コバルトブルーな海


ノゾキ。

最後にそれをしたのは高校の臨海学校の時。

淡路島の村に3泊ぐらいしたのだが、
ボロイ2階建ての木造の民宿を何軒か借りていて、
男女別に、いくつかのグループに分かれて泊まる。

昼過ぎ、2階で午後からの遠泳のために水着に着替えている最中、
隣のクラスの普段おとなしめの男子が叫んだ。

「・・・あ!・・あ!
 女子の部屋、丸見え!丸見え!」

近くにある同じく2階建て宿舎に女子がいるのだが、
何を油断していたのか、
2階のカーテンを開けっ放しにしていたために、
大広間で着替えている様子が丸見えだったのだ。

「とにかく伏せろ!」

班長や周りのリーダー格の人間が口々に叫ぶ。
2階の男子、約30名全員がホフク前進で窓に近づいていった。
バスケに打ち込む者、バンドにはまるもの、勉強に打ち込む者、
震災を経験した者、将来に不安を感じるもの、何がやりたいか分からない者、
みんな全員違う。みんながみんな、それぞれの高校生活を送ってきた。

だがこの時ばかりは断言してもいい、
全員の心が本当に一つになっていた。
誰の顔も真剣そのものだった。
目が星クンみたいに、
燃えたぎっていた。
そして誰の心にも、
興奮と焦りと、「こんなイケナイこと・・・」と葛藤が渦巻いていたのだった。


僕はその頃にはもう近眼が進んでおり、
宿舎の窓の向こう側に人が
ちらちらしてるっぽいのしか見えない。
それでもモーレツな興奮が僕の全身を震えさせた。

こういう変態的な行為は、
実際にモノが見えなくても、
「何か素敵でイケナイ事をしている」という状況だけで
悦びを味わえるものなのだ、と僕はその時学んだ。
変態的というか変態、、、、。




 *
  *

僕は久しぶりに再会した高校時代の友人の葛西君と、
兵庫県の芦屋浜を訪れていた。

ここにはヨットハーバーがある。
そして脱衣所がある。

葛西君は元ボート部の部長で、
よくここでノゾキ行為をしていた。

「むっちゃ興奮しますよ!
 俺だけがこの興奮を知っていますよ!」

当時からそう吹聴していた彼は、
クラスの委員長でもあった。


「ああーここもこのままなんや。
 懐かしいなー。
 さあ、竹内、こっちやで。
 見つからんようについて来いよ。」

葛西君はいやらしい笑顔で手招きする。

建物の陰に忍び込んでからも、
彼は「懐かしいなあ、懐かしいなあ」としきりに一人で頷いていた。

抜き足、
差し足、
忍び足。

身をかがめながら建物の陰を歩いていく。

ある場所で葛西君が立ち止まり、
モルタルの壁のある箇所を指差した。

穴があいてる。

ドキドキ。
ワクワク。

そわそわしながら、

  覗
 いてみ
  た


「どうや?」

葛西君が小声で囁く。

「あ、、、。」

残念ながら無人だった。
部屋は脱衣所 兼 用具置き場といった様子。


「誰もいないわ。」

「そうか。
 残念やなー。
 俺が覗いてた時はもう、なんていうの?
 それはもうウハウハって言葉がピッタリくる感じで、
 もうウハウハのバッコンバッコンでしたよ。」

葛西君はタバコに火をつけた。

「え、バッコン、、、ってマジで?」

「いや、さすがにないけどな。
 それに準ずる、、、こう、汗を流す女子たちの、、、。」

「おおお、なんとなく分かるような分からんような、、、。」


ザッ

と足音が聞こえた。

「この変態!ノゾキ!」

大学生っぽい年頃の女性が二人、そこに立っていた。
IKARI-怒-に満ち満ちた表情でこちらを睨んでいる。

「うわッ、おったんや、、、。」

「違うんですよ、
 僕たちはちょっと思い出を振り返りに来ただけで、、、。」

「何が違うんよ!灰になってしまえ!死んでしまえ!」

女性の一人が何かを投げつけてきた。

これは、、ポリタンク??
中から溢れ出てきてるのは、、、軽油??

「うわ、ドロドロや!」
と叫んだ葛西君の口からタバコがこぼれた。
そして火がついた

     ★    ★★
  ★ ★  ★★★
  ★★★★★★★
 ★★★★★★★★
僕 と 葛西君 
★★★★★★★★★
★★★★★★★★



僕たちはコムギボーイになり、
ポリスさんに追われることになった。

停めてあったボートに勝手に乗り込んで沖に逃げた。


「いや、ホント。大変でしたね~。
 それはそうと、
 あの二人だったら竹内はどっちが好みでしたか?
 僕はポリタンク投げてきた方が良いですよ。
 気が強そうでね、でもああいうのが折れてしまうと
 案外モロいんですよ、うっひひひ。
 僕が見つめるだけで、
 感じるぐらいまで俺色に仕込んで、、、」

「いやこっちが小麦色に焼かれたし、、、。
 ていうか、葛西君、、、。
 これ、もう陸が見えないよな。」

「、、、、。
 もう方角が分からん。
 それより竹内よ、
 いやらしい話をしましょうよ。
 かつて僕がコンニャクを鍋で温めて、、、」


そして帰れなくなった。


「でっかい魚(とっと)でなくても構わないよ。」
と何も知らない家族からメールが届いた。
彼らは僕が本当に魚釣りに行ったと思っているのだ。

僕は着の身着のまま連れられて、
ケータイの電池が切れるまでに帰れるかどうかも分からない。

一次大戦の時。

欧州の男たちは「クリスマスまでには帰るよ」、
「数週間で終わるだろう」と家族に告げて出征した。
だが近代戦争は消耗戦だった。
戦線は膠着したまま冬が到来し、
防寒具をもたぬ体は厳寒に凍てついた。
そしてみんな死んだ。

そこらへんの風景

バスは阪神高速に乗った。
進行方向の左に海が見えるから、
どうやら西に向かっているようだ。

乗客は僕とあと数人。
年齢はバラバラで、全員が男性だ。

スーツを着た40歳ぐらいの男性は
あきらめたような表情をして腕組みをしているし、
20歳ぐらいの若いお兄ちゃんは
不安そうにキョロキョロしている。
僕もバス内や、外の風景を見回した。


そのうち山陽自動車道から山道に入り、
日が暮れるまで曲がりくねった道を進んでいった。


山奥の工場のような施設。
その傍で降ろされた。

***********
そこらへんの風景

作業着を着た中年男性に促されて
食堂とおぼしき場所に集合した。
100人近くはいそうだ。
熱気ムンムン。
ムッシュムラムラ。
加齢臭で空間が満たされている。スメルバッド。
正露丸の臭いがあればいやされるのに。


「皆様、本日はご足労有難うございます。」

先ほどの作業着の男性が
とても丁寧な挨拶をして、
そして僕達への“お願い事”を述べた。

「突然集められて驚かれている方もいるかも知れません。
 ですがここでは皆様の安全が
 一切保証されておりますことをまず、お伝え申し上げます。
 よろしいでしょうか。

 皆様。

 では皆様がなぜここに集められたかを
 お話しいたします。

 実は皆様にお願いしたいことがあるのです。」


男性はにこやかに、簡潔に、優しく話した。


・僕たちの仕事は冷蔵庫を造ること。

・大きさは膝を抱えた大人が1人入るぐらいのサイズ。

・用途はまさしく人間を入れるため。


何のために人間を入れるか、分からない。

けれど。多分。従うしかない。

僕が冷蔵庫に入れと言われているわけでもないし、
人を運び入れろと言われているわけでもない。



ただ単に冷蔵庫を造るだけやし、

みんなもやるよ_な___ きっと。


*****************************
***********
***
**      冷蔵庫造りはその夜のうちに始まった。


     説明を受けた通りに手元の部品を組み、
   さらに大きな型にはめ込んでいく。
 この調子で500台近く製造するのだ。

   まったく単純で何も難しくない。汗もかかない。
   表情も努めて冷静を保つ事ができる。
   でも心中はさざ波立ち、穏やかにあらず。

  (こんなことならッ!
   外付ハードディスクに大量保存している
   おエロス画像たちを厳選プリントプリントアウトして
   持ち歩いておくべきだッた!
   麗しき女性の裸体というものは
   対男子に限って強烈なコミュニケーションツールだ。
   言葉の通じなくて喋りにくい人間にでも
   さりげなく成人向け雑誌を見せたりすると、
   途端に満面の笑みを浮かべて、
  “この野郎…いや、ブラザー。
   お前とは他人じゃない気がしてたぜ。”みたいな
   感じで瞬時に打ち解け合えるのだ。
   何が正解か間違いか分からないような状況において、
   それがあれば誰もの気持ちが安らぐに違いない。
   間違いない。ハァハァ)


    作業を続けていると、
    先ほど説明をしていた男性が見回りに来た。

    彼は人懐っこい笑顔で、
   「ご苦労様でございます。」とお辞儀をした。

    その後、作業員の一人が、
    立ち去ろうとする彼を呼び止めて質問をした。

   「はい。何でも聞いてください。」

   「もう十分に聞かされたけれど。
    この冷蔵庫に入れられるのは、
    本当に俺達じゃないんですよね?」

   「ええ、違います。
    今、別の場所で選抜試験を行っておりまして、
    そちらの参加者の方に
    入っていただくことになっております。

    はい。

    ですが、
    どうしても入りたいと仰るのであれば、
    まァやぶさかではありませんが、
    試験に合格していただく必要がございます。」

   「いやいやッ、いいですよ。
    俺はこれ造るのだけで満足なんで!
    どうもありがとう。」


    瞬間の十分の一の素早さで
    飛び出しナイフが胸に突き刺さる。

    腑に落ちない苛立ちと、
    不安と、諦めが、
    同時に渦を巻いて僕を飲み込む。

  僕が“その人達”を入れる冷蔵庫を造っているこの瞬間、
  誰が“その人達”になるかを争わされているのだ。
  望んで入りたい人がいるわけがない。
  こんな所に入ってしまえば、間違いなく死ぬのだから。

 あなたが選ばれました、と聞かされた時の
“その人”の胸中はどんなだろう。

 あるいは、死んでから入るのかも知れない。


* ***

2日後、僕達の冷蔵庫製造業務は終了した。
バスに乗せられ、神戸に戻った。

降りる時に、イカを何杯か渡された。
イカ釣りをしてきたことにしておけ、
ということなのか?

街が透明で大きな金魚鉢に思える。
鉢の中身は、
見えざる手によってどうとでもされるのだ。
いつどうなるか分からない。
だから、そんなことは考えないで
生きていた方が幸せに決まっているのだ。

嘆き悲しみながら生きたところで、
僕の悲しみなんて、
とっくに汚れッちまってる。




朝焼けを見て、
家に帰ってから、
寝る前に其処を触っていたら、
白いおしっこみたいなのが出た。
ぴくぴくした。


ルイ・アームストロングの
「素晴らしき世界」を聴いてから寝た。



バスから見える風景


イカ釣り

前回、タコしか釣れなくて唇を噛んだイカ釣りに出掛けた。
ミスから学ぶのが高等生物のスゴイところ。
今回は勝算を持って船に乗り込んだ。

古典を研究している友人に、
地図にないイカ釣りスポットを教えてもらったのだ。
そこは何でも、
古来からやんごと無き貴人しか
立ち入ることのできなかった場所と言ふ。
いとをかし。

神戸大学の博士課程で学んでいる彼は
来月からスコットランドに留学するらしい。
その準備のために数日の休みを取るぐらい
忙しいらしいのだが
僕は彼を無理やり船に乗せた。

だって、
「その場所はここだよ」と彼が指差したのが、
瀬戸内でも太平洋でも日本海でもなく、
長野か岐阜かなんか(この地理感覚の無さすみません)
の山の中だった。

なぜだ。

イカなのに。

賢い人の言うことは全くわけがわからない。

しょうがないので
彼にナビゲートしてもらうことにした。


******

静かな入江だが、川の両岸には木がうっそうと茂っている。
グリーン・グリーン・グリーン。
イカ釣り船は川に入っていく。
エンジン出力を上げようと思っていたのだが、
驚いた。

海の水が川を遡っているのだ。

これはまるで、、、
アマゾン川は最も高いところでも
海面から高低差が3メートルしかない。
だから、海水が川に逆流する現象がしばしば起こる。
世界にはそのような川がいくつか存在するようだが、
日本にもこんな所があったのだ。

エンジン出力を弱め、
するすると船は川をのぼっていった。


******


船が川に入って1時間。
いよいよ川幅が狭くなってきた。

確実に海面からは何十メートルも高いはずなのに、
まだ海水が遡っている。

アマゾン川などと違う理屈が働いているのだろうか。

神戸大学の彼に理由を聞いても
「わからない」という。彼も驚いていた。
それはそうだろう。

小学生のぐらいの頃、
「世界びっくり大全集」という本を読んだのだが、
逆立ちで時速何十キロだとか、
首の長さが60センチもある種族だとか、
世界のギネス記録やミステリーを子供向けに紹介していた。

その中に「ナナメ!?重力がヘンなトコロ!」ということで、
重力が垂直に働いていない場所が紹介されていた。

そこは南米だか中米だかのどこかだと思うのだが、
「まっすぐ立っているつもりなのに、
 体が40度ぐらい傾いている」写真が掲載されていた。

当時は「へえーミステリーやな」と
そのまま信じていたのだけれど。

え、何の話だったっけ、、、

ああ、船が川を遡り続けるのはなぜか、でしたね。

なんででしょうね、、、



******

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   薄い霧がでてきた。

******

川の脇を囲む木は、一層高く茂っている。

「この上にイカがいるって、、、どんなノリなんだ。
 さっぱり納得がイカんよ、俺は。」

「そうだね。もしかして今で言うイカじゃなくて、

 何かの比喩だったのかな。
 遡った先で、土雲を竿から垂れると
 イカが好きなだけ釣れると書いているよ。」

帝国大学レベルの高等ギャグ(イカ、、納得イカん)で話しかけたが、
彼は面白さを汲み取れなかったみたいだ。

「土雲って何?
 古人のイマジネーションが理解できない。
 アイキャントアンダースタン。
 アイムソーリー髭剃ーリー。」

「土雲はね、、多分、
 雲っていうのは蜘蛛のことだよ。
 土蜘蛛を餌にしろってことさ。」


ーーーそうこう話しているうちに、
   木に覆われていた視界が一気に開けた。
   目的の釣り場に辿り着いたのだ。
   とうとう最後まで海水は逆流していた。


   そこは相当に広い湖だった。
   ダムの貯水池を思わせるような。



  湖は静かに渦巻いていて、
  その中心に近い部分から「雨が上って」いた。
  湖から、
  空に向かって
  雨が降っていた。



二人とも黙っていた。
腹で唸るしかなかった。


  その雨はとてもゆるいので、
  船がそのまま雨傘代わりになった。
  竿だけ出して釣りをすればいいのだ。


湖の水面を、
体調10センチほどの蜘蛛が何匹も、
まるでアメンボのように滑っている。
すい。
スイ。
酔。
粋。
垂。
sui...船から網を使ってその蜘蛛を捕まえた。

蜘蛛は、
空気が漏れるような、
蝉がなくような声を出した。


「土雲の鳴き声の意味するところは、
『内はほらほら、外はすぶすぶ』ということらしいよ。
 昔の人はよく人間以外の生物と会話する。
 羨ましいことだ。」

「ほらほら、すぶすぶってどういうこと?」

「『ほらほら』は、広い。
 『すぶすぶ』は、ブスブスという擬音だな。」

「完全に意味がワカラン。
 蜘蛛の言葉って、、アリエーヌ。エルセーヌ。」


ともかく、
その土雲を竿の先に乗っけてやると、
蜘蛛は尻から糸を垂らして、
すいすいと水面に向かっていった。
そしてそのまま水中へ潜っていった。

「愛いやつじゃ。」







蜘蛛の糸を垂らして1分。

竿にアタリの手ごたえがあった。

イカがかかったのだ。

糸をたぐっていくと、
確かにイカがそこにいる。

「ワオーーーゲラゲラ!
 なんと奥ゆかしき釣り遊びかな。
 面白し!面白し!」

友人も笑顔だった。

僕が糸を外そうとイカを掴んだ瞬間、
イカに墨を吹き付けられているのを見て
彼は「あっはっは!マンガ的だね!」と大声で笑った。


 **

 この麗しき友人は高校生の頃、
 めだたない存在だった。
 人が良くて、とてもおとなしい性格で
 そして部活動をしていなかった。

 清潔感もあったし、
 みんなから煙たがられることはなかったけれど、
 それでも一部の女子からは
 「ちょっとキモイというか、怖いよね」と噂されていた。

 温和だったけれど、
 みんな、すこしの距離を感じていた。 

 彼は合唱部の、一つ上の先輩に片想いをしていた。
 そんなことは一言も言わなかったけれど、
 何人かは感づいていた。
 僕はクラスの友人にそれを教えてもらったのだが、
 確かにその先輩を見る時、
 彼の目の色が変わった。
 温かな水面に波がざわめいていた。

 だがベリーショートのちゃきちゃきっこで、
 男女から大人気の先輩には当然彼氏もいて、
 割り入る隙間などなかった。
 彼が先輩にラブレターを出したという噂があったけれど、
 真偽も分からないまま、すぐに先輩は卒業していった。

 先輩は少女漫画の悲劇のように
 オーストリアだかフランスだかの音大に進んだらしいが、
 もう詳細は知らない。

 そして彼は神戸大学に進学し、
 古典を専攻した。

 **


彼が僕のトンマ振りを笑っているのを見て、
「水もしたたるイイ男。
 イカも墨をかけずにいられなイカ。」
とすぐさま高等ギャグでたたみかけた。
だが、
彼の笑顔はギャグの0.001秒後に
国宝の阿修羅像のように憂いに満ちた表情に豹変した。


**
 **
  **
   **
    **

そのまま釣りを続けて、
船はイカでいっぱいになった。

満足、満足。

でも。
ずっと気になっていたけれど、
なんかイカ墨、、、の匂いがヘンだ。

イカスミのパスタを食べると
うんちまで黒くなって、
匂いもそれらしくなる。

初めて自分のした黒い排泄物を見た時、
自分が知らない間に宇宙人の手によって
コールタール製造怪人にさせられのか
と戸惑ったのでよく覚えている。

なんかこのイカ墨は
じいちゃんちのストーブの、、、
ああ、石油の匂いがする!


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気づけば、船の上のイカは
湖に向かって墨を吐き続けていた。

湖をのぞくと、水は黒くなっていた。

友人は言った。

「ここで一句。

  君が行く道のながてをくりたたね

   焼きほろぼさむ天(あめ)の火もがも」


その句に反応したかのように
竿にしがみついていた
土雲が友人の方に歩いていく。
その蜘蛛に、まだ生きていたイカが飛びつこうとして、
噛み締めた歯から火花がでた。


そして湖は燃え上がった。


「内はほらほら、外はすぶすぶ。
 内はほらほら、外はすぶすぶ。
 内はほらほら、外はすぶすぶ。
 内はほらほら、外はすぶすぶ。」

蜘蛛が盛んに鳴いた。

湖は燃え上がっている。



@@@@@@@@@@

「竹内君。
 僕はこれが見たくて君を騙しました。
 古人がイカ釣りをしていたなんてウソです。
 ここはむしろ、
 忌むべき呪われた場所で、
 古人は立ち入りを禁止していたのです。

 僕が先輩を好きだったことは知っているでしょう。
 ラブレターを出したことも。
 その恋がかなわなかったことも。

 理屈じゃなかったんです。
 先輩を想うと体中が炎で包まれるようだった。
 そして先輩の彼氏を
 とてもとても憎く思いました。
『二人ともいなくなってしまえばいいのに』とまで思ったのです。

 そんな感覚に襲われる自分に、
 僕はずいぶん驚き、戸惑い、悩みました。
 けれど、どう覆い隠しても、
 嫉妬と愛しさと憎しみが同時に沸き起こりました。

 先輩は今、この世におりません。
 僕が強く願ったことは計らずも叶いました。

 なんなんでしょうね。

『君が行く道のながてをくりたたね
 焼きほろぼさむ天(あめ)の火もがも』

 これは、
『恋しい男が行く長い道のりを
 たぐって畳んで焼き滅ぼしてくれ。
 そんな天の火があっていいものを。』
 という意味です。


 竹内君。
 ギャグの腕はもう少し研鑽した方が
 いいと思いますよ。
 冗談は顔だけにした方がいいと思いますよ。
 これは冗談です。 ふふ。

 ではまた。」


友達は炎に身を投げた。


内はほらほら、
外はすぶすぶ。

嫉妬に燃えた彼のこころの中は、
もうがらんどうになっていた。


@@@@@@@@@@


内はほらほら、
外はすぶすぶ。

油は水面に浮く。
渦巻きの中、、、つまり水中は当然のことながら
燃えていなかった。

水中では夜光虫が明るく光り、
まるで水中が宇宙のように見える。

僕は息の続く限り水中を泳いで、
岸に辿り着いた。

ジムのプールで泳ぐとき、
ちょっとマナーを逸脱して、
ずっと潜水をしていた。
息継ぎをしないでどれだけ泳げるかゲーム。
一人遊びをストイックにやっていたのが役に立った。

岸の木は燃えていたが、
まだ奥地までは炎が広がっていなかった。



川沿いに山をくだりながら
後方を振り返っても、
木が空を覆っていて煙も、
炎も見えなかった。



イカも、タコも持ち帰れず。

僕は彼の身投げのお供をしてしまったのか、、




*
*
*
 寝る前にソロ活動をした。
 イカの溶けたみたいのがいっぱいでた。
 気絶するみたいに眠りに落ちた。


夜の暗い明るさ


「アフリカ連合の師団が到着するまで
 まだ1週間かかるらしい。
 国連にいたってはまだ議題に上がる時期するわからん。」

サヌワミが通信施設から戻り、そう言った。

僕がいる国は、内戦状態にある。

もともと現在の政府が樹立したときも
首都周辺しか管理できていなくて、
地方は豪族支配が続いていた。
森や谷には、ぽつぽつと小さな部族の村があった。

僕はベルリンのユースホステルで
この短期滞在ボランティアのチラシを見つけて
旅行気分で参加したのだ。

ところがここ数日で
反政府勢力が攻勢をかけて
政府軍の版図を次々と食い荒し、
各地の村でジェノサイドを行っていた。

ただちに政府はアフリカ連合と国連に
救援要請を行った。

その結果を待つ間、
僕がいる村の周辺はジェノサイドに犯されつつある。

「でも今夜、アフリカ連合の人間が2人、
 湖畔の向こう側にくるらしい。
 こちらの村周辺の行軍ルートを確認するためだ。
 湖畔両岸は危なくて通れないが、
 船舶がほとんど破壊された今となっては
 湖畔の中心を通るルートが逆に安全だからな。

 いや、安全てことはないけど、

 敵さんに気づかれにくいってことさ。
 さ、彼らを迎えに行かないといかん。」

僕はサヌワミと湖畔の向こう岸に渡って、
師団の手引きをすることになった。



ボートをセロファンを重ね合わせて作った。
僕がドイツのボランティアセンターで手配して
もってきたセロファンだったが、
こちらで子供たちと工作する暇などなかった。


「気をつけてな。」

たばこをくゆらせている

村の中年男性が僕たちに声をかけた。
ゆっくりとボートを漕ぎ出した。


 **
   ***
     *************
      ******************

「欠けた月だが、明るい。
 両岸から発見されないか心配になってきた。」
とサヌワミが言った。

湖はきらきらと光り、
ボートのセロファンも
月光を吸い取っているように
輝きを帯びている。

風もない。

オールで静かに水をきる音だけ。

暴力がすぐそばにあるという気配がしない。

もしここに死があるとしたら、
それはなにか静かな、おだやかなもののような気がする。

僕とサヌワミは黙っていた。

10分がたち、
サヌワミとこぎ手を替わった。

向こう岸は見えない。
たどり着くまで、
まだまだ時間がかかりそうだ。


   *
      *

「俺は昔、嫁さんを売ったよ。」

サヌワミが小さな声で言った。

「こうして夜中にボートに乗せて、
 売りにいったんだ。
 それはきれいな花嫁だったよ。
 子供はできなかったけど、幸せだった。
 でも俺は嫁さんを売った。
 売りに行ったその夜も、
 こうして欠けた月が出てたと思うけど、
 とても俺は風景を見てられるような気分じゃなかった。
 でもね、亮。
 こうしてお前と一緒に静かな湖に浮かんでいると、
 嫁さんのことを思い出すんだ。
 彼女は俺のことをとても優しい目で見て
 笑っていたんだ。声を出さず。
 あきらめた安らぎというのか。
 希望を捨てた穏やかさというのか。
 そんな境地に彼女を追いやっていたんだ。
 俺たちがこんな悲劇に襲われるのは
 この国の環境のせいだ、
 と思ってすっかり納得して過ごしていたけれど。
 お金をすぐに貯めてすぐに買い戻しにすぐにいくぞ

 と思っていたけれど。

 お金がいつか貯まれば
 買い戻しにいけばいいさと思っていたけれど。
 もしかしたら俺のそばにいるより
 もっと幸せになっているかもしれないし、
 買戻しになんて行かないほうがいいかもしれないな、
 と頭の中で考えていたけれど。
 外国人のお前にこうして話すと、
 やっぱり取り返しのつかないぐらい
 恥ずかしいことをしたのだと
 自分を嘆かずにはおれないよ。」

サヌワミは月に向かってつぶやき始めた。

「わたしの生まれた日は消えうせよ。
 ・・闇がその夜をとらえ
 その夜は年の日々に加えられず
 月の一日に数えられることのないように・・・」

サヌワミは度重なる困難に
「自分は生まれてこなければよかった」と
嘆く聖書のヨブ記の言葉をつぶやいていた。
大学のテスト勉強のときに読んで、
変に心に残ったフレーズだったので
覚えていたのだ。

だが僕は申し訳ないと思いつつも、
シリアスな話の途中で
スカシ屁をひりだしていた。
こんなに腹に空気がたまるのは
トウモロコシの練り物ばかり食べていたからだ。

**

向こう岸には森がある。
その木陰にアフリカ連合の偵察員が来ていた。

僕たちは無事に着岸し、ボートを降りた。

「お前なんか、、、臭いな。」
と言われてパンツの中を覗いてみると、
スカしたつもりだった屁が
実が結んでそこにあった。

「すみません、いや、

 すいますいません。固形持ちです。」
と謝ると、一同は深いため息をついた。

「謝っても、臭いよ。君。」

背の低い木々は月光をさえぎり
僕たちを暗黒に包んでいた。


朝の海

カミソリのような夜の上を
器用に飛び越した。

少し眠り、
まだ暗いうちから
海へつかった。

平泳ぎをしながら
後輩の結婚を祝うスピーチを考える。
波の隙間から顔だけ突き出し、
海の向こうに声を出して練習をした。

そして夜が明けた。
名前をつけた雲が
すっかりなくなっている。

蜘蛛の巣にひっかかって、
それらは食べられたみたいだ。


水からあがって身体を拭き、
服を着る前に
もらった煙草に火をつける。

僕の口から吐き出された煙は
空に立ち上り、消えた。


目にしみることもない。