スティーブ・ジョブズは自身がリード大学を6カ月で中退しているせいもあってか、大学の卒業式に招かれてスピーチを行ったのは、生涯に一度だけである。それが2005年のスタンフォード大学における卒業式でのスピーチだ。

この有名なスピーチはYouTubeでも英文及び日本語訳付きで全編が公開されている。したがって、聴きたい人は誰でも聴くことができる。

ただし、このスピーチで彼が伝えたかったことの中身は、非常に簡潔でユーモアとウィットに富んだ言葉で語られているにも関わらず、実はかなり難解で意味が深い。

この記事では、スティーブ・ジョブズが卒業生たちに伝えたかったこと、その内容について少し掘り下げてみたい。

全部で13分ほどの短いスピーチの中で、彼は3つのことを話している。

 

第一のテーマで彼が伝えたかったことを一言で表すと次のようになる。

「これが自分の役に立つのか?」何のために、これをやるんだ?」「これは自分にとって何の意味があるんだ?と問うなかれ、ということだ。

「何の役に立つのか?」なんて、そんなことは考えても意味がない。なぜなら、人間には、自分の未来において何が役に立つのか、前もって判断することは不可能なのだから。

人間に、そんな予知能力はない。だから、逆に言えば、「あなたの未来のために、これが必要だからやりなさい」と誰かに押し付けられた作業(苦役)で、貴重なあなたの今の時間を費やしてはならない。

具体的に言うなら、「あなたの将来のために、この勉強をしなさいこの学校に行きなさい)」という大人のもっともらしい言葉に騙されてはならない、ということだ。なぜなら、大人たちは、あなたの未来のために何が必要か、本当は何もわかっていないのだから。

しかし、「こんな勉強が何の役に立つ?(いや、何の役にも立たない!)」と一方的に拒絶するのも浅はかで間違っているかもしれない、とも言える。

物事は常に多面的である。

 

第二のテーマで彼が伝えたかったことは次のようなことだ。

未来に必要なことなど誰にもわからない。だから、今、あなたが本当にやりたいことをやりなさい。夢中になれることをしなさい。そして、心に幸せを感じられる時間を過ごしなさい。

もし、あなたが、やりたくもない、でも、自分の将来のために必要だからやらねばならない(と信じ込まされている)こと(例えば受験勉強など)で、自分の時間を埋め尽くして、味気ない生活をしているなら、やがては自分の人生そのものを愛せなくなってしまう。自分の人生を愛せない人は不幸な人だ。

そうならないように、人生を愛せる人になるために、やりたくないことなどやるのはやめて、充実した時間をおくりなさい。

立ち止まることなく、好きなものや人、夢中にさせてくれるものや人を探し続けなさい。

そして、諦めずに幸せを掴みなさい。

「喜びのない日常の連続は不幸をもたらす」ということだ。

 

そして、第三のテーマでジョブズが伝えたかったことは、ちょっと難しいが、次のようなことだ。

自分の寿命が今日1日しかないとしても、あなたは今日予定していたことを、それでもやるだろうか?

自分にそう問いかけた時、「いや、こんなことはしない」と思うとしたら、それは、自分にとって、あまり大切なことではないということだ。そのように感じることは、初めからしない方がよい。

ただし、これは、『自分の寿命には限りがある』と本当に自覚しない限り、わからない命題である。

自分の時間がそれほど多くないと知っている人は「はたしてこれは、残り少ない自分の時間を費やして良いことだろうか、その価値はあるのか?」と自然に自問自答するものだ。

実際、迫り来る死と向き合った時、その不安や恐怖の前には、世の中のたいていの瑣末な雑事は何の意味もなくなる。これは味わった人しかわからないだろう。

だが、考えてみれば、人間の人生など、いつ終わるか、誰にもわからない。その意味では儚い命である。だからこそ、愛おしい。

限りある命だからこそ、人生を愛しむべきだ。

人は幸福にならねばならない。

死の直前まで、その渇きを満たすために求め続けなさい。

 

ジョブズは、上記のような助言を若者たちに遺した。

世界は、人と違う何かを持ったあなたを必要としている。もし、あなたが人と同じであるなら、あなたの代わりはいつでも用意できる。だが、誰とも異なるあなたに代われる人はいない。あなたの存在は、この世で唯一無二であるのだから。

27クラブの一人でもあるアメリカのロック・ミュージシャンのカート・コバーンは次のような言葉を遺している。

人と違う私を皆は笑うが、私は人と同じ皆を笑う。』

かけがえのないあなただけの人生を大切に生きて欲しい。