夜の暗い明るさ


「アフリカ連合の師団が到着するまで
 まだ1週間かかるらしい。
 国連にいたってはまだ議題に上がる時期するわからん。」

サヌワミが通信施設から戻り、そう言った。

僕がいる国は、内戦状態にある。

もともと現在の政府が樹立したときも
首都周辺しか管理できていなくて、
地方は豪族支配が続いていた。
森や谷には、ぽつぽつと小さな部族の村があった。

僕はベルリンのユースホステルで
この短期滞在ボランティアのチラシを見つけて
旅行気分で参加したのだ。

ところがここ数日で
反政府勢力が攻勢をかけて
政府軍の版図を次々と食い荒し、
各地の村でジェノサイドを行っていた。

ただちに政府はアフリカ連合と国連に
救援要請を行った。

その結果を待つ間、
僕がいる村の周辺はジェノサイドに犯されつつある。

「でも今夜、アフリカ連合の人間が2人、
 湖畔の向こう側にくるらしい。
 こちらの村周辺の行軍ルートを確認するためだ。
 湖畔両岸は危なくて通れないが、
 船舶がほとんど破壊された今となっては
 湖畔の中心を通るルートが逆に安全だからな。

 いや、安全てことはないけど、

 敵さんに気づかれにくいってことさ。
 さ、彼らを迎えに行かないといかん。」

僕はサヌワミと湖畔の向こう岸に渡って、
師団の手引きをすることになった。



ボートをセロファンを重ね合わせて作った。
僕がドイツのボランティアセンターで手配して
もってきたセロファンだったが、
こちらで子供たちと工作する暇などなかった。


「気をつけてな。」

たばこをくゆらせている

村の中年男性が僕たちに声をかけた。
ゆっくりとボートを漕ぎ出した。


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   ***
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「欠けた月だが、明るい。
 両岸から発見されないか心配になってきた。」
とサヌワミが言った。

湖はきらきらと光り、
ボートのセロファンも
月光を吸い取っているように
輝きを帯びている。

風もない。

オールで静かに水をきる音だけ。

暴力がすぐそばにあるという気配がしない。

もしここに死があるとしたら、
それはなにか静かな、おだやかなもののような気がする。

僕とサヌワミは黙っていた。

10分がたち、
サヌワミとこぎ手を替わった。

向こう岸は見えない。
たどり着くまで、
まだまだ時間がかかりそうだ。


   *
      *

「俺は昔、嫁さんを売ったよ。」

サヌワミが小さな声で言った。

「こうして夜中にボートに乗せて、
 売りにいったんだ。
 それはきれいな花嫁だったよ。
 子供はできなかったけど、幸せだった。
 でも俺は嫁さんを売った。
 売りに行ったその夜も、
 こうして欠けた月が出てたと思うけど、
 とても俺は風景を見てられるような気分じゃなかった。
 でもね、亮。
 こうしてお前と一緒に静かな湖に浮かんでいると、
 嫁さんのことを思い出すんだ。
 彼女は俺のことをとても優しい目で見て
 笑っていたんだ。声を出さず。
 あきらめた安らぎというのか。
 希望を捨てた穏やかさというのか。
 そんな境地に彼女を追いやっていたんだ。
 俺たちがこんな悲劇に襲われるのは
 この国の環境のせいだ、
 と思ってすっかり納得して過ごしていたけれど。
 お金をすぐに貯めてすぐに買い戻しにすぐにいくぞ

 と思っていたけれど。

 お金がいつか貯まれば
 買い戻しにいけばいいさと思っていたけれど。
 もしかしたら俺のそばにいるより
 もっと幸せになっているかもしれないし、
 買戻しになんて行かないほうがいいかもしれないな、
 と頭の中で考えていたけれど。
 外国人のお前にこうして話すと、
 やっぱり取り返しのつかないぐらい
 恥ずかしいことをしたのだと
 自分を嘆かずにはおれないよ。」

サヌワミは月に向かってつぶやき始めた。

「わたしの生まれた日は消えうせよ。
 ・・闇がその夜をとらえ
 その夜は年の日々に加えられず
 月の一日に数えられることのないように・・・」

サヌワミは度重なる困難に
「自分は生まれてこなければよかった」と
嘆く聖書のヨブ記の言葉をつぶやいていた。
大学のテスト勉強のときに読んで、
変に心に残ったフレーズだったので
覚えていたのだ。

だが僕は申し訳ないと思いつつも、
シリアスな話の途中で
スカシ屁をひりだしていた。
こんなに腹に空気がたまるのは
トウモロコシの練り物ばかり食べていたからだ。

**

向こう岸には森がある。
その木陰にアフリカ連合の偵察員が来ていた。

僕たちは無事に着岸し、ボートを降りた。

「お前なんか、、、臭いな。」
と言われてパンツの中を覗いてみると、
スカしたつもりだった屁が
実が結んでそこにあった。

「すみません、いや、

 すいますいません。固形持ちです。」
と謝ると、一同は深いため息をついた。

「謝っても、臭いよ。君。」

背の低い木々は月光をさえぎり
僕たちを暗黒に包んでいた。