およそ700万年前、最も近縁の類人類であるチンパンジーと分岐した時に、ドーパミンやエンドルフィンなどの神経伝達物質の放出量が減り、不安を強く感じる変化をもたらす遺伝子の変異が人類に生じた。この変異は、人類が、猿人、原人、旧人、そして現生人類(ホモ・サピエンス)などに分化する前に生じたものと考えられている。実際、ネアンデルタール人やデニソワ人など、4万年前まで生息していた現生人類と近縁の種(旧人)のゲノムを調べたところ、どの人種においても、この変異は共有されていた。


因みに「不安」とは異なり、「恐怖」は、あらゆる脊椎動物が、危機において、たとえば天敵(捕食者)と遭遇した時などに側頭葉の扁桃体が分泌するストレスホルモンによって感じるものである。

また、チンパンジーを含めて類人猿は、孤独に放置された状態においても、激しい孤独の苦痛を感じ、それが長期に渡った場合には、脳にも物理的な傷(トラウマ)が残ることがある。

だが、それらの恐怖や孤独は不安ではない。恐怖や孤独は直接的で体感的なものだが、不安は目に見えないもの、未知なるものに対するこわさであって、性質の異なるものである。


この「不安」の遺伝子は、気候変動による環境の変化によって、アフリカ中部の密林が小さくなり、否応なく草原に出ざるを得なかったサルたちの中で、最も遠くまで旅した種族(ヒト)が、360度、身を隠すところのない草原で生きていく上で、警戒心を維持するために獲得されたと考えられる。

ヒトは、この「不安」を感じる能力を発達させることで、危険な環境で生きていくことが可能になった。その意味で、ヒトは、最も勇敢に旅を続けたサルの一種族であると言える。言い換えると、「不安」は、サルがヒトへと進化する必要条件の一つだったのである。


このように、私たちは「不安」を肯定的に捉えることもできる。しかし、その一方で、「不安」には否定的な側面もある。不安が強いと、人は過度に失敗を恐れて、過去の成功体験にしがみつき、なるべく安全策を取ろうとする。「不安」は人を保守的にする。それは新しい試みをためらわせ、創造性の発揮を阻害し、多様な選択肢を吟味する機会や学習の機会を失わせる。「不安」は、側頭葉(扁桃体)のストレス・ホルモンの分泌を誘発し、その一方で、前頭葉の活動を鈍らせ、結果として脳の進化を遅らせる。


およそ10万年前、ホモ・サピエンスにおいて、今度は、ドーパミンなど幸せホルモン系の神経伝達物質の放出量を増やし、不安を感じにくくする遺伝子の変異が生じた。この変異は、ホモ・サピエンスの「出アフリカ」の時期と重なる。

また、現代人のゲノム配列の調査では、アフリカ大陸内には、この変異を持つ人がほとんどいないことがわかっている。さらにネアンデルタール人やデニソワ人にも、この変異は生じていない。「出アフリカ」したユーラシア大陸の現生人類においてのみ、地域差はあるが、およそ30%に、この変異が生じている。


ユーラシア大陸のホモ・サピエンスは、不安を強く感じる遺伝変異のみ有する人たちと、不安を感じにくい変異も有する人たちが、10万年にわたって共存してきた。このうち、不安を感じにくい遺伝変異を有する人たちは、前頭葉が活性化しやすく、多様な創造性の発露によって人類社会の変革に貢献してきたと考えられる。そして、この「不安遺伝子」と「不安緩和遺伝子」の取り合わせが、人類社会の維持と進化に、共に必要であったことが推測される。


例えば、不安遺伝子しか持たないネアンデルタール人やデニソワ人は、ホモ・サピエンスに比べて、脳の容積自体は大きく、記憶を司る側頭葉(海馬)はホモ・サピエンス以上に発達していたが、予測や応用を司る前頭葉は未発達であった。彼らは、一度記憶したことは、決して忘れなかったが、その一度覚えたやり方を、状況に応じて臨機応変に改良して用いる柔軟性や創造性に欠けていた。

不安は、知識(データ)を記憶し、忘れないようにしようという意識につながる。その意味では「知りたい」という欲求はある。だが、その欲求は、知らないことへの不安から生じたものだ。だから、不安の強い人は、知識(データ)を溜め込みがちになる。しかし、データを積み上げ、保存したことで安心してしまい、それ以上、情報の分析や理解・把握に努め、知識を深める意欲には繋がらない。そこには発展がない。


一方で、不安がない人は、好奇心から「知りたい」と思う。そこには新たな発見への意欲があり、未知のものへの憧れがある。彼らは、分からなかったことが、少しづつ分かってくる過程そのものに快感を感じる。だから、「出アフリカ」した人々は、ユーラシア大陸の果て、オーストラリアやアメリカ大陸までも旅を続けたのだ。

不安は、私たちの前頭葉を硬直させ、私たちの感情も磨滅させる。その状態が続くと、喜びは失われ、虚無と絶望に取り憑かれるようになる。

だから、子供を優秀にしたければ、子供を不安な状態に放置しないことだ。安心を与えること、それは、特に、幼い子ほど大切なことだ。そうすれば、子供たちの自然な好奇心が開花するだろう。


それから、ある種の「覗き見趣味」と好奇心の違いについても述べておこう。覗き見趣味は、疑心暗鬼や不信感や対抗意識から、「お前の秘密を見抜いてやる、暴いてやる」という意識の現れであることが多い。あるいは、「他の人が誰も知らないこと、隠しておきたいことを知っている」という密かな優越感を抱きたいがための衝動とも言える。

しかし、その「知りたい」という衝動は〝好奇心〟ではない。

また、自分の病理診断を知りたがるのも、不安から生じる欲求であって、それは好奇心ではない。理科の試験に備えて「虹はなぜ生じるのか?」と先生に訊くのも好奇心からではない。

好奇心は、不安や自意識や競争心や優越感やテストの準備とはまったく関係がない。好奇心は、内発的動機に基づく完全に個人的で没頭的なもので、腰を据えた持続的集中力を生み出す原動力である。不安とストレスのない状態で、はじめてヒトは好奇心のままに創造性を発揮する。




沖縄県は、翁長雄志知事時代の2015年4月に、普天間基地移設問題に反対する県の姿勢を米国政府に直接訴える目的でロビー活動を行うために、知事の強い意向でワシントン事務所を開設しました。

しかし、当時、アメリカ国務省は、外交権を持たない日本の地方自治体が政治的・外交的な意図を持って設立した事務所を、非課税(非営利)事業者として登録することに難色を示しました。

そのままでは県職員が駐在職員として就労ビザを取ることができず、事務所が運営できなかったため、アメリカの弁護士の助言を得て、沖縄県が100%出資する「株式会社沖縄県ワシントン事務所」を設立し、駐在職員のビザの申請では、沖縄県から直接雇用されていない株式会社が雇用する社員であるとして、「社長」「副社長」と記載してありました。しかし、実際には、ワシントン事務所の職員は、県職員の身分を有した地方公務員のままで、営利企業従事許可を得ていない公務員による違法な兼業状態だったのです。

(これは、ある種の〝イカサマ〟〝ごまかし〟であり、県の関与した詐欺行為であるとも言えます。)

その上、ロビー活動自体は、アメリカのコンサルティング会社に年間7000万円で業務委託し、出納・会計含めて活動・運営を完全に丸投げの状態で、県はその活動実態を全く把握せず、その上、県は100%出資法人に関わる法令義務に反して議会への事務所の活動報告も9年間行いませんでした。というか、報告すべき活動内容を関知しておらず、完全放置の状態でした。

また、当時、沖縄のメディアは、県がワシントン事務所を設置して普天間基地移設反対を訴えるロビー活動を行うことは大々的に報じていましたが、こうした運営の実態については何も報道しませんでした。

県民は、ワシントン事務所は基地反対のロビー活動のために運営されていると信じ込まされていましたが、実際には、営利目的の株式会社の名目で存在していた事務所は、何の営利活動も行うことなく、無駄に県民の税金を費やしていました。しかし、このことは、昨年まで、9年間、県民には知らされませんでした。

この事務所の活動内容については、アメリカの首都ワシントンで、沖縄の基地問題を啓発するとか基地に関する情報収集をするとか、知事がワシントンに来た時の案内などとなっています。

しかし、「営利目的で設立されているはずの株式会社が何の営利活動もしていない」という事務所の実態がアメリカ国務省にバレると、隠された意図を持つダミー会社と判断され、県はまずい立場になるのではないでしょうか。

また、営利目的のはずの株式会社が、主たる活動として米軍基地反対運動を大々的に行う(しかも米国の首都で)というのも、実際にはかなり難しいのではないかと思うのです。

そもそも、知事のワシントン訪問とか、ただの県民向けパフォーマンスにしかならない活動が、なぜ必要なのかという問題もあります。

いずれにしても、この事務所は、県民にとっては予算ばかり食う本当に意味のない存在です。


2024年の10月に玉城デニー知事は、「先日、事務方から報告を受けた」と公表し、それまで、アメリカのコンサルティング会社への普天間基地移設反対のロビー活動の委託については報告を受けていたが、株式会社ワシントン事務所の存在は知らなかったと述べました。

一言で言えば、毎年7000万円の県の予算をドブに捨てていたことについて、知っていたのに、まったく気にしていなかったわけで、「きわめてだらしがない」と言わざるを得ません。

それにも関わらず、玉城デニー知事は、今年も、このコンサルティング会社への委託(2023年度一般会計で1億円の出費)を続け、ワシントン事務所を維持したいという意向で、県議会に決算や予算を提出しました。それに対して、公明・自民・維新の野党三会派が多数の県議会は、この玉城デニー知事の提出した決算を不認定とし、2025年度予算については、ワシントン事務所の維持費用3900万円を含む予算委の審議を拒絶しました。

2025年3月28日、ワシントン事務所経費を全額削除する予算の修正案が、県議会で可決され、ようやくワシントン事務所が閉鎖される見込みとなりました。ところが、玉城デニー知事は、4月11日の定例記者会見で事務所再設置に強い意欲を示しています。

つまり、玉城県政としては、百条委で「事務所設立と運営に関して、いくつか重大な瑕疵がある」と指摘された点については、瑕疵を法的・制度的に是正すれば良いのであって、今回は議会が予算を認めなかったから、一時的に事務所は閉鎖しますが、今後、法的に問題ない建て付けにして事務所再開を目指すという立場なのです。

具体的には、県による営利法人設立の追認の事務手続きを完了し、県職員であるワシントン駐在職員の営利企業従事許可を行い、取得した株式の登録を行い、法的な瑕疵を是正すれば、事務所を再開して問題はないと考えているということです。


しかし、何のために、この事務所は維持されなければならないのでしょうか?

これまで、事務所の存在自体を知らず、活用できなかったので、知事のワシントン行きに今度こそ利用したいとでもいうことなのでしょうか。

何の成果も期待できない、何の役割も果たしていない事務所の維持に固執するのは、本当に意味がわかりません。

それでも、ともかく「何としてもワシントン事務所を維持したい」という知事の意志は固いようです。

ですから、次回、選挙で玉城デニー知事を支持する〝オール沖縄〟が勝てば、金食い虫の上に役立たずのワシントン事務所は復活するでしょう。

すべては県民次第というわけです。

ただ、沖縄県のメディアは、この問題の推移について、おおよそ沈黙しており、〝疑惑のデパート〟であるワシントン事務所の職員の業務実態や米コンサルティング会社に委託された活動の内容や資金の流れについて追及する百条委員会の動きについてなど、あまり報道されていません。

ですから、ほとんどの県民は、この問題について何も知りません。

もし、知ったなら、県民の多くは、県の活動のずさんさといくぶん誇大妄想的な散財の実態(総額で7億円を超える)に驚き呆れるに違いないと思うのですが…。

実際には、この「ワシントン事務所」問題は、一般の県民の中では何の問題にもなっていないのが現状で、県の行政を批判したり、県の責任を追及する世論は少なくとも県内には存在しません。

ですから、野党多数の県議会で百条委員会による県への責任追及が続いている渦中であっても、県側は、堂々と「事務所再開を目指す」などと公言できるのです。

基地移設反対運動の側の人々にとっては、あくまでも〝ワシントン事務所設置は正義〟という認識であるように思われます。

つまり、「基地反対は正義であるから、当然、ワシントン事務所存続が正しい選択」であるらしいのです。もっと言えば、「たとえ運営実態が詐欺的であったとしてもかまわない、なぜなら存在していることに意義があるから」というわけです。




以前、別の記事で、日本で少子化が進んでいるのは、結婚率が低下し、晩婚化しているからで、その原因は、家庭も子どもも恋人も欲しがらない若者たちが増えているためだということを記した。

しかも、それは経済的な理由からではなく、彼らは、そもそも結婚に興味がなく、異性とつきあうこと自体〝面倒くさい〟と感じているからだと指摘した。

今回は、その続きを論じてみたい。

 

「現代の若者は、なぜ家庭をつくることや異性とつきあうことに興味を持てず、面倒に感じるのか?」

人間は誰しも幸せになりたいと思っている。なのに結婚したくないのは、結婚に夢を持てないからだ。異性とつきあう気になれないのは、恋愛で幸せになれると思えないからだ。彼らにとっては、他者と深く関係を結ぶことが喜びではないのだ。

ある意味、人間不信の極みである。自分自身についても、人と愛情を育むことができる人間だとは信じていないということでもある。

 

しかし、自分が家族から愛されなかったなら、かえってなおさら強く愛を求めるようになるのではないだろうか?

せめて自分は愛情に満ちた家庭を築こうと思うのではないだろうか?

なぜ、そうならず、陰々滅々の方向へ振り切れてしまうのだろうか?

 

それは、おそらく彼らが生まれた時から、嘘しか言わない家庭で育ったからではないかと私は思う。その家庭に愛があるかどうかはわからない。ただ、もし彼らが家庭で互いに本心本音を言い合ったら、ほとんどの家庭が崩壊していただろう。

そして、日本の離婚率はフランスを飛び越えて振り切れることだろう。

しかし、現状、そうはならず、この国の家庭の多くは、嘘と沈黙、策略と不干渉によって、かろうじて維持されている。

互いに本音を口にすることなく、なんとなく〝かたち〟だけは維持されている、そのような家庭で育った子どもたちは、親の言葉に何一つ〝本当のことがない〟ことを、本能的に見抜いている。そして、家族の言葉が信じられず、家族の愛情も実感としてわからないまま成長し、自分自身、嘘しか言えない大人になる。

泉谷しげるの「春夏秋冬(※)」ではないが…。

「夢のない家を出て愛のない人に会う。」というわけだ。

 

彼らは人と心で繋がるすべを知らない。そして、誰かを愛することもない。

彼らが関心を持つのは、自分のことだけである。

だから、異性とつきあうのも、家庭をつくるのも、彼らには何がそんなに良いのかわからない。

彼ら自身にはそういう欲求がまったくないからだ。

そのように彼らを不自然な生き物に育てたのは、見栄っ張りで嘘つきの親たちだ。

とは言え、もうすでに大人なのだから、それは彼らの自己責任でもある。

本当に幸せになりたいなら、「人は独りでは幸せになれない」ということに、彼らは青年期に気づくべきだった。

そして、親の生き方や価値観と決別し、自らの生きる道を自分で選んで歩み始めるべきだったのだ。

 

アーシュラ・K・ル・グィンが短編小説で描いた「オメラスから歩み去る人々(※※)」が生まれ育った都を後にするように。

 

そして、あなた達は、親の価値観を捨て去ろうと引き継ごうと、いずれにせよ、遅かれ早かれ、上記のような事実を、つまり、「嘘がどれほど人間精神を蝕んでいくか」を、年を経るごとに身に沁みて感じるようになるだろう。

古代ギリシャのサモス島の賢人にして〝自然哲学の父〟ターレスが次のように言うのはまったく真実である。

「一番賢いものは時である。というのも最も秘められた物事を暴くからである。」 

また、同時期のアテネの立法者にして放浪の賢人ソロンの言葉にも同様のものがある。

「生涯の終わりに達していない人の幸せについて、人は判断を下すことができない。人が幸福であると言い切るためには、結末を見ることが何より大切である。神様に幸福を垣間見させてもらった末、一転して奈落に突き落とされた人はいくらでもいる。」

これもまた、まったく真実である。

嘘しかない人生の最後は、必ず惨めなものとなるだろう。

 

 

 

※春夏秋冬⇨本人の作詞作曲による泉谷しげるの代表曲で1972年に発表された。歌詞に「季節のない街に生まれ、風のない丘に育ち、夢のない家を出て、愛のない人に会う」とある。

 

※※オメラスから歩み去る人々⇨アメリカの作家アーシュラ・K・ル・グィンが1975年に発表した短編小説で、処女短編集「風の十二方位」に収録されている。架空の幸せの都オメラスでは、不幸せな見捨てられた状態で監禁されている子どもがいる。そのたった一人の子どもの犠牲を代償にオメラスの幸せは成り立っている。その子どもに手を差し伸べ解放したならば、オメラスの繁栄は終わりを迎えて、この都は滅んでしまうのだ。だから、この街のすべての人は、自分たちの幸福が、この子供の不幸の上に成り立っていることを知っている。子供たちは、適当な年齢になると、親など大人に連れられて、この牢獄の中の子どもを見せられる。幸せに育っている子どもたちは、この不幸な子どもを見て、驚き、嘆き悲しみ、後ろめたい気持ちに苦しむ。しかし、やがて、そのショックを克服し、何の犠牲もない幸福などないのだと自らに言い聞かせ、その分、かえってこの都の幸福を大切に思うようになる。

ところが、この幸せの都から、去っていく者たちもいるのだ。彼らは、大抵、誰にも相談することも、別れを告げることもなく、ある日、1人きりでこの都を後にする。少年や少女もいれば、大人の場合もある。不思議なことに、彼らは皆、自分の行先を知っているようなのだ。彼らはためらうことも、惑うこともなく、しっかりとした足取りでオメラスから歩み去る。

 

 

 

スティーブ・ジョブズは自身がリード大学を6カ月で中退しているせいもあってか、大学の卒業式に招かれてスピーチを行ったのは、生涯に一度だけである。それが2005年のスタンフォード大学における卒業式でのスピーチだ。

この有名なスピーチはYouTubeでも英文及び日本語訳付きで全編が公開されている。したがって、聴きたい人は誰でも聴くことができる。

ただし、このスピーチで彼が伝えたかったことの中身は、非常に簡潔でユーモアとウィットに富んだ言葉で語られているにも関わらず、実はかなり難解で意味が深い。

この記事では、スティーブ・ジョブズが卒業生たちに伝えたかったこと、その内容について少し掘り下げてみたい。

全部で13分ほどの短いスピーチの中で、彼は3つのことを話している。

 

第一のテーマで彼が伝えたかったことを一言で表すと次のようになる。

「これが自分の役に立つのか?」何のために、これをやるんだ?」「これは自分にとって何の意味があるんだ?と問うなかれ、ということだ。

「何の役に立つのか?」なんて、そんなことは考えても意味がない。なぜなら、人間には、自分の未来において何が役に立つのか、前もって判断することは不可能なのだから。

人間に、そんな予知能力はない。だから、逆に言えば、「あなたの未来のために、これが必要だからやりなさい」と誰かに押し付けられた作業(苦役)で、貴重なあなたの今の時間を費やしてはならない。

具体的に言うなら、「あなたの将来のために、この勉強をしなさいこの学校に行きなさい)」という大人のもっともらしい言葉に騙されてはならない、ということだ。なぜなら、大人たちは、あなたの未来のために何が必要か、本当は何もわかっていないのだから。

しかし、「こんな勉強が何の役に立つ?(いや、何の役にも立たない!)」と一方的に拒絶するのも浅はかで間違っているかもしれない、とも言える。

物事は常に多面的である。

 

第二のテーマで彼が伝えたかったことは次のようなことだ。

未来に必要なことなど誰にもわからない。だから、今、あなたが本当にやりたいことをやりなさい。夢中になれることをしなさい。そして、心に幸せを感じられる時間を過ごしなさい。

もし、あなたが、やりたくもない、でも、自分の将来のために必要だからやらねばならない(と信じ込まされている)こと(例えば受験勉強など)で、自分の時間を埋め尽くして、味気ない生活をしているなら、やがては自分の人生そのものを愛せなくなってしまう。自分の人生を愛せない人は不幸な人だ。

そうならないように、人生を愛せる人になるために、やりたくないことなどやるのはやめて、充実した時間をおくりなさい。

立ち止まることなく、好きなものや人、夢中にさせてくれるものや人を探し続けなさい。

そして、諦めずに幸せを掴みなさい。

「喜びのない日常の連続は不幸をもたらす」ということだ。

 

そして、第三のテーマでジョブズが伝えたかったことは、ちょっと難しいが、次のようなことだ。

自分の寿命が今日1日しかないとしても、あなたは今日予定していたことを、それでもやるだろうか?

自分にそう問いかけた時、「いや、こんなことはしない」と思うとしたら、それは、自分にとって、あまり大切なことではないということだ。そのように感じることは、初めからしない方がよい。

ただし、これは、『自分の寿命には限りがある』と本当に自覚しない限り、わからない命題である。

自分の時間がそれほど多くないと知っている人は「はたしてこれは、残り少ない自分の時間を費やして良いことだろうか、その価値はあるのか?」と自然に自問自答するものだ。

実際、迫り来る死と向き合った時、その不安や恐怖の前には、世の中のたいていの瑣末な雑事は何の意味もなくなる。これは味わった人しかわからないだろう。

だが、考えてみれば、人間の人生など、いつ終わるか、誰にもわからない。その意味では儚い命である。だからこそ、愛おしい。

限りある命だからこそ、人生を愛しむべきだ。

人は幸福にならねばならない。

死の直前まで、その渇きを満たすために求め続けなさい。

 

ジョブズは、上記のような助言を若者たちに遺した。

世界は、人と違う何かを持ったあなたを必要としている。もし、あなたが人と同じであるなら、あなたの代わりはいつでも用意できる。だが、誰とも異なるあなたに代われる人はいない。あなたの存在は、この世で唯一無二であるのだから。

27クラブの一人でもあるアメリカのロック・ミュージシャンのカート・コバーンは次のような言葉を遺している。

人と違う私を皆は笑うが、私は人と同じ皆を笑う。』

かけがえのないあなただけの人生を大切に生きて欲しい。

 

 

 

貧困、学力、就職、地域などの格差の問題、さらには虐待、いじめ、育児放棄、介護の問題、はたまた災害や自殺や民俗紛争やパンデミックの被害などを論じるとき、「これは自分の問題ではなく、自分とは関係のない誰かの問題だ」と思う人は多い。

すべては他人事である。

なぜなら、彼らは貧困を、虐待を、差別を、感染を、紛争を知らないから。そして、知ろうとすらしてこなかったから。

さらにその根本原因を言い表わすとすれば、「それらの問題が、彼らの『関心領域』になかったから」と言うことができる。

同じ理由から、アウシュヴィッツの壁の隣で、収容所長ヘスとその一家は、富裕で安全で楽しい、満ち足りた生活を送ることができたのだ。

 

この国でも、戦中戦後生まれのうち、高度成長期に経済的に安定した家庭を築き、教養と学識ある親となった者たちこそが、我が子に「人のことは気にしないでいいから、自分のことだけを考えなさい」と教え、育ててきたのではないか。

だから、そのような既得権益を持つ、家柄の良い富裕な親たちによる利己的な教えで育ち、自分のことだけにかまけて、一生懸命に勉強して、大人になった次世代の為政者や役人や学識者たちにとっても、貧困も格差もいじめも死も、ますます自分たちの問題ではないのだ。これは負のスパイラルである。

彼らは、弱者を自分とは別世界の哀れな遠い存在と見做しながら、ごく自然に無意識に賤しみ軽んじ侮蔑している。

だから、世の中は何も変わらない。綺麗事は言っても、本心では変えようという気がないからだ。

たとえ隣人が餓死しかけていても、「私の問題ではない」と彼らは無視できるのだ。

 

しかし、本当に、そうだろうか。

本当に無視していいことなのか?

 

アメリカの文豪マーク・トウェインは『王子と乞食』の最後で、若い頃、ひょんなことから、こじきの子トム・カンティと入れ替わって貧乏の辛酸を舐めたエドワード王が民に善政を行ったと記した。大臣らが「陛下、さすがにそれはやりすぎでは」と異議を申し立てると、悲しそうな目を向けて、「貧困について其方たちに何がわかる」「わかっているのは民と私だけだ」と述べたと。

このエドワード王の言葉は、若い頃に苦労したマーク・トウェイン自身の言葉だと思う。

わからない(知らない)ということは、例えようもない悲劇であり、罪でさえある。

「知らないから何も感じないし興味もない」で済ませられては困るのだ。

マーク・トウェインの言いたいことは、そういうことだ。

 

イギリスの詩人ジョン・ダンは、やはり、若い頃、カトリックに対する宗教的迫害を受けて、とても経済的に困窮し、裕福な友人たちの援助に頼っていた時期があった。後年、国教会に改宗し司祭となって、セント・ポール大聖堂の主席司祭に出世した。

しかし、若い頃の苦労があったからこそ、『誰がために鐘は鳴ると問うなかれ』の詩が書けたのだと思う。

波に砂がさらわれてゆく。それによって大陸が欠けていくように、その砂(失われた命)は見知らぬ誰か(の命)ではない。欠けていくのはあなた自身なのだ。

死を弔う鐘は、あなたの知らない誰かのために鳴っているのではない。鐘はあなたのために鳴っているのだ。

ジョン・ダンはそう書き遺した。

 

この世のあらゆる問題の原因は、自分とは関係ない誰か他の人たちにあるのではない。

問題の原因は、私自身にあり、あなた自身にある。

そこから目を逸らせてはならない。

この世に「あなたに関係のない問題などない」のだから。

マーク・トウェインやジョン・ダンの言いたいことは、そういうことだ。