貝塚市に善兵衛ランドというものがあるのだとか,,,
左の欄の③ですね。
wikiによれば
現在の大阪府貝塚市脇浜新町の商人(魚屋)の家に生まれた。眼鏡の玉磨きを家業として独立し、自然科学に興味を持ち易学者・皆川淇園などと交流した。渡来品の研究を行い寛政2年(1790年)頃、望遠鏡を作り評判を得た。その後も望遠鏡を製作し、多くの天文学者、大名に用いられた。岩橋家はその後4代にわたり望遠鏡を製作した。
業績
自らレンズを磨いて製作した望遠鏡は当時の日本の天文学者・高橋至時や間重富に用いられたほか、大名たちにも用いられた。ほかに、太陽、月、星の運行を観測し、干満を計算する「平天儀」を製作し、『平天儀圖解』を著した。
貝塚市には貝塚市立善兵衛ランドが設立されている。
,,,とのこと
善兵衛ランドのHPを見ると、
独自のアイディアで様々な望遠鏡を製作し続けました。
紙を幾重にも巻き漆を塗った一閑張望遠鏡や竹筒の望遠鏡など、舶来品に優るとも劣らぬ望遠鏡を作りました。当時の日本で自らレンズを磨き望遠鏡の製作を専業としていたのは善兵衛だけで、性能や製作数も他の職人を圧倒していました。
寛政改暦では徳川幕府の天文方に用いられたのをはじめ、日本地図作成時には伊能忠敬にも用いられ紀伊和歌山の徳川家、近江彦根の井伊家、播磨明石の松平家など諸大名や江戸、大阪、京都の学者から天体観測用や軍事・航海目的のため需用が高まりました。
また月の満ち欠けや星の位置や大阪湾の潮の干満を読み取るオリジナル星座早見盤(平天儀)を作成し江戸時代の日本の自然科学や天文学の発展に貢献しました。善兵衛の望遠鏡やこれらの観測機器や解説書は大阪府の有形文化財・歴史資料に指定されています。
,,,とのこと
ちなみに試験問題の橘 南谿を調べると、
寛政5年7月20日(1793年8月26日)、南谿と親交のあった岩橋善兵衛が製作に成功した望遠鏡を用いて、月や木星(歳星)、土星(鎮星)などの天体を見る集まりが催された。善兵衛、南谿を含む13名が南谿邸に集ったこの催しは『望遠鏡観諸曜記』にその記録が残されており、日本初の天体観望会とされる
とあります。
































