司馬懿に依頼され楊修を罠に嵌めることで事件の真相を明かした荀彧だが、上司である曹操に嘘の報告をしたことになったため謝罪へ。曹操の前で荀彧は深々と頭を下げる。
* * * * *

「令君(*1)、言っただろう、君は私に対してそんな仰々しい挨拶をする必要はないと。」
「わたくしは罪を犯しました。」
「令君はこの事件をはっきりさせるのを手伝ってくれたのだ、何の罪があろうか。」
「わたくしはすぐに楊修が司馬防を陥れようとしていると疑いましたが、何の証拠もありませんでしたし、想像に推測を重ねるのはよくありません。それで司空を騙して楊修の自供を誘いました。わたくしには主を騙した罪がございます。」
「令君。」
曹操は笑って荀彧の手を取り隣に座らせる。
「令君、君と私の間では、そんな他人行儀な挨拶をせんでよいのだ(*2)。私が令君に絶対的実権を与えたということは令君に絶対的な信頼を置いているのだ。一般の夫婦の間でもお互いにちょっとした秘密、ちょっとした思惑を隠し持っているものだ(*3)、だが大事に臨む際には苦楽を共にし肝胆相照らす(互いに心の内をすべてさらけ出す)。これは夫婦間だけのことではない、君と私の間もまたそうなのだよ。」
「司空がそのように(わたくしを)信任していただいているのに、(ご期待に添えず)お恥ずかしいばかりです(*4)。」
「令君、君がした事は充分すばらしい。私はもう追求せんし、私はもう司馬防一家を赦免したし、董承、王子服らの名誉を回復させ(*5)、さらに恩(褒美、補償)を加えるべきかと思っとるのだよ。これを天下に告知するための詔書はどう書くべきかを、令君は考えてくれたまえ。」
「司空・・・。」
荀彧は改めて跪き拝礼する。
「司空、司空の温情と威厳を併せるお沙汰に、多くの官吏民衆はひたすら感服し尊敬のまなざしを送り、罪人は(自分の愚かさを)恥じ入り悔やみ、罪のない者は感激し忠誠を誓います。司空の胸の内(お考え)はこの世に誰も及ぶ者のない、真の英雄にございます!」
「ハッハッハ…。令君。私の事を解ってくれる令君がいるから私は何の心配もない(*6)。令君、すぐに詔書を起草に行くがいい。ああ、司馬懿だが、令君はどう思う?」
「静かに流れる水のようで深い…わたくしはまだ彼(の心)を見透かせません。」
「静かに流れる水のようで深い者か、なら令君ともどこか似ておるなぁ。ハッハッハ…。」
「…司空のお話はよく分かりました、ではこれにて失礼いたします。」
*1 「令」は部署の長官で令君は長官どのというニュアンス。荀彧は尚書令(官房長官クラス)で曹操は司空(総理大臣クラス)。
*2 直訳:あなたと私の間では、他の人を騙しておくための決まりきった事を言うな。
*3 直訳:あたかも一般市民の夫婦の間で互いに小さな秘密、小さな思惑が無い者がいるだろうか(反語)
*4 慚愧は気恥ずかしい気持ちで、日本語よりは軽めのニュアンス。
*5 直訳では、さらし首にしていた董承、王子服らに足(胴体の意)をつけて威勢を取り戻させた、というような意味か。
*6 直訳:私を知る令君がいることは、どうしてまた悔やむことがあろうか(反語)

荀彧が去った後に衝立の裏から郭嘉が現れる。
「司空は本当に凄すぎて(*7)わたくし五体投地致します。わたくしは日頃から自分は優れておると思い他人に感服したことはございませんでしたのに、今日司空には感服致しました。」
「これまた巧言令色な。」
「本当の事です。袁紹が挙兵し劉備は裏切り逃亡し大戦がすぐにも始まろうというこの時、人を殺すのは容易いですが心を攻める(掌握する)のは難しい。」
「私はまもなく出征するが、許都の留守を護る大任は令君を除いて任せられる者はおらん。私は楊彪、司馬防、この二つの老廃物を解放し、盟書(*8)もまだ見つかっておらん。だが令君の信頼を得ることは、それだけの価値がある。」
「司空が今回人心を得たのは、荀令君だけにとどまりましょうや。盟書に名を連ねた者の殆どは(調べれば)わかりますが、しかしこの頑固で道理の分からない老人どもは捨てておけばよろしい。司空にとって今そして将来に有用なのはこれからの時代の人材です。このように温情と威厳を併せ用いれば、司空は安心して出征できますし、許都には再び憂う事態など起こりません。」
「朝臣どもを今回みんな一度牢獄に入れて打ちのめしてやったが、しばらく平穏な日々が続いたなら、私は彼らを戻し受け入れよう。(ところで)楊修と司馬懿、奉孝(*9)は使えると思うか?」
「楊修はすでに良い(利用しやすい)道具になっておりますが、司馬懿はどうでしょうか…。」
*7 直訳:司空は本当に(素晴らしすぎて)私をくらくらさせる。
*8 衣帯詔と呼ばれる、反曹操を掲げるクーデターの連名書のこと。
*9 郭嘉の字。役職ではなく字で呼ぶのはビジネスでなくプライベートな印象で、荀彧にはあくまでビジネスとして接し郭嘉には仲間として話していることがわかる。
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セリフだけでは分からないだろうな、この曹操の一瞬で天国から地獄へと殴り堕とす強力パンチ。かっこええ・・・。
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