製紙工場付近
製紙工場が吐き出す煙を眺めながら、俺は薄汚れた遊覧船に乗る
デッキに立つには曇りきった外は腐臭めいた風に嬲 られ滲むことすらままならない
(問い掛けるには息苦しくて耐えきれぬ嫌悪の咳と脊椎の歪み…!)
今にも雨が降り出しそうだというのに悴 んだ指は悪寒ばかり与え体温が微熱めく
デッキに立つには曇りきった外は腐臭めいた風に
(問い掛けるには息苦しくて耐えきれぬ嫌悪の咳と脊椎の歪み…!)
今にも雨が降り出しそうだというのに
東京タワー
見上げなければ低くさは感じないんだ
見下ろさなければ全て等身大なもので
展望台で土産ばかり選ぶも変わらない
言ってみろよ、何が小さく見えるのか
言ってみろよ、何を探そうとするのか
昼の東京タワーは太陽に近いくせに寒くてさ
夜の東京タワーは月光が届くくせに暗くてさ
そして俺はどうしようもない高所恐怖症でさ
停留所
日がな一日バスを待っていた休日は
指を悴 ませ、雪を好 く飲ませた
マフラーは重く既に意味をなさず
塗装の剥 げたベンチの片脚が不安定だった
雪道を自転車がベルを鳴らし走り抜ける
詰め襟の少年達の息は既に無色で外套 を着ない
空は鉛というには陰鬱ではなく眩し過ぎた
反面、車の排ガスが散歩中の犬の瞳を曇らせる
指を
マフラーは重く既に意味をなさず
塗装の
雪道を自転車がベルを鳴らし走り抜ける
詰め襟の少年達の息は既に無色で
空は鉛というには陰鬱ではなく眩し過ぎた
反面、車の排ガスが散歩中の犬の瞳を曇らせる
路地裏の手記
セルフ写真に二本の指、拡げて伸びた姿が素敵ですね
僕の眉間にはホラ、もうずっと皺なんかが寄っていて
情けないね、だから笑って誤魔化そうとしているんです
ゲラゲラ、ゲラゲラ、品がないけど愛想は宜しくしたくって
よくね、しわくちゃのメモとボールペンを持ち歩くんですよ
携帯ではどうにも入力が遅くて慣れないのかな、困ってしまって
人目は気になるけれども通り過ぎるんだから無関心ってわけで
つまり、僕が何を書いているのか何て誰も知らないんですよ
大通りでは誰かが白い腕輪をつけてみたり、募金したり
たまに黄色いTシャツ着たりして大型テレビを眺めてます
けれどもね、向こうから杖を突いてぎこちない足取りの男が一人
隣にいた誰かが「見た見た?」と薄笑いで呟いたのを聞きました
僕は今日も飽きずにメモとボールペンを持ち歩いて書くんです
何だかもう透明人間の気分ですが石はぶつけられたりします
だからね、嗚呼、僕は生きているんだなって感慨に更けて
誰も救われないでたらめな詩を書き殴るんです、無力で良いんです
僕の眉間にはホラ、もうずっと皺なんかが寄っていて
情けないね、だから笑って誤魔化そうとしているんです
ゲラゲラ、ゲラゲラ、品がないけど愛想は宜しくしたくって
よくね、しわくちゃのメモとボールペンを持ち歩くんですよ
携帯ではどうにも入力が遅くて慣れないのかな、困ってしまって
人目は気になるけれども通り過ぎるんだから無関心ってわけで
つまり、僕が何を書いているのか何て誰も知らないんですよ
大通りでは誰かが白い腕輪をつけてみたり、募金したり
たまに黄色いTシャツ着たりして大型テレビを眺めてます
けれどもね、向こうから杖を突いてぎこちない足取りの男が一人
隣にいた誰かが「見た見た?」と薄笑いで呟いたのを聞きました
僕は今日も飽きずにメモとボールペンを持ち歩いて書くんです
何だかもう透明人間の気分ですが石はぶつけられたりします
だからね、嗚呼、僕は生きているんだなって感慨に更けて
誰も救われないでたらめな詩を書き殴るんです、無力で良いんです
銭湯の唄
煙突は煤 と木皮を焦がす匂いを乗せて
湯を色づかせては団欒の声に耳を澄ます
さぁさぁ、お出でと手招きしながら
笑い声に耳を澄ませ泡風船の拍手を送る
番頭では見知らぬ誰かが「寒いですね」と声かけた
湯を色づかせては団欒の声に耳を澄ます
さぁさぁ、お出でと手招きしながら
笑い声に耳を澄ませ泡風船の拍手を送る
番頭では見知らぬ誰かが「寒いですね」と声かけた
預かり授かったのは
ぎこちなくではあるが母の乳房を押す乳児は
実に規律良く且つ無心に顔を埋 ませる
その頭に手を添える女の表情は無私であり
ターコイズを纏った褪せた油絵のようであった
傍 らで足を組み静観する俺の視線は矮小 たる
その脆弱な細く柔らかな体に怖々 と触れ
どうしてこんなものを扱えるのかと母を尊んだ
実に規律良く且つ無心に顔を
その頭に手を添える女の表情は無私であり
ターコイズを纏った褪せた油絵のようであった
その脆弱な細く柔らかな体に
どうしてこんなものを扱えるのかと母を尊んだ
無条件定理
いつもの時間に起きて、慌てて納豆を乗せた朝飯を掻き込み、味噌汁で押し流す。外に出ると、まだ上着が必要な程度に寒かった。けれども、寒さを感じているのは俺だけなのかもしれない。マウンテンバイクに跨 りながら、手に防寒用の軍手を嵌 めた。
そもそも、冗談かと思っていた。今更ながら、中卒で人生の学歴が終わるとは思いもよらなかった。確かに、中卒で良いと言ったのは俺自身ではあったし、両親も担任も俺を説得しようと何度も咎 めた。だが、最終的にはどちらも折れた。そして俺は就職を選んだ。だが、その就職先が問題だった。嗚呼、軍手越しだというのに、ハンドルを握ると潰れた豆が痛い。
「なぁんで高校行かなかったのぉ?」
入社して一月が過ぎ、歓迎会を夜に控えた昼休み、外のベンチでスーパーの幕の内弁当を突いていると、近所のスーパーで買い物をしてきたのであろう、職場のおばちゃんが声を掛けてきた。
「まぁ、色々とあって……」
勉強も鬱陶しい人間関係も嫌だったんですよ――といった本音は社会を渡るには必要ない。俺は日本人らしく曖昧に笑った。
「色々ってぇ……どうせ、中学の時は不良だったんだろう?」
呆れたように息を吐き出すと、おばちゃんは詰まりに詰まったスーパーの袋をベンチに置いた。近寄った時に嗅いだおばちゃんの息からは、化粧品の香料と珈琲 が混ざった匂いがした。強烈だった。
「隠しているんだろうけど、分かるんだよねぇ……。そんなに茶っこい髪しちゃってさぁ」
煩 い。黙れ。嗚呼、箸で目玉を突き刺してやりてぇ……けれども、やはり俺は本音を言わない。髪が茶色で悪いか。今日日の高校生の頭髪だって俺とはそう変わらないだろう。
苛立ちを嚥下 するように、俺は黙々と米を咀嚼 した。ヒレカツを咀嚼した。鮭の照り焼きを咀嚼した。途中で烏龍茶も飲んだ。それでも、愛想笑いと頷いているのかどうかも分からない相槌のようなものも返しておく。それだけで、中学の俺とは違う気がする。例え高校へ進学したとしても、多分、俺はこうならなかった。そんな気もする。
「全く……ご両親も先生も止めなかったのかねぇ……」
嗚呼……! 本気で目玉を突き刺してぇ……!!
「――ははは……どちらからも止められたんですけど、俺の方が強情だったんですよー」
半分は真実、半分は軟派に軽く返す。おばちゃんは「それじゃあ、早く親孝行しないとねぇ……」と、俺にはよく分からない理屈を言うと、今度は「あらぁー! 早く冷蔵庫に入れないとー!!」と慌ててスーパーの袋を抱えて駆け出した。俺はおばちゃんの後ろ姿を眺めながら、残りの弁当を口に押し込み、全ての苛立ちをぶつけるかのように割り箸をへし折った。全く、人生って奴は思い通りにはいかない。
午後になると、今度は別のおばちゃんに怒鳴られながら、俺はリッターで入っている業務用のワックスを手に、無言で床を拭いた。窓を磨き、ポンコツロボットのような無駄に幅を取るが、パワーのある掃除機を振り回し、飛び散った残尿を拭き取る。卒業してからは毎日がこの繰り返しだった。
***
帰り道、国道沿いの本屋に寄り、一通り立ち読みをし尽くした後、俺は購読しているファッション誌を手に取りレジへと向かった。レジにいた少し性格がきつそうな、秋葉原系の男は、俺の手を見るなり眉を寄せ歪 に営業スマイルを浮かべた。豆だらけで炎症を起こしているの男の手がそんなに珍しいのか、それともそんな手で商品を触るなと言いたいのか――もしかしたら両方なのかもしれないが、とにかく不快だった。お前みたいなダサイ眼鏡の方が余程酷いだろう――胸中で小さく呟きながら、せめともの報復にと、釣り銭とレシートを乱暴に受け取った。
嗚呼、そうさ。どうせ中卒だとロクな就職先はないさ。手取りだって十万切ってるさ。ついでに今の職場は福利厚生もなってないさ。どうせ国民保険だよ――これではやっかみじゃあないかと、己の程度の低さに恥じながらも、一度始まった暴走を止められずに俺は文句を並べ立てた。掃除夫なんて、床や窓を磨けても他を磨けないのだからどうしようもない。
本当は、漫画や小説の世界のように、何処かの工場で黙々と部品を作り続けていたかったのに。只、孤独の多い場所にいたかっただけなのに――全く、人生は上手くいかない。こんな事は、数ある数学の定理にもなかったというのにだ。
しかし、一番思い通りにならないのは俺自身だ。仕事自体は嫌いではない。
そもそも、冗談かと思っていた。今更ながら、中卒で人生の学歴が終わるとは思いもよらなかった。確かに、中卒で良いと言ったのは俺自身ではあったし、両親も担任も俺を説得しようと何度も
「なぁんで高校行かなかったのぉ?」
入社して一月が過ぎ、歓迎会を夜に控えた昼休み、外のベンチでスーパーの幕の内弁当を突いていると、近所のスーパーで買い物をしてきたのであろう、職場のおばちゃんが声を掛けてきた。
「まぁ、色々とあって……」
勉強も鬱陶しい人間関係も嫌だったんですよ――といった本音は社会を渡るには必要ない。俺は日本人らしく曖昧に笑った。
「色々ってぇ……どうせ、中学の時は不良だったんだろう?」
呆れたように息を吐き出すと、おばちゃんは詰まりに詰まったスーパーの袋をベンチに置いた。近寄った時に嗅いだおばちゃんの息からは、化粧品の香料と
「隠しているんだろうけど、分かるんだよねぇ……。そんなに茶っこい髪しちゃってさぁ」
苛立ちを
「全く……ご両親も先生も止めなかったのかねぇ……」
嗚呼……! 本気で目玉を突き刺してぇ……!!
「――ははは……どちらからも止められたんですけど、俺の方が強情だったんですよー」
半分は真実、半分は軟派に軽く返す。おばちゃんは「それじゃあ、早く親孝行しないとねぇ……」と、俺にはよく分からない理屈を言うと、今度は「あらぁー! 早く冷蔵庫に入れないとー!!」と慌ててスーパーの袋を抱えて駆け出した。俺はおばちゃんの後ろ姿を眺めながら、残りの弁当を口に押し込み、全ての苛立ちをぶつけるかのように割り箸をへし折った。全く、人生って奴は思い通りにはいかない。
午後になると、今度は別のおばちゃんに怒鳴られながら、俺はリッターで入っている業務用のワックスを手に、無言で床を拭いた。窓を磨き、ポンコツロボットのような無駄に幅を取るが、パワーのある掃除機を振り回し、飛び散った残尿を拭き取る。卒業してからは毎日がこの繰り返しだった。
***
嗚呼、そうさ。どうせ中卒だとロクな就職先はないさ。手取りだって十万切ってるさ。ついでに今の職場は福利厚生もなってないさ。どうせ国民保険だよ――これではやっかみじゃあないかと、己の程度の低さに恥じながらも、一度始まった暴走を止められずに俺は文句を並べ立てた。掃除夫なんて、床や窓を磨けても他を磨けないのだからどうしようもない。
本当は、漫画や小説の世界のように、何処かの工場で黙々と部品を作り続けていたかったのに。只、孤独の多い場所にいたかっただけなのに――全く、人生は上手くいかない。こんな事は、数ある数学の定理にもなかったというのにだ。
しかし、一番思い通りにならないのは俺自身だ。仕事自体は嫌いではない。
ある休日に-3.特別な夜-
新品のシャンプーボトルを押す
ビニール包装を乱雑に破き
浴槽に湯を張りシャボン液を混ぜた
猫の匂いが染みついた毛布を被る
ソファーに足を投げ出しながら
セピアのサイレントムービーを鑑賞した
スモークチーズの塊を指で崩す
皿の上にはレタスではなくキャベツが
凪 いだ風を地震が小さくノックした
最後は老朽化したベランダに凭 れながら
浮いた錆びを飲み込む苔の絨毯に拍手を
夜目が利かない梟の嗄れ声に含み笑いを
――誰とも語り合わない、完結した夜
ビニール包装を乱雑に破き
浴槽に湯を張りシャボン液を混ぜた
猫の匂いが染みついた毛布を被る
ソファーに足を投げ出しながら
セピアのサイレントムービーを鑑賞した
スモークチーズの塊を指で崩す
皿の上にはレタスではなくキャベツが
最後は老朽化したベランダに
浮いた錆びを飲み込む苔の絨毯に拍手を
夜目が利かない梟の嗄れ声に含み笑いを
――誰とも語り合わない、完結した夜