アトトリムスコの「現場の社窓から」~ココチよさ創造日記~ -26ページ目

同志と再会。。。

いつも応援して下さっておおきにでございます。





昨日は午前中にいくつかの案件を処置し、


午後からはとある企業のCOOと面談。


といっても、元いた会社の先輩なので、ざっくばらんに沢山のお話を伺うことが出来ました。

(以前記事に書いたこの方です↓)

http://ameblo.jp/sotsog/day-20081118.html



結論から言うとですね。。。



めっちゃ元気もらいました!!!

Sさん、マジありがとうございました!!!



それにしても、彼と話しているとどんどんと新しいアイデアが浮かび、


正月に決めた当社の新規プロジェクト目標が一つ達成できるイメージが沸いた。。。


何よりも、それが本当にびっくりです。


たった3時間の会話で、僕がいっぱい悩んでいたことが吹っ飛びました。


本当に凄いビジネスパーソンというのは、話すだけで元気とアイデア(未来)をくれる。


そう実感しました。



約1ヶ月前、僕の携帯が鳴り


「藤田さん、久しぶり~!21日、大阪出張があるんだけど会えない?」


とお電話を頂いたことが発端でしたが、直接会うのは5年ぶり。


お互いがブログで相互読者登録をしておること以外、


そんなに交友が深くあったわけではありません。


が、久しぶりにお会いしたその瞬間に


一気にお互い笑顔になってマシンガンのようにビジネス・プライベートのお話をしていました。

(ちなみに、その日も朝からアポイント2つをこなされ、次のアポイント(営業活動)で京都へ向かうまでの3時間だけ時間を何とか頂けた超多忙な方です。)




彼が言ってた言葉、本当に身にしみます。



「元気を奪うヒトいるじゃん?なんか残念なヒト(笑)。そういうヒトは、過去ご縁があったとしても、

 流石の俺でもやっぱ遠ざかっちゃうんだよな~(笑)」


「営業基盤がない中、中国から日本へ帰ってきて不安だったけどさ、ご紹介頂く方々が本当にイイヒトばかり。

 不安がふっとんだよ。やっぱ同じ釜の飯喰った仲間が多業界で要職に就任してて、スゴイと思ってる。」


「課題ってあるっしょ?ヒトそれぞれさ。俺もそうだけど、やっぱ来るべき時にベストなタイミングで

 課題って降ってくるんだよな。不思議なことにさ。俺、あと3ヶ月で課題を克服してやると決意してる。」



中国でも日本でも、本当に多くのビジネス立ち上げをご経験された実感ゆえに、


深い感銘を受け、明日に向けたみなぎる闘志を感じます。


僕のささやかな経験とも繋がって共感させて頂いた3時間。



こういう「元気を与えれる側のヒト」でありたいなぁ。


ガンバリマス~メラメラ




宿命とか運命を感じ続ける能力

いつも応援して下さっておおきにでございます。





ここ数日、沢山のオシゴト、役割に恵まれており、


ますます時間に追われております。


充実した日々に、本当に感謝しております。


昨日はとある出来事で、「宿命・運命」について深く考えさせられた一日でした。


いつもいつもチームフジタコーヒーはドタバタと走っておりますが、当社のメンバーも僕も、


一つ一つの難関を乗り越えるたびに、


「起こるべくして起こっていること」

「出会うべくして出会っているヒト」


に、人生の妙味を感じています。



人間が選ぶことの出来ない部分を「宿命」と呼ぶと伺ったことがあります。

例えば地球上に人間として生まれ、日本という国の、またその中のどこかの土地に生を受けて、


父親も母親も、兄弟姉妹等も含めて、取り巻く環境の全て。


「与えられた条件とか環境、その範囲の中で生きていかなければならない」部分を宿命と呼ぶらしい。


だとしたら、ヒトは皆なんらかの宿命を背負って生きている。


ヒトが集まる企業も、なんらかの宿命を背負って経営がなされる。


そして、当然僕も「宿命」を感じて今、チームフジタコーヒーにいます。



一方、運命って、僕の解釈では「選択してきたこと」の積み重ね。


「選択すること」「選択する意志」によって、「運命(未来)」は変えることが出来る。


自分がどこで何をやって生きていくのかは選ぶことができ、


友達や仕事のパートナーも、恋人や結婚する相手もみんな選ぶことができますよね。


ただ、あらかじめ与えられた「宿命」を無視して「運命」を論じていくことは出来ないと思います。


僕は今まで、非常に未来志向が強く、「運命」の部分だけを考え行動し続けてきたような気がします。


でも、「運命」をより本質的に捉えようと思ったらまず「宿命」を知ることが大切。


「運命」は「宿命」が根底にあって始めて動き出すもの。





今目の前で起こっているコトの必然を受け止め、現状を打破し、未来に向かってブレークスルーする。


過去からの宿命を感じて、今目の前の運命を感じて、未来へナチュラルに動き続ける能力。



いつまでもそういう能力を開発し続けたいし、


いつまでもそういうチーム(企業)でありたい。



ココロからそう思います。




オバマ氏就任を片目に…

いつも応援して下さっておおきにでございます。





ここ数日、オバマ氏就任の歴史的瞬間に伴うニュース一色ですね。


昨日は、19時からとあるドイツの産業用機械メーカーの営業所長さまと打ち合わせ。


市況の変化を伺いながら、沢山の知恵と見識を頂きました。

(T所長、遅くに来社して頂きましてありがとうございました!)


その所長さまと今後の投資計画を検討・策定し、新工場で稼動しているラインの生産性向上計画や、


業界の潮流などを放談していました。


と、そこでオバマ氏のニュースフラッシュがデスクトップに現れて、


ふと閃いたこと。。。




それは「経営とは、未来を明るくすること」なんだということ。


「リスクを背負い、火を灯そうと行動を起こすリーダーシップそのものが経営」なんだということ。




今、アメリカは誰の目から見ても問題山積。


そして、彼のプレジデントリムジンや特殊部隊警護が表現しているように、


歴史上もしかしたら最も命の危険を孕むかもしれない就任。


悲観的要素を並べたとしたら、それこそ一人の人間では耐え切れないほどのプレッシャー、


背負うには重すぎる(?)何かがあると思うのです。


でも、彼は未来を語り続け、何よりも国民感情(ムード)を未来に向け語りかけ続けている。




国でも社会でも会社でも家族でも、コミュニティーのレベルは違えど「ヒトが集まっている」のは一緒。


国の経営を信任された彼が背負うもの、そして穏やかな表情とみなぎる自信から伺える矜持は、


一人の人間として多くの気付きを与えてくれます。




翻って会社の経営でも同じく。


市場から期待と共に与えられた未来(利益)を、


社会をよくする何かの為にどう使っていくのか?が投資活動ですもんね。


そして、モノヅクリのプロである「メーカー」が抱えるべきリスクであり、


メーカーの市場価値がそこにあるのだと思います。



未来を明るくする。苦しいかもしれないのに、なぜ?と聞かれる。


単純に、何よりも僕自身が、「明るい未来」を見たいから。


暗くても、火を灯せばいい。


他の誰を待つでもなく、自分から。



がんばります~メラメラ



教会を創っています。

といっても、宗教を始めたわけではないですよ(笑)






昨日は丸一日、工場の施工に立ち会っていました。


約2ヶ月前から打ち合わせをはじめ、約10人の知恵を結集させて


付帯設備の充実を図ってきたプロジェクトの一環なのですが、


ひとつひとつの作業の地味さ、工数の係り具合に何度もココロが折れそうになります。


その時、いつも思い出すのが「教会を創っている」エピソード↓


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二人の職人が、石を積んで何か建物の土台をつくっている。


一人の職人が「あなたは何をしているんですか?」と尋ねられると、


その職人は「見ればわかるだろう。石を積んでいるのさ」と答えた。


が、もう一方の職人は「あなたは何をしているんですか?」と再び尋ねられると、


「これかい。教会をつくっているのさ」と答えた。


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はたして、どちらの職人が、より心豊かに仕事に取り組んでいるだろうか?


どちらの職人が、より豊かな想像力を発揮することができるだろうか?


どちらの職人が、より価値を創出することができるだろうか?


本来、人間の職業に貴賤はなく、仕事とは「石を積む」ことではなく、「教会をつくること」のはず。


「教会=世のためヒトのためになる何か」と置き換えると、経営者の仕事は「教会」を打ち出す、伝える、具現化することのはず。


そして、現場で例え石を切るだけのココロ折れそうな業務が発生していても、


「教会」が完成することをイメージし続け、働く仲間にその意味≒「作業をすることが仕事ではなく、目的を達成するための大きな(ときには小さな)役割こそが仕事なんだよ。」と伝えることが大切なはず。


そう思いながら、今日も小さな一歩をやめずにKeep Walking走る人したいと思います。

                                      ↓

                                      微妙に小走りですが・・・


いつも皆さま、気にかけて下さりありがとうございます!!!






大先輩と再会。

いつも応援して下さっておおきにでございます。





昨日は業界の賀詞交換会に参加。


そこで、偶然に、ある方と再会しました。




その方とは、前職での大先輩であり、僕の直属ボスの上司(取締役)だった方です。


当時から営業に関して沢山の伝説を残されている方で、


直属ボスからも逸話をいつもお伺いしておりました。


同じ組織にいながらも、当時はあまり直接お話する機会が無かった先輩なのですが、


今や同じ業界で有名な某企業の代表取締役社長として


賀詞交換会に参加されておったのでした。


本当にびっくりです。

(まさかあの場でお会い出来るなんて夢にも思っていませんでした…)


僕からその大先輩(N社長)へ声をかけ、その場で数分、懐かしい思い出話をさせて頂きました。


当社とは事業ドメインが異なるため、今のところビジネスとしての関係は薄いのですが、


将来に渡ってシナジーはいくらでもある。そう感じました。




30歳を超えて、こういうことが本当に多く、


世の中狭さ(人間交差点)と、広さ(未知の可能性)を同時に体感する機会に恵まれています。


これからも、ずっと自分の人生を自分で切り拓き続ける「自立・自律した」仲間たちと


「いつかどこかで交差すること」をワクワクしている自分でありたい。


そう強く思い直した一日でした。



N社長、昨日はありがとうございました。


また東京で是非食事でもご一緒させて頂ければ嬉しい限りです。


今後とも、何卒宜しくお願い致します。



志の強さの前に。

いつも応援して下さっておおきにでございます。





昨日は終日、社内にて執務しておりました。


最近、とみに思うことがあります。


それは、つくづく「志の強さ、大きさと、成果の創出度合いは比例するものだな」ということです。



当社、年末から稼動状況が悪かったとある機械(ライン)がありました。


時間あたり生産性が本来のスペックの約半分ほどしか出せていなかったライン。


そのポジションを任されたメインオペレーターも必死に歯を食いしばって


毎日知恵と汗を振り絞って格闘しているのですが、終業時刻の頃に出来高を確認すると…。


いつも途方にくれるばかりでした。


それが昨日、彼が「自分の進退をかけてでもこの機械の稼動水準を適正にする。」という想いを宣言し、


たった1.5日間の調整で「あるべき水準」に持っていく偉業を成し遂げてくれたのです。

(約2ヶ月以上も適正に動かなかったラインを、です。)


それまでの彼と、昨日の彼と、一体何が変わったのか?


「健全な危機感」を持った。

「誰かの期待に沿えない状況」に耐え切れなくなった。


その2点に尽きます。


「今日、その稼動水準にならなければ、僕はこの会社での居場所がない。」


彼がそう本気で思ってくれたこと。


その想いの強さが、自らアライアンス先の技術担当者を呼び、社内の統括工場長と社長を動かし、


結果「あっという間に」成果を出してしまった。


年末からの活動プロセスを逐一報告頂いていた僕にとってもその成果が本当に頼もしく、嬉しく、


改めて勉強になった一日でした。

(Oさん、ありがとうございます。)


すると、別ラインでも変化が起き、約1.5倍の出来高が適正時間内に出始めました。

(Sさん、ありがとうございます。)




先日、とある経営者の方から頂いたお言葉があります。


「志の前に、お金はそれほど大きな障害ではありません。

 たとえ今は手元に十分なお金がなくても、自分以外のところにはいくらでもあるわけですから、

 志が周りの人の心を動かせば、必要な分のお金はいずれ集まってきます。

 ですから、人がどれだけのことをできるかというのは、志の強さと大きさにかきあっているのであって、

 どれだけお金をもっているかは、実はあまり関係ないのです。」


某上場企業の社長さまが、経営難に陥っていた自社の資金調達に苦しみぬいて


出てきた結論。


規模や立場、目の前の格闘している課題はそれぞれ違いますが、


本質は同じなんだと思います。




僕自身を振り返ってみても、社会人になってからの約9年。


いつも同じ状況で成果が出てきたような気がします。


「志を失わなかったとき」

「強い想いを方法・手段に落とし込み、知恵熱が出るほど考え尽くしたとき」

「どこかに協力し合える人がいると信じ続けたとき」


この3つの要素を満たしている状況のもと、


数人の仲間と苦しみぬいて目標が達成されてきた。


そういう瞬間ばかりだったと思うのです。



「志」



年齢と共に強く大きくなる人生を歩みたいと思っています。



年賀ってイイ。

いつも応援して下さっておおきにでございます。





年始のご挨拶を頂いている皆さま、本当にありがとうございます(。-人-。)



そんな中、とある友人のHさんからメールを頂きました。


彼とは組織風土を刷新する、とあるプロジェクトを実行する委員同士として仕事をともにし、


その後公私にわたってお付き合いをしてもらっている仲間です。

(今はとある会社の社長をされております。)




彼から来たメールに思わず笑顔ニコニコになっちゃいました。




そこには、


「藤田さん、今年は政治のほうもちょっぴりかじりたいと思っています。新聞で
 『●●政治塾第9期生』というのを募集していたので論文と面接を受けたら合格をしました。

  ●●氏から2年間直接指導を受けることになりました!今後又進捗は報告しますね。
 (上野駅前で藤田さんとマーケティングリサーチしたのを昨日のように覚えています!笑(^o^)) 」


と書かれてありました。


彼は元々、社会人になった頃から政治の領域に強い関心があり、


政党を立ち上げる為に独自マーケティングリサーチ活動を街頭で行うなど、


卓越した行動力を持つ方です。


いつも、「何とか、日本を元気にしたい」と口癖のように言っていたお父さん(笑)


強い信念と情熱、突き抜けた明るさを持つリーダー、盛り上げ番長(笑)



そっか、彼も、一歩づつ、夢に近づいていっているんだ…走る人




本業(経営者)もおろそかにせず、自分が進みたい道からも逃げず、


イイ意味で欲張って、ヤリタイコト、ナリタイジブンを大切に日々生きてる。


いつも自分で自分の人生を選択し、挑戦し、失敗もし、その度に立ち上がって、


また一歩前へ進んでいる。笑顔で、「いいわけ」がない生き様。


カッコいい大人になってるなぁ。





なんだか、彼の生きてる鼓動が伝わるご報告メールが、本当に嬉しい。





昨日のブログでもアップしたのですが、


お互い年齢とともに選択肢や描ける夢を広げる道をいつまでも歩みたい。


年賀の挨拶なんかがきっかけで、


「わくわくする未来に向かってまた一歩進んじゃったよ!」って


毎年報告できる間柄でいたい。


しみじみそう思います。



Hさん、ありがとう。僕も貴方においていかれないよう、常に前を見据えて歩きます。



年頭所感

改めまして皆さま、新年あけましておめでとうございます。


昨年中は色々とご交誼をいただきありがとうございました。


何卒本年もよろしくご指導・ご鞭撻の程お願い致します。




昨日は当社製造メンバーの仕事はじめ。


今年は各メンバーとも、しっかりとお正月休みを頂くことができました。


ありがとうございます。



僕はと言えば大晦日から2泊3日で滝↓のある山奥に泊り込み。
アトトリムスコの「現場の社窓から」~ココチよさ創造日記~
2008年をガッツリ振り返っておりました。


で、出てきたテーマは








「時間の捉え方を変えること」

「非連続な発想を継続すること」







今年は、僕自身の「時間の管理の仕方」を一新したいと思っています。


お恥ずかしいことに、ここ3ヶ月ほどは時間に「余裕がなかった」ことで


色々なところに弊害が出て、様々な方にご迷惑をかけてしまっていました。

(皆さま、ごめんなさい…)




当社は「モノ造り」の会社、かつ「短納期」な会社ですので、


日々「物理的制限」や「期限」と向き合っています。


「期限」に追われてスピード感あるやりとりを繰り返すのはやりがいもあり、悪くないのですが、


その時間の使い方(質)が常に前向きにカイゼンされているかというと、


必ずしもそうとは言えない気がしています。



そんな日々を惰性で続けてはいけない。


突き詰めたところ、企業って構成するメンバー各人の「時間」「思考」「労力」を結集して


生産活動を行っている「生き物」だと思うんです。


そして、その生産活動(オシゴト)によって生み出された価値を、


売上(市場から受ける共感の総量)や利益(市場から与えられた未来)に変えていく。


同時に、切磋琢磨したメンバーへ給与という形で還元し、


信用を循環させながら新しい未来を切り拓いていく。


どこまでも「成長」していくことを宿命としている生き物だと思います。




特に当社のような短納期の製造会社だと、


現場仕事⇒単純作業に置き換わりがち。

担当者⇒セクションを任された意味・目的・マイルストーン(目標)が見えなくなりがち。

スピード感⇒適度な疲労も伴って「仕事をした気」になりがち。


結果、僕らは本当に成長しているのか?疑問だと常々感じていました。



そこで、今年は各人の「時間」を投資対象として考え直し、


まずは僕から毎週毎週、目標対比で達成だったのか?未達成だったのか?


そもそも立てた目標が適切だったのかどうか?


適切だったとしたら時間の使い方は適正だったのか?を検証して


現場各チームの時間効率を上げて行きたいと思います。



そして、今日しか見えていない人には3日後を、


1週間しか見えていない人には1ヵ月後を、


3ヶ月間しか見れていない人には1年後を、


1年間を見越している人には3年後をというように、


少しずつ「未来を見据えて今日の時間を使う」割合を高めて行きたいと思います。


年齢を重ねていくにつれて、突きつけられる現実の壁によって未来の希望・夢・目標が縮小する人生より、


そうした未来の見通しが広がる生き方のほうが、きっと幸せに違いないから。


働けば働くほど、遠くの未来を見通す能力が高まる会社こそ、


僕が本当に目指したい会社だと思うから。





それと、これほどの速度で環境変化がある以上、


未来の目指すべき的(目的)を見定めながらも、


今の世の中の気分にタッチし続ける(深く知ってココロから共感する)柔軟性が必要だと思っています。


柔軟性は謙虚さから生まれ、謙虚さは相手を知ろうとする欲求から生まれるはず。


相手を知りたい、知ろうと考えている時には、


これまでの自分の中にある価値観を一度白紙にして接するのが一番。


「過去からの習慣、見通し、延長(連続性)」でなく


「目的を見つめて非連続な領域にジャンプする」ような発想。


その発想から紡がれる自由奔放な仕事。


仕事で遊び、遊びで学ぶような人生劇場(?)


僕の経験では、そういった自由でしなやかなアプローチの方が働く人の人生も充実し、


成果が生まれやすい気がしています。


成果を出すことに徹底してこだわり、成果が生まれることで、ヒトが得られるもっと大切な何かをかみ締めること。


それは「成功体験」であり、「やったやん!できたやん!と仲間同士で言い合える瞬間」であり、


「古い自分の殻を破り、新しいジブンに生まれ変わる実感」なんだと思います。



その為にまずは僕自身が、常に新しい評価の視点を他者・他社から入れて続けて、


柔らかアタマであり続けたいとココロから思います。


今日まで蓄積してきたモノサシは明日にはもう古いのかも知れない。


そんな古いモノサシだけで物事を評価してしまうと、新しい発想を拒否してしまったり、


責任の矛先だけがコロコロ変わって何も良くならない、


「ココチよさ」を生み出さないコミュニティーとなってしまう気がするのです。


責任の矛先を大合唱するのでなく、自らどう行動したら未来が少しでも良くなるのだろう?


昨日までの自分を切り捨てて、今日はどんな新しいことを挑戦しよう?


そういった非連続的なリーダーシップの発揮で、少しでも大人が希望を持てるようになればなぁ。


そう思っています。





(年始から長い文章です。最後まで読んで頂いてありがとうございました。)


P.S
12月25日付ロイターの発表によると、2007年(暦年)の日本の1人当たりの国内総生産(名目GDP)が


経済協力開発機構(OECD)加盟国中で19位に後退してしまったらしいです。

(ちなみにG7中では最下位。順位の後退は7年連続。)


「後退し続けている日本」がちょっとでも元気になるといいです。




お世話になった皆さま、今年もありがとうございました。(+お詫び)

たった今しがた、コツコツと時間の隙間を見て作成していた年賀状なのですが、


最後の最後、PCと年賀状ソフトがクラッシュしてしまいました。

(これは今年一番の凹みかも。。。本当に凹みます。。。)



今年お世話になって皆さまへ



新年のご挨拶が遅れます。すみません。


来年度も何卒ヨロシクお願い申し上げます。






年の瀬の徒然

今日は残務整理。と、しばらく連絡が途絶えていた方々から頂いたメールetcの返信。


一人さびしく本社オフィスから更新です。


でも、早朝とか夕方とかの誰もいないオフィスって、


考え事するには最適なんですよね~


昔からの癖ですね。誰からも何の突発も発生しない空間で執務をすること。


・・・


・・・


・・・


って、考えてたらもうこんな時間。


これから東京から帰ってきてた先輩と約束してたんやったメラメラ


いってきマースロケット




P.S

年の瀬・・・瀬は川の流れが浅いところまたは急流のことで、


瀬の語源は塞くまたは切るだそうです。


一年の節目を前にして岩に堰きとめられた場所のように流れが早くなっているのですね。


なんか、納得です。


瀬の意味(時間的な早さ)だけを実感するのじゃなくて、人生の充実度(満足度)も毎年あがっていく年の瀬。


今年だけじゃなく、そういう実感に包まれた「年の瀬」を来年も繰り返してやるとココロに誓いながら・・・