くにたち蟄居日記 -117ページ目

ボーナス その2 賞与という言葉

 ボーナスは日本語では賞与と言われる。
 
 「与」という言葉だが、一体だれが「与えている」のかというと、これは会社である。つまり賞与とは会社が従業員に対して「与えている」という意味だ。
 
 ボーナスは会社の業績に連動することがしばしばである。会社の業績が良かった場合に、残った利益の一部を従業員に「与える」という意味だ。
 
 「与える」という言葉には敏感であるべきだと思う。与えるかどうかは与える人の専権事項であり、与えないこともオプションとしてあるからだ。
 
 「与える」会社とは、まさに その「与える」という行為を通じて、「与えられる人」を支配する面がある。モースの贈与論ではないが、人間は「与えられること」に対して、「支配されている」感覚を持つ。知り合いなりから、過分の贈り物を貰った際には、なんらかの「圧迫感」を覚えることがあるが、それは 贈り主から「支配された」感覚があるからではないか。
 
 そう考えると「賞与」とは 会社が従業員を支配する為の政策であると考えることも出来る。おそらくは、資本主義以前から、かような「賞与」は有ったろう。
 
 勲章、表彰などもみなそうだ。表彰とは「表彰する人」と「表彰される人」との間の絶対的な上下関係を大前提としている。
 
 国家が表彰してくれると嬉しいものだろうが、それは国家が自分達(自分だけではなく、他人も含めて)の上部組織として君臨しているからである。自分と国家との距離感の中で「表彰」の価値を意識するはずだ。
 例えば、隣に住んでいる人が、いきなり表彰状を持ってきたら、むっとするのではないか。それは隣人は自分の上に居るべき人ではないからだ。
 
 というようなことを国家は分かっているから「表彰」をするわけだろう。「賞与」という言葉を使う会社もきっと大なり小なり同じ感覚があるはずだ。
 
 
 
 

ボーナスの時期はなんで夏と冬なのか

 12月はボーナス商戦である。ボーナスが出ると、人は、消費に走る。それをあてにした商戦ということだ。
 
 本当だろうか?
 
 僕がふと思ったのは、こうである。そもそも年末とは正月という「お祭り」の前に現出した「ハレ」の時間帯であり、従い 消費=浪費=蕩尽が、そもそも義務付けられている時期である。その時期に合わせてボーナスを出すように、後から決まったのではなかろうかと。
 
 つまり、「ボーナスが出る時期から消費する」 ではなく、「消費する時期だから、ボーナスをこの時期に出すことにした」ということではないか。
 
 夏のボーナスも、夏祭りという行事という時期によって後から決められたものではないか。
 
 僕は思うのだが、会社の制度も、そのかなりの部分が人類学であるとか民俗学等で解明出来る部分があるのではないか。

雑誌「世界」 2011年 1月号

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田原牧の「無知の怖さ」を興味深く読んだ。

 この記事は外事警察機密文書流出によって露見した日本の外事警察の在日イスラム教徒への監視に関する話だ。ここで説明される日本はイスラムへの無知と敵視を持った国である。

 9.11以来、イスラムに対するイメージが日本で悪くなったことは事実だろう。かつ、そもそも日本にはイスラム教徒が非常に少なく、日本人がイスラムに触れる機会も殆どない。イスラム教徒が世界で20億人弱存在しているという世界に対する決定的な理解不足の一つだ。
 現在インドネシアに在住している僕にしても、こちらに来る前はイスラム教徒に対しては漠然とした薄気味悪さを感じていた点は正直に認める。あの頃、近所にイスラム教徒がいたら、ちょっと怖いと思ったに違いない。

 インドネシアに来ると、周囲は大半がイスラム教徒だ。改めて、彼らを見ていると、穏健で敬虔な人たちがあることが分かってきた。朝早起きをしてお祈りを上げ、断食月には日中つばきも飲み込まないという自制心には感心するしかない。豚肉が食べられないのはちょっと不幸だとは思うが、お酒も基本的には飲まないという姿は、どちらかというと飲兵衛である僕にしては羨ましい一面でもある。

 そのようにして、若干ながらもイスラム体験を持ってみると、本記事に見られるイスラムへの敵視には首を傾げてしまう。

 仕事でインドネシアから中東に行く機会も多い。中東の人は親日家である。サウジアラビアのツナ缶の最大手ブランドが日系ブランドであることを知っている人も少ないと思うが、事実である。そんな親日感情に水を差すようなことを日本の官僚がやっているとしたら、まさに国益を棄損することになるという記者の見解には僕も同意する次第だ。

最初の環境危機

 
 「 世界史における最初の環境危機は、メソポタミアの灌漑農耕において生じ、
 
  それは砂漠化に帰結している。
 
  同じことがインダス文明にも黄河文明にも生じた。
 
  これは、人間を収奪する組織(国家)が同時に自然(土壌)を収奪する組織であるという
 
  ことの最初の例である。 」
 
 
                                 --  「世界史の構造」 柄谷行人 32頁  --
 
 人間は自然の一部である以上、人間が自然を破壊したとしても、それを自然破壊と呼ぶのだろうか。例えば地中の微生物が色々なものを分解することを自然破壊と呼ばない事と、 どのような整合性があるのだろうか。
 
 そもそも「破壊」とは何を意味するのだろうかと考え込んでしまう。僕の住んでいるインドネシアでは火山も多いが、噴火が山林を焼き尽くす場面を見ても、それを自然破壊とは呼ばないような気がする。同じことを焼畑農業がやった場合には時として自然破壊と呼ぶに違いない。
 
 僕らは今の地球の状態を「大前提」としている。そうして、その「大前提」をどうやって保全するのかということに注力しているのではなかろうか。
 かつて地球は星全体が凍りついたスノーボールという時代もあったと聞く。逆に非常に熱い時代もあったのかもしれない。従い、今のこの瞬間の状態も、また、過渡期の一つなのだと僕は思う。但し、今の「過渡期」が僕らにとって生存しやすいから、保全したいのだろう。これはつまり人間が自分を地球のオーナーだと思っているからに他ならない。それは厳密に言うと、やはり傲慢ということにはならないだろうか。
 
 地球温暖化が進めば、熱帯や亜熱帯の動植物は喜ぶに違いない。インドネシアの風景を思いながら、ふと考えたことだ。
 
 

「里山」という言葉

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 「里山」という言葉がある。
 
 僕の住んでいた国立にも里山と呼ばれる場所がある。多摩川に近い方で、ちょっとした雑木林と湧き水がある場所だ。青大将もいるし、オニヤンマも飛んでいる。休日にたまに自転車で出かけたものだ。湧き水に足を浸して、蝉の音を聞いていると、心が休まる。これが里山の効果なのだろうかと思ったものだ。
 
 
 但し、考えてみると、かような風景は日本では、まだまだ普通の風景であるのではないか。
インドネシアを往復する際に乗る鉄道の車窓風景でも、似たような里山をいくつか見た際に、そう思った。
 
 そう考えてみると「里山」という言葉は東京であるとか大阪であるとか、日本の限られた地域で語られている言葉なのではないだろうかという気がしてきた。
 
 夏に四国の仁淀川に遊んだことがある。まだ 5年くらい前のことだ。
 
 夏の朝は、草いきれの中を近くの神社まで散歩し、午後は仁淀川で泳ぎ、夕焼けを背にして、静かな村道を帰宅する。周囲はまぎれもなく里山風景だった。あの場所で「里山」という言葉は果たして使われているのだろうか。

「かみさまへのてがみ」 

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 高校時代に好きだった女の子が 僕の誕生日に贈ってくれた本である。

 嬉しくて 訳が谷川俊太郎であったことに気がつくのに数年かかったような記憶がある。敢えて言うなら この本の手柄は かみさまに手紙を出した子供たちであり 谷川俊太郎が詩人として特別な訳をしているわけではないと思う。

 子供たちがかみさまに出した手紙の内容は 子供らしい正直な内容で それを大人が読むとどきっとするという仕掛けになっているわけだ。自分も昔は子供であった癖に それを僕らは忘れがちだ。
 当時の自由な考え方は その後「大人になる」という美名の下に 喪われてしまい こうやって改めて読むと 自分が喪ってきたものが解るのだと思う。


 ところで 貰った本自体は今は手元にない。結婚であるとか 海外転勤であるとかの際に無くしてしまったのだろうか。それも「喪ったもの」になってしまった。

ひざまずくべき相手を

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「 自由の身になった人間にとって、ひざまずくべき相手を少しでも早く探し出そうとすることぐらい、
 
  たえまない心労はない。
 
  しかし人間というものは、ひざまずくべき相手を常に求めている。
 
  それも申し分のない、すべての人間がいっせいに膝を折ることができる、そんな文句なしの相手だ。」
 
 
                                     -- 「カラマーゾフの兄弟 2」 271頁 --
 
 なんでひざまずくべき相手が必要になるのだろうか。それを考えさせられる。
 
 自由というものは、実は本当に重いものなのだろう。僕らは自らが自由であることを望んでいる気がしている。但し「自らに由る」とは、本来怖ろしいくらい孤独な作業なのだ。その孤独さに耐えることが、人間には出来るのだろうか。
 
 動物に「孤独」というものもあるまい。彼らはそれゆえ、ある意味では本当に自由なのかもしれない。動物園に囲われている動物は 自分達が不自由だと思っていないのではないだろうか。

「 カラマーゾフの兄弟 5 」

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 本巻の著者は訳者の亀山郁夫である。

 本巻に亀山が書き下ろしているドストエフスキーの生涯と、「カラマーゾフの兄弟」の解題は質量共に圧倒的だ。普通の「訳者のあとがき」を凌駕した内容となっている。

 解題で描き出される圧倒的なディテールには正直溜息が出た。今回、初めてカラマーゾフを読んだ者として、話の展開にすっかり魅了され、かような細部を味わう余裕などどこにも無かった。とにかく頁をめくることばかりに追い立てられて物語を追ってきた僕がいかに細部に無頓着であったかを痛感されたのが解題であった。逆に言うと、これだけの巨大な小説にディテールを埋め込んで行ったドストエフスキーという方の天才ということなのだろう。

 とりあえず、これでカラマーゾフは一回は読んだ。昔、どこかで「本好きには二種類ある。カラマーゾフを読んだことがある本好きと、読んだことがない本好きと」と聞いたことがあった。ながらく後者だったので、今回漸く本書を読んでほっとしている反面、一回で読み取れるような本でないことも分かった。既に再読をいつしようかと考え始めているところだ。

「 カラマーゾフの兄弟 4 」

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 カラマーゾフとの 初めてで長い旅も本巻で大団円を迎えることになるのだが、結論的に言うと、寧ろ途方に暮れた。

 表面的には本書の第一のテーマである「フョードル殺しの犯人探し」という点に関しては、一応、真相らしきものは説明される。法廷での弁護士の論戦も含めて、犯罪小説としての本書は一応は完結していると言ってよい。
 
 但し、これが本当に「完結」なのだろうか。むしろ、最終巻になった段階で新しい暗示や謎が次々と提出され、それが未完のまま放り出された思いがした。著者は本書の続編を完全に視野に入れて本書を書いたとされているが、他ならぬ著者の死亡で、続編はついに書かれずに終わったしまった。残されたのは宙ずりのままの登場人物と、僕ら読者である。

 著者のドストエフスキーは無念の死だったに違いない。そうして、残された読者としての僕も無念だ。本書の続編を書かれず、従い、読まれないということは大きな損失になっている。そんな喪失感を強く覚えた。

N君へのメール

N君
  
 昨晩はバンドの大音響と多少の酔いもあって、僕として伝えたかった
ことが伝わらなかったかなと思っているので敢えてメールとする次第。
 
 今回「カラマーゾフの兄弟」を読んだことで(今日漸く読了した)
久しぶりに文学の力を思い知らされた。
 
 ちょっと言ったと思うが、今の日本の本屋に行くと新書だらけ。
新書は新書で実際に面白いし、役に立つ場面も多い。但し、そうは言っても
寿命が短い本が多いことも確か。百花繚乱の新書の中で、長い射程距離で
本を出しているのは中公新書くらいではないか。岩波新書にしても
はやりのテーマを取り上げた本が増えてきて、いささか情けない気がする。
その他の色々と出ている新書の本で10年後に残っていそうな本は
10~20%程度だと思う。50年後となると1~2%程度か?
 
 新書を読むことは(繰り返しになるが)役に立つとは思うのだが、
今回久しぶりに「文学」を読んでみて、「文学」の持つイメージ喚起力に
驚かされた次第。やはり「物語」の力ってものがあるのだね。
 
 組織においても、「新書的なメッセージの伝え方」と「文学的なメッセージの
伝え方」はある。例えば、ある経営者が言っていた「清く正しく美しく」
というメッセージは「文学的なメッセージ」だったと思うが、その文学性が
ある意味で新鮮だったような気が今になってする次第。それに比べると
「グローバル化」だとか「人材の多様化」というような最近の「経営呪文」は
「新書的なメッセージ」なので、何かそれ以上のものを喚起する面が欠けている。
 
 
 ということで、うん、仕事においても文学は役に立つような気がしてきた。
例えば客先との交渉においても、時として「物語」は重要だと思う。
 
 売買の当事者同士が、ある種の物語を共作していくようになると、その商売は
大体強い商売になっていける。売買の当事者は利益が相反することは言うまでもない
わけだが、相反する利益を超えたところで、共犯的に物語を作ることが出来る場面は
たまにある。そうなったときに感じる連帯感は心地よいものがある。カリスマ的な
営業マンとは、そんな物語作りが上手い人なのではないかな。
 
逆に言うと 「目先の利益に囚われる」という言葉は 「利益を超えたところでの
物語という視点を欠いている状態」をいうような気もするね。
 
 
くにたち蟄居日記 @バンコク