くにたち蟄居日記 -115ページ目

北方四島

 先週末のNHKスペシャルは北方四島関係であった。見ているうちに考え込んでしまった。
 
 初めて画像で見る北方四島は、完全にロシアの町である。ロシア政府が政策的に投資をしたからだろうが、予想以上に発展した姿には驚いた。取材した北方四島が真実の姿かどうかには留保は必要だろうが、ある種の衝撃を受けたことも確かだ。既に北方四島で産まれ育った来ているロシア人達がいるということを思い知らされた。
 
 番組で取り上げた今までの領土交渉経緯はそれなりに面白かった。歴史の綾、物事には時というものがあること等が窺いしれて勉強になった。
 但し、将来の領土問題を考える時に、既に実効支配されているという現実は、政治家の言説ではなく、例えば、画像で見た北方四島で遊んでいるロシアの子供達に表れている気がする。仮に、北方四島が日本に戻ってきた場合、島を追われるのは、今度はあの子たちなのかもしれないということだ。それに僕が同情を覚えてしまったとしたら、それが「実効支配」の意味だ。
 
 ある外務省OBは、領土問題は国の根幹だと言った。現段階ではそうかもしれない。但し、例えば国境というものが出来て何世紀たつのか。たかだか数百年程度ではなかろうか。ではこれから数百年後には「国境」であるとか、もっと言うと「国」というものが、今日と同じ姿なのだろうか。僕には分からない。
 
 北方四島が返還されたら、誰が住むのか。特例制度を設けて、産まれ育ったロシア人が住み続けるのか。それとも、ロシア人には移住して貰い、日本人が島に渡って住むのか。それとも無人島にするのか。
 
 そんなことも考えながら、つくづく、国とは一体何なのかを考えさせられた。
 

「はじめての宗教論 左巻」 佐藤 優

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 「はじめての宗教論」という題名だが、宗教論関係を「はじめて」読む人にとっては、本書は難解である。僕自身もそんな一人であるので、正直どこまで理解出来たのかは我ながら覚束ない。

 本書は煎じつめると、人間の自己絶対化の罠に気をつけようということなのだと思う。「自分とは何か」という極めて古典的なテーマを考えていく中で、キリスト教が変貌し、ナチスに辿り着いた歴史ということが粗筋だ。
 今の僕らにとって、ナチスとは昔の歴史であり、かつ理解出来ない狂気であるかもしれない。但し、それは現在から過去を振り返ることが出来るという特権を使っているだけだ。それでは現在の中に「新しいナチス」がひっそりと出てきていないかと考える批判的精神を僕らが持っているかどうかは非常に疑問である。

 例えば今の日本は格差社会と貧困社会が混ざり合っている。大学生の就職率を見てもにわかには信じられない程の低調さだ。

 日本は入場券社会だと思う。ある種の「クラブ」に入る事が大事であり、その「入場券」を獲得することが肝要である。運よく入場した後は、クラブの中だけで通用する言語を覚えれば、後は大体楽な人生が待っている。

 一方、入場出来なかった人は下手すると一生浮かばれない。しかも、その「入場出来ない人」が次第にマジョリティーになりつつある。
 新聞を読む限り、企業の業績の回復は目覚ましいが、それと雇用とは今やマッチしていない。むしろ雇用を犠牲にすることが経営者の良い判断だとすら言われかねない現状である。


 こういう社会が長続き出来るとは思えない。その中で、どこかに「新しいナチス」のような動きが出てくることはむしろ当然だ。それをきちんと察知出来るような知的体力を養成することが本書の目的ではなかろうか。僕は、そう本書を読んだ。

徒然草 第四十七段

 この段は以下の話だ。
 
 1 尼さんが歩きながら「くさめくさめ」と言い続けている。
 
 2 理由を良く聞いてみると、「自分の子供がくしゃみをしたときに、このようにおまじないをしないと
   死んでしまうと聞いた。今まさに子供がくしゃみしているかもしれないと思って、おまじないを
  続けているのだ」とのことだ。
 
 迷信を嗤うのは容易だが、親心というものが見えてほほえましい話だ。700年前の昔の人の親心は今と変わらない。いや、今より情が深いのかもしれない。
 

自分に分かる範囲などは そもそも狭いではないか。

 
 「 Keep a thing seven years and you will find a use for it 」
 
 使い道のわからないものも 7年とっておけば 何か使い道が見つかるものだ という意味だという。
 
 
 
 僕は個人的にはこういう考え方が好きである。物事や人の使い道等は直ぐに分かるものではないと思うからだ。
 
 「捨てる技術」というような言葉がはやった時期もあった。
 
 あれはあれで一つの考え方なのだとは思うが、「物事の使い道や善し悪しは私には分かるのだ」という基本的な傲慢さが、底流にあると思う。
 勿論、そのような傲慢さも時として必要だし、僕自身もそのような傲慢さを支えとして生きている面はある。
 
 但し、自分に分かる範囲などは、そもそも、狭いではないか。
 
 「自分に分かる範囲は狭い」と認識しておくことは、人生におけるエチケットの一つだと僕は常々思っている。自分に分からないものがあったら、狭量拙速な判断などせず、まず7年くらいは様子見をするくらいの度量は必要なのだろう。
   

「世界史の構造」  柄谷 行人

 大著であり、読み終わるのに一カ月程度掛かった。

 本書は4つの「交換様式」という新しい物差しで歴史と現代を測り直そうという試みであると読んだ。4つの内3つは既に実現したものだが、それを乗り越える4つ目の物差しを作り上げることが人類の新しい時代を作り上げるという主張だ。
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 何かを希望する事の基礎には必ず現実への絶望がある。著者も9.11以降からリーマンショックまでの7年間を基本的には「絶望」という切り口で総括したのだと僕は読んだ。ではその「絶望」から「希望」への脱出口はあるのか。著者は有ると信じている。そして、その脱出口を切り開く方法として、4つ目の物差し=新しい「交換様式」があるべきだと断定している。

 従い、本書を共感しながら読むに当たっては、まずはその著者の「絶望」に共感しなければならない。他人の絶望に共感することは簡単なようで実は大変難しいのだと思う。「ゆでガエル」という言葉がビジネスの世界で良く使われているが、それは、そもそもの人間の考え方の話だ。著者の絶望を共感出来ないような自分がいるとしたら、それは時代に流されているからかもしれないと考えることは本書を読む際の一つの姿勢なのかもしれない。

 僕自身は有る程度の「共感」を持つことは出来た。但し、著者の語る新しい「交換様式」に関しては、正直具体的なイメージが持てないままに終わった。
 これはまずは僕自身の知見の無さと不勉強であることは間違いない。本書くらい注を熱心に読んだことも希であった。
 但し、著者としても「これが4つ目の『交換様式』だ」と断言した部分も無かったのではなかろうか。これだけの大著なので再読してその個所を探すという作業もままならないが、やはりかような断言は無かったのではないかと、今この瞬間は思っている次第だ。これは著者を責めているわけでもなんでもない。その新しい「交換様式」を探していること自体が、現代の課題だからである。

「街場のメディア論」 内田 樹

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 内田樹という作者の本を読む機会が増えている。なにしろ強記の方であり、出される本の数もうなぎ昇りである。追いかける方も楽ではない。

 本書を読んでいて、改めて内田という方は「語り口」が上手だと認識した。「語られている内容」は非常に難しい話であるはずだが「語る口」の巧みさに読者は容易に誘導されてしまう。それが、内田という方の最大の特徴だ。

 一言で言うと「哲学や知」を、小難しい言葉から「解放する」という作業が内田の独創性なのだと思う。床屋談義という言葉があるが、内田が語るメディア論も、まさに床屋談義に近い「語り」ではないか。

 僕自身は哲学や思想の本を読了出来ず、挫折した経験は決して少なくない。その主因は「言葉」にある。とにかく使われている言葉が難しすぎる事が多い。これは勿論、不勉強な僕自身の問題だが、一方難しい言葉をわざと使う作者も結構いらっしゃるのではないかと思う。特殊な言葉で語り合う人たちが作り上げているクラブのようなものがそこにあるのではないか。「言葉」とは 「それを使う人たち」が 「それを使えない人たち」を排除するという一面はある。その言葉を知らないと僕らはクラブに入会出来ないわけだ。

 そこに内田という方は 「つけ入る隙」を見つけたのだと僕は思っている。内田が使う平易な言葉が知の象牙の塔を崩していると考えても良いではないか。

 それにしても、これだけ言われてしまったメディアはどう反論するのだろうか。それが最後の興味として残った点だ。是非とも、きちんとした反論なりを期待したい。内田という方はメディアを挑発している。是非、その挑発に乗って欲しい。

「村上春樹 雑文集」 

 
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 本書で一番懐かしいのは「風の歌を聴け」で群像新人賞を取った際のスピーチである。なぜ懐かしいかというと In pocketという文庫本雑誌の村上龍との対談の中で紹介されていたからだ。もう20年ほど前の雑誌だったと思う。

 このスピーチで、村上は「他人と違う何かを語りたければ、他人と違う言葉で語れ」というフィッツジェラルドの言葉を引用している。これが1979年の村上の29歳の言葉であることを考えると、非常に予言的であったことが、2011年の今に分かるというものだ。

 村上は「言葉」で勝負してきた作家である。村上の語る言葉は「他人と違う言葉」であったことは確かだ。「文体で勝負する」という話は確か当の「風の歌を聴け」の中でも出てきた記憶があるが、その自分の発言に対して、誠実に実行してきたことが村上の歴史なのだと思う。1979年から32年という永きに渡っていかに村上は「他人と違う言葉」で語ろうとしてきたのか。それを改めて、今回の収録を読んで思った次第だ。

「熊座の淡き星影」 ルキーノ・ヴィスコンティ

 
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 出張中にポータブルDVDプレーヤーで観た。画面が小さい点は難点だが、画面の小ささを忘れさせるくらいに、有る意味で息苦しいほどの迫力の映画である。

 姉弟の近親相姦の映画と言ってしまうと簡単になってしまうが、恐らくは、更に重層構造になっていると想像した。主人公の姉は、亡くなったその父への近親相姦的な愛情が多分有ったのではないかと思われるし、弟と その母親との関係も描かれていない分、想像を膨らませてしまうものがある。大きな物語である「父の死と母の再婚」という中での姉弟の近親相姦である点は深読みを誘うものがある。

 白黒画面が美しい。カラーだけが映画ではないと改めて思わされた。白黒の画面は見ている人に想像力を強要する。強要された自分として、色を補足していく中で、自分なりの美学を作ることが出来る。その作業を通じて、美を見出すことが出来るとしたら、それは白黒の画面のおかげだ。そう考えると「美」とは自分の中に探すべきものなのかもしれない。「深読み」も基本的には同じ作業だ。自分なりの「物語」を探す作業と、自分なりの「美」を探す作業は基本的には同じに違いない。

重さ

 
 「  Little gear less care   」
 
    財産が少なければ、その分心配もなくなる。
 
 
 久しぶりに英語諺辞典を開いたところだ。
 
 結局身を重くするのは自分自身だ。僕らは生涯かけて、裸の自分に色々なものを付けていこうとする。色々なものとは、財産であり、身分であり、知識であり、知恵である。
 そんな「重さ」によろめきながら、生きている自分自身を考えた時に、上記一文を読むと、そうなんだろうなと素直に頷くしかない。
 
 但し、だからと言って、身にまとった重さを捨てられない自分にも気が付く。ダイエットが難しいのは脂肪だけではないのだ。徳川家康は「人生は重い荷物を持って歩くということだ」と昔喝破したというが、彼が上記一文を読んだら、なんと言ったろうか。
 
 

教養とは何か

 会社の同僚と「教養とは何か」という話を少しした。
 
 僕の考える「教養」とは 煎じつめると「他人は自分とは違う考えを持つ」ということを理解するということだ。
 
 当たり前の話なのだが、これを正確に「理解」することは難しい。分かっていても、僕らは自分の考えを人に押しつけるし、人の考えを押しつけられると腹が立つ。努力しない限り、「自分の考えは正しく、他人もそれに従うべきである」と無意識に考えているからだ。
 
 そこを相対化出来るかどうか。「正しいことは複数あり、しかもそれに上下はない」ということが分かるかどうかが教養なのだと僕は思う。それが分かる努力をすることが教養なのだと。