年末の大掃除の時に発見した学生時代の卒業文集、その最後に恩師からの言葉が書かれていました
「落ちこぼれは存在しない」
卒業した時はそれほど気にしていなかった言葉ですが、今大人になったからこそ、この言葉の持つ意味がわかる気がします
この言葉は恩師の口癖の一つで、よく学生時代も言っていたことを覚えています。
「落ちこぼれという言葉は他人が勝手に人を枠に押し込んでしまう行為、本来誰でも様々な可能性を持っている、それを他人が勝手に限界を決めてしまいレッテルを張るからこんな言葉が生まれるのです。」
もちろん人には得て不得手がありますが、人には個性があるように、それぞれの才能が必ずある、画一的に物事を見るとその人の一つの面しか見えず、全体はわからない、だからこそ一面だけで人を落ちこぼれと判断してしまうこともある。
大事なのは「落ちこぼれ」と言われても納得しない反骨精神を持つことだと恩師は言っていました。
努力は必ず結果をもたらすわけではありません、しかし、その時結果が出なかったとしても長い人生その時の努力は必ず役に立つ時がある。
今は芽が出なくても、将来大樹のように大きく育つ可能性もある
もし、「落ちこぼれ」と他人から言われたら、受け入れることは絶対にせず地道な努力を続けることだけは忘れないように、今ダメでも「大器晩成」を目指すこと。
そんな恩師の言葉を文集を読みながら思い出していました。
人の才能は他人が決めるのではない、可能性は誰にでもあり、そして無限に広がっている。
「落ちこぼれは存在しない」
他人を下に見ず、そして自分の可能性は無限にあると信じて努力することが素敵な大人になるということなのかもしれません。
成人式の前にそんなことを考えていた一日でした。
まだまだ私も立派な大人になっていません、新たにこの恩師の言葉を胸に秘めて生きていきたいと思います。