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「大秦帝国之崛起(全40話)」のあらすじ。
ざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。

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[第九集]
蘇秦は斉王に、田文の軍が秦に勝てばまたもや田文の名声が上がるばかりだと言う。そしてまず宋国を攻め取るべきだと進言する。田文には少しの兵を与えて秦に向かわせ、その間に宋国を攻め取る。そうすれば国民は王の力に敬服し、その後秦に勝ってもその功は田文のものではなく王のものになるだろう。

秦では、未だに居座り続ける前楚王を持て余していた。楚に対する切り札どころか目の上のたんこぶだ。
彼の実娘である秦王后が息子を連れて会いに来た。久しぶりに娘に会えて喜ぶ前楚王だが、楚王・芈横(ビ・オウ)が病だと知らされるとまっ蒼になり今すぐ帰ると言い出した。だが娘の話では宣太后が一転して解放しないと言っているらしい。前楚王は身の回りの世話をしてくれている芈老宦(ビろうかん※「歳のいった宦官のビ氏」の意)に頼んでその夜こっそり館を脱出した。…だがこれは全て前楚王を帰らせるための魏冉(ギ・ゼン)の策。楚には前王が脱出するので国境まで迎えにくるようにと王后の名で連絡した。
前楚王がやっと解放されると知ってすぐにでも迎えに行こうという 芈原(ビ・ゲン)に、楚王はなぜか許可を出さない。やっと楚国境にたどり着いた前楚王だが、関所は門を固く閉ざすのだった。仕方なく趙国へと向かう。趙王は身分の証として差し出された和氏の璧を見て前楚王だと気付くが、秦から逃げてきたのを匿っては秦に睨まれる、気づかなかった事にして追い出すことに。前楚王は今度は魏国へ向かった。魏国ではまさに田文が魏王、韓王と合従の会議を行っていた。田文は秦に打撃を与えるいいチャンスだと、前楚王を秦へ強制送還する。
楚へ帰ったと思っていた前王が秦に戻ってきたと聞いて宣太后は仰天する。前楚王は長旅で病が悪化し見るも哀れな姿に。そして間もなく息を引き取った。宣太后の命でその亡骸は丁重に楚国へと送り返された。
前楚王がついに帰国叶わず秦で亡くなったと聞いたビ原は、不孝極まりない、世も末だと楚王や子蘭公子を大声で罵る。怒った楚王はついにビ原を都から追い出すのだった。

田文が率いる斉・魏・韓の連合軍が函谷関へと向かう。その背後では斉の主力を率いた蘇秦が宋国へと向かっていた。
三国連合軍は函谷関へ猛攻撃を仕掛け、ついに関を破る。秦の国土はついに敵の手に落ちてしまったのだ。「国を守るということは、簡単な事じゃないのよ」「皆が心をひとつにすれば、成せないことはない」…母や亡くなった叔父・嬴疾(エイ・シツ)の言葉が脳裏に響く。嬴稷(エイ・ショク)は己の無能さを知り、ついに母と魏ゼンの前に膝をつき、助けてほしいと頭を下げる。そして魏ゼンを丞相に任命し国印を託すのだった。

[第十集]
魏ゼンは函谷関で戦況を確認する。戦が長引けばこれを機とみて他国も秦へ群がって来る可能性がある、早急な対応が必要だ。魏ゼンはかき集めてきた兵士を魏韓の国境へ向かわせる。そこから国都を攻める様子を見せるのだ。魏韓は慌てて兵を退き救援に向かうだろう。

函谷関で劣勢のはずの秦軍が韓と魏の国都へ向かってきているとの報告を受けた韓王は慌てて魏王と協議しに行く。魏国では魏ゼンが王に面会し、戦を続けるか講和するかと迫っていた。三者が集い、魏王と韓王は函谷関を落とした勢いでこのまま秦の都も攻め取るぞと言うが、魏ゼンは余裕の表情を見せ、秦王は函谷関なんてちっぽけな関にしがみつくつもりはない、秦が取るのは魏韓の国都だ、とはったりを効かせる。両王が不安にかられた様子を見計らって、魏ゼンはもし函谷関から兵を引いたら秦王は城を一つずつ譲る用意があるといって、証文と国印を見せつける。

宋国を攻撃する蘇秦、あと少しで落とせるという時に突然撤兵の命令が下る。なんでも隙を突いて燕国が攻めてきたというのだ。
国境の河をはさんで斉燕両軍は対峙していた。斉王の軍幕へ入った蘇秦を、兵士らは剣を抜いて取り囲む。やはりお前は燕のスパイだったのかと罵る斉王に蘇秦は必死に釈明し、燕を返り討ちにして被害額の10倍の賠償金をふんだくってみせると約束する。
斉軍の大部分を率いていた蘇秦が戻ったことで燕国は劣勢に追いやられ大敗。
一方魏韓は約束の城を手に入れると函谷関から撤兵し、残された斉国だけで勝てるわけもなくついに撤退した。

燕王の元に蘇秦が現れる。彼が生きていたことを喜ぶ燕王だが、蘇秦はなぜ斉に攻め入ったのか、もう少し辛抱できなかったのかと怒る。どうやら周囲が蘇秦は裏切り者だと囁いたことで燕王の気持ちが揺らいでしまったようだ。斉を落とすための周到な計画は全て白紙に還ってしまった。信用してもらえなければ仕えることはできないと蘇秦は怒って立ち去っていった。

函谷関の危機を乗り越えたエイ・ショクはその後は母と叔父と協議を重ね国力と英気を蓄えた後、先王の悲願でもある天下獲りへと動き出す。白起を大将軍とした軍で東進し、韓魏の城を次々と落とした。
趙国は中山国を併合し魏・韓がその傘下に加わり、戦国の世は秦・趙・斉の三すくみという新たな局面を迎えていた。

ある日斉王の元へ秦宰相・魏ゼンがやってくる。多くの国が「王」を名乗る中、真の実力者たる秦と斉は「帝」を名乗ろうではないかと持ち掛ける。秦の西帝と斉の東帝が天下を治めるのだ!その檄に感じ入った斉王は快諾しお互いの協力を約束、その証として斉国の宰相に秦臣である韓聶を任命する。





-秦国-
[A] 嬴稷(エイ・ショク)
秦国王。母・宣太后と叔父・魏ゼンに朝廷を牛耳られることに反発している。
[B] 宣太后
王太后。元々は楚国の公族出身。
[C] 魏冉(ギ・ゼン)
大将軍。宣太后の異父弟。穣候とも呼ばれる。
[D] 前楚王
軟禁は解かれているのだが故国のために敢えて居座っている。

-楚国-
[E] 芈横(ビ・オウ)
新楚王。
[F] 芈原(ビ・ゲン)
左徒。反秦派。王国に対する思い入れが強すぎて大臣らに疎まれている。別名・屈原。
[G] 子蘭
王弟。親秦派。秦との交渉役となっている。

-斉国-
[H] 斉王
薛公が自分よりも人望を集めていることに嫉妬している。
[I] 田文
帰国後再び宰相を任される。薛公とも呼ばれる。別名・孟嘗君。
[J] 蘇秦
宰相。燕国出身。田文を追い出そうとしているようだが…。

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本編始まってからどうも悪役ぽく感じられる魏ゼンは別に悪い人じゃないんだよ、吹き替えがやたら悪っぽいだけで!

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「大秦帝国之崛起(全40話)」のあらすじ。
ざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。

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[第七集]
楚王に即位した芈横(ビ・オウ)にさっそく斉の使者は土地の割譲の証印を要求。慎子がまだ新王の印鑑が出来上がっていないと言って一旦下がらせた。
やむを得ない選択だったとはいえ代償は大きい。芈原(ビ・ゲン)は約束など破棄して即刻斉と戦うべきだと主張、上柱国(※爵位名)は約束は守らねば国家の名誉に関わるので一旦土地は譲ってしまい、兵を出して取り返せばいいと提案。子蘭公子がならば秦に助けてもらおうと言いビ原は目を剥く。だが子蘭公子は、これは全て我が国民を守るための策であって名誉ばかり気にする誰かさんとは違うとしゃあしゃあと言ってのける。それに割譲する淮北の地は秦に隣接しており、斉がここを取れば秦にとっても都合が悪いので喜んで協力するだろう。

楚が子蘭公子を使者にして秦に救援を求めてきた。かつての大国が短期間うちに秦に敗け王を捕えられ、さらに斉には太子を引き換えに土地を奪われ、ついに秦に救援を求めてくるとは…目まぐるしい展開に嬴稷(エイ・ショク)は政治の恐ろしさを実感する。
今秦はどう動くべきか。明らかなのは楚と斉を組ませてはならないという事、そのためには楚を救援する…斉と組むという考えはついに棄てざるをえなくなったのだ。

秦の軍事介入によって淮北の地が斉に渡ることはなかった。
蘇秦の目の前で田文はそれ見た事かと大笑する。斉王はすぐに兵を出して淮北を強奪しようと息巻くが、田文はあんなちっぽけな土地のために秦と戦うのは理に合わないと諌める。だが斉王は、お前の指図など受けないと言って田文を追い出してしまった。

秦に、斉から同盟の申し出が届く。諦めていた同盟がはからずも成ってエイ・ショクはにんまり。その頃、田文は韓聶と飲み明かしていた。斉王は自分の意見を聞かず蘇秦とかいう青二才ばかり重用している…愚痴をこぼす田文に韓聶はここぞとばかりに秦へ来るよう説得、ついに田文は職を辞して秦へ行くことを決意した。

秦へやってきた田文のためにエイ・ショクは臣下一同を集めて出迎える。おおはしゃぎで歓迎してくれた秦王に田文は感激する。エイ・ショクは田文を連れて宣太后に挨拶へ。宣太后は意外にも田文とにこやかに語り合いエイ・ショクは万事うまく運んだとご満悦。だが田文やその門客らは宣太后との溝を敏感に察する。
その夜、田文の門客の一人・狗盗は宣太后の屋敷に潜入し、太后が魏冉(ギ・ゼン)と交わしている竹簡の中に田文について書いてあるものを発見し盗み出そうとする。だが、それは宣太后の罠。狗盗は捕えられたが、罰せられるでもなくそのまま釈放された。信義の人だと思ってた田文の門客がスパイのような行為をしたことを知らされたエイ・ショク。所詮他人は他人でしかない、信じられるのは身内だけだと宣太后は説く。

[第八集]
翌朝、田文はさっそく仕事を始めようと思うのに資料が宮廷からやってこない。と、突然魏ゼンが兵を率いて押しかけて来た。魏ゼンは威圧的に、新しい宰相どのを警護するために来たと言って門客らを追い出そうとする。
田文はエイ・ショクに抗議に行くがエイ・ショクはわざと無視する。田文はあの手この手を使って王に面会しようとするがエイ・ショクは動かない。非常手段に出ようかとしたその時、ようやくエイ・ショクがやってきた。田文から魏ゼンについての苦情を聞いたエイ・ショクは、田文を招聘したのは他でもない、宣太后と魏ゼンの力を削ぐためだと告白する。

その夜、田文の屋敷に宮廷から宦官がやってくる。精をつけてほしいと宮廷料理を並べ、まだ年端も行かない幼い小姓が詩吟を披露し、田文はおおいに喜ぶ。小姓に褒美をやると、喜ぶどころか泣き出した「田おじさんは殺されちゃうよ。」驚いて問いただすと、宣太后の命令で今夜屋敷に火を放つことになってると言うのだ。
田文はすぐに門客らを集める。宣太后は自分を放っておかない、ここは逃げるしかない。だが黙って去ったのでは秦王は裏切ったと思いさらに恨みを買いかねない。田文は狗盗に命じて初日にエイ・ショクに贈った珍しい白狐の毛皮の外套を盗み出させる。この二つとない外套をエイ・ショクの寵姫の唐八子が欲しがっていたからだ。外套とエイ・ショクへの詫びの竹簡を唐八子の部屋に置いて、田文らは急いで屋敷を後にする。秦の国境・函谷関まで来たが、まだ朝早く関門が開いていない。ぐずぐずしていると追っ手がやってくる。すると田文の門客で鶏の声真似の達人がひと声鳴いてみせる。すると周囲の鶏もいっせいに鳴きだし、門番は朝が来たと思い込んで開門した。

斉に戻った田文はすぐに斉王に面会し、魏国韓国と連携して秦を攻めるべきだと説く。秦国は今王とその親戚が互いに争い朝令暮改続き、攻め取るなら今がチャンスだと。秦の土地を奪ったあかつきには余さず全て王に献上すると言われ、浮き足立った斉王は田文に兵を与える。





-秦国-
[A] 嬴稷(エイ・ショク)
秦国王。母・宣太后と叔父・魏ゼンに朝廷を牛耳られることに反発している。
[B] 宣太后
王太后。元々は楚国の公族出身。
[C] 魏冉(ギ・ゼン)
大将軍。宣太后の異父弟。穣候とも呼ばれる。

-楚国-
[D] 芈横(ビ・オウ)
新楚王。自らの命と引き換えに国土の一部を斉国に売り渡すことに。
[E] 芈原(ビ・ゲン)
左徒。反秦派。別名・屈原。
[F] 子蘭
王弟。親秦派。
[G] 慎子
太傅。ビ横の師。

-斉国-
[H] 斉王
薛公が自分よりも人望を集めていることに嫉妬している。
[I] 田文
宰相。薛公とも呼ばれる。その懐の広さから三千人もの門客が集う。別名・孟嘗君。
[J] 蘇秦
客卿。王の寵愛を集め、田文が国を去った後宰相に任じられる。

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孟嘗君はもっとキーマンになるのかと思ったらこれで見せ場は終わりか…。
未だにヒロインぽい子が出てこないのだけど。あんまりイケメンいないし女性は宣太后おばさんしかいなくて、視聴率大丈夫?史記ファンは楽しいけど一般向けではないなぁ。

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中国語でドラマを見る-大秦帝国(第三部:崛起) #3

「大秦帝国之崛起(全40話)」のあらすじ。
ざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。

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[第五集]
弟達から連絡を受け取った嬴稷(エイ・ショク)は早速楚と手を切ることに。とは言え楚から后を迎えて修好したばかり。どんな理由にするか…。
エイ・ショクは楚王を武関へ招待するという手紙を書く。手紙を受け取った楚朝廷では反秦派の芈原(ビ・ゲン)が猛反対。今までも秦には散々裏切られてきたのだから行ってはならないと制止する。だが親秦派の子蘭公子は、今は秦とは緊密に協力していくべき時だと主張。結局楚王は臣下らに色々心配し過ぎだと言って武関へ向かった。一方エイ・ショクは白起に兵を与え武関へ向かわせる…。

秦に嫁いだ娘にも会えると喜んでやって来た楚王だが、入関するやいなやエイ・ショクは楚王を不法侵入の咎で捕え軟禁してしまった。王のとんでもない行動に宣太后らは慌てて武関へやってくる。なんとエイ・ショクは楚王を騙して捕えたのみならず臣下の礼と土地の割譲を強要したというのだ。
楚を切って斉と手を組むのだと得意げに話すエイ・ショクだが、宣太后や魏冉(ギ・ゼン)はならば楚を切る前に斉と組むべきだったと指摘する。楚を切ったところで斉が必ずしも組んでくれるとは限らないではないか。この機に攻めて来る可能性すらある。その言葉にエイ・ショクは反論できない。
とりあえず楚王を軟禁したなんて事が世間に知れたら大変だ。楚王はあくまで懇親に来たということでまとめなければ…遠い親族でもある宣太后が直々に楚王をなだめ機嫌を直してもらうことに。宣太后はにこやかに楚王をもてなし、これはみんなただのいたずらだったと釈明する。楚王は機嫌を直したかに見えたが、いたずらにしては度が過ぎる、詫びとして秦の二つの都を差し出せ、でなければ帰らないと迫った。
その夜、楚王の護衛兵が闇に紛れて逃亡してしまう…。

[第六集]
楚王軟禁はすぐに本国に伝わるだろう、楚は必ずや攻めて来る…エイ・ショクはすぐさま戦の準備をし斉との同盟を取り交わそうと言うが、宣太后はどんな危険が差し迫っていても冷静に状況を見極めなければならないと諭し、まずは情報収集を徹底させる。

楚王が秦に捕まったという報せで楚朝廷は混乱に陥っていた。ともかくも王がいなければ国はまとまらない、慎子はすぐに斉国にいる横太子を呼び戻し新王に即位してもらおうと言いだす。王がまだ生きているのに奪回にも向かわず新王を立てるとは恥だと叫ぶビ原に、昭陽は王を人質にとられてる状態で戦い万が一負けたら王も国も失うことになると指摘する。大臣の一人が、代理に王を立てるのならわざわざ横太子を呼び戻さずとも子蘭公子がその役目を果たせばいいと提案。だが慎子は秦女と結婚した子蘭が今王に立つことは相応しくないと答える。
子蘭公子には秦へ行って王の解放を働きかけてもらい、慎子が斉国へ太子を迎えに行くことに。しかし斉に何と言うのか…昭陽は楚王が急死した事にしようと言う。そうでもなければ太子を返してもらうことはできまい。

斉王は楚王が急死したと聞いて横太子を返してやろうとするが蘇秦が止める。つい最近まで楚王は秦で観光を楽しんでいると間諜の報告があったのに、急死したなど何かおかしい、太子を返してはならない。ではどうするべきかと問われ蘇秦は、楚の土地と交換にすればいいと言う。田文は一国の王の崩御という不幸に付け入って土地を脅し取るとは人道に反する、斉の名誉が地に堕ちると猛反対する。蘇秦は、ならば秘策があると言う…。

慎子から事情を聞かされた横太子は喪服を着て帰国の許可を待つ。と、宮廷に呼び出された。待っていたのは斉王ではなく客卿の蘇秦。蘇秦は斉王が横太子の帰国に際して盛大な宴を催し護衛をつけて楚国まで丁寧にお送りするつもりだと伝える。そして、ここまで丁寧な扱いを受けたなら必ず何かお返しをするのが世の礼儀だと説く。せめて土地を譲るくらいはするべきだと…。その言葉に激高した横太子は斉を叩きのめしてやると叫ぶ。蘇秦は太子が斉と戦うつもりならもちろん帰国などさせない、楚国存続のために二百里ぽっちの土地と自分を交換するか、それとも何百里もある広大な楚国自体を諦めるかだと迫る。動揺した横太子は土地の割譲を承諾してしまう。そこへタイミングよく現れた斉王に蘇秦は「横太子がお礼にと進んで土地を差し出した」と告げるのだった。

子蘭公子が来秦し楚朝廷が横太子を新王に立てる準備をしていると知った宣太后やエイ・ショクは予想もしない展開に頭を悩ませる。斉は秦と組むどころか楚の新王を援け連携を強固にするのではないか…。
子蘭公子は父王に会わせてもらい、楚の大臣らが王は死んだことにして横太子を新王に立てた、王位簒奪だと泣きつく。だが楚王はそれを聞き、国は守られたと大いに喜ぶ。これで自分が死んでも楚国には王がいる、秦に握られる弱みはなくなったのだ。父王が横太子の即位に怒るどころか国へ帰りすらしないと知って落胆する子蘭公子に、宣太后は斉が横太子を新楚王として送り出すなら秦は子蘭公子を新楚王として送り出そうと提案。すぐに出立するがひと足遅く、横太子が先に帰国し即位してしまった。







-秦国-
[A] 嬴稷(エイ・ショク)
秦国王。摂政が外れ親政となった今でも母が全てを采配するのが気に入らない。
[B] 宣太后(芈八子/ビはつし
王太后。元々は楚国の公族出身。
[C] 魏冉(ギ・ゼン)
大将軍。宣太后の異父弟。穣の地を治め穣候と呼ばれる。
[D] 白起
左庶長。魏ゼンと並び勇猛な将軍。
[E] 韓聶
秦の大臣。王の密命を受けて斉国へ赴く。

-楚国-
[F] 楚王
暗君で過去に何度も秦に騙されている。
[G] 芈原(ビ・ゲン)
左徒。反秦派。王国に対する思い入れが強すぎて大臣らに疎まれている。別名・屈原。
[H] 子蘭
公子。横太子の弟。親秦派。
[I] 芈横(ビ・オウ)
太子(後継者)。秦から帰国後今度は斉国に人質に出された。
[J] 慎子
太傅(公子の守り役)。
[K] 昭陽
令伊。先代の頃から楚王に仕える。ビ原は弟子。

-斉国-
[L] 田地
斉国王。薛公が自分よりも人望を集めていることに嫉妬している。
[M] 田文
斉宰相。薛の地を治め薛公と呼ばれる。別名・孟嘗君。
[N] 蘇秦
燕国の弁士。斉に客卿として迎えられる。

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楚国のキャストはみんな前作と同じだ!屈原が相変わらず不器用で報われなくて可哀想に。

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「大秦帝国之崛起(全40話)」のあらすじ。
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[第三集]
嬴稷(エイ・ショク)が秦王に即位してから三年は、母・宣太后と叔父・魏冉(ギ・ゼン)が摂政政治を行ってきた。エイ・ショクは王とは名ばかりで全てを母が仕切ってしまうため、すねて自堕落な生活を送っていた。
ある日楚国から同盟を強化するため婚姻関係を結ぼうとの申し出。それを宣太后は二つ返事で引き受けた。自分の意見も聞かずに伴侶まで決めてしまう事に怒ったエイ・ショクは母と大喧嘩。そして反発する自分の事が気に入らないのなら廃位して他の奴が王位につけばいいと母を罵るのだった。

大将軍・魏ゼンの40歳の誕生日を祝って祝宴が開かれる。だがエイ・ショクはまだ部屋にこもっている。叔父の嬴疾(エイ・シツ)が出席を促しに来た。エイ・ショクは叔父に、王という身分は何一つ自由にならずこんな事なら辞めたいと吐露する。エイ疾は、その言葉は今まで秦国のために命を捧げた将士らや国民に対してあまりにも心無いものだと言って聞かせる。

秦国に人質として預けられている楚国の芈横(ビ・オウ)太子は街中で秦の大臣とどちらが道を譲るかで喧嘩になり、人質のくせにと罵倒され殴る蹴るの暴行を受けた。横太子は報復のため魏ゼンの祝宴会場に乗り込み秦の大臣を殴りつけ殺してしまう。現場に居合わせたエイ・ショクは憤慨し剣を突きつけ、周囲が止めるのも聞かず楚との同盟は解消だと皆の前で宣戦布告してしまった。
朝議で宣太后は先のようなふるまいは軽率だと諌めるが、エイ・ショクはやはり母に反発する。魏ゼンはならば楚の国境へ軍を進めて威嚇し、楚が謝罪するならよし、歯向かうなら戦おうと提案、そしてその軍を率いる将軍にエイ疾を指名する。高齢で病がちな叔父をエイ・ショクは心配するがエイ疾は引き受けるのだった。

左丞相・甘茂はこの所の宣太后と魏ゼンの専横ぶりに身の危険を感じ、秦を離れることに。秦に滞在している燕国の使者・蘇秦に会い、彼の勧める斉国へ行くことにした。

はたして秦は楚と戦になったが秦が圧勝し楚は講和を求めてきた。だが高齢のエイ疾の体は遠征に耐えられず、帰国して間もなく息を引き取った。
エイ疾は出発前にエイ・ショクに、エイ公家に代々伝わる穆公の剣を授け言った「皆が心をひとつにすれば、成せないことはない」。今エイ・ショクは叔父の言葉を思い出す。好きで王族に生まれたわけではなくとも王であることは事実でありその責務があるのだと、時につらく冷酷なものであっても、国民を守るために最善最良の選択をしていかなければならないのだと…。

[第四集]
エイ疾が世を去り甘茂はこの所姿を見せない。エイ・ショクは斉国の名宰相と名高い田文のような参謀が必要だと考えていた。
甘茂が蘇秦を連れて宣太后とエイ・ショクに面会する。蘇秦は一通の文を宣太后に渡す。それは燕国の姫狐公主による紹介状だった。斉国との戦いで夫を殺された姫狐公主はその後病にかかり余命いくばくもない頃にこれを書いたようだ。姫狐公主とは誼の浅からぬ宣太后はすぐに蘇秦に職を与えようとするが、蘇秦は今回は文を届けるために来たので改めて挨拶にくると言って帰って行った。エイ・ショクは自分の参謀に相応しそうな人材が現れたとほくそ笑み、その夜お忍びで蘇秦の宿を訪れる。そして蘇秦に力になってほしいと持ちかけるが、蘇秦は今の状況ではまず数え切れない功のある魏ゼンに宰相の位を授けるのが道理であり、今他人がその地位につけば宣太后らと亀裂が生じ国がまとまらないと説く。蘇秦はエイ・ショクに甘茂が職を辞して斉国へ行くつもりだと伝え、斉国よりも好待遇で呼び戻すべきだと告げた。

甘茂は斉国へ去って行った。エイ・ショクは二人の弟・嬴芾(エイ・ハイ)嬴悝(エイ・カイ)と大臣の韓聶に甘茂を連れて帰ってこいと命じる。宣太后は宰相不在では国が動かないと言い、暗に魏ゼンを宰相にするようにと再三進めるが、エイ・ショクは意固地になってうんとは言わない。

斉国には名宰相と名高い薛公・田文がいる。だが実のところ斉王は自分より名声の高い田文のことを苦々しく思っているのであった。
蘇秦は燕の使者として、韓聶は秦の使者として同時に斉王と宰相の田文に面会する。そして甘茂を秦に返すべきだ返す義理はないだのと討論になる。斉王は蘇秦だけを別室に呼んで秦の真意を尋ねてみる。すると蘇秦は、甘茂は秦の勢力争いに嫌気がさして、名君である斉王に仕えたいと言ったのをこの耳で聞いた、そして自分もまた本心は燕王ではなく天下をとるべき斉王に仕えたいと思っていると言う。

韓聶ら秦使節は田文の屋敷に招待された。薛の地を治める田文の周りには常に士気の高い人々が溢れている。なんでも田文は才能ある人には貴賤を問わず、惜しみなく出資をすることで人々から敬意をもって親しまれているのだそうだ。
その夜、韓聶は田文に今回の訪斉の真意を告げる。表向きは甘茂を取り戻しに来たのだが実は王の極秘の命令で、田文その人を秦の宰相として迎え入れたいと打診に来たのだ。斉王の視線が痛く感じてきている田文はその申し出にまんざらでもない様子を見せるが、ただ現在秦国は楚国と組んで斉国と敵対している。ここで斉の宰相が秦の宰相になるのは酷い裏切りだと指を差される。
条件は秦が楚と切って斉と組むこと…韓聶はこの事を宣太后には内密にして兄王に伝えるようにと弟公子らを帰国させる。





[A] 嬴稷(エイ・ショク)
秦国王。摂政が外れ親政となった今でも母が全てを采配するのが気に入らない。
[B] 宣太后(芈八子/ビはつし
王太后。元々は楚国の公族出身。
[C] 魏冉(ギ・ゼン)
大将軍。宣太后の異父弟。数々の戦功を挙げ国の安定に貢献したのは誰もが知る所。
[D] 嬴疾(エイ・シツ)
右丞相。先々代恵文王の弟でエイ・ショクの叔父に当たる。厳君とも呼ばれる。
[E] 甘茂
左丞相。
[F] 蘇秦
燕国の使者。秦の功労者・張儀と師を同じくする策士。
[G] 韓聶
秦の大臣。王の密命を受けて斉国へ赴く。
[H] 田地
斉国王。薛公が自分よりも人望を集めていることに嫉妬している。
[I] 田文
斉宰相。薛の地を治め薛公と呼ばれる。別名・孟嘗君。

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穆公の剣の重みはシリーズ最初から見てる人にはめちゃくちゃ響くんだけど、これ初めて見た人は意味わからんだろうなー。
蘇秦て存在しない扱いだと思ってたら出てきたよ!史実では張儀の先輩なのに時系列おかしいw まあこれフィクションだからね…。

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「大秦帝国之崛起(全40話)」のあらすじ。
ざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。

第一集、第二集は前作(ノーカット版)ラストを編集したもので、ちょうどこちら(ダイジェスト版最終回)の続きとなってます。

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[第一集]
戦国時代。秦国は商鞅(ショウ・オウ)の富国強兵策で国力を上げ、張儀の縦横策により東六国へと進出。そしてついに武王・嬴蕩(エイ・トウ)は周の都・洛陽へと至り天子の鼎を迫った。だが鼎を担いだことで身体を害し撤収、そしてとうとう息絶えた。武王にはまだ子がおらず、ゆえに異母弟の嬴稷(エイ・ショク)が跡を継ぐようにとの遺言が残された。
王が崩御したことを他国に知られてはならない…王に同行していた左丞相・甘茂は、王は病だと称して遺体を秦へ運ぶと同時に、右丞相・嬴疾(エイ・シツ)に事の次第を伝え、急ぎショク公子を趙国から呼び戻すことに。王の親友でもあった魏冉(ギ・ゼン)と白起がその使者として発つ。王位を狙う公族、嬴壮(エイ・ソウ)はショク公子帰国の動きを察し、密かに後をつけて暗殺を図る。
ショク公子とその母・芈八子(ビはつし)の乗った馬車は燕国の使者と共に趙国を出発し、途中で燕国の使者とは別れ秦へと向かった。エイ壮は一気に馬車を襲う。だが車内に公子の姿はない…これは囮、公子らは途中で燕国の車に乗り換えていたのだ!
かくしてショク公子は燕国の車に潜んで函谷関を通過、急ぎ馬に乗り換えてようやく都へと戻ってきた。
ショク公子の安全を確認したエイ疾は王の崩御を発表。遺言に従い王弟のショク公子が王位を継ぐことになる。だがエイ壮はまだ諦めていない。王太后をそそのかし、王位継承の儀式の最中に武王の葬儀を始めて儀式を妨害する。

[第二集]
王位継承の祝いの儀式を悲壮な音楽で妨害し、息子を失って悲しいと泣きさざめく王太后。そんな彼女にショク公子は「大好きだった"ダーニャン(かあさま)"はもう僕の事が嫌いになってしまったの?」と問う。またビ八子は我が子ショクが王位に就くことが不満なら止めてもいいと言い出し、臣下は皆猛反対する。ならば葬儀を先にしてそれから即位の儀を続けようと提案し、元々ショク公子の即位妨害は本意でなかった王太后はそれで折れてしまう。

ショク公子は昔と変わらず"かあさま"と呼んで慕ってくれる…その事が、身内を皆失い一人ぼっちになった王太后には嬉しかった。エイ壮は王太后の気持ちが揺らいでいることを察し、ショク公子が王位を継げばビ八子やその弟の魏ゼン将軍ら楚国出身者に朝廷を牛耳られると訴え、もはや暗殺しかないと迫る。続いて行われる王位継承の儀式で王太后自らがクーデターの引き金を引くようにと。すでに魏・韓・斉とも示し合わせて合図とともに秦になだれ込む手筈を整えていると。それでは秦国自体が危ういのでは…恐ろしさに震える王太后の目の前に呼び出されたのは実の子同然に可愛がってきた義渠(ギキョ)王子の芈琰(ビ・エン)。エイ壮と義兄弟の契りを交わしている彼もまた今回のクーデターの要になるのだとエイ壮は告げる。そんな恐ろしい陰謀事にビ・エンを巻き込みたくはないと反対するが、もう事態は動き出している、後戻りはできないのだ…。

翌日、静泉宮にて王位継承の祝宴が開かれた。王太后は懐刀を隠し持ち、手駒の女官に命じてビ八子に出される酒杯に毒を仕込ませた。酒杯が各卓に給仕されるが、見ると女官が変わっている…。ビ八子は直前に酒杯を検査させ、毒が仕込まれているのを確認すると、王太后の杯と中身を入れ替えていたのだ。
ビ八子と王太后は乾杯を交わすが、王太后は恐ろしさのあまり杯を持つ手ががたがたと震える。と、そこへビ・エンが現れ王太后から杯を取り上げた。ビ・エンはビ八子の杯も手に取り、両方を一気にあおった。ビ八子と王太后は悲鳴を上げる。ビ・エンはこうすることでしか二人の"母"を救うことはできなかったと静かに告げる。そしてショク公子にギキョ族の剣技を授けようと言って手合わせを申し出る。ビ・エンの気迫にショク公子は応じるしかなかった。だが甘やかされて育ったショク公子はビ・エンに何度も打ち負かされる。怒りと悔しさでむきになったショク公子は剣を構えて突撃する。それをビ・エンは避けようとせず自らその刃を胸に受け、絶命した。兄を殺してしまったという事実に震えるショク公子、そして実の子同士が眼の前で戦い殺されるという地獄にビ八子は泣き叫び、王太后も愕然とする。
ビ八子は子を殺された恨みと怒りを王太后にぶつける。王太后は自分は嫁いできた時から秦王を暗殺する役目を担ってきたのだと言い、懐刀を取り出した!ビ八子は必死に息子をかばい、ショク公子も王太后を説得する。王太后は懐刀を自分の胸に突き立て息絶えた。
だがビ八子の怒りは収まらなかった。懐刀を奪い王太后を何度も何度も突きさし泣きわめく…母の鬼のような所業にショク公子は衝撃を受ける。

王位継承の儀式はしかし、粛々と進められるのであった。エイ壮は咸陽(カンヨウ)宮に兵を配し玉座に座ってショク公子が来るのを待ち構えていた。公子がカン陽宮に入った瞬間に首を取り、エイ壮が王位を継承したことを皆に大々的に知らせるのだ。
だが突然音もなく天井からロープが下りてきてエイ壮の首に絡まり引き揚げられエイ壮は宙づりになる。次々と天井から伏兵が現れてエイ壮の兵を一瞬にして殲滅。…全てはビ八子の指図だった。魏冉(ギ・ゼン)がすでにエイ壮一派の屋敷を襲撃し制圧、カン陽宮の伏兵を指揮する白起がエイ壮の息の根を止めると、遺体は即座に運び去られ血の跡は拭き取られ、カン陽宮は何事もなかったかのような静寂で新たな王を迎えるのであった。





[A] 嬴稷(エイ・ショク)
武王の異母弟。後の昭襄王。先代恵文王によって国外追放になり趙国に滞在していた。
[B] 嬴壮(エイ・ソウ)
皇族の一人で、王太后に取り入って王位簒奪を目論む。
[C] 魏紓(ギ・ジョ)
王太后。武王の母。情にもろくエイ・ショクやビ・エンも我が子同様に可愛がってきた。
[D] 芈八子(ビはつし)※八子は爵位
エイ・ショクの母。実は秦に輿入れする前に義渠(ギキョ)王との間に一子もうけていた。
[E] 芈琰(ビ・エン)
ギキョ王とビ八子の子。魏ジョが実母だと教えられ慕ってきたが実はビ八子が実母だと知り、二人の母に板挟みになる。
[F] 嬴疾(エイ・シツ)
右丞相。先代恵文王の弟でエイ・ショクの叔父に当たる。厳君とも呼ばれる。
[G] 甘茂
左丞相。武王の良き参謀だった。
[H] 魏冉(ギ・ゼン)
将軍の一人。ビ八子の異父弟で、武王の親友だった。
[I] 白起
将軍の一人。魏ゼンとは共に数々の戦を乗り越えてきた同志。

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思いっきり物語の途中から始まるので前作を知ってる人向けになってます。第三話から見てもいいと思うけど、この第二話の季君の乱がエイ・ショクの心のトラウマとなったことを強調したいのかもしれません。


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長いものに巻かれろ