真っ暗闇の中で

遠く上の方から

足音が近づいてくる



.

.


.

.

 ん
.
.


 ん
..


. .


...


・・
 づいて


きた

・ ・・

… 
  
  ・・・

:: 
  :

。。 ・
::**
/////

僕の目の前で止まった。



誰?

奥さんが来た?

目の前に気配。

気配は無言でいる。


僕は
はたと自分が手に懐中電灯を
バカみたいに握っていることを
思い出した。

「ねえ」

僕は声を出してみる。

「ハロー」



無言
沈黙
暗黒




怖いが、怖いが、

「ねえ」

怖いが、

「灯かりをつけるよ」

電気をつけよう。



カチリ、


とスイッチを入れようとした瞬間、


目の前にいる気配の主が動いて


僕の手から懐中電灯を奪った。



「え!・・・なに・・」


僕はびびりすぎて
声にならない声で言った。



足音は僕の脇をざ、ざ、ざ、

と通りぬけて

歩いていく。


ざ、ざ、ざ、ざ、ざ、ざ、
           ざ、
            ざ、
===================
明らかにさらに階段を降りる響き。
そっちはさっきまで行き止まりだったはず。
なぜなぜどうして
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               ざ、
                ざ、
                 ざ、
                  ざ、
                   ざ、
                    ざ、
=======================
僕は手を前にかざしながら追っていく。
さっき目で見たこの場所は行き止まりだったのだ、
現実の理屈では受け入れられないのだが
オスマン・チンギスの言っていた理屈なら
通っているような気もする。
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                    ざ、
                   ざ、
                  ざ、
                 ざ、
                ざ、
               ざ、
============================
・奥さんは4階より下にいった。
・つまり見てはいけない場所にいった、
・そして僕のまわりはまっくらになった。
・足音はもっと下に向かっている
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         ざ、
        ざ、
       ざ、
      ざ、
     ざ、
    ざ、
     ざ、
      ざ、
       ざ、
      ざ、
     ざ、
    ざ、
     ざ、
      ざ、
       ざ、
      ざ、
     ざ、
    ざ、
     ざ、
      ざ、
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両手を広げれば狭い壁に手がつく、
だから幾分かは自分の体勢のバランスについて
安心ができた。
僕は急ぎ気味に足音の気配を追っていく。
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    ざ、
     ざ、
      ざ、
       ざ、
      ざ、
     ざ、
    ざ、
     ざ、
      ざ、
       ざ、
      ざ、
     ざ、
    ざ、
     ざ、
      ざ、
    ざざざざ
    ざ、
     ざ、
      ざ、
       ざ、
    ざざざざ
    ざ、
     ざ、
      ざ、
       ざ、
      ざ、
     ざ、
    ざ、
     ざ、
      ざ、
       ざ、
      ざ、
     ざ、
    ざ、
     ざ、
      ざ、
~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~
    ざ、
     ざ、
      ざ、
       ざ、
        ざ、
         ざ、
          ざ、
           ざ、
            ざ、
             ざ、
              ざ、
               ざ、
ずっと             ざ、
何十分も             ざ、
階段を               ざ、
降り続けている            ざ、
真暗闇に目が慣れるということはなく、  ざ、
どこまでも距離感はつかめなかった。    ざ
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一歩ずつの間隔(時間ではなく距離)が
長くなっている。

自分も
同じ一歩を追っているはずだが、
同じ間隔の一歩を踏み出しても、
なぜかふわりとするようになって
一歩で長い距離を進むのだった。

地獄先生ぬ~べ~が暗闇に閉じ込められた時、
人は暗闇に長時間いると頭がおかしくなると
言って、ぬ~べ~が必死に暗闇の中で
腕立て伏せなど運動をしていたことを思い出した。
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(ざ)

























(ざ)





























(ざ)


















だんだん
足音が小さくなってきた
身体が浮くような間隔が
どんどん強くなってくる
オスマンに促され、とうとう地下都市の最深部に来た。

地下5階以降も照明はあるが、
明るさが絞られていた。

だから僕らは懐中電灯も使って降りてきた。


僕はこの最深部とおぼしき場所を照らす。


ここも、ただ岩をくり貫いた部屋だ。


柵があり、
壁には研究用なのか、工事用なのか
番号が書かれた紙が貼り付けられており、、、

しかし奥さんはいない。
僕はなにか胸が詰まった。

「俺は奥さんを4階までガイドしたんだ。」

とオスマン・チンギスが言った。


なんだって?

僕も4階からさらに降りてきた。
そしてここは行き止まりだ。

オスマン・チンギスのよく分からない語りや、
答えを教えてくれない態度、
そしてこの空振りに本当に腹がたって、
僕は涙がこみ上げてきた。


「お前さんが何か言いたい気持ちは分かる。

 しかし俺ははるばるこの遠い国まで
 追いかけてやってきたお前さんを
 奥さんに会わせてあげたいと、
 本当に思っているんだ、今も。」


「・・・・」


「俺は帰る。
 お前はここにちょっと残れ。」

彼は僕の肩をバン、バンと叩いた。
元気付けるように。

「いろいろと見えるもんがあるだろうよ。」

立ちつくす僕の脇を通って
オスマン・チンギスは去った。


僕は、
もしかしたらオスマンが今頃、こっそり隠れてた奥さんに
「さあ、あんたの旦那が下で泣いてるぜ。
 なぐさめてやりな。
 そしてオスマン・チンギスはクールに去るぜ」とかバトンタッチしてて、
あとちょっとしたら奥さんが後ろからやってくるのではないか、
とか
じゃあ最初になんて言えばいいのか、
何か話すまで待つべきなのか、
こっちから「ハロー」とか言うべきなのか、
いやもしも、
「ハロー」の返しに「そしてグッバイ」とか
言われたらどうしよう、とか
意味のない想像を深堀し始めていた。


数分後、

絞られていた洞窟内の照明がパツ、と完全に消えた。
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僕は地下8階、::::::::::
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暗闇に取り残された::::::
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:::::::::うここそそ::::::
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ガイドのオスマン・チンギスは言った。

「このカッパドキアと呼ばれる地域は、ギョレメ地方と呼ばれる。
 "ギョレメ"とは"見てはいけないもの"、という意味だ。
 かつて異教徒であるキリスト教徒がいたので
 彼らを忌むべき者として呼んだとか、
 この終末的な、恐ろしくて美しい場所がそう呼ばせたとか
 いろいろ言われている。」

「奥さんが行った"本当のギョレメ(見てはいけないもの)"って?」

「いいから聞くんだ。」

「・・・」

「連れていくから。」

オスマン・チンギスは一般人立入禁止の柵をずらし、
僕を通した後、また柵を戻した。

そしてさらに地下に向かって歩き出した。


「キリスト教徒が住むよりももっと前に、
 ここら辺には人が住んでいた。

 紀元前8000年頃。
 預言者が現れるよりもずっと前、
 石器時代と呼ばれる時代。
 その頃からここには人が住んでいた。

 彼らは"住めるようになったから
 住むようになった"。」

「それはそうですよね、、
 一体何を言いたいんですか?」

「それまでここには“別の者”がいた。」

「その“別の者”がいなくなったから、
 石器を持った人間が住むようになった。8000年前に。」

「そうだ。“別の者”がいた。
 キリスト教徒が異教徒だからとか
 いろいろ言われているがな。」

「それは聞きました。

 なるほど、ということは
 “別の者”は、石器を持った人間より、、、
 何か分からないけれど強かったわけだ。
 その彼らはどこへ?
 滅んだ?」



地下6階


「滅んだと言っていいのか分からない。
 姿は見たことがない。
 でも少なくともその"影響"があるから」

「ここら辺は見てはならないもの、と今でも
 名前がついている。」

「そうだ、俺はそう信じている。
 俺の家族も親戚も先祖もね。」

滅んだ“別の人”が残した影響?




地下7階


地下は涼しい。
地面は夏は涼しく、冬は暖かい。
だから地下との温度差を利用した空調ラジエーターだのなんだの
世界中で作られ始めている。地域差こそあれ。

それにしても
何かタメになるようなならないような
話を聞かせてくれる。へんなガイドだ。

頭は冷えてきたが
中身はもやもやしている。


僕の奥さんは、、、何をしに
こんなところまできているんだ。


僕は細かいことでは不安がりだが、芯の部分では楽観的な人間だ。

起こっている、あるいは起こることが予想される
本当の問題について直視せず、
なかなか「自分の問題」として捉えないからだ。

楽観的、あるいは腑抜け野郎とも言う。

こういう姿勢でいる人間は
本当の問題に出会った時に問題になるまで手を付けず、
なおかつ立ち向かうのが遅いので
その「いざ」という時を境に、周囲から信用を失うのだ。


いつもと同じだ。

奥さんがどこにいるのだ、
元気でいるのか、
そんな心配や不安は息苦しくなるぐらい
僕を支配している。


では、なぜそうなったか、、、

そこに思考が向けたくない。













地下8階


オスマン・チンギスは言った。


「天国に行くのに最も有効な方法は、
 地獄へ行く道を熟知することである。」

15世紀のイタリア人、マキャベリの言葉だ。

「これは理(ことわり)だ。
 理は時代が変わっても国が変わっても不変だ。

 変わってしまう理は、
 理の仮面をかぶっているようでいて、
 その実、ただのその地域・時代の流行だ。」


オスマン・チンギスの言うことが難解で
僕の脳髄は追いつかない。

「天国?地獄?
 僕の奥さんは一体、、ここにいるの?」


オスマン・チンギスは
目をチラとこちらにやり、そのまま歩き続けた。


「・・・・いるとも。


 そうさ、いるとも。」
カイマクル地下都市___僕は学生時代にここに一度来た。

入口は狭く、細い階段を降りていかねばならない。

しかし、中には8階もある広い空間が広がっており、
学校や教会、牢屋、食物貯蔵庫、ワインを作る部屋などなど
アリの巣のごとく部屋が張り巡らされている。

教会があるのは迫害されたキリスト教徒が住んでいたため。
カッパドキアのさながら異星のような風景が
当時の終末思想と重なり、彼らは洞窟を掘り掘り掘り掘り、
隠れて生活していたという。

このカイマクルだけで数千、あるいは1万人以上が生活したと言われている。


「ガイドさん、名前は?」

階段を降りながら僕はたずねた。


・・・かつてここを案内してくれたガイドはAJと言った。
本名を聞くと「ピリー」で、
全然AもJも全然関係なくて笑ってしまった。

「AJは、究極のジョッキーってことさ。
 俺っちの愛称よ。自称だけどね。
 外国人が呼びやすいだろ?」
洒落たあだ名をつけたものだが、
「ultimate jockey」だったら「UJ」だ。
もう突っ込まないでいた。


そして今回のガイドは

「俺はオスマン・チンギスだ。」

とのことだった。

なんという仰々しい名前。

しかし、「オスマン・チンギス」という名前の人に
会ったのは2回目だったから驚いた。

「お前さん、連れていくはいいが、
 俺は途中までだぞ。仕事中なんだからな。」

「分かってる、ありがとうオスマン・チンギス。」

なんとなくフルネームで呼んでしまう。





地下2階




地下3階




地下4階


「さあ、観光客はここまでなんだ。」




どういうことだ?


「奥さんは?どっちに向かった?
 分かりますかオスマン・チンギス。」


「観光客はここまでなんだ。」


「それは聞きました。
 奥さんも観光客、」「いや」


オスマン・チンギスが言葉を遮った。

しかし、黙った。

・・・・

・・・・・・

「お前の奥さんはもっともっと下に行ったはずだ。」


「下に?」


「本当のギョレメ(見てはいけないもの)の方に行ったのだ。」
バスの中で弟君は勉強をしていた。
僕はぼけっとしていた。

(トルコのバスは会社間競争が激しく、
 異常に快適に過ごせる。
 定期的に飲物は出る、
 肌水っぽいコロンヤというのがふるまわれる、
 軽食がでたりでなかったり、、、座席はでかい。)


==========

バスはギョレメに着いた。
洞窟ホテルなどが並ぶ小さな村だ。

弟君が広場前に並ぶ小さな旅行代理店に入り、
早速聞き込みを始める。

途端に、事情を聞いた店員が周囲の代理店にも声をかけ始め、
並びの一番端の店から若者がファイルを持ってきた。

ファイルを開いて3ページ目に、
奥さんの名前が書いていた。

ガイドを一人つけて周辺を回っているようだ。

すぐに若者がガイドの携帯に電話を入れる。
しかし5秒もたたないうちに、若者は携帯を切った。

「圏外だ。
 つまり、、、たぶん地下都市に入ってると思う。
 これがガイドさんの携帯番号ね。」

弟君が赤外線通信でピッピと番号を受け取る。


集まって協力してくれた人達に礼を言って、
タクシーを拾った。

そしてカイマクル地下都市でとばしてもらった。


======

道々を見ながら思い返す。

昔は旅行の仕方が分かってなかったので、
やっすい洞窟ホテルをチェックアウトして
長距離バスを待つ間、
重い荷物を全力で背負ったまま、
カッパドキアの乾いた土を踏み、
国立公園と呼ばれるところまで歩いていった。

ガイドブックの編集者もまさか歩いていく人間が
いるとは思っていなかったのか、
地図の縮尺がとてもいい加減だった。
野犬に後をつけられながら何キロも歩き続けた。

疲労を感じつつも、それでも「冒険をしている」感を
胸に感じて充実していた。
「俺、トルコの荒野をこんなに歩いちゃってさ~」
などと得意げに話す姿を思い返すと、
恥ずかし汗で脇が一瞬で濡れる。

=====

世界遺産のカイマクル地下都市の入口に着いた。

それまで弟君が何度も電話をかけたが、
結局繋がらなかった。


入口の係員に「日本人女性がこなかったか」と聞くも、
何人も観光客が来るから把握していない、とのことで、
僕らは入口近くでたたずみ、待つことにした。








弟君が何十回目かの電話をかけた時、
目の前の門のそばにいた体格の良い男性が、
急いでポケットから携帯電話を取り出した。
ついに電話は繋がった。

「あなたガイドさん?」

「エヴェット。(そうだ)」

「日本人の女性をガイドしていた?」

「・・・・」

「どうして答えない?」

「・・彼女は途中でツアーをキャンセルしたんだ。」

「え、どういう事です?」

「途中までガイドしたが、途中でキャンセルしたんだ。」

「それはさっき聞きました。どうして?」

「・・・あんたは誰だ?」

「僕は彼女の夫なんです。なぜ?
 彼女はどこにいるんですか?」

「・・地下都市だよ。彼女は下に残っている。」


ガイドは「なぜ?」に答えなかった。


僕はガイドの男性をひっぱってカイマクル地下都市に降りていった。
弟君には入口で待ってもらい、
もし奥さんが出てきたら引き止めてもらうように頼んだ。