「でっかい魚(とっと)でなくても構わないよ。」
と何も知らない家族からメールが届いた。
彼らは僕が本当に魚釣りに行ったと思っているのだ。
僕は着の身着のまま連れられて、
ケータイの電池が切れるまでに帰れるかどうかも分からない。
一次大戦の時。
欧州の男たちは「クリスマスまでには帰るよ」、
「数週間で終わるだろう」と家族に告げて出征した。
だが近代戦争は消耗戦だった。
戦線は膠着したまま冬が到来し、
防寒具をもたぬ体は厳寒に凍てついた。
そしてみんな死んだ。
バスは阪神高速に乗った。
進行方向の左に海が見えるから、
どうやら西に向かっているようだ。
乗客は僕とあと数人。
年齢はバラバラで、全員が男性だ。
スーツを着た40歳ぐらいの男性は
あきらめたような表情をして腕組みをしているし、
20歳ぐらいの若いお兄ちゃんは
不安そうにキョロキョロしている。
僕もバス内や、外の風景を見回した。
そのうち山陽自動車道から山道に入り、
日が暮れるまで曲がりくねった道を進んでいった。
山奥の工場のような施設。
その傍で降ろされた。
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作業着を着た中年男性に促されて
食堂とおぼしき場所に集合した。
100人近くはいそうだ。
熱気ムンムン。
ムッシュムラムラ。
加齢臭で空間が満たされている。スメルバッド。
正露丸の臭いがあればいやされるのに。
「皆様、本日はご足労有難うございます。」
先ほどの作業着の男性が
とても丁寧な挨拶をして、
そして僕達への“お願い事”を述べた。
「突然集められて驚かれている方もいるかも知れません。
ですがここでは皆様の安全が
一切保証されておりますことをまず、お伝え申し上げます。
よろしいでしょうか。
皆様。
では皆様がなぜここに集められたかを
お話しいたします。
実は皆様にお願いしたいことがあるのです。」
男性はにこやかに、簡潔に、優しく話した。
・僕たちの仕事は冷蔵庫を造ること。
・大きさは膝を抱えた大人が1人入るぐらいのサイズ。
・用途はまさしく人間を入れるため。
何のために人間を入れるか、分からない。
けれど。多分。従うしかない。
僕が冷蔵庫に入れと言われているわけでもないし、
人を運び入れろと言われているわけでもない。
ただ単に冷蔵庫を造るだけやし、
みんなもやるよ_な___ きっと。
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***
** 冷蔵庫造りはその夜のうちに始まった。
説明を受けた通りに手元の部品を組み、
さらに大きな型にはめ込んでいく。
この調子で500台近く製造するのだ。
まったく単純で何も難しくない。汗もかかない。
表情も努めて冷静を保つ事ができる。
でも心中はさざ波立ち、穏やかにあらず。
(こんなことならッ!
外付ハードディスクに大量保存している
おエロス画像たちを厳選プリントプリントアウトして
持ち歩いておくべきだッた!
麗しき女性の裸体というものは
対男子に限って強烈なコミュニケーションツールだ。
言葉の通じなくて喋りにくい人間にでも
さりげなく成人向け雑誌を見せたりすると、
途端に満面の笑みを浮かべて、
“この野郎…いや、ブラザー。
お前とは他人じゃない気がしてたぜ。”みたいな
感じで瞬時に打ち解け合えるのだ。
何が正解か間違いか分からないような状況において、
それがあれば誰もの気持ちが安らぐに違いない。
間違いない。ハァハァ)
作業を続けていると、
先ほど説明をしていた男性が見回りに来た。
彼は人懐っこい笑顔で、
「ご苦労様でございます。」とお辞儀をした。
その後、作業員の一人が、
立ち去ろうとする彼を呼び止めて質問をした。
「はい。何でも聞いてください。」
「もう十分に聞かされたけれど。
この冷蔵庫に入れられるのは、
本当に俺達じゃないんですよね?」
「ええ、違います。
今、別の場所で選抜試験を行っておりまして、
そちらの参加者の方に
入っていただくことになっております。
はい。
ですが、
どうしても入りたいと仰るのであれば、
まァやぶさかではありませんが、
試験に合格していただく必要がございます。」
「いやいやッ、いいですよ。
俺はこれ造るのだけで満足なんで!
どうもありがとう。」
瞬間の十分の一の素早さで
飛び出しナイフが胸に突き刺さる。
腑に落ちない苛立ちと、
不安と、諦めが、
同時に渦を巻いて僕を飲み込む。
僕が“その人達”を入れる冷蔵庫を造っているこの瞬間、
誰が“その人達”になるかを争わされているのだ。
望んで入りたい人がいるわけがない。
こんな所に入ってしまえば、間違いなく死ぬのだから。
あなたが選ばれました、と聞かされた時の
“その人”の胸中はどんなだろう。
あるいは、死んでから入るのかも知れない。
* ***
2日後、僕達の冷蔵庫製造業務は終了した。
バスに乗せられ、神戸に戻った。
降りる時に、イカを何杯か渡された。
イカ釣りをしてきたことにしておけ、
ということなのか?
街が透明で大きな金魚鉢に思える。
鉢の中身は、
見えざる手によってどうとでもされるのだ。
いつどうなるか分からない。
だから、そんなことは考えないで
生きていた方が幸せに決まっているのだ。
嘆き悲しみながら生きたところで、
僕の悲しみなんて、
とっくに汚れッちまってる。
*
*
*
朝焼けを見て、
家に帰ってから、
寝る前に其処を触っていたら、
白いおしっこみたいなのが出た。
ぴくぴくした。
ルイ・アームストロングの
「素晴らしき世界」を聴いてから寝た。
