15年使っていたスーツケースを転がしていたら変な音がする。よく見ると、キャスターが4輪とも破損していた。車輪のゴムが完全にはがれている。これでよく使っていたものだと逆に感心した。

しかし、これだけで捨てるのはちょっともったいない。サムソナイトではないが、サムソナイトに修理に出すと、交換は1個7000円もするらしい。困った。

調べてみると、ゴム車輪は100円/個程度で売っているらしい。これなら修理してみるか、ということで近くのコーナン(DIY店)に行ってみると、果たしてゴム車輪、中軸、ナットと適当なのがあったので早速購入。ナットはハードロックナットを探したが、M5はなかったので、替わりにネジ緩みしないナイロンナットを使ってみる。

破損した車輪をどうやってとるかに知恵を絞ったが、結局、電動ドリルを使った。これで、あっという間に外すことができた。

後は取り付けるだけ。ものの20分もせずに全修理が終了。部品代は全部で721円。

仮にサムソナイトだとすると、4個の交換で28000円もすることを考えると、実に安くあがった。ナイロンナットで緩みが出ないかどうかだけ気をつけておく必要があるが、だめならハードロックナットと交換すればいいだけの話だ。

滑りも比べものにならないほどよくなったし、すごく得した気がした。

帰省してきた。久しぶりに長時間、車を運転する。片道7時間超はしんどいだろうと、少々尻込みしていたが、あっという間だった。ずっとオペラを聴いていた。行きも帰りも、トリスタンとイゾルデを聞き、次にラインの黄金を聞く。すると、ラインの黄金の最後20~30分が聞けないくらいでたどり着く。考えてみれば、一人っきりで、立て続けに7時間という時間をとれるのは長距離ドライブくらいしかない。さすがに、椅子に座ってテレビにかじりついても、7時間立て続けとなるとちょっと飽きてくるか、お酒で眠くなる。ドライブだと逃げ場がない。お酒も飲めない。おかげで、じっくりと音楽に聴き入ることができる。第1幕のギスギスした、とげとげしいイゾルデの声が、2幕では甘い、愛を語る、恋する女の声に変わってトリスタンにうなだれる。それが第3幕、幕切れでは、愛と哀しみが入り交じり、神々しさを帯びてきたところで息途切れる。ベームの指揮の下、ビルギット・ニルソンは見事にこの声の移り変わりを表現する。実にすばらしかった。妻はトリスタンなんか聞いてたら眠くならないの、といってたが、ずっと緊張感を持続したまま聞き入っていた。今度はクライバーかバーンスタインのトリスタンをお供にする、4時間の旅先を捜している。
先週と先々週の2週続きで、NHKの花鳥風月堂で勧進帳をやっていた。

弁慶は当たり役の団十郎でこれはいいとして、富樫は海老蔵がやっていた。何年か前に、銀座の歌舞伎座で海老蔵の出る高野聖を見たことがあった。時間が空いて突然歌舞伎に行こうとなったので、天井桟敷しか空いてなかったのだが、はっきり言って、海老蔵の声は全くと言っていいほど聞き取れなかった。いうまでもないが、声が客席の奥まで聞こえない演劇はみれたものではない。何をやっているのかわからないのだから。海老蔵は声のでない役者なのか、それを確かめるためにも富樫の台詞に注意した。

テレビ中継ではさすがに声が聞こえないということはないが、団十郎は腹の底から響くように声が出ているのに対して、声の質もあろうが、やはり海老蔵の声は腹の底に力が入ってないように思う。どこか声が抜けて、テレビでさえも時々聞き落としそうなところもある。DVDで見慣れている、富樫役の中村富十郎のほうが、ずっしりと響き、迫力がある。

勧進帳は市川家のお家芸。あれで、そのうち団十郎を襲名して、弁慶役をはれるのか?

ちょっと心配になる。
ワシントンに行ってきた。DCの方である。

アメリカに行くと必ず一度は行くのがステーキ屋である。日本ではステーキなどあまりに高いからほとんど行かないが、アメリカでは日本よりもぐっと安くなるというのも1つの理由だが、もう一つの、そしてこちらのほうが重要なのだが、日本とは違う方法で焼くステーキが食べられるからだ。といっても、本当のところは日本でこういう焼き方を全くしないのかどうかは、実のところよく知らない。ちゃんと捜せばあるのかもしれないが、ちょっと捜した範囲では簡単には見つからなかった。

で、どういう焼き方か、というと、Roastである。実際に調理しているところを見たわけではないから正確にはわからないのだが、ローストビーフを作る時と同じようにやるのだと思う。ただ、多分相当に大きなかたまり肉を、固まりごとローストしているようで、多分何時間もかかけて作っているのではないか。普通の家庭では食べきれる量ではない程の大きさのかたまり肉をそのままローストしているようで、つまりは家では食べることできない、のではないかと思う。

しかし、アメリカのステーキハウスではどこでもこのローストを出すかというと、そうでもない。日本でも普通に食べれる、鉄板焼きのようなステーキのほうが、アメリカでも一般的なようである。これはこれでおいしいのだが、ローストしたものはこれとは全く異なるおいしさがある。まず、肉が軟らかい。厚さ2センチほどに切ってあるが、ナイフがスッと入っていく。そして、何ともしっとりとしていて、そう、大変にジューシーなのである。初めてこれを口にした時、これが「肉」本来の味か、と感動した。

そういう、ローストステーキを出すお店が、ワシントンにもある。
3年ほど前初めて入った時、ジャケットを着用してくれ、と言われた。そんなこと言われても今は持ってきてない、というと、隣の部屋に通されてそこにぶら下がっているジャケットを貸してあげる、といわれ、適当なのを上から羽織った。それを知っていたから、今年は日本を出る時、忘れずにジャケットをもっていった。

3年ぶりに食べる、ローストステーキの味は、う~ん、この味。実においしかった。日本では食べられない味。日本にも実はアメリカのステーキハウスチェーン店が出ているが、あの店のローストステーキは実はイマイチである。ジューシーさが足りない。使っている肉の部分なのか、焼き方なのかはわからない。

来年はニューオリンズ。あの街にも、天下一品のローストステーキを出す店がある。
うちのJも時々留守番中にゴミ箱漁りをするが、帰宅後それを見つけてJをしかると、頭を下げて情けなさそうにしながらも、歯をむき出して「う~~」と唸る。Youtubeに、それと同じようなわんこを見つけて、笑い転げた。

http://www.youtube.com/watch?v=B8ISzf2pryI

そしたら、このビデオを、パミーナのアリアでパロディってるビデオがあって、これがまた、結構たのしめた。ソプラノで、なかなか聞かせてくれる。歌詞は英語で自分で作詞しているが、字幕付きだ。
「ちょっとcat foodかじっただけなのに、飼い主に怒られた...」と始まって、あとはお楽しみ。

http://www.youtube.com/watch?v=GSlBBviMOAk



ここのところあまりにも忙しく、ブログの更新が長いこと滞っていた。

最近、Scienceに味覚の情報処理に関する、爆弾のような論文が出た。

http://www.sciencemag.org/cgi/content/summary/333/6047/1262

感覚情報を如何に脳が処理をするか(というより脳に伝えるか)について、大きく分けて2つのstrategyがある。1つは受容細胞のレベルで、一つ一つの要素に分解し、その情報がそっくりそのまま大脳皮質まで伝わっていくというもの。それに対して、受容細胞のレベルでは多くの刺激に対して多くの細胞が反応するが、大脳皮質で、その多くの細胞のパターンで個々の刺激の種類を識別するというもの。前者をlabelled line theory, 後者をacross-neuron theory あるいはpopulation codingという。population codingとはちょっとわかりにくいかもしれないが、電光掲示板を考えてもらえばよい。10x10この百個の電光掲示板の特定の組み合わせでA,B,C,..等の文字ができたとすると、我々はそれを見ればA,B,C,...とわかる。しかし、個々の細胞は各「文字」に対して光ったり光らなかったりで、ある1つが光ったからといって文字を特定できるわけではない。しかし、100個の組み合わせでいろんな文字が識別できる。それに対して、前者のlabelled line theoryでは個々の細胞はA,B,C,...のどれか1個だけを担当する。だから、26本の電線、細胞があればアルファベットはすべて識別できるので、ストレートでわかりやすい。ではなぜpopulation codingがいいか、というと、これは100個でアルファベットだけでなく数字もひらがなもカタカナも漢字も、どんな文字でも表せる。labelled lineであれば、識別すべき文字の数だけ細胞が必要になる。いろんなものを識別しなければいけない脳にとって、labelled lineはある意味、致命的となる。しかし、例えば網膜上の細胞は視野のある一点をコードし、その情報は1次視覚野まで保たれるので、視野のすべての位置情報は視覚野に視野マップとして再現される。音も20Hzから20000Hzまでの周波数は内耳の特定の細胞を興奮させ、その情報は一次聴覚野まで保たれ、周波数マップがそこに形成されている。で、味覚は?味覚はこれまで舌の上の味細胞は複数の味刺激(甘い、塩辛い、苦い、酸っぱい、うまい)に反応するから最初からlabelled lineでは説明つかないし、当然across neuron説、つまり電光掲示板と同じメカニズムであろう、と考えられていた。教科書にもそう書かれている(少なくともアメリカの教科書には。日本の標準生理学には2つの説を並べて書いている)。ところが、今回のこの論文は、味覚は大脳皮質に、基本味(甘い、塩辛い、苦い、うまい)のマップが存在し、受容細胞のレベルからlabelled lineであると主張する。著者らはもともと受容細胞のレベルで1細胞1受容器を主張していたので、彼らの中では矛盾は全くない。しかし、これまでの、受容細胞のレベルから大脳皮質のレベルまで複数の細胞に反応する、としてきた研究者たちには衝撃である。それに何より、この2つでは情報処理のstrategyが根本から異なるわけだから、最初から考え直さなければ行けない。

視覚や聴覚でもpopulation codingを行っていないわけではない。というより、1次視覚野より上のレベルではむしろそれが情報処理の基本メカニズムであり、population codingにより我々はいろんな形、顔、そして特定の人の顔を認識できる。この方法の大きな強みは基本的に無限にいろんなものを表現できると言うことである。もう一つは、神経細胞というものは少しずつ死んでいくものであるが、population codingであれば、たとえ1個の細胞が死んでも認識は可能と言うことである。つまり電光掲示板の中の1つの電球がつぶれても、「S]とか「T]とかいう文字は認識できる。labelled lineであればこれは致命的だ。だから、例えば網膜の一部が損傷すると、視野のその部分が欠損することになる。年をとると高い周波数の音が聞こえなくなるもの同じことだ。
一方で、嗅覚系は受容細胞のレベルでは1細胞1受容体だが、匂い刺激は何十万とあり、受容体が1000個しかないことを考えると、各細胞はいろいろな匂いに反応し、多くの細胞のパターン、つまり最初の処理段階から電光掲示板方式でにおいを識別しているからpopulation codingである。従って、どのレベルからpopulation codingになるのか、と言う議論といえなくもない。そして味覚は?やはり、受容細胞のレベルで「1細胞1受容体説」の検証が重要となってくる。これからも議論を呼びそうである。
7/14-19までFirenzeに行ってきた。

イタリアは2回目。今回はFirenzeにずっといた。仕事だから仕方がない。おかげで、時間を縫ってめぼしい美術館は見て回ることができた。食事は近くのTrattoriaを片っ端からせめる。イタリアのBirraは不思議と酔わない。

オペラを何かやってないか、と調べたら、La Traviataを見つけた。だが、残念なことに14日の夜だけで、その日はとにかく時差ぼけで夕方はいつの間にか眠っていた日だった。

もう一つ、小さな教会でいくつかのアリアを聴ける、というのも見つけた。毎晩いろんな用事があって行けなかったが、最後の日の夜、夕方ふと気がつくと9時。9時15分開始のアリアの夕べにはタクシーを飛ばせば間に合う、と思うと是が非でもききたくなり、ホテルを飛び出してタクシーを捕まえて、会場の教会に入った。東京や大阪といった大きな町とは違って、大抵のところがタクシーで10分程で行けるような小さな町はこれがいい。

少し遅れて出てきた歌手はアジア人の顔をしていた。フィガロの中のアリア、トスカの2幕、スカルピアとのやりとり、そしてドンジョバンニの中のアリア、そしてセビリアの理髪師の中のアリアと披露してくれた。小さな教会では声がバンバン響く。なかなか迫力のある声だった。帰りに出口の女性に"E soprano Giapponaise?"と聞くとやはり"Si."とかえって来た。続いて"Che si chiama?"と尋ねると"Miki Shibahara"と答える。日本に戻って調べると"Mi chiamano Miki"というしゃれたタイトルのブログを書いてらっしゃる方だった。来週からToscaデビューされるとのこと。なるほど、トスカが一番多いわけだと合点した。Toscaの成功をお祈りしよう。
覚醒していても、実は局所的には脳が「睡眠」状態になるということがあるらしい。

4月28日の Nature articleに出た論文である。これを睡眠と呼んでいいのかどうかは異論のあるところであろうが、少なくとも徐波睡眠と同じ状態の脳波、神経活動状態が、しばしば局所的に、時にはより広範囲に出ているということだ。睡眠時間を短くされた時により多く出るらしい。これが、脳全体に亘って持続的にでれば、それは立派な睡眠である。

一見、完全な覚醒状態で動き回っている動物でもこういうことが起こっているというのは、驚きだった。しかし、これが睡眠、覚醒をコントロールしている、前脳基底部や青斑核の神経細胞の活動と関連づけられるとすると非常に興味深い。ACh、Noradrenaline, 5-HT等が皮質神経回路の中で信号の流れを「On-Off」している可能性が考えられる。

動物の中には、片方の大脳半球を丸ごと眠らせるという睡眠もあることはよく知られている。イルカや渡り鳥等がそういう睡眠をするらしいが、これもこの様な局所的な睡眠の延長上にあるのかもしれない。

実験では、ラットの運動野で「局所睡眠」が起こる頻度が高くなると、簡単な運動でも「ミス」が増えるという。

ヒトではどうなのだろう?確かに睡眠不足の翌日、「ボーッ」として仕事をしていてうっかり「ミス」をするなどということは誰でも身に覚えがあることだろうが、その時、じつは「局所的な眠り」が脳に起こっているということをこの論文は強く示唆しているのだが...。う~ん、仕事中に脳波をとられたくはないものだ。
日曜日に神戸市美術館へ出向き大英博物館古代ギリシャ展へ行ってきた。あいにくの雨で、というより雨だからこそ人出も少なかろうともくろんでいったのだが、結構な人出で、人気の高さが伺えた。雨で遊びに行くところもないから美術館でも、と誰でも考えることは同じということかもしれない。

会場に入るや、いきなり大理石でできたギリシャの神々が出迎えてくれて、たちまちギリシャ神話の世界に引き込まれた。

スフィンクス像に出会う。エジプトの、よく写真で見かけるギザの大きなスフィンクス像とは違って、もっと小ぶりのものだ。「おすわり」した姿勢で、せいぜい人の身長ほどもない。ただ、羽を広げていた。羽を広げているスフィンクス像をこの目で見たのは初めてだった。後で調べてわかったが、エジプトのものと違って、メソポタミアやギリシャでは「人の顔、ライオンの体」に加えて「鷲のはね」を持つものが多いという。ちょっと気になって、足の指を数える。はっきりと見て取れるのは4本しかない。ライオンをモデルにしているならばもちろん5本あるはずだが、親指に当たる指は痕跡的にしか残っていない。

この時代、既に犬を飼っていたことは壺に書かれた絵などからわかるが、もしかしたらもうこの頃から親指を切り落としていたのかもしれない。同時に展示されている絵には、犬以外にも明らかに豹のような動物が首輪をつけているし、もしかしたら野生動物をペット、あるいは家畜にしていたのかもしれない。そうであれば、危険な爪を落としていたことは大いに考えられる。あまり知られていないが、ペットとなっている犬の後ろ足には指は4本しかない。これはもちろん、今の話である。親指は狼爪と呼ばれ大きくなると危険ということで、生まれてすぐに切り落とされる。何ともかわいそうな話である。が、もしかしてこの習慣は既にギリシャ時代からあったのではないかと、スフィンクス像を見ながら思った。

さらに奥に行くと、目玉の円盤を投げる人Diskbolosが、一部屋独占して展示されていた。ハドリアヌス帝の敷地跡から出たという見事な大理石像である。肉体美の極致ともいうべき、力のこもった作品である。ホメロスの「イリアス」や「オデュッセイア」を読むと、この当時の人々がどれほど肉体の美しさを賛美していたかがよくわかる。アキレウスも、ヘクトルも、「神々しい体」の持ち主として書かれている。目の前の肉体美も確かに美しいに違いないが、なにかが、どこかが違う、という気がしてならなかった。しばらく見ていて、はたと気がついた。顔の表情がないのだ。そう、これまで並んでいた神々の像も人物の胸像も、すべて言えることだが、ギリシャ時代の彫像には表情がない。中立した顔立ちをしている。円盤を投げる直前はもっと力のこもった、歯を食いしばる顔をしていて当然ではないか?女神は美しく微笑んでいたほうが、美しくはないか?しかしギリシャの神々は決して微笑まないし、怒った顔も、悲しんでも、楽しんでもいない。まるで、「端正な肉体美に喜怒哀楽などの卑しい感情は釣り合わない」とでも言いたげなように。それがどうも腑に落ちなかった。ギリシャからローマに受けつがれ、ルネッサンスになると、あれほど人間的に感情を表すようになるのに。
昨夜はいつのまにか寝てしまって、そのおかげで今朝はえらく早く目を覚ました。PNASのtable of contentsを見てたらCognitive scienceというcategoryができていた。ここにpitch perceptionの論文が出ていた。

人間の音の高さの認識は実に不思議なところがある。そもそも20000Hzまでの音が聞こえるのに(若い人では)音の高さはせいぜい5000Hz位までしかわからない。ちょうど楽器での最高音まで。というか、その音まで認識できるからそういう楽器があるわけ。認識できない楽器を作る意味はない。この論文はabstしか読めないので内容はよくわからないが、音の高さの認識が大脳皮質レベルであろうというもののようす。missing fundamantalに反応する細胞が一次聴覚野だから当たり前の気がするが、とにかくそのうち読もう。

それから耳鳴りマウスで、dorsal cochlear N.のGABA抑制が弱いためにhyper activeになるというのも出てた。耳鳴りマウスがいたのは知らなかった。