前回、タコしか釣れなくて唇を噛んだイカ釣りに出掛けた。
ミスから学ぶのが高等生物のスゴイところ。
今回は勝算を持って船に乗り込んだ。
古典を研究している友人に、
地図にないイカ釣りスポットを教えてもらったのだ。
そこは何でも、
古来からやんごと無き貴人しか
立ち入ることのできなかった場所と言ふ。
いとをかし。
神戸大学の博士課程で学んでいる彼は
来月からスコットランドに留学するらしい。
その準備のために数日の休みを取るぐらい
忙しいらしいのだが
僕は彼を無理やり船に乗せた。
だって、
「その場所はここだよ」と彼が指差したのが、
瀬戸内でも太平洋でも日本海でもなく、
長野か岐阜かなんか(この地理感覚の無さすみません)
の山の中だった。
なぜだ。
イカなのに。
賢い人の言うことは全くわけがわからない。
しょうがないので
彼にナビゲートしてもらうことにした。
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静かな入江だが、川の両岸には木がうっそうと茂っている。
グリーン・グリーン・グリーン。
イカ釣り船は川に入っていく。
エンジン出力を上げようと思っていたのだが、
驚いた。
海の水が川を遡っているのだ。
これはまるで、、、
アマゾン川は最も高いところでも
海面から高低差が3メートルしかない。
だから、海水が川に逆流する現象がしばしば起こる。
世界にはそのような川がいくつか存在するようだが、
日本にもこんな所があったのだ。
エンジン出力を弱め、
するすると船は川をのぼっていった。
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船が川に入って1時間。
いよいよ川幅が狭くなってきた。
確実に海面からは何十メートルも高いはずなのに、
まだ海水が遡っている。
アマゾン川などと違う理屈が働いているのだろうか。
神戸大学の彼に理由を聞いても
「わからない」という。彼も驚いていた。
それはそうだろう。
小学生のぐらいの頃、
「世界びっくり大全集」という本を読んだのだが、
逆立ちで時速何十キロだとか、
首の長さが60センチもある種族だとか、
世界のギネス記録やミステリーを子供向けに紹介していた。
その中に「ナナメ!?重力がヘンなトコロ!」ということで、
重力が垂直に働いていない場所が紹介されていた。
そこは南米だか中米だかのどこかだと思うのだが、
「まっすぐ立っているつもりなのに、
体が40度ぐらい傾いている」写真が掲載されていた。
当時は「へえーミステリーやな」と
そのまま信じていたのだけれど。
え、何の話だったっけ、、、
ああ、船が川を遡り続けるのはなぜか、でしたね。
なんででしょうね、、、
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薄い霧がでてきた。
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川の脇を囲む木は、一層高く茂っている。
「この上にイカがいるって、、、どんなノリなんだ。
さっぱり納得がイカんよ、俺は。」
「そうだね。もしかして今で言うイカじゃなくて、
何かの比喩だったのかな。
遡った先で、土雲を竿から垂れると
イカが好きなだけ釣れると書いているよ。」
帝国大学レベルの高等ギャグ(イカ、、納得イカん)で話しかけたが、
彼は面白さを汲み取れなかったみたいだ。
「土雲って何?
古人のイマジネーションが理解できない。
アイキャントアンダースタン。
アイムソーリー髭剃ーリー。」
「土雲はね、、多分、
雲っていうのは蜘蛛のことだよ。
土蜘蛛を餌にしろってことさ。」
ーーーそうこう話しているうちに、
木に覆われていた視界が一気に開けた。
目的の釣り場に辿り着いたのだ。
とうとう最後まで海水は逆流していた。
そこは相当に広い湖だった。
ダムの貯水池を思わせるような。
湖は静かに渦巻いていて、
その中心に近い部分から「雨が上って」いた。
湖から、
空に向かって
雨が降っていた。
二人とも黙っていた。
腹で唸るしかなかった。
その雨はとてもゆるいので、
船がそのまま雨傘代わりになった。
竿だけ出して釣りをすればいいのだ。
湖の水面を、
体調10センチほどの蜘蛛が何匹も、
まるでアメンボのように滑っている。
すい。
スイ。
酔。
粋。
垂。
sui...船から網を使ってその蜘蛛を捕まえた。
蜘蛛は、
空気が漏れるような、
蝉がなくような声を出した。
「土雲の鳴き声の意味するところは、
『内はほらほら、外はすぶすぶ』ということらしいよ。
昔の人はよく人間以外の生物と会話する。
羨ましいことだ。」
「ほらほら、すぶすぶってどういうこと?」
「『ほらほら』は、広い。
『すぶすぶ』は、ブスブスという擬音だな。」
「完全に意味がワカラン。
蜘蛛の言葉って、、アリエーヌ。エルセーヌ。」
ともかく、
その土雲を竿の先に乗っけてやると、
蜘蛛は尻から糸を垂らして、
すいすいと水面に向かっていった。
そしてそのまま水中へ潜っていった。
「愛いやつじゃ。」
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蜘蛛の糸を垂らして1分。
竿にアタリの手ごたえがあった。
イカがかかったのだ。
糸をたぐっていくと、
確かにイカがそこにいる。
「ワオーーーゲラゲラ!
なんと奥ゆかしき釣り遊びかな。
面白し!面白し!」
友人も笑顔だった。
僕が糸を外そうとイカを掴んだ瞬間、
イカに墨を吹き付けられているのを見て
彼は「あっはっは!マンガ的だね!」と大声で笑った。
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この麗しき友人は高校生の頃、
めだたない存在だった。
人が良くて、とてもおとなしい性格で
そして部活動をしていなかった。
清潔感もあったし、
みんなから煙たがられることはなかったけれど、
それでも一部の女子からは
「ちょっとキモイというか、怖いよね」と噂されていた。
温和だったけれど、
みんな、すこしの距離を感じていた。
彼は合唱部の、一つ上の先輩に片想いをしていた。
そんなことは一言も言わなかったけれど、
何人かは感づいていた。
僕はクラスの友人にそれを教えてもらったのだが、
確かにその先輩を見る時、
彼の目の色が変わった。
温かな水面に波がざわめいていた。
だがベリーショートのちゃきちゃきっこで、
男女から大人気の先輩には当然彼氏もいて、
割り入る隙間などなかった。
彼が先輩にラブレターを出したという噂があったけれど、
真偽も分からないまま、すぐに先輩は卒業していった。
先輩は少女漫画の悲劇のように
オーストリアだかフランスだかの音大に進んだらしいが、
もう詳細は知らない。
そして彼は神戸大学に進学し、
古典を専攻した。
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彼が僕のトンマ振りを笑っているのを見て、
「水もしたたるイイ男。
イカも墨をかけずにいられなイカ。」
とすぐさま高等ギャグでたたみかけた。
だが、
彼の笑顔はギャグの0.001秒後に
国宝の阿修羅像のように憂いに満ちた表情に豹変した。
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そのまま釣りを続けて、
船はイカでいっぱいになった。
満足、満足。
でも。
ずっと気になっていたけれど、
なんかイカ墨、、、の匂いがヘンだ。
イカスミのパスタを食べると
うんちまで黒くなって、
匂いもそれらしくなる。
初めて自分のした黒い排泄物を見た時、
自分が知らない間に宇宙人の手によって
コールタール製造怪人にさせられのか
と戸惑ったのでよく覚えている。
なんかこのイカ墨は
じいちゃんちのストーブの、、、
ああ、石油の匂いがする!
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気づけば、船の上のイカは
湖に向かって墨を吐き続けていた。
湖をのぞくと、水は黒くなっていた。
友人は言った。
「ここで一句。
君が行く道のながてをくりたたね
焼きほろぼさむ天(あめ)の火もがも」
その句に反応したかのように
竿にしがみついていた
土雲が友人の方に歩いていく。
その蜘蛛に、まだ生きていたイカが飛びつこうとして、
噛み締めた歯から火花がでた。
そして湖は燃え上がった。
「内はほらほら、外はすぶすぶ。
内はほらほら、外はすぶすぶ。
内はほらほら、外はすぶすぶ。
内はほらほら、外はすぶすぶ。」
蜘蛛が盛んに鳴いた。
湖は燃え上がっている。
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「竹内君。
僕はこれが見たくて君を騙しました。
古人がイカ釣りをしていたなんてウソです。
ここはむしろ、
忌むべき呪われた場所で、
古人は立ち入りを禁止していたのです。
僕が先輩を好きだったことは知っているでしょう。
ラブレターを出したことも。
その恋がかなわなかったことも。
理屈じゃなかったんです。
先輩を想うと体中が炎で包まれるようだった。
そして先輩の彼氏を
とてもとても憎く思いました。
『二人ともいなくなってしまえばいいのに』とまで思ったのです。
そんな感覚に襲われる自分に、
僕はずいぶん驚き、戸惑い、悩みました。
けれど、どう覆い隠しても、
嫉妬と愛しさと憎しみが同時に沸き起こりました。
先輩は今、この世におりません。
僕が強く願ったことは計らずも叶いました。
なんなんでしょうね。
『君が行く道のながてをくりたたね
焼きほろぼさむ天(あめ)の火もがも』
これは、
『恋しい男が行く長い道のりを
たぐって畳んで焼き滅ぼしてくれ。
そんな天の火があっていいものを。』
という意味です。
竹内君。
ギャグの腕はもう少し研鑽した方が
いいと思いますよ。
冗談は顔だけにした方がいいと思いますよ。
これは冗談です。 ふふ。
ではまた。」
友達は炎に身を投げた。
内はほらほら、
外はすぶすぶ。
嫉妬に燃えた彼のこころの中は、
もうがらんどうになっていた。
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内はほらほら、
外はすぶすぶ。
油は水面に浮く。
渦巻きの中、、、つまり水中は当然のことながら
燃えていなかった。
水中では夜光虫が明るく光り、
まるで水中が宇宙のように見える。
僕は息の続く限り水中を泳いで、
岸に辿り着いた。
ジムのプールで泳ぐとき、
ちょっとマナーを逸脱して、
ずっと潜水をしていた。
息継ぎをしないでどれだけ泳げるかゲーム。
一人遊びをストイックにやっていたのが役に立った。
岸の木は燃えていたが、
まだ奥地までは炎が広がっていなかった。
川沿いに山をくだりながら
後方を振り返っても、
木が空を覆っていて煙も、
炎も見えなかった。
イカも、タコも持ち帰れず。
僕は彼の身投げのお供をしてしまったのか、、
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*
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寝る前にソロ活動をした。
イカの溶けたみたいのがいっぱいでた。
気絶するみたいに眠りに落ちた。
