鄴城の留守を任されていた曹丕は父・曹操が軍幕で倒れたと聞いて馬を飛ばして駆けつけた。
* * * * *

「わたくし(*1)曹丕が大王さまにご挨拶申し上げます。父王さま万歳(*2)。」
「お前の奏表を見たぞ、魏諷が叛乱を起こしたのか。」
「はい。荊州の昔の仲間と組んで反逆を企み関羽に呼応しようとしましたが、こやつらは既にわたくしが処置致しました。鄴城は現在平安でございます、父上どうかご安心を。」
「あと王粲、あの二人の子供はわしは覚えてる、あの王粲は(生前は)お前の友だったろう。」
「わたくしは鄴城(守備)の重任を肩に負っておりますから、私情に流されるわけにはまいりません。」
「もしわしが(そこに)おったら、おそらくあの王粲の後を無くす(殺す)のは惜しいと思うだろう。」
「もしわたくしの処置が不当であったならば、父上どうか(私に)罪を下して下さい。」
「何の罪を下すのだ、お前の処置は正しい。国家を守るには果敢に決断せねばならない、それはわしが日頃からお前に厳しすぎるほどに脅しつけてきた事だな。」
「……。」
見ると曹丕は涙を流している。
「(人前で涙を流すという)失礼を致しました、どうか父王さまおかしいと思わないで下さい。この二十年余りで、父上が初めてわたしを褒めて下さったのです。」
「……。」
曹操は曹丕に手巾を手渡す。曹丕はその手巾で涙を拭う。
「こっちへ来い。うーん…どこへやったかな…。」
曹操は枕の下から詔書を取り出した。
*1 儿臣は王の子供の一人称。中国語では相手に対して自分の位や立場を明確にすることで尊敬や謙譲の意を表すのだ。
*2 千秋無期、万寿無疆は、永く続きますように、永く生きられますように、という意味の決まり文句。

「これは三年前にお前に渡すべきだった。」
曹丕が開くとそこには曹丕を太子と立てると書いてある。
「わたくし決して父王のご期待に背きません。」
「早く鄴城に帰りなさい。鄴城をしっかり守るのだ。」
「わたくし鄴城にて父王さまの凱旋をお待ちしております。」
「楊修が鄴城で天下を統制するべきでないと言いおったが、(私も)そうだと思う。父はお前のために先に洛陽へ行って関羽を倒し宮殿を修繕するが、遷都はお前が行うのだ。父は洛陽でお前を待つ。もし天意で全て成し得たら、我ら父子は洛陽でまた会えるであろう。」
「父王さまは千秋無期、父王さまは万寿無疆でございます(*2)。わたくしはまた父上に付き従い共に出征しとうございます、あなたと共に天下を平定に。」
「人はいつか死ぬ、国もいつか滅びる(*3)。よい、お前は重任を負っておる身、長く離れていてはならん、帰りなさい。早く帰るのだ。」
「父上、(わたくしの望みはただ)くれぐれもお体を大切に、くれぐれもお大事に…。」
「そうだもう一つあった。」
曹操は手招きし隣に座らせる。
「あの司馬懿を、父はお前に残していこう。お前の国家創生に、彼を用いるのだ。ただしくれぐれもよく覚えておけ、たった今この時から、彼はお前の苦難を共にする親友ではない。彼はお前の"臣下"だ。二度と情に流されて事を起こしてはならぬ。孤家・寡人とは理由なく言っているのではないのだ(*4)。」
「わたくししかと覚えておきます。」
*3 直訳:この世に死なない人がどこにいようか、滅びない国がどこにあろうか。
*4 孤家、寡人はどちらも国王の一人称(わし、おれさま)で、一人という意味。曹操は「自分の事を孤家、寡人と呼ぶ者は心許せる友などおらず孤独なものなのだ」と言っている。
* * * * *
曹丕の苦労そして痛切な想いに涙を禁じ得ないこれも名シーン。
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