ya ####(本名)” とでかでかと書いてあるのを発見、ご丁寧にハートまで。 黄色い靴クリームだそうだ。 消したりしないと、大事にとってある。 ダレが書いたんだろうとちょっとうきうきしている様子。 青春真っ只中。




また医龍のネタ。 見ただけで体重をあてることのできる金髪の麻酔医の話。主人公は76キロ、看護婦(とはもう言わないらしい、看護士)は43キロとあてる。 そんなのアリー? 中学生じゃあるまいし、53キロのまちがいじゃないの? どうして日本人の若い女の人ってあんなにやせてるの。 異常じゃないの。  


ところで話は飛んで、昔は優秀な医学生は外科医を目指したそうな、今はthe best and the brightest は麻酔医になるんだって。 もちろんそれ相応の稼ぎはあるわけで。 ふーん。 こちとら50歳こえてしこしこと州の公務員やってると、医者のしかも仕事を始めたばかりで年棒いくらという話にはしらけるだけ。


でもクマゴローのますます借金まみれになっていく様子を見ていると、これじゃ、稼がなきゃ学生ローン返せないよなと思う。