コミュニケーションは血液
いくら頭脳明晰でも、いくら足が速くても、いくら内臓が丈夫でも、血液がドロドロで
汚れていれば健康が危ぶまれます。
企業でいえば、いくら優秀な経営者がいても、いくらいい商品が開発されても
いくら営業マンの頭数を増やしても、それらを繋ぐコミュニケーションがとれなければ
企業は健康でなくなります。
いい血液は新鮮な酸素を隅々へと運び、汚れたものを洗浄すべく運び去る。
いかに末端であっても100%の機能を発揮させるべく、体温を送り届ける。
そのお陰で末端は、遠く離れた体内の暖かさや一体感を実感しつつ、
その責務を全うする。
コミュニケーションはまさに血液。企業の健康を考えるなら、さらさらと流れる
健康な血液=コミュニケーションを目指さなきゃね。
認めることから始めよう
人為的ミスによるトラブルが発生したとき、早急な対策と原因究明が必要なのは
どこの世界でも当たり前。たとえそれがパートナーとの間の小さな喧嘩だとしても。
小さな喧嘩の場合、早急な対策とはこれ以上拗れる事の無いよう、お互いが
冷静になり話し合いが出来る状況を作ることがあげられますね。例えば場所を
移して近くの公園にでも出向くとか。
ここでお互いに大人になれるかどうかが、今後長く付き合っていけるかどうかの
大きなポイントになると、個人的には思ってます。
単に冷静になっても原因は何ら解決されていないので、原因究明をしないと
スッキリしないし、今後に向けての理解が深まりません。
折角大人になって、一旦は冷静になっていてもしばしばこの段階で
怒りが再燃し、再び喧嘩なんてコトにもなりかねませんから、冷静さはステイ!で。
そして相手の主張に耳を傾け、その言い分に対し、僅か1%でも自分に非が
あると感じたら、まずは「そうだね、そこはごめん。」と認めましょう。
そうすると相手も「いや私もいけなかったね、ごめん。」と譲ってくるでしょう。
多いのが「でもね、」とか「そういうあなただって・・・」という台詞。
折角大人になって話し合っていて、非を認める気持ちがあっても、その言葉が
出た瞬間、相手はまた対決モードに入っちゃいますよ。
反省なき成長はありえません。まずは認めることからはじめましょう。
そして、認めたらその気持ちを言葉にして表しましょう。
もう一度、大切なのは「認めることからはじまる」ってことです。
彼への手紙
今日はブログではなく、お手紙を。
服部さん、あなたが旅立って104日目の今日4月3日。
あなたの故郷、川棚の地にまたたくさんの仲間が集まりましたよ。
遠くは東京、鹿児島から約70の連、1500人くらいかな。
どの踊り子も、ステージ裏のあのスロープで出番を待ち、緊張し、気合をいれ
僕の声を合図に意を決し、飛び出して行きましたよ。
いつもと違うのは、そのステージ裏にあなたの写真があったこと。
あなたの表情は去年のステージ裏でみんなに見せていた、優しさと感謝に満ちた
笑顔でしたね。
みんな表舞台へ飛び出す前にあなたの写真を見て、落ち着いたり涙を浮べたり。
踊り終わって戻ってくるみんなの表情は一様に満足気でした。
祭りはれんちゃんが中心となった実行委員会のみなさんが頑張り、何一つ
問題も無く成功裏のうちにおひらき。あなたの代役を務めるべく、かなりの
プレッシャーを抱えていたなかでの見事な任務完了でした。
参加者の口々からも、非常にいい祭りだったとの声がありました。
ただね、同時にあなたがいない寂しさも。
祭りが終わったあと、あなたの孫を抱く娘さんとお話ししたけど、
父としてのあなたの偉大さを改めて実感し、もっとその姿を見ておけば良かったと
言ってました。
僕はあなたとは全く性格も反対なのであなたのようには生きられませんが、
今日改めてあなたのように死にたいと強く思いました。
あなたのように多くの人たちの心の中に生き続ける死に方をしたいと。
だから今この瞬間からもっと精一杯生きようと思いました。
自分の為は当たり前だけど、もっと人の幸せを願いながら生きようって。
そしたら歩く道筋とその道すがら見える風景は違っても、最終的に死ぬときには
あなたが見た多くの人との幸せな時間が見られるのかも。
多分、日常の中であなたの事を振り返って見ることはないでしょう。
でも歩き続けるその道中で、きっとあなたに思いを寄せるでしょうね。
ま、多分に桜の時期には、あなたの眠る川棚温泉で。