愚痴や文句をいうことは、百害あって一利なし。


同様に、


ぐじぐじぐじぐじし続けるのも、


ひたすら否定しまくることも、


自分を過小評価し続けることも、


百害あって一利なし。



そういう人に付き合うことも、

そういう人の側にいることも、


百害あって一利なし。



人付き合いをするときは、

とことんまでに前向きで、

とことんまでにがむしゃらな人と付き合ったほうが得です。


夏休みの最終日に一気に宿題を片付けがちなヤングメンよ。


学校生活ではそれでいいかもしれないが、

社会生活ではそうもいかない。


つまりは、そういった締め切りがない仕事につくと、

早く動いたほうがアドバンテージへとつながることになる。



でも毎日がだらだらしがちだなぁと思う人は、

3ヶ月単位で目標と仕事の締め切りを

儲けることをオススメする。



それは与えられたことでもいいだろうし、

与えられていないことでもいいだろう。



当然、振ってくる仕事の納期が最優先。


それとは別に、自分の中で目標と締め切りを決め、

確実にステップアップできることを掲げて

取り組むことが大事だ。


3ヶ月でも長いと感じるのであれば、1ヵ月単位や

2週間、1週間でもいいだろう。



逆算スケジュールをすることで、自分を追い込み、

スケジュールを埋め込むことで、

とりあえず何かしたくなる気を起こさせることが大事なのだ。



特にニュース記事を読んで一つひとつの記事がある。

これは何で今こういうニュースが出てきたんだと?


なぜ? を念頭においてその会社のニュースリリースを紐解いていく。



そうすると、このタイミングでこういう出来事がおき、

そしてこういう結果につながっているんだな、

という見方ができるようになる。



社会の組み合わせ、大きく言えば、

歴史の作られ方なんてそんなものだ。



自分の人生も、今自分が担当していること、

自分がやりたいことをいつぐらいに起こしたいのか? という

自分年表や自分スケジュールを先取りして、

そこから逆算して今やれることをやっていく。



こう考えられるようになるだけでも

今の時間はずっとずっと大事になってくるし、

無駄だと感じなくなれるようにもなってくるぞ。



遊びもプライベートも仕事も

一緒くたにスケジューリングする・しないは人それぞれだが

貯金からはじめるなりなんでもいいので

いろいろと逆算スケジュールで予定を作ってみるのも面白いぞ。


金銭的に成功できるか、


うまくコントロールするかは、


自分がお金に関してどのようなことを信じているか、

記憶しているかに左右されます。



ここではその間違った認識や、

誤解されやすい認識をあげていきたいと思います。




◆金銭的に間違った認識 その①


~収入が増えれば金銭的に解決する~


月収が7万増えれば、5万のときよりも少しは余裕になる・・・という考え方は

一見理にかなっているかもしれません。


しかし、高収入の人であれども、散財している人や、

毎月、ひたすらローンの返済に追われている人は多く見かけます。



彼らは結局のところ、収入に見合った支出を繰り返すだけで

収入と支出を把握していないだけでなく

自分の中での金銭感覚が

アバウトなままな放置しているケースが多いのです。




◆解決策のためのその①


まずこういったケースを解決する場合、

当然ですが、支出が収入を超えないことが大事です。



お金がもっと必要であるということは、

問題そのものではなく兆候です。


人は収入が上がったり、

ほかから収入を得ることが

金銭的問題を解決してくれると思いがちです。



しかし、実際には収入を増やすよりも

支出をコントロールすることの方がはるかに重要であって、

かつ効果も期待できるのです。


どんなに働いたり、キャッシュを手に入れたところで、

収入以内の支出をしてしまうようでは意味がありません。



支出をコントロールすること。



まずはそれこそが、富を得るための第一歩なのであります。









その日、


オレはリングの横でOPBFタイトルマッチを眺めていた。


東洋太平洋ボクシング連盟

(Oriental and Pasific Boxing Federation)



チャンピオンに挑む日本人は、オレと同い年。

おのずと拳に力も入るというもの。



試合のゴングが鳴る。



わずか3分という時間がとてつもなく長く感じた1R。

挑戦者は早くも主導権を握られ、

数多くの拳を浴びていた。



リングの上では気持ちは同じ。



オレが勝つ――。



それだけだ。



お互い負ける気持ちでリングに上がるものなどいない。


ボクシングはなにも経験や才能、

知識やパンチ力だけで勝つものではない。



テクニックと経験が同じであればあとは気持ちの問題だ。



勝つ! という気持ちが大きいやつほど勝つ。



どんなに打たれて足が止まったとしても繰り出す拳。



テクニックなしのワン・ツー。



ボクシングでいえば基本中の基本。


破壊力はないかもしれない。

キレはあれども、チャンピオンを倒せないパンチかもしれない。



けれども、



そこのリングで繰り出されているのは

世界一のワン・ツーだ。



掛け値なしの努力の賜物。




人間、最終的には身につけたものが自分の力とベースとなる。




気持ちを高く持て。


愚直に繰り返せ。


身となれ、血となれ骨となれ。



少年は、リングを後にした後、起業することを再決心した。

それは簡単だ。



まず前提として、

できない理由を並べ立てることに力を注がないことだ。


できない理由を探したてればいくらでも出てくる。



できない理由を探し、並べ立てるのは

アイディアを考え出すよりもずっと簡単で、

自分を納得させられる論理的なものばかりだ。


だからこそ、まずはその点は肝に命じておくことが大切だ。




そしてもう一つ大事なこと。


それは


○○をするには何が必要か?


あるいは

○○をするには何をするべきか?



ということを常に思い返すことだ。



はっきり行って上記の質問の答えを

出すのは簡単ではない。



けども、この質問を何度も自分に問いかけることで

さまざまな方法論や、

アイディアを思いつく思考力が身につく訓練になるのだ。



直接アイディアや方法論を導き出すこともあるだろう。



人間、できないと思った時点で思考は停止する。




だからこそ、常に自分に問いただし、



できるためにはどうすればいいのか?



と考えをめぐらせることこそが重要となるのだ。





その訓練をつむことで、

次に


じゃぁ具体的には何が必要なのか?


変わりに代えられることはないか?


どういう段取りで取り組めばいいのか?



と細かく問題をブレークスルーして、

一つひとつ片付ける考えを持ってとりくめばいいだろう。


何事も直球直結で解決へと考えようとするから

そのハードルの高さに気づいて挫折することがある。

急がば回れ。

これは何事においても覚えておけば、

人生前向きに考えられるぞ!

小さなことからコツコツと。

人生に無駄なんて一切ない。

生かすも死なすもあなた次第。

ゆっくりのんびり、でも的確に。

そして図太くしぶとく活きていこう。

基本はなにごともgive and take の精神。


それこそが win - win への道である。



それはなにもビジネスにあてはまるだけでなく、


恋人間や友人間でも同じことが言えるはず。



文章を書く際にも、

だれかに伝えたい! と思うのならば、



見出し、小見出し、段落、特徴の箇条書き、

この文章を読むメリット、、、なんかを明確にすると



商品を販売する広告としては興味をくすぐる武器となり、


小説では物語へ引き込む階段となり、


くどき文句に落とし込めば

それは恋のはじまりへとつながるはず?



おっと、最後はよく分かりませんが、


文書一つとっても give and take の精神を持てば、


きっと誰かに伝わるはず・・・ですぜ。



気持ちとともにね。

最近の若い人は気の弱いマイケルJフォックスか?



未来を先取りするのはいいが、

その未来が真っ暗なことを想像するという意味の

分からないシミュレーション好き。



そんな未来予知能力ならばオレはいらないし

欲しいとはさらさら思わないだろう。



きっとそんな彼らは、宝くじを買うときも、

「きっとはずれるんだろう」と想像しながら買うに違いない。



無意味なやつら。




今日も新人研修。


勉強熱心なのはいいが、人の意見を聞き終わる前に

自分の意見を言いたがるやつら。



それはそれでとても結構だが、

それが出鼻から否定形で入るのはいただけない。



そんなあなたに「プレゼント ワード フォー ユー」




<未来を先取りしたがるヤングメンたちへ>


四の五の言う前に、行動せよ。

シミュレーションは誰でもできる。大事なことは行動すること。


「でも……」「だって……」をひかえよ。

はなから否定する癖をやめるべし。


「できない」という前に「できる」理由を模索せよ。

見た目とは裏腹に、食ったらうまいものもある。



「わからない」という前に「なぜ分からないか」を調べよ。

いきなり、さじを投げることほどおろかなことはない。



「難しい」と口にする前に「なぜそう思うのか」を考えよ。

真剣にとりくんでもいないできごとに対して

”難しい”という言葉は当てはまらない。



「難しい」と思うのならば「分かる」までがんばれ。

自転車も乗って転んですりむいての繰り返し。

その苦難を乗り越えてこそ、風をきって走る楽しさがまっている。



あきらめる前にやってみることを考えよ。

食わず嫌いは正直もったいない。まずかったらまずかったでかまわない。

二度と食わないように注意すればいいし。



1年後は楽しいことがまっていることを想像せよ。

そのため1年後に自分はどうなっていたいかを

できるレベルで想像せよ。

はなから最悪のケースを想像していたら毎日が楽しくなくなる。

だったらはなから楽しくなるケースを想像したほうが毎日が楽しい。



苦しかったら適度に休め。

たまには息抜きも必要だ。



人生苦しい言葉ばかりではないよ。

楽しくねー毎日が続くことも結構多いが、

一瞬のスパイスを最高の瞬間だと思えるためには、



絶望を抱きながら生きていくよりも、

希望を抱えながら生きていくほうが

そのスパイスは何倍にも心地よい刺激となる。



たとえば

男と女。


1週間後の結婚式。


その2週間後に何がまっているか? と想像するだけで

その結婚式の感じ方は天と地の差が生じてくるだろう。


A、成田離婚?


B、幸せな海外旅行?



AとB、どっちを想像しながら結婚式を迎えるほうが楽しいかい?




2週間後に引退ピッチャー。


A、「どうせ引退するから」と14日間だらだら投げるか、


B、「今のうちに!」と誠心誠意14日間精一杯登板するか。




どっちが記憶に残る選手となりえるか?


どっちがヒーローインタビューで素敵な涙を流せるか?




自分がちっぽけだと思うのならば、それでいいと思う。


記録なんて残さなくてもいい。

立派に生きようなんて思わなくてもいい。



大切な人の、記憶に残る生き方を。


あなたの望む生き方を。



自分が振り返ったとき、

あのときはああいう行動をしたけれど、

今となってはあれがあったからこそ今の自分がいるんだ。



そう思える自分になれるよう、毎日を必死で生きてみないか?

みなさんもご存知の社長、藤田晋。


彼の生き方は


夢はでっかく


有言実行


というスタイルを貫き通しているのはもちろんだが、

その根幹にある”社長精神”なるものがすばらしいと思う。


かっこういい社長でありたい! ということ。



思えば僕らは小さいころ、

パイロットやサッカー選手にあこがれた。


オレの場合は一時期戦隊ものになりたかったこともあったし、


一時期は体操のお兄さんにもあこがれたことがあった。



なぜなら、やはりそういうところを毎日目にしていたし、

そういう存在が好きで、そういう存在になれたらと

頭ではなく、心で感じていたからだ。



思えば藤田社長も見ているところが違ったのだろうか。



人間、大きくなるにつれて、感じることや

考え方が変わったりすることは多々ある。



藤田社長はいつからそういう考え方を

持つようになったのだろうか。。。


オレも、いつから起業家を

目指して生きるようになったのか・・・。


なにがきっかけだったのだろうか?



それは、きっと


オレの目の前にたくさんのあこがれの男たちがいるからだ。


そして、あこがれる男たちがたくさんいるからだ。



オレ自信が道を失いそうになったとき、

そのときの存在はとても大きかったのかもしれない。



そのときいただいた言葉、




日本男児たるもの、


 

        日本を背負って立つ、


  

               誇り高き男にならなければなりませんぞ。




その誇り高き男との別れは

それから数日後だったのは、今でも忘れない。

blogを通して知り合える見知らぬ人生。



きっと、街角ですれ違っただけでは分からないんだろうな。



電車の中で化粧する女。


いかれた格好したシャネルのポーチをつけた男。



ビームサーベルのようにポスターを

突き刺して歩いているアキバをほっつく男。



とうていパンクとは思えない意味不明の格好をした女たち。




どうすっころんでもクールビズが似合わない中年や、


とうてい「ちょい悪オヤジ」という単語があてはまりそうにない

管理職たち。




けれども彼らの中には日々株価を追いかけたり、


起業をかかげていたり、


スキルを獲得するために日々努力してたり、



自分の生き様をblogにつづっていたりと、

ナイスな感性をしたやつがゴマンといる。




そんな、見た目とはギャップがある人間と出会ったり、

そういう生き方をするやつがいるんだと気づいたとき、


毎日の出会いや、

毎日行きかう人々の見方ががらっと変わってくる。



それだけでなく、いつしか引かれ、

いつしかblogを通して交流していることもある。



ひょっとすると逆かもしれない。


ひょっとすると、すでに出会っているのかもしれない。



すれ違っているのかもしれない。。。




そんな、毎日を必死でいき、必死でblogをつづる

見知らぬみんなから元気をもらっているオレ。



男も女も子供も大人も。



そんなすげーみんなに、

オレも負けたくねーし、負けられねー。




いやー、あんたすげーよ! すっげ!

昨晩は想いっきり根を詰めて資料を制作していた途中、
そのまま力尽きて気絶するように眠ってしまった。。。


なんか最近も毎日が激動のように感じ、


激動のようにものごとが進んでいくのが
目に見えるように分かる。


だからこそ毎日を必死に受け止め、



必死にいらないものを流し、



必死に新しいものを吸収し、



つづり、そして伝えていく。




オレは毎日そうやって生きて、


毎日そうやって共感できる若者に想いを伝えていきたい。


しかし、ブログを書くのはそれだけでなく、




blogを書くには1日の最後に、


その体験を精査し、

主観を客観で感じ取るということができるのも魅力だ。


日記ではなくて自分と向き合う行為。

それがいつしか疲れた人や、


同じ想いをした人々が少しでも共感できたらと思っている。



オレは、昔も今も、弱い人間だから。



だから、


みんなと一緒にブログを作っていきたいのだ。