のびのび自由~わくわく生きる~ -6ページ目

のびのび自由~わくわく生きる~

自分設定の枠組み・・たまには不自由。それを越えて、毎日をわくわく過ごせたらいいね。
それには、現在の自分を知ること。さぁ、今の自分はどんな~?

       $のびのび自由~わくわく生きる~



友人が教えてくれたジーンとくるお話です。

私たちは日常が当たり前になってしまうとまわりにいる家族や境遇に感謝が出来なくなります。

幸せってなんだろう・・・?

日常の中にこそ幸せってあるのかもしれませんね。

家族や友人に、そして私の関わる全ての人たちに感謝とともに伝えたいメッセージです。



長いですがお暇な時でもお読みください^^

 ☆ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー☆

When I got home that night as my wife served dinner, I held her hand and said, I’ve got something to tell you. She sat down and ate quietly. Again I observed the hurt in her eyes.


仕事から帰宅すると、妻は食事の支度をととのえていた。
僕は彼女の手をにぎり「話があるんだ」と切り出した。
妻は何も言わず席についた。その目は苦痛に満ちていた。

Suddenly I didn’t know how to open my mouth. But I had to let her know what I was thinking. I want a divorce. I raised the topic calmly. She didn’t seem to be annoyed by my words, instead she asked me softly, why?


ふと、僕はどう切り出したらいいのか分からなくなった。
でも言わなければならない。「離婚したいんだ」と。
僕は冷静に、その言葉を口にした。
妻は大したリアクションも見せず、ただ静かに聞き返した。「どうして?」

I avoided her question. This made her angry. She threw away the chopsticks and shouted at me, you are not a man! That night, we didn’t talk to each other. She was weeping. I knew she wanted to find out what had happened to our marriage. But I could hardly give her a satisfactory answer; she had lost my heart to Jane. I didn’t love her anymore. I just pitied her!


その問いに敢えて答えないでいたら、妻はとうとう怒りをあらわにした。
彼女は箸を投げ散らかし叫んだ。「あんたなんか、男じゃない!!」
その夜、その口論のあと
僕らはとうとう一言も言葉を交わさなかった。
妻のすすり泣く声がかすかに聞こえた。
わかっている。どうして僕らがこうなってしまったのか、妻はその理由を知りたがっているのだ。
でも僕は、彼女を納得させられるような説明をとうてい与えられるはずはなかった。
それもそのはず。僕は「ジェーン」という他の女性を愛してしまったのだ。
妻のことは、、、もう愛していなかった。
ただ哀れんでいただけだったのだ!


With a deep sense of guilt, I drafted a divorce agreement which stated that she could own our house, our car, and 30% stake of my company. She glanced at it and then tore it into pieces. The woman who had spent ten years of her life with me had become a stranger. I felt sorry for her wasted time, resources and energy but I could not take back what I had said for I loved Jane so dearly. Finally she cried loudly in front of me, which was what I had expected to see. To me her cry was actually a kind of release. The idea of divorce which had obsessed me for several weeks seemed to be firmer and clearer now.


深い罪悪難に苛まれながら、僕は離婚の「承諾書」を書き上げた。
その中には、家は妻に譲ること、車も妻に譲ること、僕の会社の30%の株も譲渡することを記した。
彼女はそれをチラと見ただけで、ビリビリと破り捨てた。
僕がこの10年という月日を共に過ごした、この女は
僕にとってもはや「見知らぬだれか」に成り下がっていた。
彼女が今まで僕のために浪費した、時間、労力、エネルギーに対しては、、、本当に申し訳ないと思っている。
でも
自分が「ジェーン」を愛しているという気持ちに、これ以上目を背けることは出来なかった。
承諾書を破り捨てたあと、妻はとうとう大声をあげて泣き始めた。
ヘンな言い方だが、僕はその彼女の泣く姿を見て少しホッとしたのだ。
これで離婚は確定だ。
この数週間、呪いのように頭の中につきまとっていた「離婚」という二文字は、
これでとうとう現実化したのだ。

The next day, I came back home very late and found her writing something at the table. I didn’t have supper but went straight to sleep and fell asleep very fast because I was tired after an eventful day with Jane. When I woke up, she was still there at the table writing. I just did not care so I turned over and was asleep again.



その翌日、僕は仕事からかなり遅くに帰宅した。
家に戻ると、妻はテーブルに向かって何かを一生懸命に書いていた。
夕食はまだだったが食欲など到底なく、僕はただベッドに崩れるように倒れ込み寝入ってしまった。
深夜に一度目が覚めたが、その時も妻はまだテーブルで何かを書いているようだった。
僕はもはや大した興味もなく、ふたたび眠りについた。


In the morning she presented her divorce conditions: she didn’t want anything from me, but needed a month’s notice before the divorce. She requested that in that one month we both struggle to live as normal a life as possible. Her reasons were simple: our son had his exams in a month’s time and she didn’t want to disrupt him with our broken marriage.


朝になって、妻は僕に「離婚の条件」とつきつけてきた。
彼女は家も車も株も、何も欲しくないと言った。
でもその代わりに「1ヶ月間の準備期間」が欲しいと言ってきた。
そして彼女の条件は、その1ヶ月のあいだ出来るだけ「今までどおり」の生活をすること。
その理由は明確だった。
僕らの息子が、1ヶ月後にとても大切な試験を控えているため
できるだけ彼を動揺させたくないというのが、彼女の言い分だった。

This was agreeable to me. But she had something more, she asked me to recall how I had carried her into out bridal room on our wedding day. She requested that every day for the month’s duration I carry her out of our bedroom to the front door ever morning. I thought she was going crazy. Just to make our last days together bearable I accepted her odd request.


それに関しては、僕は即座に納得した。
だが、それ以外にもうひとつ妻は条件をつけてきた。
「私たちが結婚した日、あなたが私を抱き上げて寝室に入った日のことを思い出してほしい」と。
そして、これからの一ヶ月のあいだ、あの時と同じようにして
毎朝、彼女が仕事へ行くときに
彼女を腕に抱き上げて 寝室から玄関口まで運んでほしいと言うのだ。
僕は「とうとうおかしくなったな・・・」と思った。
でもこれ以上妻といざこざを起こしたくなかった僕は、黙って彼女の条件を受け入れた。

I told Jane about my wife’s divorce conditions. . She laughed loudly and thought it was absurd. No matter what tricks she applies, she has to face the divorce, she said scornfully.


僕は「ジェーン」にこのことを話した。
ジェーンはお腹を抱えて笑い、「ばかじゃないの」と言った。
今さら何をどうジタバタしたって離婚はまぬがれないのにと
ジェーンは嘲るように笑った。

My wife and I hadn’t had any body contact since my divorce intention was explicitly expressed. So when I carried her out on the first day, we both appeared clumsy. Our son clapped behind us, daddy is holding mommy in his arms. His words brought me a sense of pain. From the bedroom to the sitting room, then to the door, I walked over ten meters with her in my arms. She closed her eyes and said softly; don’t tell our son about the divorce. I nodded, feeling somewhat upset. I put her down outside the door. She went to wait for the bus to work. I drove alone to the office.


僕が「離婚」を切り出して以来
僕ら夫婦はまったくスキンシップをとっていなかった。
なので
彼女を抱き上げて玄関口まで連れていった1日目
僕らは二人ともなんともヘンな感じで、ぎこちなかった。
それでもそんな僕らの後ろを、息子はそれは嬉しそうに手をパチパチ叩いてついてきた。
「ダディーがマミーを抱っこして『いってらっしゃい』するよ!」
その言葉を聞くなり、僕の胸はきりきりと痛んだ。
寝室からリビングへ、そして玄関口へと
僕は妻を腕に抱いたまま10メートルは歩いただろうか。
妻は目を閉じたまま、そっと「どうかあの子には離婚のことは言わないで」と耳元でささやいた。
僕は黙ってうなずいた。でもなぜか、そうしながら
心はひどく動揺していた。
妻をドアの外に静かにおろすと、彼女はそのままいつものバス停へ向かって歩いていった。
僕もいつもどおり車に乗り込み仕事へ向かった。

On the second day, both of us acted much more easily. She leaned on my chest. I could smell the fragrance of her blouse. I realized that I hadn’t looked at this woman carefully for a long time. I realized she was not young any more. There were fine wrinkles on her face, her hair was graying! Our marriage had taken its toll on her. For a minute I wondered what I had done to her.



2日目の朝
初日よりは少しは慣れた感があった。
抱き上げられながら、妻は僕の胸に自然ともたれかかっていた。
僕はふと、彼女のブラウスから薫るほのかな香りに気づいた。
そして思った。
こうして彼女をこんな近くできちんと見たのは、最後いつだっただろうかと。。。
妻がもはや若かりし頃の妻ではないことに、僕は今さらながら驚愕していた。
その顔には細かなシワが刻まれ
髪の毛には、なんと白いものが入り交じっている!
結婚してからの年数が、これだけの変化を彼女に。。。
その一瞬、僕は自問した。「僕は彼女に何てことをしてしまったのだろう」と。


On the fourth day, when I lifted her up, I felt a sense of intimacy returning. This was the woman who had given ten years of her life to me. On the fifth and sixth day, I realized that our sense of intimacy was growing again. I didn’t tell Jane about this. It became easier to carry her as the month slipped by. Perhaps the everyday workout made me stronger.


4日目の朝
彼女を抱き上げたとき、ふと
かつて僕らの間にあった、あの愛情に満ちた「つながり感」が戻ってくるのを感じた。
この人は
この女性は
僕に10年という年月を捧げてくれた人だった。
5日目、そして6日目の朝
その感覚はさらに強くなった。
このことを、僕は「ジェーン」には言わなかった。
日にちが経つにつれ
妻を抱き上げることが日に日にラクになってゆくのを感じた。
なにせ毎朝していることなので、腕の筋力もそりゃ強くなるだろうと
僕は単純にそう考えていた。

She was choosing what to wear one morning. She tried on quite a few dresses but could not find a suitable one. Then she sighed, all my dresses have grown bigger. I suddenly realized that she had grown so thin, that was the reason why I could carry her more easily.


ある朝、妻はその日着てゆく服を選んでいた。
鏡のまえで何着も何着も試着して
それでも体にピッタリくる一着が、なかなか見つからないようだった。
そして彼女は「はあ~っ」とため息をついた。
「どれもこれも、何だか大きくなっちゃって。。。」
その言葉を耳にして、僕はてハッ!とした。妻はいつの間にやせ細っていたのだ!
妻を抱き上げやすくなったのは、僕の腕力がついたからではなく
彼女が今まで以上に軽くなっていたからだったのだ!


Suddenly it hit me… she had buried so much pain and bitterness in her heart. Subconsciously I reached out and touched her head.


愕然とした。それほどまで、やせ細ってしまうまで
彼女は痛みと苦痛を胸のなかに。。。
僕は思わず手を伸ばして、妻の髪に触れていた


Our son came in at the moment and said, Dad, it’s time to carry mom out. To him, seeing his father carrying his mother out had become an essential part of his life. My wife gestured to our son to come closer and hugged him tightly. I turned my face away because I was afraid I might change my mind at this last minute. I then held her in my arms, walking from the bedroom, through the sitting room, to the hallway. Her hand surrounded my neck softly and naturally. I held her body tightly; it was just like our wedding day.


そこに息子がやってきた。
「ダディー、マミーを抱っこして『いってらっしゃい』する時間だよ!」
息子には、父親が母親を毎朝抱き上げるこの光景を目にすることが
すでに大切な日常の一場面となっているようだった。
妻は、そんな息子にむかって「おいで」と優しく手招きしたかと思うと
彼を力いっぱいぎゅっと抱きしめた。
僕は思わず目をそらした。
そうしないと、最後の最後で、気が変わってしまいそうだったからだ!
僕はだまって、いつものように妻を腕に抱き上げ
寝室から、リビング、そして玄関口へと
彼女を運んだ。
妻はただそっと、僕の首に腕を回していた。
そんな彼女を、気づいたら強くグッと抱きしめていた。
そうまるで、結婚したあの日の僕のように。。。
彼女の、それはそれは軽くなった体を腕のなかに感じながら
僕は例えようのない悲しみを覚えていた。

But her much lighter weight made me sad. On the last day, when I held her in my arms I could hardly move a step. Our son had gone to school. I held her tightly and said, I hadn’t noticed that our life lacked intimacy. I drove to office…. jumped out of the car swiftly without locking the door. I was afraid any delay would make me change my mind…I walked upstairs. Jane opened the door and I said to her, Sorry, Jane, I do not want the divorce anymore.


そして最後の朝、
妻を抱き上げたとき
僕は、一歩たりとも歩みを進めることができなかった。
その日息子はすでに学校へ行ってしまっていた。
僕は妻をしっかりと腕に抱き、そして言った。
「今まで気づかなかったよ。僕たちの結婚生活に、こうしてお互いのぬくもりを感じる時間がどれほど欠けていたか・・・」
そして僕はいつもどおり仕事へ向かった。
何かにせき立てられるように、とにかくここで、最後の最後で
自分の決心が揺らいでしまうのが怖くて
それを振り切るかのように、車を停めると鍵もかけずに飛び出し
オフィスのある上の階まで駆け上がっていった。
気が変わってしまう前に、オフィスへ行かなければ。早く「ジェーン」のもとへ!
ドアを開けるとそこに「ジェーン」がいた。
彼女を見た瞬間、
僕は思わず口にしていた。

「ジェーン、すまない。 僕は離婚はできない。」

She looked at me, astonished, and then touched my forehead. Do you have a fever? She said. I moved her hand off my head. Sorry, Jane, I said, I won’t divorce. My marriage life was boring probably because she and I didn’t value the details of our lives, not because we didn’t love each other anymore. Now I realize that since I carried her into my home on our wedding day I am supposed to hold her until death do us apart. Jane seemed to suddenly wake up. She gave me a loud slap and then slammed the door and burst into tears. I walked downstairs and drove away. At the floral shop on the way, I ordered a bouquet of flowers for my wife. The salesgirl asked me what to write on the card. I smiled and wrote, I’ll carry you out every morning until death do us apart.


「ジェーン」は「はあ?」という目で僕を見つめ
そして額に手をあてた。「あなた、熱でもあるの?」
僕はジェーンの手を額からはずし、再度言った。
「すまない、ジェーン。僕は離婚はできないんだ。」
「妻との結婚生活が『退屈』に感じられたのは、彼女を愛していなかったからではなく
僕が毎日の小さな幸せを、他愛のない、だけどかけがえのない小さな日常を
大切にしてこなかったからなんだ。
今頃になって気づいたよ。あの日、あの結婚した日
僕が彼女を腕に抱いて家の中へ初めての一歩を踏み入れたあの日のように
僕は死が二人を分つまで、彼女をしっかり腕に抱いているべきだったんだ!」
「ジェーン」はようやく事の次第を理解したようだった。
そして僕のほっぺたを思いっきりひっぱたくと、扉をバタン!と閉めワーッ!と泣き叫びながら飛び出して行った。

僕はそのまま黙って階下に降りた。
見ると、花屋が目にとまった。
僕はそこで、妻のためのブーケをアレンジしてもらった。
店員が「カードには何とお書きになりますか?」と聞いてきた。
僕はふと微笑んで、言った。
「そうだね、こう書いてくれ。」

『毎朝君を腕に抱いて見送るよ。死が二人を分つ、その日まで...』

That evening I arrived home, flowers in my hands, a smile on my face, I run up stairs, only to find my wife in the bed -dead. My wife had been fighting CANCER for months and I was so busy with Jane to even notice. She knew that she would die soon and she wanted to save me from the whatever negative reaction from our son, in case we push through with the divorce.— At least, in the eyes of our son—- I’m a loving husband….


その日の夕方、僕は妻への花束を抱え、顔に笑顔をたたえて
家についた。

はやる気持ちで階段を駆け上がる!
早く早く!妻のもとへ!

出迎えてくれた妻は

ベッドで冷たくなっていた。。。。

何も知らなかった。
僕は、何も知らなかったのだ。
妻が「ガン」であったことさえも。

ジェーンとの情事にうつつをぬかしていた僕は、
妻が
この数ヶ月必死で病魔と戦っていたことに
気付きさえしなかったのだ!

妻は分かっていたのだ。自分がもうじき死ぬことを。
彼女が出してきた「離婚の条件」は
僕を責めるものではなく、僕を救うためのものだったのだ!
自分亡き後、最愛の息子から
僕が責められることがないように。

毎朝お母さんを抱き上げて優しく見送るお父さん。
そう、そういう僕を毎朝見ていた息子にとって
僕はまぎれもなく
「お母さんに離婚をつきつけたお父さん」ではなく
「お母さんを最後まで愛したお父さん」となったのだ!

The small details of your lives are what really matter in a relationship. It is not the mansion, the car, property, the money in the bank. These create an environment conducive for happiness but cannot give happiness in themselves.


僕はどうしても皆さんにお伝えしたかった。
日々のささやかな幸せ、、、それが人生で何よりも大切であるということを。
幸せは
大きな家、土地、高価な車、または銀行の残高、、、
そんなものの中にあるのではないということを。

So find time to be your spouse’s friend and do those little things for each other that build intimacy. Do have a real happy marriage!


もしも今、あなたの傍らにかけがえのない伴侶がいるのなら
毎日がどんなに忙しくても
どうか、相手が大切だと伝える小さなジェスチャーを
心を通わせる時間を大切にしていっていただきたいと思います。
     
           $のびのび自由~わくわく生きる~

             メリークリスマス!!


今日はクリスマスイブですね。

うちでは小さい子どももいなくて、特別なにをする、というわけでもありませんが、それでもなんとなく華やぐ気持ちになりますね^^

娘がインドから昨日帰り、お帰りなさい の、うなぎやさんでの食事会は昨日しました。

娘が話してくれるインドは相変わらず楽しくて、来年は行こう!と心密かに決心しました。

もし、行けたらなんと12、3年ぶり。

クリスマスプレゼントとしてサンタさんにおねがいしましょ^^

年代がわかってしまいますが(^^;・・・・若い時の写真を2枚アップしちゃいますね



   
$のびのび自由~わくわく生きる~



          ガイドさんと一緒~?


$のびのび自由~わくわく生きる~

         

         インドの赤ちゃんは小さい子が多い。

         この子も小さいけど元気な赤ん坊でした

         よく見るとカメラ目線で微笑んでますね^^



この写真をみると若いのは当たり前ですが、これが私の原点だった、とつくづく思います。過去ですが、この旅があったから今の私が在るのです。

インド一人旅にしてはのびのび楽しんでいる風情です。毎日がワクワクで楽しかったのです。出会いがあり、その出会いで得たものもたくさんあり、いまもその当時であった人々とは濃い繋がりがあります。

今の年齢で当時わかり得なかったことがわかりはじめています。

原点(初心)に還り、経験を更に生かしこれからの日々を豊かに過ごすことにしました。

来年は私にとって新たなチャレンジの年です

心から思うのですが、『これからの人生のなかで、今が一番若い!』のですね^^

そう決めるとなんだかワクワクしてきます。

皆さまも楽しいクリスマスイブをお過ごしのことでしょう。

暦は2013年の始まりの日までカウントダウンに入っています。

どうぞ良い年末、新年をお迎えくださいね^^

一年間拙い日記を読んで下さりコメントを書いて下さった方々に感謝します。



  With Love

     アマラ
$のびのび自由~わくわく生きる~


       ~雨が上がったあとに沢山の雲が湧いてきた~


     

     変化してやまない雲を見上げるとき

     樹木を讃え、風の音をきくとき

     月や小鳥や山をながめるとき

     あたたかい陽光を全身に浴びるとき

     沈みゆく太陽が赤く雲を染めるとき

     そして、満天の星を眺めるとき

     そのときは、自分が自然の一部であり、
     
     自然をつうじて、自分よりはるかにすぐれ、

     自分が死んだあとにもつづくようななにかにつながっている

     そのことを思い出す

     自然の中にいることが、ときには最高の薬になると思います


それらをとどめておきたくて、私は写真を撮り始めたのかもしれません

自然に同調することは、私の元気のもとのひとつです



問題を抱えた方が相談にみえたとき、まずおススメするのが「自然とつながること」です。経験から言えることなのですが、思考でぱんぱんになった頭を休めるのはこれが一番です。

都会に住んでいても自然とつながり、霊的な自己を育むことはできます。

公園に行くこと・・・観葉植物を育てること・・・

私はよく車で都内を走ります。気が付いたことは都会の真ん中にも広大な緑地がたくさんあり、紅葉も楽しめるということ

そんなところに出かけ、木々の香り、花の香り、風景に心を開く~それだけで、自分のなかの憂鬱な気分が明るく変わります。

このように繰り返し意識の中に自然を招き入れることによって、鬱積していく憂鬱感から解放されるのです。

昨今は山に登る女の子たちはファッションを楽しんでいます^^山ギャルというのでしょうか^^
今朝は驚くほどの朝寝坊でした。寝覚めたのは9時。あり得ません^^

最近は睡眠時間が長く、起きるとスッキリ、という日が多いのが嬉しいです。

今朝目覚めた瞬間!「同調」 という言葉が降って(笑)きました。

まだ、意識がぼんやりしていて半覚の状態のときです。

「同調?」その言葉を寝ぼけた頭で反芻しました。

ときどき起きたての時に、その状況には関係がなく、言葉やイメージがわくことがありますよね。今朝はこの言葉でした。

その時は意味がわからないのですが、お布団の中でしばらく静かにしていると、なーるほど、このこと!と解答がわかります。

私たちは何に同調するかで、心の状態が変わります。

尊敬する人の一番好きなところや、見習いたいこと、物事への感謝、生きているものへの愛、自然などにチューニングしてみるのです。面白いほど気分がかわります。

(恋愛対象は相手の態度によってコロコロ変わるので不向きかもしれません^^)

過去の失敗や、苦い想い、嫌な出来事に同調することは、傷ついた自分を更に傷つける・・・そんな結果になります。

自分をごまかすことにならない?と思うかも知れないけど、罪悪感や自己嫌悪の感情に流されるより、ずっと自分のためになります。反省すべきはさらりと反省し、同調する対象を変えてみる、ことだと思うのです^^

「今」の心の安定が、過去の自分を癒し、これからの自分を育てることになると思うからです。

あなたは今日、なににチューニングしていましたか?^^

私は・・・秘密です(笑)

           $のびのび自由~わくわく生きる~
       $のびのび自由~わくわく生きる~


メタセコイアの大木::古代の木です。化石から採取し育てたそうです。




寒くなりました。私は雪国の生まれのせいか、実はこの寒さがあまり苦手ではありません。お部屋を暖かくしていれば、そこを基地に外へ飛び出すことはむしろ快感です。

昨今、ブログを書いてません。あまり書くことがなくなった、というか長文を書くことが出来にくい頭になってしまったようなんです(笑)

他のところで、私が撮った写真をお見せし、自己満足に浸っているところです^^

私の写真はうまいとか、へたとかの範疇ではなくて、ただただ撮るのが楽しい、というレベルなのです。

今のところ、撮る対象はもっぱら木々、景色、鳥、雲などです。

わーきれい!と心が動かされた対象だけです。

主義、主張などありません。

レンズを向けると対象と私だけの世界になります。木であればすっくと立っているその清々しい姿に圧倒されます。純粋にほめ讃えたくなります。

紅葉の真っ赤や真黄色の鮮やかさ、に胸が高鳴ります。心底きれいだなー、と思うのです。

歩いているとそうしたトキメキを感じさせるものを知らず知らず探していたり、花や木、森の方から『ねぇ~みてみて!』と呼ばれる気もするのです^^

まだ人間を撮ることができません。何故なのかな?

ときどき撮りたいな~と思う人がいるのだけれど、恥ずかしくてお声がけができないことと、生意気ですが・・・あらわれたその人の人生が眩しくて、軽くは撮れない気がします。

~というわけで今日もカメラを片手に出かける私です^^

写真は最近私が撮ったものです



           $のびのび自由~わくわく生きる~           

              
          虫食いで葉脈がきれいにあらわれた

         
           $のびのび自由~わくわく生きる~

         

          お家レストランでヒヨドリちゃんが食事中
         

         

           $のびのび自由~わくわく生きる~-雲



            夕焼け



           $のびのび自由~わくわく生きる~

             
           
          陽光に透き通っています
$のびのび自由~わくわく生きる~

この写真の4才の女の子メレディスは14才になる愛犬アビーを失いました。

とても悲しみ、アビーがいなくなってしまってどんなに寂しいのかを訴えました。メレディスちゃんは、神様にお手紙を書くことを思いつきました。そして両親に口述し、神様にお便りをしました。

Dear God

私の犬のお世話をしてくれる?彼女はきのう死に、天国であなたと一緒にいるの。私はアビーがいなくなって本当に寂しいの。病気だったけど、アビーが私といてくれて、幸せでした。

アビーと一緒に遊んでくれる?彼女は泳いだり、ボールで遊んだりすることが大好きでした。私はあなたが彼女に会ったときわかるようにアビーの写真をおくります。そうすればあなたはアビーが私の犬ということがわかるでしょう?

彼女がいなくなって本当に寂しい。

  Love Meredith



そして、お母さんはその手紙と、アビーとメレディスの写っている写真をを封筒にいれ、宛名は天国の神さま、といれ、リターンアドレスも書き込みました。メレディスはそれにたくさんの切手を貼り、ポストに入れました。2、3日後メレディスはお手紙が神さまに届いたかどうか、訊きました。きっと届いているよ、と答えました。

神さまからプレゼントがとどきました。それは金色の紙で ラップされた本でした。ほんのタイトルは『ペットを亡くしてしまったときに』でした。本にはお手紙とアビーとメレディスの写真がはいっていました。



Dear Meredith

アビーは無事に天国に着きました。写真があったのでアビーとすぐにわかりました。アビーはもう病気なんかじゃないですよ。アビーはあなたに飼われて幸せでした。彼女のスピリットはあなたの心の中にいるように、ここに私と共にいます。ここ天国では、身体は必要がないから、あなたの送ってくれた写真を入れておくポケットがないのです。だから、小さな本と一緒に送り返しますね。アビーの想い出のために。

美しいお手紙をありがとう。そして お手紙を書き送ってくれたあなたのお母さんにありがとう。あなたはなんてステキなお母さんなのでしょう!わたしはあなたに感動して手紙に惹かれました。私はあなたを愛し、いつも祝福を贈っています。

ところで、私を見つけるのは簡単です。わたしはここ,あそこに偏在している愛だからです。

  Love God


本当のお話です。本当にいいお話ですね。大好きなペットをなくし、悲しみに沈んでいる小さな子どもの気持ちを大切に思い、慰めるためにお母さんがしたことに、ポストオフィスの感動した誰かが贈ってくれたプレゼンントです。

メレディスはどんなにか安心したことでしょう。そして同じく愛するペットを失ったお母さんも癒されたことでしょう。

私もペットをなくしたばかりです。このお話を読んで、大好きなペットがいなくなってしまった悲しさと寂しさをもう一度見つめることが出来ました。

そうすることによって、逆に気持ちが落ち着くのを感じています。

その時々に起こる感情を見つめることが大事ですね。

悲しい気持ちはあたりまえ、寂しさもあたりまえ、なのです。

たらちゃん I miss you!

 ソース:http://femour.com/?p=5896
     幸せの真実という絵本を昨日紹介しました。

     その本の後書きを全文書き写したいと思います。

             あとがき


この絵本は自分の心を癒し、セルフイメージを高め、自分らしく、自信を持っていきていくことができるように創られています。

さらに、他者に対して思いやりと優しさをもち、競争することから解放されることを願って創られています。

私たちは自分が信じたセルフイメージ通りの人生を歩んでいます。それ以上にも、それ以下にもなることはありません。

自信を失うのは、いつも誰かと比べ、自己卑下することが原因です。誰かよりも優れていると愛されるーーーー。そんなゆがんだ信念が、自分を苦しめる思考や感情、行動パターンを形成してきました。

この信念は、子どものころに植えられたプログラムです。よりよく生きるためには、まずありのままの自分を愛さなければなりません。

そして、自分の心を癒す方法のひとつが「ありがとう」という言葉なのです。この絵本が大人のみなさんから子どもたちまで、大きな気づきを与え、心の癒しとなることをイメージしています。



このあとがきの言葉はまっすぐに私の胸に響きました。あたかも自分の言葉であるかのようでした。インスピレーションに充ちた言葉です。

他の人と自分を比較することを私たちはします。比較して萎んだり、膨らんだりします。判断の基準が他の人にある場合は、自分らしく生きられない、ということになりますよね。

自分を愛する事を躊躇する、または愛し方がわからないと思っている人が大半です。自分を愛することが自分を甘やかす、ことになる。そんあ恐れもあるようです。

ありのままの自分を愛するって実はそんなに難しいことじゃない、と思うのです。心の中に小さい小さい自分がいて、お世話する・・そんな感じなんですね^^子どもって見守ったり、あやしたり、世話したりが必要ですよね。

見た目どんな立派な大人でも小さい自分がいるようです。

尾崎さんの言葉はシンプルですが、それだからこそかな、私の右脳に響きます^^

         $のびのび自由~わくわく生きる~

            可愛い絵ですね^^

「幸福の真実」   尾崎里美:著  カナリア書房:刊
$のびのび自由~わくわく生きる~



先日、以前から興味をもち是非参加してたいと思っていた方のセミナーを受けました。

講座申し込みをしたのが春くらい。11月まで空きがなくずーと待っていました。

途中身体を壊してしまいましたので、出席をするのを迷っていましたが、主催者は保留ということで開けておいてくれました。

2日間の講座中、ずーと笑いっぱなし!楽しかったです。

その方が

『私はね、人間以外に興味をもったことがない。20年間人間についての探求だけをしてきました。心理学を勉強、人間の行動の研究、観察、寝ても覚めても人間への興味を持ち続けてきました。実はパソコンも出来ません。携帯もメールと電話だけが出来るぐらいです。』

ということを語っておられました。

背景には、この方は小さい頃、家庭崩壊のため叔母の家に預けられ、そこで虐待された体験があり、以来心を閉ざしてしまい、小学校時代には死のうと思って実行しますがもちろん未遂に終わる、そんな体験がありました。

親には言えず、心配かけたくないと学校には行くのですがその他は引きこもり。

そのあと、義理の父の心のサポートの助けがあり、成長し美容師として働き始めました。

弱冠28歳で美容室を複数経営するまでになり、願うことがすべて実現し、富も得、本来ならば言うことなしの人生の幕開けを迎えました。

ところが、突然心の病気になってしまったのです。原因は小さい頃に受けた傷でした。

パニック障害、うつ病と診断され、お薬を2年間飲みましたがいっこうに良くなりませんでした。

或る人の一言がきっかけになり、すべてのお店を人に譲り、違うことを始めたのです。

そこから自己探求の旅が始まりました。以来、人間探求に一心不乱のの20年間です。

40才過ぎて、アメリカに催眠療法の学びに留学しました。英語も出来なかったののですが・・・

<セレンディピティ> 外部リンク



***セレンディピティ(英: serendipity)は、何かを探しているときに、探しているものとは別の価値あるものを見つける能力・才能を指す言葉である。何かを発見したという「現象」ではなく、何かを発見をする「能力」を指す。平たく言えば、ふとした偶然をきっかけに閃きを得、幸運を掴み取る能力のことである。***



この方のセミナーに参加して、この言葉を思い出しました。

目の前のことにひたすらバカになって専念すればこの「セレンディピティ」が起こるのですね。

まさに、好きこそものの上手なれ、なんです。

私の周りにもこのような人々がいます。

この方、尾崎里美さんは現在、お笑いセラピストとして大活躍なさってます。

里美先生の講座は楽しいです。過去にこれほどの苦難を体験した人が、その苦難から立ち上がり、現在、沢山の人々の幸福探しのサポートをなさっているのです。

大阪のおばちゃん、とは言っていますが、私には可愛らしいところのある、とてもステキな女性に感じられました。

私が受けたのは「イメージング」のクラスでした。

優れた人々は沢山いらっしゃいます。この人が習得したスキルをこうして学ばせていただける機会を得たことに感謝しますし、病後に遠くまで出かけられた 奇跡(笑)に感謝です。

これからの人生で今が一番若い・・・のですね^^



書籍紹介(3冊)

☆・・ちっちゃいおっちゃんー藁って学べる心のお勉強

☆・・幸せの真実ー本当の自分に還る

☆・・想像して創造するー望み通りの未来を創るイマジネーション力

興味をもたれた方は是非読んでみてくださいね^^

      いずれもアマゾンです

「アメリカインディアンの教え」 

   批判ばかり受けて育った子は非難ばかりします

   敵意にみちた中で育った子は誰とでも戦います

   ひやかしを受けて育った子ははにかみ屋になります

   ねたみを受けて育った子はいつも悪いことをしているような気持ちに   なります

   心が寛大な人の中で育った子は我慢強くなります

   はげましを受けて育った子は自信を持ちます

   ほめられる中で育った子はいつも感謝することを知ります

   公正明大の中で育った子は正義心を持ちます

   思いやりの中で育った子は信仰心を持ちます

   人に認めてもらえる中で育った子は自分を大事にします



人は生まれてから6才まではハートが全開しているという。

周りの人が言うことをなんでも記憶してしまうという。ジャッジがなく、そのままを言葉通りに記録し、心の奥深くしまい込んでしまう。

「ダメな子」って言われたら「ダメな子」と記録。「あなたには出来ない!」と言われたら「できない子」と記録する

インナーチャイルドは本当に素直

でも、大きくなってコントロールできない負の感情が吹き出し、私たちが、よく言う「頭ではわかっているんだけど、心でわからない」そんな状態に陥るのね。それは取り込んでしまった記録が働いている時なのね。

5%の頭=理性=分析的な自分はわかっているんだけど、自分のなかの95%を占める小さな子どもはわからない

逆だったら?

子どもの頃のその人を励ます言葉や肯定する言葉が、愛ある言葉を毎日シャワーのようにあびていたら?

人生での大変な出来事にも勇気をもって解決しよう、とするでしょう

そして、他の人たちにも愛をシェアできる

子どもを育てるときのアメリカインディアンの智慧は心を育てる教えでもありますね。

アメリカインディアンの教えは、以前の日記にもアップしましたが、今度は壁に貼付けておこうと思います。

私の中の小さな自分、の育て直しのためにも有効です^^




           
のびのび自由~わくわく生きる~


こんにちは^^

最後の書き込みからいったい何日が過ぎ去ったのだろう~

本当にいろいろあって忙しかった、というか・・・

このブログにも登場しました、愛犬(あえて書かせて下さいね)タラがこの世を去りました。11月7日深夜のことです。最後の一日は動物病院の酸素テントの中でした。

この一ヶ月は完全に歩けない状態で、添い寝するなど介護の生活でした。

穏やかで無邪気な性格ゆえ、皆に愛され12年と11ヶ月の楽しい犬生^^を終えました。

私たち一家はまさにタラ中心の生活でしたから寂しいです。いつかこの日がくることがわかっていてもです。。。

別れは辛いですね。。

そんな状態の私を訪ねてくれた小さな天使たち。

娘の親友が弟家族とお子さんを連れて遊びにきてくれました。

天使3人(^^)/

そのとき描いてくれたのがこの2枚の絵

     
のびのび自由~わくわく生きる~

             

         お父さんと(左)お母さん(右)妹? と何故かぶどう

さらちゃんは4才・・・とってもしっかりしていて妹といとこの男の子のおねえさんです。こんなに小さくても下の2人のいたずらっ子の面倒をみています。

この子が生まれるときのエピソードをこのブログにも書いたことがありますが、あの時、出産シーンのあまりの過激さに倒れそうになったお父さんは現在は堂々としたやさしいステキなパパになっていました(笑)

2人のお母さんをみていると、本当に大変そう。子どもは動き回りひと時も眼が離せません。

私はそれでも子どもたちを『天使』と思うけど、まさに子育て真っ最中のママやパパにしてみれば時には『悪魔』にも思えるでしょうね(笑)

自分の時間が取れない・・・これは辛いよね。2人のママさんは共に能力のあり仕クリエイティブな女性たちです。

社会から隔離されている感が拭えない。焦りますよね。

なにより社会に出て行動している、ということも与える喜びでもあるわけです。

子育ては楽しいこともいっぱい・・・です。だけどやはりお母さんたちには自分の人生も楽しんで欲しい。育てる人がイキイキ、ワクワクと毎日を過ごしていることは、健全な子育てが出来るということ。

昨日テレビでノルウェーの子育て環境をみました。19才、20才で出産する人も多く、大学生でもあるわけです。大学には保育所があり、母親は安心して勉強を続けられる。そして、シングルマザーの子育て支援も充実しています。

結婚していても仕事を持つのは当たり前です。日本の専業主婦は考えられないとのこと。

当然保育所もたくさんあります。

子育ては地域社会、そして国家の手厚い保護が必要ですよね。

消費税は25%と高いのですが、このような税金の使い道であれば喜んで払います、と思えました^^

自分自身の子育ての時期を思い出してみると、子どもの可愛らしさは別として、いつも疲れていたかな・・・

お母さんたちの悩みも疲れもたまっていくばかり。

子育ても仕事も楽しめたら最高ですよね。そうなると子育ての苦労も半減します。

子どもや働く親支援を国の制度として整えていくのは必須ですね。

そのベースとなるのは他の人を想う愛です

脈絡のない内容になってしまいましたが 、徒然思うことでした(^^)