ショウウィンドウ
「さぁ、彼方。ご覧なさいな、私の指は美しいかしら?」
立ち止まった紳士がショウウィンドウに、手入れされた指を差し出しました
「さぁ、君よ。ご覧なさいな、私の指の高貴なことよ!」
立ち止まった子供がショウウィンドウに、
「誰でも良から見ておくれよ。蝶々の跡は綺麗だろう?」
立ち止まった野鳥がショウウィンドウに、映る自身の
「カァ、カァ、カァ、カァ、カァ、カァ、カァ、カァ…」
そして最後に鼠がショウウィンドウで爪を
「お行きなさい! お前がいる場所は生ゴミの中よ…!」
丘の上で
千切れてしまいそうな風が肌を滑り
家の窓は濁りながらも
鈍く陽光を反射した
求めたのは恐らく、
今は隠れた北極星で月の脆弱さではなく
確かであると伝える未知であり、
そして変えようのない過去であった
しかし私が待つ丘の上では
落葉と共に風にながれる白雪のみで
照った地面にも
風すらも造形せずに無音を散らすばかりである
乾涸らびるA値
祈りを捧げる、
両手は何処かへとしまったから。
きっと貴女の手すら、
握れなくて繋げられなくて。
反面、それでも良いのだと、
裸電球の夜
潮を浴びながら群生する草原は、同時に雪に埋もれている
夜半は寒気が無音で
天井で裸電球は頼りなく揺れ、誰かの帰りを待ち
土間の隅では零れた灯油が異臭を放ち、干し魚を刺激した
既に像を結ぶのを止めた目はドンヨリと暗く、
夜半は冷気が無音で
天井で裸電球は頼りなく揺れ、誰かに安堵を与えている
こんな日は足音が鈍く沈み、体温さえも残らないかのよう
まるで一つの
やがて明け方を迎え、陽光が浅い積雪を白く乱反射させた
端には土を覗かせた、足跡が一つ二つと交互に主張しては
女は独りで水を
静寂
別段、数多く観ている訳ではない。レンタルは無精から行わないし、テレビ放送くらいならたまには観る程度。だが、吹き替えではいまいち気分が乗らない。
精々が月に2~3本を映画館で観る程度だ。しかし、その程度でも映画が好きだ。映画館の緊張感が好きだ。
但し、先に宣言すると、俺はいわゆる監督や俳優で観ることが割と少ないと思う。勿論、好きな俳優はいるし、レビューを行うとなると一応は調べる。が、観る時はストーリーにしか興味がない。そのせいか、意外と映画の話が出来ない。監督や俳優の名前を言われても分からないから。映画が好きというには邪道かもしれない。
地元の映画館は一本辺りの上映期間が短いため、観たい作品はいつでも急ぎ足だ。ちょっとした単館映画など、一週間で上映が終わる。そのために、興味がある映画が多い時は必然と幾回数が多くなるのだが、最近、映画を観ているとふと思うことがある。それは演技の上手い下手ではない。舞台美術でもなければストーリーの問題でもない。静寂の問題だ。
近頃の映画――映画のみならず、ドラマやアニメ、漫画等の大凡の娯楽作品と呼べるもの全体に通じるものでもあると思うのだが、余りにも静寂が蔑ろにされている気がしてならない。鳴りやまないBGM、息をつく場所もない展開。そういったものが妙に増えてきているような気がする。
勿論、ドラマティックな展開や臨場感あるBGM、躍動感ある人物の動きは魅力的だ。しかし、その魅力をより際立たせるのは、その前に圧倒的な静――静寂という何かを考えたり、何かに浸る時間があるからだ。静寂は、孤独と同じように人間に必要なファクターだ。
あるドキュメンタリー映画で、子供達は沈黙を恐れているといった講師の台詞があった。静寂を恐れ、そして恐れるのは自信がないからだと。その台詞に、兎に角 痺れたのを覚えている。
黙々と何かを一生懸命に取り組む自身を信じられない。周りの目が気になって仕方がない。そういった子供達が大勢いるというのは悲しいことだ。そして、そのまま大人になってしまうのは更に悲しいことだ。
だが、現実はそういった子供や大人は多いように感じられてならない。かくいう俺も、例に漏れずに成人を迎えた。
何故、静寂を恐れるのか。それは静寂に慣れていないからだと感じる。それは物理的な静寂のみならず、精神的な静寂もいえる。誰かと食事をしたり、遊んでいる際の僅かな静寂に耐えられないといったことはないだろうか? 部屋の中で誰かと共に過ごしている最中、言葉がないと気まずさを感じたことはないだろうか?
静寂は、一つの信頼関係に感じる。それは誰かと築かれるものかもしれないし、何かの作品を前に見たり、考えたりしながら己を省みたり思考に更けた結果であるかもしれない。そして、自身を信じること、慈しむことができる場所であるかもしれない。
一瞬でも集中し、五感を澄ませることは季節を感じることと同じだ。そして、筋肉を意識することは鼓動を感じることと同じだ。それは酷く素晴らしいことのように思えてならない。
そう考えると、静寂に慣れることは、自身を肯定するための第一歩なのかもしれない。
遊歩道
遊歩道に敷詰められた土のタイルは影を染み込ませ
天から舞い降りました花弁をヒラリヒラリと飾りました
それで暖かさを感じるのかと問いますも、そうではないのです
ただ地上に立つ眼球が儚さの
遊歩道に敷詰められた土のタイルは陽光を染み込ませ
天から降りて参りました雨粒をポトリポトリと飲みました
それで渇きは癒やせるのかと問いますも、そうではないのです
ただ地上に立つ左肩が冷たく感じるだけなのです
遊歩道に敷詰められた土のタイルは影を染み込ませ
天から舞い降りました
それで彼を励ませるのかと問いますも、そうではないのです
ただ地上に立つ指先が羽根の硬さに驚くだけなのです
遊歩道に敷詰められた土のタイルは陽光を染み込ませ
天から舞い降りました初雪をフワリフワリと息吐きました
それで凍えて眠るのかと問いますも、そうではないのです
ただ地上に立つ足元に零した涙を隠してしまえるだけなのです
プラスティックを裂いている
焦燥から舌を出したのは如何にも衝動的で
何処か道化じみている余りに無駄足のよう
いつから感じているのか思い出せない
鼻の奥の痺れは視神経さえも刺激する
何を訊ねたかったのか考える日々の刹那は
何処か滞っていて世界は曇った鈍色の空だ
仰ぎ見ようとして残そうと抗っている
感傷を有機物に造形したくはないんだ
罪悪感は一つ二つと増えていくから苛立たしくて
勝手に溢れてくる吐き気の名を拒絶したくて
無遠慮なまでの拳を見つめながら血の色を考えた
ああ、誰でも構わないから聞いてくれと縋れない
脆弱な自尊心は余りにも傲慢で鳥肌が立つよ
ああ、窓は開いているのに外気は忘失されている