のびのび自由~わくわく生きる~ -7ページ目

のびのび自由~わくわく生きる~

自分設定の枠組み・・たまには不自由。それを越えて、毎日をわくわく過ごせたらいいね。
それには、現在の自分を知ること。さぁ、今の自分はどんな~?

$のびのび自由~わくわく生きる~


         昨日の富士山~ライブカメラより~
         富士山は男性?女性?



こんにちは^^

今日は土曜日です。時間の経つのがとても早く感じられて驚きます。

一説によると一日の時間がもはや24時間ではなく19時間くらいになっているらしいです(信じますか~?・・笑い)。

これは感覚で感じるだけではなく、髪の毛が伸びるのが早かったり、爪が伸びるのも異様に早い、というような実感を伴っています。

ふけゆく秋・・・そしてふけゆく私 (笑)

地球も変化の時を迎えているのかな・・

変化と言えば、私たちにも長い人生のうちで変わらざるを得ない時がきます。

その変化は人により急激に大きく変わってしまう人、バランスをとりながらゆっくりと変化していく人・・様々です。

大きく変化をする時には大きな苦痛を感じることもあります。

軽い落ち込みをきっかけにうつ状態に突入、なんて事態にもなりかねません。人間そんなに強くない~でしょ^^

長く気分が塞ぐ・・これを『うつ』としたら、これは自分のなかで起こるエネルギーの流れの変化かもしれません。

陰と陽、女性性と男性性、白と黒(?)・・・とにかく2種のエネルギーが拮抗 して、混乱の状態になるのですね。自分では自分のなかで何が起こっているのかわからないから、強い不安感に襲われたり、今まで自分が大事に持っていた価値観が揺らいでくるわけです。

そのきっかけは、個々人により違いますし、そのバランスの在り方もまたそれぞれで違います。

或る人が

『元々エネルギーを外に向けることに抵抗がなかった人に(男性性)、女性性の感覚が流れ込むとこれまで行ってきた行動に躊躇が現れます。』

『私の言動が状況や関係を壊してしまうのではないだろうか』という恐れです。

と、書いていました。



これを読み、なんか心当たりがありました。『え~これって私のことじゃない・・・』 と(笑)

私は女性ですが、だからといって女性エネルギーが優勢とはいえません。要は心の状態やバランスのことなのです。

そのバランスが 変わってきた、のだと思いました。

これは調整の必要がある・・・そう思いました。

さて、その方法は~如何に

次回のブログに続きます(^^)

一見ネガティブに思える出来事であっても私たちを成長させる貴重な経験になり、何事も無駄なことはない、ということです~実感^^

 こんにちは^^

今日はもう11月1日です。日記もあまりアップできない日が続いています。

私のブログを待って下さる方もいたりして^^すみません。

昨今は飼っているワンちゃんが寝たきりになり、声は小さくても泣くので夜も家族が交代で添い寝している状態です。

介護生活です^^

なので、まとまった時間が取れずに、文章を書くのに絶対不可欠な(笑)集中ができないのです。

育児時間の再来のようです^^

でも、いのちに触れてるのは、優しい気持ちを引き出してくれますね。

この子は私が餌を与えているからでしょうか~私が大好きです。いつでも見つめています(笑)こんなふうに素直にいのちを預けられると、本当に愛おしさがこみ上げてきます。


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さて、この前のブログに、自分のプライドが人の親切を素直に受けられない、と書きました。

カウンセリングでも『人の手を借りる』とか『人の話を受け入れる』という受け皿がない人が案外多いような気がします。(自分も含めてです。)

プライドはなくてはならないものではあるけれど、あり過ぎると自分の成長がおくれますね(><)

自分がうつっぽくて、その状態からなかなか抜けられない・・そんな時は、まず『自分に素直になってみる』

<自分が苦しんでいる、ということを素直に認める・・・・>

これは案外難しいことなんですね。苦しんでいる自分に耐えられないから、物事をポジティブに捉えてみようと、ポジティブシンキングを試みても長持ちしません(苦笑)

あまり解決にはなりません

<そして、この苦しみから解放されたい、その気持ちも素直に認める・・・>

このことを認めてしまうと一つ楽になります。

そして、呼吸~

朝目覚めたら、ゆっくりと深い呼吸をしてみる。ちょっとした気分の落ち込みはこれだけで改善されます。



病気の動物を看ていると、苦しい時には動かないようにじっとしています。自分の身体に実に素直に従っています。

自分で自分を癒し、心地よくなる術を知っているようです。

私たちも自分自身を知りそれを認めることで、真の意味で楽観的なポジティブさを身につけることができるようになるのですね^^                     

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                庭のもみじ
こんにちは

今日の東京は生憎の雨です。肌寒く感じます。秋は寂しさを感じますね。

日ごろはマックブックを使用してますが故障(>_<)で、ただいま入院中です。

コーヒーをほんの三滴くらいをキーボードにこぼしてしまったからなんですが保障期間内にもかかわらず実費です。自己の不注意だからですって。

それで今これをウインドウズデスクトップで書いてますがこれがまたすっかり使い方を忘れてしまいました。かな、ローマ字変換がどうしてもうまくいかない時があります。

これも故障??

あーぁ、はやく直ってこないかな~と思いつつブログをかいてます。

私の体も故障しました。修復されるにはこちらは少し時間がかかります。

今は何でも一人でできますが、悪い習慣があって病になったのですから、考え方、生活習慣を変えて(帰る試みをしています。

病気だった期間中はお仕事はお休みでした。それでもどうしても・・・と頼まれることがあって、調子の良い日にカウンセリングをしていました。

それはそれでとっても充実した時間なのです^^

でもね、そのあと自分について考えることにもなるのですね。。。他の人の悩みに引き出されるかのように私の弱点、というか眼をそらしていた点があきらかになるのでした。。。

自我の壁が薄めだったからかな~^^

私はとてもひねくれ坊主でした(笑)

家族からでも誰からでも、人さまからの援助を受け取るのが嫌なのです。して欲しいくせに、素直に受け取れない。

忠告などもわかっていることを言われるような気がして、素直には受け取れませんでした。

今思うと本当にありがたいことなのに、やってもらえばもらうほど、プライドが傷つけられる気がして辛かったんです。

この傾向は以前からあって、人にやさしくされることが大好きなのに、不思議だな~と思ってました

でも、それは自分の許容範囲があって、ある自分の領域に踏み込まない場合はオーケーなわけです。

軽くよしよし~って(笑)

それを越すと、『私は救いの手が必要なダメ人間』と言う気持ちが生まれます。

ですがほ~っておかれると大げさですが『見放されてしまった』といじける厄介でいや~な奴でした(笑)

これって自分の弱さを認めたくないからですよね。

私自身に本当の意味で『人の手を借りる』とか『人の助けを受け入れる』という発想そのものが希薄だったせいではないかと思います。

だからこの前の日記にアップした詩『大丈夫だよ』に感じ入ったのでしょう。

ずいぶん長くなってしまいました   

私としてはこのような自分を自覚してしまったから、このままでは不自由です。これをどうするかは、また書きますね^^
        






日曜の朝です^^コーヒー片手にこの曲を聴いています。
優しくソフトに響く歌声、メロディが素直な気持ちにさせてくれます。素敵な朝です(^^♪

歌詞も大好きです。



『paint the World』

  君の眼に写る世界を

  そのまま絵に描いてみようよ

  夜空の星たちが笑顔で

  君の語りかけるよ



  気持ちの向くままに世界を

  そのまま絵に描いてみようよ

  お日さまが腕を広げて

  君を抱きしめてくれるよ



  心を開いて世界を

  好きな色で描いて

  そして僕に見せてよ

  輝く君の笑顔を


  
  夕日が沈んで暗くなって

  月が夜空に顔を出すよ

  君の帰り道を

  どこまでも明るく照らすよ



心を開いて世界を

  好きな色で描いて

  そして僕に見せてよ

  輝く君の笑顔を


~Noboru Funabashi 訳~

「病気になったら」

      病気になったら どんどん泣こう

      痛くて眠れないといって泣き

      手術がこわいといって涙ぐみ

      死にたくないよといって めそめそしよう


      恥も外聞もいらない

      いつものやせ我慢や見えっぱりを捨て

      かっこわるく涙をこぼそう

      またとないチャンスをもらったのだ
      自分の弱さをそのまま受け入れるチャンスを

      病気になったら おもいっきり甘えよう

      あれが食べたいといい

      こうしてほしいと頼み

      もうすこしそばにいてとお願いしよう

      遠慮も気づかいもいらない

      正直に わがままに自分をさらけだし

      赤ん坊のようにみんなに甘えよう

      またとないチャンスをもらったのだ

      思いやりと まごころに触れるチャンスを

      病気になったら 心ゆくまで感動しよう

      食べられることがどれほどありがたいことか

       歩けることがどんなにすばらしいことか

      新しい朝を迎えるのがいかに尊いことか

      忘れていた感謝のこころを取りもどし

      この瞬間自分が存在している神秘

      見過ごしていた当たり前のことに感動しよう

      またとないチャンスをもらったのだ
      いのちの不思議を味わうチャンスを

      病気になったら すてきな友達をつくろう

      同じ病を背負った仲間

      日夜看病してくれる人

      すぐに駆けつけてくれる友人たち

      義理のことばも 儀礼の品もいらない

       黙って手を握るだけですべてを分かち合える

      あたたかい友達をつくろう

      またとないチャンスをもらったのだ
      試練がみんなを結ぶチャンスを

      病気になったら 必ず治ると信じよう


      原因がわからず長引いたとしても

      治療法がなく悪化したとしても

      代医学では治らないといわれたとしても

      あきらめずに道をさがし続けよう

      奇跡的に回復した人はいくらでもいる

      できるかぎりのことをして 信じて待とう

      またとないチャンスをもらったのだ
      信じるよろこびを生きるチャンスを

      病気になったら 安心して祈ろう

      天にむかって思いのすべてをぶちまけ

      どうか助けてくださいと必死にすがり

      深夜 ことばを失ってひざまずこう

      このわたしを愛して生み 慈しんで育て

      わが子として抱きあげるほほえみに

      すべてをゆだねて手を合わせよう

      またとないチャンスをもらったのだ
      まことの親に出会えるチャンスを

      そしていつか 病気が治っても治らなくても

      みんなみんな 流した涙の分だけ優しくなり

      甘えとわがままを受け入れて自由になり

      感動と感謝によって大きくなり

      友達に囲まれて豊かになり

      信じ続けて強くなり

      自分は神の子だと知るだろう

      病気になったら またとないチャンス到来
      病のときは恵みのとき


 
      ”だいじょうぶだよ”(晴佐久昌英 著、女子パウロ会)より


私が病気の時、夜中に痛くて目が覚めることもありました。
痛さに身を任せ、受け入れてみると不思議なことに柔らかなもろい自分がぼろぼろ出てきておお泣きしました。何故か母のことが想いだされ、慈しんで育ててくれた、ということが頭の理解ではなく直に・・・あたかも柔らかく抱かれているかのような感覚で伝わってきました。

愛されている自分を祝福したい気持ちになりました。

この気持ちを表したいと思いずーとこの思いを反芻してきました。

今日この詩を読み『言いたかったことはこのこと!』ぴったり私の気持ちにはまりました。

むき身になった自分の弱さを受け入れるのは結構辛くて難しいことでした。

弱っている自分の気持ちを素直に人に伝える難しさ・・・

いつも元気な私・・・いつも人を助けるエネルギーに溢れた私~それが私!って!
でも、本当はそれと真反対の自分もいる、ということ。

素直に甘える、ということは我がままとも違う、いのちが輝きだすために他の人の手を借りることなのかもしれません。

病が癒えた今思うことは、私たちが普通にできていることはちっとも普通なんかではなくて、本当は奇跡なんだ、ということです。

それと『愛』を探し回らなくともすでに私たちは愛されている、ということです。

これからはゆっくりと隠れていた自分と繋がる旅をしたいと思います^^


長い文章・・・読んでいただいて感謝します。

私がまだ独身の頃、ボランティア活動で牧場で、牛舎の清掃や牧草地で働いてみたり、それが高じてインドでボランティア活動~。

一年間滞在し、インド国内をあちこち旅をしました。

そんな私が子どもを育てる時に心がけたのは、どんな環境でも生き抜いていける人でした。

その昔、西洋人の友人が生まれて3ヶ月の新生児を連れてインドを旅しているのをみて、仰天したことがありますが、ここまでやれなくても、この子たちが虫を怖がったりすると、インドに行けなくなるとばかりに日常的に訓練してました。

ある意味英才教育かもしれません~ ^^

あらゆる昆虫に触れさせ、そのためには 母親である私がまずは触ってみせないといけません。平気そうな顔をしてミミズにも触ってみせてました。

大きなミミズは気持ち悪かったですが。

それと物語もつくっては、きかせていました。

  ゴキブリ物語・・・

それは私が台所で大きな大きな大きなゴキブリと語り合う、というお話です。

嫌われて悲しい、とか、ゴキブリの夢、世間話です。娘たちは驚き喜びました。

ママはゴキブリと話ができる!!ゴキブリが足を組み、腕組みをして話をした!!・・・と~ 信じたのですね(笑)

教育のおかげで娘たちは虫を見ても『キャー!!!』と騒ぐ、ある意味か弱く、可愛らしい女の子からはほど遠い逞しい娘に育ちました。

上の娘は、インドでヨガを学び、年に 半分はインドで過ごしていました。現在はヨガを教えています。下の娘は単身渡米、結婚をしダンスアーティストとして自分の道を切り開いています。

もう娘たちは成人し自分たちの道を歩いています。母親は元気でニコニコでいれば良い、と思っているようです。

でも、私は彼女たちの行動することを恐れない力は、こうした教育の結果である、と思うのです(笑)

父親は会社勤務の傍ら休日ごとにキャンプやスキーに連れ出していました。このことも行動することを楽しみ、物事に挑戦する勇気の下地になっているようです^^

教育の成果が出ていないのはゴキブリだけです。
$のびのび自由~わくわく生きる~


こんな写真をみつけました。ブーメランの軌跡です。キレイですね~^^

人生はブーメランのようです。

私たちの思考や行動、言葉は発した直後かしばらく後に、驚くべき正確さで発した人のところに返ってきます。

これは法則

子どもの頃に周りの大人たちから『他人にしたことは自分に返ってくるよ~』と言われ、あわてて行動を改めたものです。

ですが懲罰的な意味合いが強くてなんとなく受け入れ難かったかな・・・

心にもないことを、ポジティブシンキングだから・・・と思うのは無理 。

でも、日頃から何気のないことに幸せを見いだすことができたなら、ポジティブなことを考えたり、行動したり、親切な言葉を口にするのはそう難しいことではないよね。

心の癖ってだれにでもある~だからそんなにそのくせに付いて真剣に考えることはない、って思うのです。

これから心地よい癖をつけたらいいかもしれないね^^

私だったら・・・

一人でも元気がもらえるような言葉や、今までに出逢っていろいろ刺激されたステキな人を思い浮かべるとか・・ お気に入りのものに触れるとか、自然に触れるとか、健やかな子どもたちを思うとか・・・様々

そんな感じで、自分がいい状態で心地よくいられたならば、知らず知らずのうちにいいブーメランを投げられると思います。

私たちを取り巻く状況は政治も含めてそんなに良いものではないけれど、それでも私たちが生活が出来ていることに感謝しつつ『良い事さがし』は続けていきたいと思っています。


のびのび自由~わくわく生きる~


                     タラです



ご無沙汰しています^^

朝夕はなんとなく涼しい空気を感じる今日この頃ですが日中は強い日射しで焼けこげそうになります。

真夏の日射しは殺人的でした(>_<)

今夏は飼い犬のタラがもうじき13才の高齢と持病の心臓病の悪化のために散歩もままならず、例年であれば川遊びに夢中・・・のはずですが 家でおとなしくしています。

川と言えば、つい2、3年前までは比較的深くおおきい川によく連れて行きました。タラはラブラドールなので、泳ぎが得意です。水も大好きで暑いと自分から川に入り泳ぎます。

私も川遊びが大好きですから深いところも入っていきます。タラは水で一人遊びはしないのです。私にピッタリ張り付いてはなれません。来たくない時は遠くから『ママ~大丈夫かな~』 と見張っています(笑)どこにいても視線を感じていました^^

ある日、思いついていたずらをしてみました。それはラブラドールは盲導犬でもその能力が認められている優秀な犬種なので、溺れたまねをしたら助けにくるかな・・と思ったからです。

手足をばたばたさせ『助けて~』と大声をあげました。

それまで私をずーとみていたタラはきっとした表情に変わり流れに飛び込み、私のところに来るやいなや、くっと体勢を変えしっぽを私に差し出したのです。

まるで『つかまりなさい!』と言っているかのようでした。

つかまってみました。タラは女の子でラブちゃんにしたら小柄です。つかまると沈んでしまいました。今度は私が救助するはめになりました(笑)

動物を飼っている人たちは毎日の触れ合いの中でこうしたたくさんのエピソードがあるでしょう。10年以上も一緒に暮らししていると、お互いにどんなフィーリングでいるかわかります。

犬や猫が表情を読むのかどうかはわかりません。ですが、飼い主が元気な時は安心して寝ていたりします。病気やなにか不穏な雰囲気を感じた時には、その場から私を引き離したの場所へ連れていこうとします 。このことからいえることは犬はその場にいる人や、その場の雰囲気を全て把握しているということです。

そして好むのは平和です^^他の犬に吠えられたりするとさっさとそのワンちゃんから離れます。

まだタラは歩けますし、ひとりで庭を一回りできます。食べ物にも執着があるし(笑)まだまだ大丈夫です。

・・・・今日の日記は別のことを書こうと思っていましたが、何故かタラのことになってしまいました。

タラは私たちを笑わせてくれたり、癒したり今でも大活躍です。

タラと最後の日まで楽しく過ごしたいと思います^^

    


人生の早い時期に(つまり若い頃ですが・・・笑)インド滞在中に、自分から望んだわけでもなく、またそれが目的でモあったわけでもなく、インド北部ダージリンにあるチベット寺院に誘われるように流れ着いた私です。

お寺で初めてリンポチェ(高僧)たちの唱える読経するのを聴き、なぜだか懐かしさに震えるような思いを抱きました。

お寺でリンポチェの元で修行をしたくて、一年のビザが切れるとき、泣く泣く帰国。でも心の中では再び帰ることを決めていました。

が・・・思い通りにならず、結局は家庭を持ち、子どもを育てることになりました。

そして30年間チベット仏教への憧れをあたためてきました。

ビデオは広島にあるセンターを始められ(前龍蔵院デプン・ゴマン学堂日本別院管長)でしばらく日本に滞在された方です。

先日この世を去りましたが、このビデオは『仏教で一番大事な教えとは?』という質問に対して応えられたものです。

お父さんに優しく諭されているような優しい気持ちになりますね^^

心の安定は自分の心を統御すること、それには良い心で過ごすこと。。。、

シンプルな教えですが、恐らく実行することは難しいことかもしれません。

ケンスル・リンポチェは仏教哲学を深く学ばれた師であり、学者でもあります。その方がここまでシンプルにおっしゃる言葉は深く胸にしみいりました。

肉体を去られやっと故国チベットに帰ることができます。

心からご冥福をお祈りいたします。

   
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         使用中の湯たんぽ&たら



心のお話ではないんです^^でも心もぽっかぽかになりますよ^^

身体の調子を崩してしまった私が手放せないもの、それは湯たんぽです。

電気製品が今ほど出回っていなかった何年か前までは、あばら骨のように凸凹になった金の湯たんぽやあんかが盛んでした。

今はお手軽な電気あんかが普及してますが、昔ながらの湯たんぽが身体にいいそうなんです。

関節が痛み、朝は結構大変な想いをしていた私ですが、湯たんぽ使用の後はとっても楽になりました。

私が持っているのはゴム製のものと、ある医師により考案されたプラスティック製 2個で、布製の専用の袋がジッパーで繋げられより広範囲を暖めることができます。

身体の冷えは万病のもと、は聞いて知っていました。でも、いつも身体があたたかく、寒さ知らずで冬でも裸足で過ごしていた私には無縁、と思ってました。

ところが身体は冷えきっていました(><) 今回の不調はその結果でもあるのです。

冷えを知るのは簡単です。

☆ 二の腕の内側

☆ お腹(下腹部)

☆ 臀部

☆ 太もも

が脇の下の温度より冷たく感じられたなら、身体が冷えているのです。

湯たんぽであたためるのは風邪のひきはじめにいいですし、肩こり、原因不明の痛み・・・などに良いような気がします。

私の場合ですが、この暑さのなかで湯たんぽをあてても暑くないのです。むしろぽっかぽかとして気持ちがいいのです。 不思議ですね(?)

もし、痛みが身体の何処かにあったら試してみて下さいね^^

たぶんこのことは皆さんが既に知っていることかもしれませんね。

電気あんかでは効果が薄いそうです。。。

健康を害して始めて知る健康であることの有難さです。