学生時代にやってきた時はシンガポール航空で48時間かかった。
今回はトルコ航空で14時間。
イスタンブールのアタテュルク空港に到着した。
トルコは学生時代にサークルの仲間と男2人で来た思い出の場所だ。
7年前。
市街地を見ている分には西欧っぽいが、
1日に5度、響き渡るコーランと女性のスカーフが
イスラムを感じさせる思い出深い街。
空港職員に事情を説明して、
(奥さんを探しに来た。日本の警察から連絡が来ているはず。
奥さんの滞在場所を教えて欲しい。)
別室で待機していた。
1分後に口ヒゲの若い男性職員がチャイを持ってきた。
作り方は紅茶と違いグラスも小さいが、
味は紅茶に似ていて、とても飲みやすい。
(カレー屋で飲むスパイシーで甘いチャイとは違う、
あれはあれでおいしくて好きだが)
甘党が多いらしいトルコでは、
ほとんどのオッサンさんがこれに
角砂糖を2つ入れて飲んでいた。
さらに5分ほどして、
別の若い男性職員が部屋に入ってきた。
同じく口ヒゲだ。(口ヒゲB)
口ヒゲB
「メルハバ(こんにちは)。
奥様は新市街のホテルに泊まるとの旨、
入国時に申告されています。
こちらがその連絡先です。
後はご自身でお願いします。」
「テシェクレデリム!(どうもありがとう)」
ホテルの連絡先がプリントされた
9割がた白紙のA4用紙を受取り、礼を言った。
口ヒゲBは親指を立て、ウインクで僕を見送った。
=====
入国手続を済ませて、
空港内の売店でテレホンカードを購入して
ホテルに電話をかけてみた。
「そのような方は宿泊されておりません。」
50%ぐらい予想していた答えだった。
しかし、
トルコに奥さんが入国してきたことは確実なのだ、
テレホンカードを買い足して
ホテルに片っ端から電話をかけまくった。
見つからず。
↓
バス会社に連絡。
(トルコは鉄道よりバスの方がポピュラー)
しかし顧客名簿照会を断られる。
言葉が双方拙いことも意思疎通を困難にした。
↓
途方に暮れる
↓
昔、お世話になった旧市街の絨毯屋に向かった。
店主だったOさんは日本でも店を開いていて、
彼はちょうど日本に行ってるという。
しかしOさんの弟がいて、事情を説明すると
彼がバス会社に電話して調べてくれた。
======
「さて、奥さんはギョレメに行ったことが分かったよ。」
弟が明るい声で言う。
ギョレメといえば、カッパドキア観光の一拠点とも言える村。
(僕をほったらかしにして、観光しに来たのか?
いや、それはさすがに、、、)
「そしてチケットも取ったよ。1時間半後に出る。
30分で飯を食べよう!」
御兄さんもそうだが、彼もよく機転が利く。
歩いてすぐのレストラン、ドイドイに来た。
急ぎ足で4階の屋上に上がる、
安いレストランだが、料理はおいしいし、
この屋上からブルーモスクが眺められるのだ。
たそがれ時だ。
ブルーモスクもその周囲も
すべてが夕日に照らされて金色に輝いている。
胸にえも言えぬ想いがこみ上げてくる。
しかし、弟君の
「僕もついて行くからね。」
という言葉におセンチな気持ちが引っ込んだ。
テーブルに届いたケバブを食べながら話す。
「カッパドキアまで?遠いでしょ!
弟君、店番はどうするの?」
「おじさんがやってくれるからOK。」
「でも平日でしょ?大学院にもちゃんと行かないと
正直やばいんじゃないの?」
「おじさんがやってくれるからOK。」
「それ無理だろ!彼女にもちゃんと連絡し、、」
「おじさんがやってくれるからOK!」
「・・・」
「いや、店番だけおじさんに頼むことにしたんだけど、
まあ、常に開けてなきゃいけない店じゃないからね。
リョウさん、トルコ語ヘラヘラでしょ?
僕がいないと奥さん探すのきっと大変だよ。」
トルコ人ってなんて素晴らしく良い人が多いんだろう。
学生時代に旅行した時も、いつでもどこでも助けられた。
ちょっと困った風な顔をしてると、すぐ誰かが声をかけて助けてくれた。
最高な連中だな、とつくづく思っている。
ちなみに
彼が言う「ヘラヘラ」とは、
「ペラペラ」の2段下を意味する。
初めて弟君と出会った時、
僕はこのドイドイの2階で水タバコを吸っていた。
「あなた日本人?」と弟君が僕に声をかけたのだ。
「そうです。きみ、日本語うまいね。」
「私のお兄さんはもっと上手い。
お兄さんの日本語ペラペラ、
私の日本語ペラヘラ、
あなたのトルコ語ヘラヘラ。」
そんなやりとりから仲良くなっていった。
============
食事を終えて、弟君とバスターミナルに向かった。
今回はトルコ航空で14時間。
イスタンブールのアタテュルク空港に到着した。
トルコは学生時代にサークルの仲間と男2人で来た思い出の場所だ。
7年前。
市街地を見ている分には西欧っぽいが、
1日に5度、響き渡るコーランと女性のスカーフが
イスラムを感じさせる思い出深い街。
空港職員に事情を説明して、
(奥さんを探しに来た。日本の警察から連絡が来ているはず。
奥さんの滞在場所を教えて欲しい。)
別室で待機していた。
1分後に口ヒゲの若い男性職員がチャイを持ってきた。
作り方は紅茶と違いグラスも小さいが、
味は紅茶に似ていて、とても飲みやすい。
(カレー屋で飲むスパイシーで甘いチャイとは違う、
あれはあれでおいしくて好きだが)
甘党が多いらしいトルコでは、
ほとんどのオッサンさんがこれに
角砂糖を2つ入れて飲んでいた。
さらに5分ほどして、
別の若い男性職員が部屋に入ってきた。
同じく口ヒゲだ。(口ヒゲB)
口ヒゲB
「メルハバ(こんにちは)。
奥様は新市街のホテルに泊まるとの旨、
入国時に申告されています。
こちらがその連絡先です。
後はご自身でお願いします。」
「テシェクレデリム!(どうもありがとう)」
ホテルの連絡先がプリントされた
9割がた白紙のA4用紙を受取り、礼を言った。
口ヒゲBは親指を立て、ウインクで僕を見送った。
=====
入国手続を済ませて、
空港内の売店でテレホンカードを購入して
ホテルに電話をかけてみた。
「そのような方は宿泊されておりません。」
50%ぐらい予想していた答えだった。
しかし、
トルコに奥さんが入国してきたことは確実なのだ、
テレホンカードを買い足して
ホテルに片っ端から電話をかけまくった。
見つからず。
↓
バス会社に連絡。
(トルコは鉄道よりバスの方がポピュラー)
しかし顧客名簿照会を断られる。
言葉が双方拙いことも意思疎通を困難にした。
↓
途方に暮れる
↓
昔、お世話になった旧市街の絨毯屋に向かった。
店主だったOさんは日本でも店を開いていて、
彼はちょうど日本に行ってるという。
しかしOさんの弟がいて、事情を説明すると
彼がバス会社に電話して調べてくれた。
======
「さて、奥さんはギョレメに行ったことが分かったよ。」
弟が明るい声で言う。
ギョレメといえば、カッパドキア観光の一拠点とも言える村。
(僕をほったらかしにして、観光しに来たのか?
いや、それはさすがに、、、)
「そしてチケットも取ったよ。1時間半後に出る。
30分で飯を食べよう!」
御兄さんもそうだが、彼もよく機転が利く。
歩いてすぐのレストラン、ドイドイに来た。
急ぎ足で4階の屋上に上がる、
安いレストランだが、料理はおいしいし、
この屋上からブルーモスクが眺められるのだ。
たそがれ時だ。
ブルーモスクもその周囲も
すべてが夕日に照らされて金色に輝いている。
胸にえも言えぬ想いがこみ上げてくる。
しかし、弟君の
「僕もついて行くからね。」
という言葉におセンチな気持ちが引っ込んだ。
テーブルに届いたケバブを食べながら話す。
「カッパドキアまで?遠いでしょ!
弟君、店番はどうするの?」
「おじさんがやってくれるからOK。」
「でも平日でしょ?大学院にもちゃんと行かないと
正直やばいんじゃないの?」
「おじさんがやってくれるからOK。」
「それ無理だろ!彼女にもちゃんと連絡し、、」
「おじさんがやってくれるからOK!」
「・・・」
「いや、店番だけおじさんに頼むことにしたんだけど、
まあ、常に開けてなきゃいけない店じゃないからね。
リョウさん、トルコ語ヘラヘラでしょ?
僕がいないと奥さん探すのきっと大変だよ。」
トルコ人ってなんて素晴らしく良い人が多いんだろう。
学生時代に旅行した時も、いつでもどこでも助けられた。
ちょっと困った風な顔をしてると、すぐ誰かが声をかけて助けてくれた。
最高な連中だな、とつくづく思っている。
ちなみに
彼が言う「ヘラヘラ」とは、
「ペラペラ」の2段下を意味する。
初めて弟君と出会った時、
僕はこのドイドイの2階で水タバコを吸っていた。
「あなた日本人?」と弟君が僕に声をかけたのだ。
「そうです。きみ、日本語うまいね。」
「私のお兄さんはもっと上手い。
お兄さんの日本語ペラペラ、
私の日本語ペラヘラ、
あなたのトルコ語ヘラヘラ。」
そんなやりとりから仲良くなっていった。
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食事を終えて、弟君とバスターミナルに向かった。


