袁紹討伐に向かう曹操。道中で曹娥の碑を見かける。その裏には書家・蔡邕による八文字が刻まれていた。
* * * * *

「黄絹、幼婦、外孫、齏臼。蔡邕が題したこの字はどういう意味だろうな。皆は解るか?」
「僕は解りましたよ、この碑は…」
「おい、先に言うな。私にもちょっと考えさせろ。」
しばらく行軍を続けると雨がぱらついてきた。曹操は行軍を一時停止させる。
「どのぐらい(の距離)来たかな。」
「父上、三十里ほどです。」
「ここまでやって来る道中私はずっとあの八文字の意味を考えていたが、この雨水に打たれてひらめいたぞ。徳祖(*1)、言ってもいいぞ。」
「ええ。黄絹は色のついた糸、合わせれば絶という字ができます。幼婦とは幼い女、合わせれば妙という字になります。外孫は女(娘の意)の子ですから、合わせれば好という字に。この齏臼(*2)はどうでしょう、香辛料を受けるものですから、辞(*3)という字になります。この蔡邕が言わんとするのは"絶妙好辞(*4)"です。」
「楊公子はさすが聡明だ。」
「彼の知恵は私より三十里も早く出てきたぞ。」
「とんでもない。」
「三十里だ!(素晴らしい!)」
「言葉に隠された謎を探る、ちょっとしたお耳汚しのお遊びですよ、すごいなんてものではございません。」
「楊公子は隠語をたちまちのうちに解く、ならば勢局も解けるかな。」
「司空がおっしゃるのはこの袁紹との戦いのことですよね。」
「その通り。袁氏は河北に拠点を構えその勢力を地盤に複雑に根付かせている。我が軍二万と袁軍十万が相対するのは、公子は螳臂当車(*5)だと思わないかね。」
「司空のお言葉はちょっと違いますね。この戦の勝敗は兵の多さではなく、人の心が集まっているかです。」
「楊主簿、詳しく教えてくれ。」
「この袁紹という人は外目には寛大なようで実際は心が狭く自分の名声を挙げることに必死で、大任を任せるのは親族か綺麗ごとばかり並べたてる輩のみ。そして司空は真心をもって人に接し誠意をもって行動し(大見得を張ることなく)つましく兵を率いておりますから、皆司空のためなら死んでも構わないという忠実で正直な兵士が大変多く、勝敗はひと目でわかりましょうとも(*6)。」
「楊主簿の答えはさすがだ。ただ郭軍師を超えるほどではない。十勝十敗論(*7)の範疇だ。」
「宝石のような(優れた)郭軍師のおん前で、この修は班門弄斧(*8)でした。」
「いやいや。英雄を見立てれば同じになるのでしょう。」
「郭軍師と楊主簿がそう言うのなら、私は何の心配もないなぁ。」
「父上、今回はきっと天下の全ての英才が集ってるのです、(天下)統一の大業は成し遂げられますよ。」
「あの司馬懿のこわっぱが我が府中に入らなかったのに、どうして天下の英才を語れようか。どうやら私はまだ天下の人心を得てないのだなぁ。雨が沛を満たす、きっと今年の収穫は良いぞ。」
*1 楊修の字。
*2 「齏」は細かくすりつぶした香辛料の事
*3 「辤」は「辞」の旧字。
*4 辞は詩の形式の一つ。「絶妙好辞」は「大変素晴らしい詩だ!」という意味。
*5 カマキリが車に向かってカマを振り上げぶつかっていくさま→身の程知らずの意味。
*6 直訳:勝敗がどうしてひと目でわからないだろうか(反語)
*7 郭嘉が曹操に提じた激励文。曹操が10の事柄で袁紹に勝っているので当然戦も勝てると論じた。
*8 その道のプロの前で自慢気に能力をひけらかすこと。班氏という名大工の門前で得意げに斧を振るっている様子からの故事成語。
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「有知無知三十里」と呼ばれるエピソード。この作品では郭嘉も意味を解っていたが曹操の顔を立てるためにわざと黙っていたことが芝居で示唆されている。楊修のギラギラとした野心を印象付けるためのシーン。
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