半脊椎-Spineless fish Side- -3ページ目

ある休日に-2.特別な昼-

タラ糸撚鯛イトヨリダイ製のカニサラダを頬張る
薄いインスタントコーヒーを飲み
ソテーではない人参がつけあわせだった


延滞している本を三時間かけて読む
誰かの挨拶と内緒話が横切ると
ドアのカウベルが木霊こだましやがては止んだ


端がほどけた栞紐を指で伸ばし僅かに擦る
ページではなく割れた爪をめく
誤魔化すように頬杖をつき時計を見つめた


最後は小さな紙袋を片手に抱えながら
携帯を溝川どぶがわに落とす振りをして拍手を
電柱に残された果物の皮に含み笑いを





――誰とも擦れ違わない、完結した昼

ある休日に-1.特別な朝-

散乱させた地図を片づけて朝の光を浴びる
曇った窓硝子を指で辿って少し濡らして
滴が垂直に流れそうになるのを見た


電気コードと絡まりながら掃除機の音を聞く
埃を焼き払うヒーターのファンがうるさくて
トースターは焦げ臭いパンを吐き出した


スプーンを使いフォークで切り分ける
ミルクではなくスープを飲み干し
テレビで見知らぬ顔写真を眺めたりした


最後は腐臭が漂う集積所を横切りながら
途切れ途切れる犬の散歩の行列に拍手を
整列するランドセルの行進に含み笑いを





――誰とも見つめ合わない、完結した朝

人肌で虫を暖める

藪の中で見る足首は、まるで冬眠している虫の寝床のようなのだよ

そうそう、ミケランジェロが削ったダヴィデの滑らかな筋肉のよう

もしくはミロのヴィーナスの乳房の柔らかさに似ているのかもしれない

虫達が求める暖かさは人の温度とは全く異なるものではあるのだろうが


天国願望

天国ってぇものがあるのなら、俺は昼寝もしないんだ
天国ってぇものがあるのなら、俺もデクノバウになるってさぁ


ァアアアァァア…… この両手を持ち上げるのもどれだけ軽いんさぁなぁ……


天国ってぇものがあるのなら、俺は昼寝もしないんだ
天国ってぇものがあるのなら、俺もデクノバウになるってさぁ


ァアアアァァア…… 日向ひなたに置いた枕の匂いが甘くってぇ困っちまうなぁ……


結晶化カリウム

何度も踏み潰した屑、吐きつけたのは唾

反射したのは太陽ではなく、雨粒ですらない

粘性を持った体液、混ざり合って影を形成

新品のエナメル靴を履く少女が、爪先で突いた


髪の毛と蟀谷の間を

意思のない指は既視感に揺れ
偏食じみてフォークでレタスを刺す

焦燥感を吐き出しながら
塩気ないキャットフードの缶詰を開封

(スパナは何処にしまったかしら?)


夜中のストリップ劇場は静寂
屋内では男女が二酸化炭素で心中する

喪失感に歯を鳴らしては
地下茎を掘り起こしては維管束を採取

(シンナースプレーを潰さなくては!)



鉄筋の町、片隅を爪先で蹴れば
誰が振り向いて誰が声を荒げるだろう――?



糖分過多の禍々しい色素
音を立てて咬みながら誰も膨らませない

いつの間にか見失ったから
ペットボトルキャップで眼を塞いでみたよ

(ガムテープで補強しようかしら?)

水が流れる場所

水を一口飲めば鳩尾みぞおちの場所が分かるのだから嫌になる
徹夜明けの午前は何処か微睡まどろんでいるから欠伸あくびが出た


退屈をしのぎたいのなら、ショパンなんてどうだろう?
思い出にしたいのなら、シューマンでもどうだろう?


ベランダから見下ろせばリード付きの犬がワルツ踊る
猫はセロをせがみながら自身の尻尾を囓って暴れ出す


俺はというと何年も動物を抱いていないことに気付き
道理で寒いはずだと両腕をさするとシクと胃が痛んだ



ラブシュタイン

好きって奴の正体を曇天が不穏な電波に乗せてきた。

それは苺を愛して止まない舌舐りする少女のようなものだ。

それは虫の腹にピンを刺す収集癖の少年のようなものだ。

消化した食物を掻き回して吐瀉物にする女のようなものだ。

酒に飲まれては絶望を浴びたがる男のようなものだ。

そして、アインシュタインの脳片をフォルマリン漬けにする博士のようなものだ。

遠景の除雪行為

排水溝に湯を流すように言われた日は
膝上まで雪が積もった翌日で指は冷たかった
早過ぎる降雪は空を少し明るくし
蒼白となった表情を和らげるのに躍如した


夏に熊の足跡が見つかった山のふもと
盆地状となった土地柄が災いしてか酷く冷え
水分を含みながら凍結した雪が電線を圧迫
恩恵を受けた数世帯が停電し暖を取れずに震えた


スタッドレスタイヤは既に意味をなさず
わだちはまっては電信柱と接近しては誰かと行き違う
自転車はガタガタと背を揺らすとやがて倒れた


落ちた手を黒いブーツが踏み留まり会釈をし
「今日は寒いですね」と鼻を赤くしながら微笑
除雪に精を出す俺は遠巻きで痺れた鼓膜をつついた

天体観測

新聞紙を拡げて、その上に寝転んで星を見た
背中越しに伝わる砂利が肉を挟み、体温を奪っていく


誰かに笑顔を手向たむけよう
   (誰に手向けるというのだろう?)


誰かに両腕を捧げよう
   (誰に届けるというのだろう?)


一等星の輝きはどれなのか、指で辿り探った
やがて一番星、二番星と呼びかけるだけとなっていた


誰かの後ろ姿を見つけよう
   (誰の背を見つけたいというのだろう?)


誰かの声に耳を澄ませよう
   (誰の声を聞きたいというのだろう?)


息を吐けば白濁した熱が、視界を遮り冷気を消す
巡る空は変様を気づかせず、俺はしばし北極星を指す