岩手県盛岡出身の天野滋(1953年生)、中村貴之、平賀和人で、1972年、高専在学中に結成された3人組フォーク・グループ、N.S.P(ニュー・サディスティック・ピンク)の独断と偏見によるベスト曲です。

本当に地味で目立たないグループで、同じ時期に、同じように〝叙情派フォーク〟と呼ばれた、北海道出身のフォークデュオ〝ふきのとう〟よりも、さらに地味だった気がします。

でも、〝ふきのとう〟と〝N.S.P〟のどちらを、今、聴きたいか、と訊かれたら、私は、断然、〝N.S.P〟が聴きたい、と答えるでしょう。

事実、ここに挙げた15曲は、今でも、よく聴く曲ばかりです。特に、ベスト5は、折に触れて頭の中で流れる脳内楽曲の中でも上位の曲目です。どれも、何度聴いても飽きないんですよね。

 

 

①チケット握り締めて

作詞作曲 天野滋

◯アルバム「The WIND'S SONG(1981年発表/12th/ー)」初収録。

◯アルバム「NSPベストセレクション 1973〜1986(2003年発表)」収録。

この作品は、歌詞、メロディー、アレンジ、すべてにおいて、天野さんの音楽の到達点・集大成と言うべき最高峰の名曲だと思います。でも、世間では、ほとんど知られていないのが、本当に残念です。

「そこは、誰も、僕を知らない、もちろん、君を知る人もいない、君を路上で抱きしめた時に、季節の中に溶け込むさ。」

 

②浮雲

作詞 天野滋/作曲 平賀和人

◯アルバム「彩雲(1980年発表/10th/9位)」初収録。

◯アルバム「NSPベストセレクション 1973〜1986(2003年発表)」収録。

◯アルバム「NSPプラチナムベストBesTouch(2015年発表)」収録。

二葉亭四迷の浮雲を連想させる後期の名曲で、1980年代のN.S.Pを代表する一曲です。平賀さんのメロディーと天野さんの詩が、うまくかみあった曲。

「優しさだとか、思いやりだとか、わかったつもりでも、些細な事で傷つけあい、あいつと別れたなんて、告げたならば、笑うだろうか、ウブだ、若かったと。自分自身もおかしくて、笑みを浮かべてしまう。」

 

③夕陽を浴びて

作詞作曲 天野滋

◯アルバム「天中平(1980年発表/11th/35位)」初収録。

◯アルバム「NSPプラチナムベストBesTouch(2015年発表)」収録。

この曲は、当時、私の就寝曲でした。この曲を聴きながら眠りにつくと、安心して熟睡できました。

「ギター弾いていると、君が半分暗くなる、夕陽を浴びて。」

 

ここまでが、私の不動のベスト3です。

3曲とも、N.S.Pが時代の波に取り残されつつあった1980年代初頭の曲ですが、完成度が非常に高く、音楽性という点では、頂点を極めていた時期ではないか、と思います。

 

④青い涙の味がする

作詞作曲 天野滋

◯シングル(1979年発表/16th/61位)

◯アルバム「NSPベストセレクション 1973〜1986(2003年発表)」収録。

70年代末の〝センチメンタル〟で〝ウブ〟な感性をストレートに素朴に表現した曲。シングル化されたこともあり、ベスト5の中では、世間の認知度は最も高い。N.S.Pの代表曲のひとつ。

「握手をしてもダメさ、頭を下げても無駄さ、心の距離を感じてしまう、青春なんて文字が、心の隅をつつく、傷口をまたつつく。」

 

⑤やさしい街

作詞作曲 中村貴之

◯アルバム「明日によせて(1977年発表/6th/10位)」初収録。

中村さんの代表曲。シングルにはなりませんでしたが、発表当時から話題曲で、よくファンのリクエストでラジオから流れていました。

「パチンコやって儲けて、あの角の茶店に入って、レコード聴いて、コーヒー啜るのが、あの頃のお決まりのコース。」

 

⑥見上げれば雲か

作詞作曲 天野滋

◯シングル(1980年発表/18th)

◯アルバム「天中平(1980年発表/11th/35位)」初収録。

◯アルバム「NSPプラチナムベストBesTouch(2015年発表)」収録。

これも、純文学的な青春のテーマを歌った天野さんらしい作品。一度聴くと、忘れられない曲。N.S.Pとして珍しく、訴えかける迫力(インパクト)のある曲。

「それぞれ人は、その足元に、自分の影を引きずり続け、立ち止まる時、思い出すのは、愛しい人の笑顔じゃないか。」

 

⑦17歳の詩

作詞 矢吹夕子/作曲 天野滋

◯アルバム「2年目の扉(1975年発表/4th/14位)」初収録。

◯アルバム「青春のかけら達(1978年発表/初のベスト/19位)」収録。

◯アルバム「NSPベストセレクション2 1973〜1986(2005年発表)」収録。

哀愁(ペーソス)に満ちた青春の名曲。発表当時、ファンレターの詩に曲をつけたと天野さんは言っていましたが、実は、奥様の詩だそうです。学校の国語の先生が、授業でこの詩を紹介して「本当に気持ちよかったんですかね」と仰っていましたが、堅物というか生真面目な先生でしたね。

「嘘をついて、悪口言って、嫌われてしまえば、こんな気楽になるなんて知らなかった。」

 

⑧あの夜と同じように

作詞作曲 天野滋

◯アルバム「黄昏に背を向けて(1977年発表/7th/15位)」初収録。

◯アルバム「青春のかけら達(1978年発表/初のベスト/19位)」収録。

◯アルバム「NSPベストセレクション 1973〜1986(2003年発表)」収録。

ミディアム・テンポでリズムの心地よい、N.S.Pとしては〝疾走感〟があると言ってもよい名曲。

「今年最初の雪が降る、お茶をふうふう飲みましょう、あの夜と同じように。」

 

⑨漁り火

作詞作曲 天野滋

◯アルバム「青春のかけら達(1978年発表/初のベスト/19位)」初収録。

◯アルバム「NSPベストセレクション2 1973〜1986(2005年発表)」収録。

オリジナル・アルバムには入っていない、幻の名曲。とても雰囲気のある曲です。

「ひとりじゃつらすぎるし、2人じゃダメになる。漁り火、海鳴り、二人の愛、いえいえ、みんな、まぼろし。」

 

⑩愛のナイフ

作詞 天野滋/作曲 細坪基佳

◯シングル(1979年発表/17th/94位)

◯アルバム「彩雲(1980年発表/10th/9位)」初収録。

◯アルバム「NSPベストセレクション 1973〜1986(2003年発表)」収録。

◯アルバム「NSPプラチナムベストBesTouch(2015年発表)」収録。

〝ふきのとう〟の細坪さんとの共作です。この曲が発表された1979年は、〝ふきのとう〟が、その音楽性の頂点を極めた傑作アルバム「人生・春・横断」がリリースされた絶頂期でもあります。

そういうわけで、この曲は、また違った魅力のある〝ふきのとう〟版もあるのですが、私としては、N.S.P的なアレンジのセンスが好きなのです。この曲には、より合っていたんじゃないかな。

「何が悲しいの? 何が寂しいの? 心、心、心を開く、愛のナイフが欲しい。」

 

⑪夕暮れ時はさびしそう

作詞作曲 天野滋

◯シングル(1974年発表/4th/11位)

◯アルバム「N.S.P.Ⅲ ひとやすみ(1974年発表/2nd/4位)」初収録。

◯アルバム「青春のかけら達(1978年発表/初のベスト/19位)」収録。

◯アルバム「NSPベストセレクション 1973〜1986(2003年発表)」収録。

◯アルバム「NSPプラチナムベストBesTouch(2015年発表)」収録。

言わずと知れたN.S.P最大のヒット曲。叙情派フォークという形容・表現(フレーズ)は、この曲によって生まれたのではないかと思います。

「こんな河原の夕暮れ時に、呼び出したりして、ごめんごめん、笑っておくれ、うふふとね、そんなにふくれちゃ嫌だよ、夕暮れ時はさびしそう、とてもひとりじゃいられない。」

 

⑫さようなら

作詞作曲 天野滋

◯シングル(1973年発表/1st/デモテープ版/46位)

◯Liveアルバム「N.S.P FIRST(1973年発表)」ライブ版収録。

◯アルバム「青春のかけら達(1978年発表/初のベスト/19位)」新規スタジオ録音(リメイク)版収録。

◯アルバム「NSPベストセレクション 1973〜1986(2003年発表)」収録。

◯アルバム「NSPプラチナムベストBesTouch(2015年発表)」収録。

デビュー曲にして、N.S.Pの代表曲。1970年代の和製フォークを代表する一曲でもあります。

「やけに真っ白な雪がふわふわ、真っ裸の木を凍えさせ、蝉の子供は土の下、あったかいんだね、ゆっくり眠る。」

歌詞がとても印象的で、初めて聴いた時は衝撃的でした。

1973年のデビュー時の音源は、ライブ録音に近いデモテープ状態でスタジオ録音された荒削りなもの。デビュー・アルバムでは、これも荒削りなライブ音源。キチンと編曲され丁寧に編集されたスタジオ録音版(リメイク1)は、1978年に初めてつくられました。

 

⑬八月の空へ翔べ

作詞 天野滋/作曲 平賀和人

◯アルバム「八月の空へ翔べ(1978年発表/8th/10位)」初収録。

◯アルバム「青春のかけら達(1978年発表/初のベスト/19位)」収録。

◯アルバム「NSPベストセレクション 1973〜1986(2003年発表)」収録。

◯アルバム「NSPプラチナムベストBesTouch(2015年発表)」収録。

N.S.Pにしては珍しい、軽快なテンポの明るい朗らかな曲です。これも平賀メロディーの佳曲。

「八月の空はどこまでも続いた青い空、自然を愛する気持ちさえ、忘れていたようだ。僕は今、あの時の君に口づけた一人の少年。」

 

⑭You Love Me

作詞作曲 天野滋

◯アルバム「天中平(1980年発表/11th/35位)」初収録。

天野さんがラジオに出演して「天中平」の宣伝をしていた時、この曲の解説で、「I Love Youじゃないのがイイんだ!」と力説していました。当時、「天中平」と同じ発売日(80年11月21日)に、オフコースのアルバム「We are」がリリースされて大ヒットし、少し遅れてシングル「I Love You」も大ヒットしたりしていたので、天野さんなりの〝負け惜しみ〟〝対抗意識〟だったような気もします。

 

⑮北斗

作詞作曲 天野滋

◯アルバム「天中平(1980年発表/11th/35位)」初収録。

暗く、重苦しいけれど、壮大な美しい曲。N.S.Pではお馴染みの夜空の星をテーマにした歌です。

ちょうど谷村新司さんの〝昴〟がリリース(1980年4月1日)された直後で、天野さんも刺激を受けたのかな。財津和夫さん(チューリップ)の「アルバトロス(1982)」とかも、〝昴〟の影響を感じるし。

 

 

アルバム「天中平」から、4曲も選んでしまいましたが、そう言えば、このアルバム名について、天野さんは、占いの「天中殺」からひねってつけたと、ラジオで言っていましたね。

N.S.Pが、まだ、それなりに人気を保っていた時期の最後のアルバムでした。

 

15曲をまとめて聴きたい場合、曲順としては⑮⑩⑤⑭⑨④⑬⑧③⑫⑦②⑪⑥①の順に聴くのがおすすめです。

 

人類の歴史において、ある局面を打開し、歴史を切り拓いてきたのは、その局面の持つ歴史的意味を知り、その分岐点の微細な空気の変化を肌で感じ取って、自ら決断を下し、果敢に行動した一人の人物であり、物事が動いたのは、そのたった一人の行動に、大衆が従った結果に過ぎない。

いつの世も、集団指導体制や、合議制が、歴史を動かしたためしはないのだ。

それからな。

怠惰で無能で無策極まる愚か者たちこそ、好んで核兵器を持ちたがるんだ。

本当に優れた者には、実は核など必要ない。

所詮、アメリカ人もイギリス人もフランス人もロシア人も中国人も、怠惰なバカものどもの集まりに過ぎん。

その点、優秀な日本人は、核を持っていないだろう?

 

1991年、湾岸戦争勃発時に、テロとデモで騒然となっていたパリの街のカフェで、ユダヤ人のおばさんがそう言った。

 

 

アメリカのどこに自由がある?

自由なんて、ごく一部の裕福で恵まれた運のいい連中の持つ特権に過ぎない。

アメリカの富の35%は上位1%の所有に帰するものであり、下位50%の人々は国全体の資産の4%しか持たない。

結局、アメリカでは、最低限度の生きる権利すら、国家は保障しないのだ。

生きる権利すらないのに、何が自由だ?

昔、ソ連には、どんな貧者でも、最低限、病院に行く権利ぐらいはあった。

 

旧ソ連時代を懐かしむロシア人がそう言った。

バイデンもゼレンスキーも、本当の貧乏を知らない。

プーチンは知っているんだ。

その違いは大きい、と。

 

 

 

2021年1月に「『ミンスク合意』を破棄する」と宣言した時、あるいは3月に「クリミアの奪還を目指す」と宣言した時に、既にゼレンスキーは「対露開戦も辞さない」と覚悟を決めていたのかもしれない。その背後には、戦争をしてでもロシアからの離反と自立を実現したいウクライナ西部の民族主義愛国者(反露派)たちの後押しがあったに違いない。彼らの戦略の〝かなめ〟は、この戦争にアメリカを巻き込むことであったはずだ。

また、このゼレンスキーの決断には、2021年1月、プーチンと個人的にうまがあった共和党のトランプ大統領が権力から転落し、以前からロシアを敵視し、ウクライナに肩入れが激しく、次男のウクライナ・スキャンダルをうやむやにしたい民主党のバイデンの政権が誕生したことが、密接に関係していただろう。

ゼレンスキーが『クリミア奪還』を宣言した直後、同年3月から、プーチンは国境に軍を増派して、ウクライナに圧力をかけたが、この時点で、ゼレンスキーは、対露開戦に向けて、アメリカに軍事支援を強く求めただろうし、アメリカとしても協力するにやぶさかでなかったはずだ。事実、アメリカ軍のウクライナ支援は、バイデン政権になって格段に手厚くなった。

バイデンからすると、「ウクライナには、是非とも対露戦を頑張って欲しい。しかし、大切なことは、アメリカが戦争に巻き込まれないことだ。何もプーチンのご機嫌をとって、戦争自体を止めようとする必要はない」というわけだ。

 

この「戦争が起きてもいいのでは?」というアメリカの傾向は、同年8月31日に、ベトナム戦争からの撤退並みのカオスを生じてバイデンからが赤っ恥をかいた、お粗末すぎる米軍のアフガン撤退騒動の外交的失策によって、ますます強まったろう。

タリバン政権が、米軍撤退とほぼ同時に首都を制圧した衝撃的ニュースは全世界を駆け巡り、アメリカの軍事力と外交的指導力への信頼は地に落ちた。この汚名を挽回し、同盟諸国の結束を図るためには、ロシアか中国が、近隣国に対して侵略戦争を始めてくれるのが、一番都合が良い。

同年12月8日、ミンスク合意を主導し、プーチンと個人的にも親しかったドイツのメルケルが首相を退任した。もはや、西側に、プーチンに影響を与え、侵攻を思い止まらせることのできる指導者はいなかった。

翌2022年2月、フランスとドイツは、ようやくことの重大さに気づき、ロシアとの交渉を始めたが、時既に遅しであった。

しかも、この時期にアメリカのバイデンは、ウクライナ軍の更なる増強に余念がなかった。当然、東部2州での紛争は激化した。そして、バイデン大統領とブリンケン国務長官は、繰り返し「ウクライナのNATO加盟はありうる」「今後、ウクライナで何が起こっても、米軍の派兵はない」と言い続けた。

これがプーチンへのゴーサインになった。

 

もちろん、これはプーチンの判断ミスであり、プーチンはアメリカの罠にハマったと言える。

バイデンとゼレンスキーは、入念に準備を整えて、プーチンの侵攻を待ち受けていたのだ。

戦争が始まってからも、アメリカとウクライナの連携は鮮やかだった。首都キーウに留まり、巧みに国民と世界を戦争に巻き込んでいくゼレンスキーの弁舌・手腕も見事だった。

「3日で首都キエフを陥し、2週間で戦争を終わらせ、ゼレンスキーに代わる親露政権を樹立する」というロシアの電撃作戦は水疱に帰した。

ゼレンスキーとアメリカの当初の目論見の通り、戦争は泥沼の長期戦になりつつある。戦争が長引けば長引くほど、ロシアの蛮行を世界に宣伝する機会は増える。ゼレンスキーとアメリカは、国際世論を味方に付け、長期戦を有利に展開することができる。そうすれば、徐々にロシアを追い詰めることができるだろう。

この長期戦計画は、これまでのところ、見事なまでに成功している。後は、経済的にも外交的にも、ロシアをじっくりと追い詰めていけばよい。

昔から言えることだが、戦争は勝者が総取りする容赦のないゲームである。したがって、勝てる戦争は、何としても勝たなければならない。決定的な勝利に至るまで、弱腰な譲歩や講和などもってのほかである。

急ぐ必要はない。時間は、ゼレンスキーとバイデンの味方だからだ。

 

ゼレンスキーとバイデンのタッグは、とても良いコンビだ。

ゼレンスキーは、アメリカの代理戦争を遂行することを引き受け、その一方で、ウクライナ民族派の野望・悲願であるウクライナのロシアからの離反と自立を成し遂げるつもりだ。ロシアの支配から脱する、ということだ。同時に、クリミア紛争でやられっぱなしだったロシアに一矢報いたいという思いもあったろう。

バイデンは、ゼレンスキーを全面的に支援し、ロシアに対して世界規模の経済制裁を続けることで、自らの手を血で汚すことなく、宿敵ロシアを徹底的に叩くことができる。同時に、このロシア叩きは、最大の敵である中国への牽制と警告にもなる。

そして、戦争が続けば続くほど、ロシアへの非難材料は増え続け、バイデン(とリベラル)の大好きな〝人道的な罪〟で、独裁者プーチンを追い詰めることができる。

アメリカでも、イラク戦争で、捕虜の虐待が常態化し、少なくとも八万人の民間人が、誤射・誤爆(?)で殺された。ロシア軍が、そのアメリカと同程度の民間人虐殺を行うことは、十分に期待できる。それを、今回は、大々的に報道し、ロシア非難の国際的な大合唱を作り出すのだ。

戦争が長引くほど、ロシアは孤立無援となり、ウクライナに支援は集まるはずだ。

まさに、理想的な状況である。

 

ただ、些細なことかもしれないが、バイデンとゼレンスキーの計画には、いくつかの問題点があるように思える。

その一つは、彼らの狙いである長期戦の実現によって、もっとも苦しむのはウクライナの国民である、ということだ。

もっとも、その責任は、すべてプーチンとロシアに押し付けることが可能であり、バイデンとゼレンスキー本人には実害(政治的な痛手)がない。

ゼレンスキーにとっては、ロシアの非道を宣伝し続けることで、国内の民族派の愛国心を鼓舞し、ロシアへの憎しみを燃え上がらせ、さらなる国際支援を得て、戦争継続への求心力を保つことができる。軍事力で正面からロシアを破ることさえ、夢ではない。

だが、依然として、ウクライナの民間人の生活と人生が破壊されていくという現実には変わりがないのだ。戦争が長引くほど、ウクライナの市民の苦しみは、耐え難いものになっていく。そして、この戦争が、早期に決着する見込みはまったくない。そもそも、バイデンも、ゼレンスキーも、初めから長期戦の泥沼化を狙っていたのだから、これで目論み通りなのである。

ある意味、「ウクライナの市民の命と人生と生活が、バイデンとゼレンスキーとウクライナ国内民族派の野望・願望を実現するための道具(犠牲)にされている」ようなかたちだ。

 

もう一つの問題は、我々にも関係がある。

追い詰められたプーチンが何をするか、という問題だ。

シカゴ大学の国際政治学者ジョン・ミアシャイマーは「悪いのはロシアを追い詰めた西側だ」「ウクライナ戦争の責任はロシアではなくアメリカにある」「これ以上、ロシアを追い詰めてはならない」と主張する。

また、現代言語学の第一人者で「知の巨人」と呼ばれ、今回のウクライナ侵攻を予測していたノーム・チョムスキーは、「ロシアの侵攻は重大な戦争犯罪であり、いかなる言い訳も通用しないが、先に裏切ったのはロシアではなくアメリカだったことは事実だ」「プーチンに逃げ道を用意しなければ、世界は想像を絶する悲劇を迎えることになる」「米露の対立が激化すれば、それは人類への死刑宣告になる」と主張する。

両者の主張を一言で言えば「ロシアをとことん追い詰めるのは危険だ!」という警告である。

それに対して、一般人の多くが考える典型的な意見は「侵攻したロシアに責任を取らせるべきだ」「侵略者プーチンに容赦する必要はない」「危険な独裁国家ロシアを徹底的に叩くべし!」というものだ。

 

確かに侵攻したロシアの罪は明らかで、誰にでもわかる明明白白のものだ。

その一方で、ゼレンスキーとウクライナは、侵攻された側であり、被害者である。

さらにバイデンは、派兵による戦闘行為を拒絶したという点で、戦争を拒絶している。自分(アメリカ)が、殺し合うことはしないと宣言したわけだ。

また、ウクライナは、自衛権を行使しているだけであるから、正義の側であり、そのウクライナに対して、アメリカが力の限り可能な支援を行うのは当然である。

このように大義名分が整っているゼレンスキーとバイデンの責任に言及し、表立って公然と非難するのは難しい。

その意味では、ゼレンスキーとバイデンの悪意は、巧妙に隠されている。おそらく、彼らは、自分自身に対してさえも、自らの〝悪意〟の存在を認めないだろう。

しかし、その隠された悪意が、人類に大いなる悲劇をもたらすかもしれないとすれば、やはり、我々は見過ごすことなく考えなければならないだろう。

そこに、ミアシャイマーとチョムスキーの言説の動機と使命感があるのだと思う。

はっきり見えているプーチンの大罪と、見えないバイデンとゼレンスキーの悪意が、世界を破滅に導くかもしれないのだ。

 

特に、日本の場合、ロシアと敵対するということは、NATO諸国と異なり、アメリカの存在感が低下した将来、東アジアで孤立し、中露ユーラシア連合と単独で向き合わなければならなくなる可能性が強まることを意味する。

その意味で、アジアで唯一、NATO諸国と足並みを揃えて、積極的にロシアに敵対的な態度をとる岸田政権の外交姿勢は、日本の生存戦略として、長い目で見ると、間違っていると言わざるを得ない。実に賢くない拙いやり方だ。

もともとロシア人は、ソ連時代から国民的に親日である。「日本は、かつてアメリカと真正面から戦った国だ」という親近感があるのかもしれない。

ロシア人は、たとえ反プーチンの人であっても、若者を除けば、プーチンよりアメリカの方が嫌いなのだ。

そして、ロシア人は、正邪を超えて、身内や味方には、非常に甘い。正義であるかどうか、などは関係ない。身内・味方は絶対的に保護し続けるし、最後まで決して見捨てない。

その反面、裏切り者は絶対に許さない。地の果てまで追いかけてでも、必ず、その報いを与える。敵に対しては、冷酷で残虐である。

プーチンにとって、ゼレンスキーが、スラブの〝裏切り者〟であるのと同様に、今、日本(岸田政権)もまた、〝裏切り者〟と見えているかもしれない。

 

我々人類は、自分自身の生存の問題として、この戦争を何とか早期の休戦・和睦に導かなければならない。

ロシアは絶対悪ではないし、西側は絶対善ではないのだ。戦争勃発の責任も、一方的に100%ロシアだけに帰されるべきものではない。バイデンにもゼレンスキーにも、開戦に至った責任はあるはずだ。

日本国民は、ロシアに対する過度な懲罰意識を持つべきではないし、西側の正義を盲信して「ロシアに対する一切の譲歩や妥協は許されない」と考えるのは誤りだ。

もっと言えば、ロシア側が「地上戦で決定的な勝利を掴むまで、停戦交渉が合意に向かって本格化する余地はない」と考えるのは誤りであるのと同様に、ウクライナやアメリカや西側諸国が「プーチン政権が弱体化して向こうから譲歩してくるまで、停戦交渉で、こちらが大きく譲歩する必要はまったくない」と考えるのも誤りなのだ。

ロシアにとって、選択肢が狭まることが、より過激な手段に打って出るきっかけとなるかもしれず、そして、その結果は誰にも予測できないからだ。

この先に、想像を絶する悲劇が待ち受けているとしたら?

戦場の、それを取り巻く世界の、人々の心の中に生じる報復意識や懲罰意識を、理性のタガから解き放ち、世界を憎悪で彩るのは、あまりにも危険な火遊びだ。

人類は、何度、同じ間違いを犯せば、学ぶのだろうか?

 

 

 

 

 

これまで、7つの記事で、ウクライナ戦争について論じてきた。

2022年2月24日に始まった戦争は、ほぼひと月(30日)が経過した。

この間、この戦争は何なのか、さまざまな観点から論じてきた。

この辺で、その内容を概観しておきたい。

 

今回の戦争、ロシアは、英米に嵌められた面がある。

ロシアのウクライナ侵攻は、ロシアにとっても最悪の手段だった。

だが、プーチンは、そのような悪手を打たざるを得ない立場に、うまく追い込まれたと言えるかもしれない。

結局、ウクライナのNATOへの接近が、プーチンを強く動かしたのだ。

 

バイデンのウクライナへの肩入れのきっかけは、ウクライナのロシアからの離反を促すためという戦略もあったろうが、それ以上に、身内の不祥事を闇に葬るためではないかという見方がある。

次男ハンター氏の疑惑の調査を行わない見返りに、バイデンはウクライナへの援助を強めたのでは、という疑惑があるのだ。

そのため、ゼレンスキーは、アメリカの後ろ盾を頼んで、不用意にロシアに強気に出てしまった面があるのではないかとも言われている。

 

要するに、ゼレンスキーは、アメリカを利用し、アメリカに利用されている、ということだ。
バイデンの目的は、ロシアにウクライナを侵攻させて、次男への疑惑を有耶無耶にしてしまうこと。そして、これを機会に、ロシアを叩き潰すことだ。
そのために、バイデンは、ウクライナの市民を犠牲にしている。

残念ながら、ゼレンスキーは、その流れに乗ってしまっている。

 

バイデンは言った。

「私が、経済制裁で戦争を止められるなどといつ言った。戦争は経済制裁では終わらない。大切なことは、ロシアに痛みを与え続けることだ。」

バイデンには、戦争を終わらせる気はない。

ただ、息子のスキャンダルを潰し、ロシアを痛めつけたいだけなのだ。

そうした目論見を、正義の名の下に、覆い隠してしまえるなら、これほど喜ばしいことはない。

良心の呵責も、一切感じずに済ますことができる。

大変好都合ではある。

だが、このようなことが平気でできる、バイデンこそが、サイコパスではないか。

ウクライナでは、国外脱出を図った男性たちが、次々と拘束されている。
国家によるナショナリズムの押し付けで、沈黙を強いられる人々が大勢いる。

ウクライナ人は勇敢だ。

今は「戦いたい」男たちが過半数かもしれない。

ゼレンスキーの支持率も、41%から91%に急上昇した。

けれども、みんながみんな、戦いたいわけではない。

勇敢な戦う愛国者たちの裏側で、「逃げたい」「戦いたくない」という市民の本音が抑圧されている。

 

 

 

ロシアとウクライナの関係は、とても深い。

プーチンは、大ロシア主義を唱え、同じ大ロシアの一部である兄弟民族ウクライナ人を、ロシアの内へ取り戻そうと、この戦争を始めた。

このプーチンの考えは、現実とずれていたため、電撃戦は失敗に終わった。

ウクライナ人の多くは、大ロシアの一部であるより、あくまでもウクライナ人でありたいと考えている。

プーチンは、そのウクライナ人の愛国心の強さを見誤っていたようだ。

 

とは言え、プーチンは、ウクライナ人を無理やり支配したいわけでも、虐殺したいわけでもないだろう。

プーチンの敵は、ウクライナではない。

プーチンの敵は、アメリカであり、アメリカの手先となっている(ようにプーチンに見えている)ゼレンスキーだ。

ウクライナの荒廃は、プーチンの望むものではない。

 

ウクライナには、ロシアを領域外へ押し戻す力はない。

ロシアにも、ウクライナ全土を制圧する力はない。

だから、戦争は終わらない。

ロシアもウクライナも、戦争の長期化を望んではいないのだが。

ロシアは当然〝悪〟だが、ロシアを〝絶対悪〟とする強力なプロパガンダを行ない、ウクライナを代理戦争で使い潰してもかまわない、というのがアメリカの戦略。

西側の「自由と民主主義」のリーダーは、自らの信ずる正義に反する国家を叩き潰すためには手段を選ばないようだ。

バイデンは、戦争が長期化しても、痛くも痒くもない。
アメリカは資源大国だし、ユーラシアから遠く離れている。
対日戦(太平洋戦争)の時と同じで、どれだけ犠牲が出ても、最後までロシアを叩き潰す戦略だ。

バイデンは言った。「プーチンは権力の座にとどまれない。」

つまりは、それまで、戦争を続けるということだ。

 

このバイデンの戦略には、「どのくらいの期間で?」という見積もりが、まったくない。

ロシアを叩くのには、どれだけ時間をかけても構わないと考えているようなのだ。

なぜなら、「時間をかければ、かけるほど、アメリカは有利になる」と考えているからだ。

「戦争の激化でウクライナの民間人がどれだけ死んでも、その分、ロシアへの非難材料が増えるだけで、アメリカに損はない」というわけだ。

 

バイデンは、人の命をも、また、そろばん勘定している。

ゼレンスキーは、支援の見返りに、バイデンに、自国民の命を切り売りしている。

そのウクライナ人の命が、ロシア非難の材料になり、バイデンは経済制裁を続けられる。

しかし、プーチンにとっては、何の成果もなしに、ここで引くことは、自らの進退に関わり、破滅につながる。だから、簡単に、兵は引けない。

クリミア領有の承認、ドンバス地方の独立、ウクライナの中立化は、プーチンの望む最低ラインだろう。

 

一般にロシア人は、反プーチンの人であっても、若い人を除けば、アメリカの方が嫌いだ。

ロシア人は、戦争を始めたプーチンよりも、ロシアを叩くバイデンを憎む。

「鬼畜米英」ということだ。

ウクライナ侵攻を非難する西側の経済制裁が始まった後も、プーチンの支持率は、独立系メディアの調査でも、83%にまで上昇し続けている。

マクドナルド、スターバックス、アップル、ユニクロが営業停止しても、ロシア国民は、プーチンを支持し続ける。

プーチンと共に、ソ連崩壊後の90年代の混乱と衰亡からの復興の20年を歩んできた人々のプーチンへの信頼は厚い。

そして、戦争は続く。

 

 

 

アメリカ政府は、ロシア兵の死者とウクライナ民間人の死者の人数は、詳しく発表を続けている。しかし、ウクライナ軍兵士の死者数については、一切、発表していない。しかも、西側メディアも、ウクライナ軍の犠牲者については、一切報道しない。

もし、ウクライナ軍の犠牲者数が、ロシア軍の犠牲者数を上回っていたら、厭戦気分が広まり、ウクライナ側からロシアとの和睦へ向かう圧力が強まるかもしれない。

 

日本メディアのインタビューを受けたキエフの二人連れのウクライナ人女性の一人は言った。

「私たちの間でも意見は分かれているの。私は、プーチンを少しは信じてもいいと思っている。結局、まだ、実際に亡くなった人は少ないし。でも、この人は、信じないと言うの。」

確かに、今のところ、ロシア軍の侵攻で殺害されたウクライナの民間人の数は、イラク戦争でアメリカ軍の誤射・誤爆によって、同じ1ヶ月間に殺害されたイラク民間人の数より少ない。

 

プーチンもゼレンスキーも、「裏切り者は許さない!」と言う。「この戦争は、何としてもやめるべきだ」と主張すると、どちらの側でも裏切り者になってしまう。

どこの国でもナショナリズムに火がつくと、その火消しは難しい。だから、戦争の当事者でない者たちが、他国のナショナリズムをいたずらに煽ってはならない。

メディアもまた、安易に一方の側に肩入れしすぎてはならない。プロパガンダの片棒を担ぐなど、あり得ない。


多くの日本人が、アメリカの正義への違和感を感じないのは、日本が、アメリカに、とことん依存しているからだ。

頭の中身というか、取り入れるべき情報も、モノの見方も、思考法までも、アメリカに依存している。

だから、日本のメディアも、CNNの日本支局に成り下がる。

独自の視点を持ち得ない。

 

プーチンは言った。

「日本では、原爆によって、アメリカに、罪のない一般市民が無差別虐殺されたことが、教科書に載っていない。」

正確には、そうではない。

教科書に載ってはいるが、大部分の日本人の心情としては、なぜか、落としたアメリカより、落とされた日本の方が悪いことになっている、のが現状だ。

プーチンが言いたいことは、日本はアメリカに、徹底的に調教・洗脳されているということだ。

それは、間違いではない。

 

史上最悪の無差別爆撃で首都を焼け野原にされ、一夜にして10万人の民間人を、焼夷弾で焼き殺された。

史上最悪の無差別艦砲射撃と火炎放射器で、3ヶ月の地上戦が繰り広げられ、9万人の民間人を虐殺された。

唯一の被爆国となり、二つの都市を、一瞬にして、壊滅させられ、16万人の市民が死んだ。

 

アメリカは、日本の降伏を許さず、最後の最後まで、日本人に痛みを与え、二度と立ち上がれないように虐待し、十分に飢えた後で、食糧を与えた。限界まで調教を施し、職とお金と安全を与えた後で、キャデラックと電気冷蔵庫とディズニー・アニメ、ジャズと映画とコカコーラ、ステーキとシャンパンとクリスマス・ケーキで「アメリカは素晴らしい!」と洗脳したのだ。

実に、巧妙であった。

 

ABCD包囲網、ハルノート。

当時の〝侵略者〟日本を日米開戦へ向けて追い詰めるアメリカの戦略は、断固とした徹底的なものであった。

その結果、あまりにも多くの命が失われた。

そして、アメリカは、それを、今度は、ロシアに対して、行おうとしている。

今度は、戦わずして勝つ。アメリカ人の血は流さない。

ニュー・スタイル・ウォーで、ロシアを滅ぼすのだ。

ウクライナは、そのための生贄である。

 

 

 

プーチンも、ゼレンスキーも、早く戦争を終わらせたがっている。

部外者のふりをして、火の粉が及ばない外から罵声を浴びせて、それを邪魔しているのがバイデン。

日本は、そのバイデンにピッタリくっついているが、安心していると、そのうち、梯子を外されるのではないかと、私は危惧している。

 

我々は、今、岐路に差し掛かっているのかもしれない。

我々が、今、見ているものが、どんな結末に辿り着くのか、まだ誰にもわからない。

だからこそ、なおのこと、隠れている悪意を、見過ごすわけにはいかない。

その悪意を見過ごせば、もしかすると第三次世界大戦を招くかもしれないのだから。

今回、その隠された悪意を、不気味なまでに見せつけたのは、実はロシアではなくアメリカだ。

世界の半分は、アメリカの悪意を、見ている。

 

英米中心の西側諸国連合と、中露印などアジア・アフリカ連合との対立構造が、ゆっくりと、だが、鮮明に浮き彫りになってきた。

西側風のリベラルな「自由と民主主義」を絶対視する人々と、必ずしも民主主義や自由を絶対視しない人々との対立とも言えるだろう。

繰り返すが、この対立が、英米の勝利に終わるかどうか、今の時点では、誰にも分からない。

 

「だからこそ、ロシアを叩かねばならない!」と主張する人々がいる。

だが、私はそうは思わない。

ロシアを叩くより、今、戦争を終わらせる方が、100倍大切だと私は思う。

そのためには、外部の人々が、ロシア、ウクライナ、双方のナショナリズムを、いたずらに煽ってはならない。

私たちは、今、西側のプロパガンダの真っ只中にいるが、報道によって、どれほど煽られようとも、「悪魔の所業を行うロシアに正義の鉄槌を!」と、短絡的に懲罰思考に陥ってはならないのだ。

 

今、ロシア軍の民間人虐殺を糾弾する声が、西側で高まっているが、これが、そもそもおかしい。

戦争、特に地上戦、さらに市街戦となれば、史上、民間人の虐殺を伴わない戦争はないのだ。これは、当然、予想されたことだ。戦争とは、そういうものだからだ。

これまでの戦争では、はるかに広範囲に、大規模に、民間人の虐殺が繰り広げられてきた。第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、イスラエル・パレスチナ紛争、イラク戦争、皆そうだ。

 

だからこそ、戦争は、起こしてはならないし、起こってしまった戦争は、何としても、早期停戦に持ち込まねばならない。

ところが、西側諸国、特にアメリカは、戦争の勃発に深く関わり、なおかつ、現在も、停戦の努力をするどころか、状況を放置し、あまつさえ、長期化を促してさえいる。

自ら(アメリカ)の責任を一切顧みず、すべて相手(ロシア)のせいにして、済まそうという自己都合の態度が顕著である。

 

 

 

 

〈備考〉

私のウクライナ戦争に関する上記の見解は、アメリカの言語学者ノーム・チョムスキーの「プーチンに〝逃げ道〟を用意しなければ、世界は想像を絶する悲劇を迎える」という見解と、ほぼ一致する。興味のある方は、チョムスキーのインタビュー記事を参照されたし。

また、今回のロシアによるウクライナ侵攻を予測したシカゴ大学の国際政治学者ジョン・ミアシャイマーの「ウクライナ戦争の原因は西側、とりわけアメリカにある」「ロシアを追い詰めるな」という主張に、私は賛同するものである。

したがって、私は、ロシアの誰の目にも明らかな〝強調される悪意〟よりも、日本では、ほとんど誰も口にしない、アメリカの〝隠された悪意〟を重視している。

 

 

 

 

〈資料〉

◆国連総会 ロシア非難決議

反対 5カ国▶︎ロシア、ベラルーシ、シリア、北朝鮮、エリトリア

棄権 35カ国▶︎中国、モンゴル、インド、パキスタン、バングラデシュ、スリランカ、イラン、イラク、アルジェリア、南アフリカ、タンザニア、コンゴ、中央アフリカ、ベトナム、キューバ、ボリビアなど。

賛成 141カ国

 

◆ロシアへの経済制裁

参加48カ国▶︎アメリカ、カナダ、EU全加盟27カ国、イギリス、スイス、日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、台湾など。

※アジアでは、日本、韓国、台湾、シンガポールの4カ国のみ。

 

 

2022年2月24日に始まったウクライナ戦争が、侵攻から1ヶ月経った。

ロシア軍の攻撃で亡くなったウクライナの民間人の総数は、3月21日までの26日間の統計で、925人と国連難民高等弁務官事務所は発表した。

この1ヶ月で、およそ1000人の民間人の犠牲者が出ているということだ。

 

この数が、多いか少ないか、わからない。

ただ、太平洋戦争において、日本軍が真珠湾攻撃を行った時に、亡くなったアメリカ人の民間人の総数は、1日で68人だった。

この時、日本側は、軍事施設のみを攻撃目標とし、民間人の施設は、一切攻撃していない。それでも、68人の民間人が亡くなったのだ。

 

繰り返すが、ロシアのウクライナ侵攻の場合、26日間の攻撃で、925人が亡くなった。少なくとも、言えることは、ロシア軍は、今のところ、なりふり構わぬ市民への無差別攻撃は行っていないということだ。

 

ナチス・ドイツは、スペイン内戦で、史上初の航空機による市街への無差別爆撃(ゲルニカ爆撃)を行った。この1937年4月26日の都市爆撃では、1日で250人の民間人が亡くなった。

また、アメリカ軍は、第二次世界大戦で、ドイツのドレスデンに、広範囲の無差別爆撃を行った。この爆撃では、1945年2月13〜14日にかけて、一晩で18,000〜25,000人の民間人が殺された。

1945年3月10日の未明には、アメリカ軍による東京大空襲が行われた。1日で10万5000人の死者が確認されている。

アメリカ軍による攻撃で始まった沖縄戦では、同年3月23日から7月2日までの3ヶ月以上に及ぶ戦いで、民間人9万4000人が亡くなった。

さらに、同年の8月6日と9日には、広島と長崎に、それぞれウラン型とプルトニウム型の原子爆弾を、アメリカは落とした。人類史上、最初の、そして、唯一の核攻撃を行ったのだ。これにより、広島で14万人、長崎で7万人が亡くなった。

1965〜73年にかけて、アメリカ軍が侵攻したベトナム戦争では、10年近く続いた戦争で、ベトナム人の民間人が200万人亡くなったとされる。

2003年に、アメリカがイラクに侵攻したイラク戦争では、2007年までの5年間で、少なくとも80,000人の民間人が、アメリカ軍の攻撃(誤認・誤爆・誤射)によって直接殺害されたと言われる。

5年間で80,000人ということは、1ヶ月ならば平均で1,300人強ということになり、ウクライナ侵攻後のロシア軍による民間人殺害数と、ほとんど変わらない。むしろ、アメリカ軍の攻撃の犠牲者の方が多い。

 

こうしてみると、近代史上、戦争で、最も多くの民間人の無差別殺戮をおこなってきた国の一つは、間違いなくアメリカ合衆国である。そして、アメリカは、繰り返し、軍による民間人の大量殺戮を行いながら、今に至るまで、ほとんど国際的に激しい非難を受けずに済ましてきた唯一の国でもある。

ほとんどの日本人も、アメリカを、まったく反省しない大量虐殺国家とは考えていない。

そもそも、唯一の被爆国である日本よりも、唯一の核使用国であるアメリカこそが、核廃絶に向けて、世界でもっとも大きな義務と責任を負っていることは、誰が考えても間違いない。

そのことを問題とせず、「核を使用された日本人が、なぜ核廃絶に反対しないのか?」と日本人の方が、いちいち理不尽なことを訊かれる。

日本が核廃絶に調印しない理由など、誰の目にも明らかであるにもかかわらず、頻繁に、そのようなくだらない質問をされ、「日本こそが、世界で一番、核廃絶の義務を負っている」などと、意味不明なことを言われる。

日本のメディアは、自ら進んでアメリカの報道機関のコピーに徹する従順な報道機関ばかりなので、アメリカが言わないことは言わないし、アメリカが言うことは素直に広く報道する。

「アメリカが1番!」と洗脳されているのか、アメリカのリベラル・メディア(CNNとか)は常に正しいと思い込んでいるのか、ともかく、日本独自の視点というものがない。

 

日本人は、この状況に、違和感を抱かない。

繰り返すが、ロシアが虐殺しているウクライナの民間人の数と、アメリカが虐殺しているイラクの民間人の数は、まったく変わらない。

ロシアがナチと変わらぬ非道な虐殺者であると言うなら、アメリカもまたナチと変わらぬ非道な虐殺者である

こんな小学生でもわかる簡単な事実に、日本人はなかなか気付けない。

なぜ、日本人には、公平な見方ができないのだろうか?

それは、日本が、全面的に、アメリカに依存しているからだ。

そのせいで、メディアまで、CNNの日本支局に成り下がっている。

どんなにかっこいいことを言っても、所詮は依存する精神の自己正当化に過ぎない。

自立する大国は、もっと物事を公平に見ている。

 

日本が核廃絶に調印しない理由についても、日本のメディアがまともに論じているのを見たことがない。

しかし、それについては、ゼレンスキーに訊けばすぐ答えてくれるだろう。

それは、二度と誰にも、この日本に核攻撃をさせないためだ。そのために我々は、核抑止力を必要としている

非現実的な自己都合の妄想の世界に生きる共産党の抜け作・ボンクラどもを除けば、このことに同意しない日本人はいないだろう。

あとは、アメリカの核に頼るか、自前の核を持つか、そういう選択になる。それにしても、アメリカの核に頼ることの情けなさを、今、どのくらいの日本人が強く感じているだろうか。

そんなことすら、感じなくなっている親不孝者が、今の日本人ではないか?

 

ゼレンスキーは、アメリカで「真珠湾攻撃をただ、思い出してください」「無実の市民の上に敵の攻撃が降り注いだのです」と言ったのだから、日本では「ただ、広島・長崎を思い出してください」「無実の市民が、一瞬で、無差別に大量殺戮されたのです」と言うべきであった。

とは言え、実際のゼレンスキーの演説は、実に無難におとなしく何事もなく終わった。可もなく不可もない、まさに日本向けの演説であった。

彼は、本質を突く話が苦手で、オブラートに包んだような甘い話しか受け付けない日本人というものを、事前によく勉強していたようだ。

口先三寸で、世界中からお金を集めている男は、その辺の勘は鋭い。世間知らずの日本人を丸め込むなど朝飯前だったろう。

 

 

 

【①〝自由と民主主義〟の偽善を大切にする陣営】

ウクライナのゼレンスキーを支えているのはアメリカの民主党のバイデンであり、EU、NATOであり、CNNに代表されるリベラル・メディアである。

そして、この陣営の合言葉は「自由と民主主義を守れ!」であり、「正義は我にあり!」であり、「侵略者に負けるな!」である。

この陣営の中で、ゼレンスキーは、自らの立場を、『侵略者の悪意に向かって戦う正義と愛国の使徒』と考えているようだ。また、メディアや有識者たちの多くも、そう考えているように思える。事実、そうなのだ、とも言える。

だから、ゼレンスキーは、米連邦議会の演説で、アメリカ国民に向かって「ただ、9・11真珠湾奇襲を思い出してください」と呼びかけた。ロシアに侵略されたウクライナの痛みを共有することを、アメリカ人の愛国心に訴えたのだ。

アメリカが、侵略者に攻撃された時のことを想起させ、当時、アメリカ人の心に生まれた愛国心と復讐心を、再び、呼び覚まし、ロシアに対する『正義の戦い』への参加意欲に転じさせようという意図を感じる。

ウクライナの国会議員が、韓国の記者に「中国か日本が、済州島に上陸しても、韓国人は何もしないのか?」と尋ねたのも、同じ意図であろう。

 

しかし、その一方で、ゼレンスキーは、ウクライナ国内の18才以上60才未満のすべての男性に国外脱出を禁じ、一般市民に銃を配った。

その上で「オレは逃げない!」「キエフに留まって、最後まで戦う!」「みんなも銃を取れ!」「一緒に戦おう!」と国民に呼びかけた。

大統領に、こう言われてしまっては、誰も、逃げたくても逃げられない。市民が正直な気持ちから「今すぐ、戦争をやめて!」と言いたくても、とても言えない状況が醸成された。

ゼレンスキー大統領としては、「自主的な愛国心の発露を期待する」という態度をとっているつもりだろうが、現実には、民間人に対して、「踏みとどまって戦え」と命令しているも同然だ。これは、国家によるナショナリズムの強要である。

そして、ウクライナでは、現在、国外脱出を図る男性の拘束が相次いでいるという。

今まで銃を握ったこともない素人の一般市民が、「国に留まって戦え」と銃を渡されても、ライフルでロケット弾と、どう戦えばいい?

もう戦いたくない」「一日も早く停戦して欲しい」というウクライナ市民の本心は、抑圧され、黙殺され続けている。『自由と民主主義の使徒』であるゼレンスキーに向かって文句は言えない雰囲気だ。

 

ゼレンスキーは、『自由と民主主義』を金科玉条としながら、自らが正義と考える目的(この場合は、侵略者との戦い)のためなら、平然と人権を侵し、国民を抑圧することも辞さない。

目的のためには、自国の国民に対しても、西側諸国に対しても、ナショナリズムを焚き付け、人々を戦わせるための扇動に余念がない。これは、『正義の名の下に行われている自由の抑圧』である。

自由と民主主義』体制を守るために、個人の自由を抑圧する、という左派リベラルと左派リバタリアンの欺瞞が生じている。

本来なら、大いに批判されてしかるべき事態ではあるが、侵略者を倒すためにはそれもやむなし、と見過ごされている。

バイデンもまた、自らを絶対正義の立場に置き、「自由と民主主義を守ろう!」と世界に呼びかけながら、ロシアを絶対悪として叩くことに熱中している。

その間にも、ウクライナでは血が流れ続けているが、侵攻前から「何があっても、アメリカは派兵しない」と宣言して、自らを安全地帯に置いてきたのがバイデンだ。彼は「第三次世界大戦を起こすわけにはいかない」と言い訳しながら、自ら行ってきた火遊びの責任を取ろうとはしないのだ。

NATO入りをちらつかせてゼレンスキーを反露に傾けたことで、ロシアのウクライナ侵攻を招いた自らの責任を無視し、徹底してウクライナのバックアップをしながら、自らを責任のない第三者の安全な立場に置いて安穏としている。

 

彼らが共有する価値観として自己規定するキーワードは、「自由と民主主義」と「正義」だが、その一方で、下記の異なるグループの人々にとっては「無責任」「冷たい」「自己正当化」「卑怯」という印象も付きまとう。

 

 

 

【②偽善を剥ぎ取り、悪と呼ばれることを恐れない陣営】

ロシアのプーチンを支えているのは、ロシア国民の7割を占めるとされる岩盤支持層であり、中国の習近平、北朝鮮の金正恩、シリアのアサド、セルビアなどの固い支援がある。

さらに、アフリカ諸国やインドもプーチン寄りとされる。ブラジルのボルソナ大統領、アメリカの共和党のトランプも、心情的なプーチン支持者と見られる。

この陣営(?)の特徴は、必ずしも「自由と民主主義」を金科玉条とはしない点だろう。むしろ、「民主主義を好まない」のが共通点とさえ言えるかもしれない。

当然、「独裁者」と見られる国家指導者も多い。意思決定がはやく、政治的決定は、個人の責任においてなされる。一個人の意思が、組織や社会システムを、軽々と乗り越える。リベラルの立場から見ると、その専横は許し難いだろう。

学識者たちは、このグループを、プロパガンダによって無教養な大衆を操る扇動政治家たちによって成り立つ独裁国家群と考える。

しかし、もちろん、自らの指導者に対して、支持者たちが見ているものは、リベラルな学識者たちの見ているものとはまったく異なる。

このグループの支持者たちは、自らの指導者に、象徴的な〝親〟の姿を見ている。その意味では、日本における皇室、イギリスの王室の支持者たちなども、このグループに含まれるかもしれない。

 

ロシアは、30年前に、ソ連崩壊を経験している。 当時、公務員は、学校の先生も、郵便局員も、発電所員も、数年にわたって給料が全く出なかった。 学校の先生が、授業は早々に切り上げて、食べ物を得るために畑を耕しに行っていた時代だ。

 「生きていくために、人殺し以外は何でもやった」と当時を経験した人から聞いたことがある。 

日本から、マルちゃんのインスタントラーメン数万食がロシアに送られ、喜ばれたこともあった。 国の崩壊によって、何も信じられなくなった若者たちが、心の支えを求めて、日本から布教に来たオーム真理教のモスクワ支部には入信者が溢れ、日本でもニュースになった。 

40代以上の人たちは、経済的窮乏には慣れていると、口を揃えて言う。 西側世界すべてを敵に回すのにも慣れている。

ただ、ソ連を知らない30代以下の若い人は、もっとヤワに育っているから、上の世代よりも、ダメージが大きいだろう。

 

要するに、日本にとって1990年代が「失われた10年」であった以上に、ロシアにとっての90年代は「崩壊と迷走と停滞と貧困の10年」だったのだ。

それが、エリツィン時代の貧困弱小国ロシア。 

その後のプーチン政権の20年は、ロシア復活の20年。 

だから、歳上の世代ほど、プーチンへの支持と信頼は、揺るぎないものがある。 40代以上の人たちの多くは、プーチンとともに歩いてきたという感覚があるようだ。 それが、支持率7割の中身だから、プーチン政権は、決して脆弱ではない。

また、中国にとっては、西側との緩衝地帯として、ロシアと北朝鮮は、非常に重要な友好国・同盟国だ。インドも、ロシアとはケンカしたくない。中国と結びつきの強い東南アジアやアフリカ諸国もそうだ。 

ロシアは意外に孤立していない。 とは言え、ロシアにとっても、早期の停戦は、非常に良いことだ。プーチンもまた、早期停戦を望んでいるだろう。

 

プーチンは、確かにウクライナにとって侵略者となった。プーチンを狂った独裁者であるとか、脳か神経の病に侵されているとか、正気ではない異常な人であるとする報道も、西側メディアにおいては数多くなされている。

しかし、多くの支持者たちにとっては、今でも、『もっとも国のことを思い、何よりもロシア人の幸せを願い、ロシアを守ることを、自らの責任として受け止め、重圧を背負って国を支えている頼もしい指導者』なのだ。

西側のメディアや有識者の多くは、そうした支持者たちを、権力者に都合のよいプロパガンダによって操られ、洗脳・支配されている哀れな人々と見ている。ちょうど、ジョージ・オーウェルのアンチ・ユートピア小説「1984年」の世界で、謎の独裁者「偉大なる兄弟」によって統治・支配された人々のように。

しかし、このグループに属する人々から見ると、西側のメディアや有識者たちこそが、固定化した観念に支配されて、個人としても、家族としても、共同体の一員としても、人間としての何かが欠けている人たちと感じられる。

この二つのグループの分断は、それぞれの国内にも存在し、国家グループ間にも存在する。今回のウクライナ戦争は、そうした二つの世界の分断の深淵をまざまざと感じさせるものとなった。

 

 

 

【まとめ】

上記の分断構造が、ウクライナ戦争の停戦と和平のプロセスを、非常に困難なものにしている、と私は考える。

①の陣営は、プーチンがサイコパスの狂人だと感じる。

②の陣営は、バイデンやゼレンスキーが、サイコパスだと感じる。

二つの陣営の人々の、モノの見方、感じ方は、正反対である。互いに、あまりにも違いすぎて、反発しか生じない。

プーチンは、血も涙もない狂人ではない。3/23、侵攻から1ヶ月経った時点で、民間人の死者は、国連の調査によると925人である。その数字が大きいのか小さいのか、私には評価できない。

ただ、旧日本軍が行ったハワイ真珠湾攻撃でのアメリカ側の民間人の死者は、その日1日で68名だった。ハワイ諸島では1日で68名。ウクライナでは1ヶ月で925名の民間人が亡くなった。数字からは、それほど大きな違いはない。民間人をなるべく犠牲者にしない。

 

「プーチン政権が倒れるまで、世界はウクライナを支援し続けるべきだ」という意見があるが、そもそもプーチン政権は、まず倒れないだろう。

少なくとも、ロシアへの経済制裁とウクライナへの財政・軍事援助、義勇軍だけでは、プーチン政権は絶対に倒れない。

ロシアへの経済制裁については、中国・インド・アフリカ諸国などが反対している。特に、中国は、プーチンが倒れそうになったら、なりふり構わず、プーチンを助けるだろう。

もともとウクライナの国力は、人口でロシアの1/3以下、GDP・軍事費においてはロシアの1/10に過ぎない。どれほど西側諸国が支援しても、自力でロシア軍を押し返すことは難しい。

また、ロシア国内での反プーチンの動きに期待するのは、中国国内での反習近平の動きや北朝鮮国内での反金正恩の動きに期待するのと同様に、ほとんど見込みがない。

アメリカ・NATOが、軍事的に本格的実力行使に出ることも考えられない以上、プーチン政権は短期間では、まず倒れないと考えるべきだ。

そして、何の成果もなくプーチンが軍を引き上げさせるということは、もっと考えられない。だから、何らかの政治的妥結がなければ、戦争は終わらない

 

確かに、このまま戦争が終わらなければ、もしかしたら、数年後にプーチン政権は倒れるかもしれない。しかし、その頃には、ウクライナは、完全な廃墟になっているだろう。そして、復興資金をロシアは出さない。したがって、ウクライナ復興の莫大な資金は、すべて西側の負担になる。それまでに世界が被る経済的ダメージも、計り知れない。

何よりも、ウクライナで失われる命はどれほどになるか。武器と金だけ渡して、ウクライナ人に、いつまで戦えと言うのか。

絶対に必要なことは、どれほど悪であっても、侵略者であり、独裁者であるとしても、プーチンをプレーヤーとして認めることだ。そして、プーチンの言葉に耳を傾け、彼が何を求めているのか、理解することだ。その上で、譲歩できる点は譲歩し、妥結点を探るしかない。

それを邪魔するものがあるとすれば、それは、何よりも、ロシア、ウクライナおよび西側諸国におけるナショナリズムの熱狂である。

 

そしてもう一つ、ロシアのプーチンを、ナチス・ドイツのヒトラーと同一視し、ミュンヘン会談におけるヒトラーへの英仏の安易な妥協が、ヒトラーに成功体験を与え、ポーランド侵攻を招いたのだから、同じ間違いを繰り返してはならないと主張する人々がいる。つまり、「早期の停戦にこだわるあまり、安易にプーチンに譲歩してはならない」という意見の人々だ。

彼らはプーチンを絶対悪と考え、放っておけば世界を破滅させるにちがいない〝悪魔〟であるから、何としてもプーチンを滅ぼさねばならぬと心に決めているようだ。

その一方で、彼らは、NATOの東方拡大によって、ロシアに安全保障上の危機意識を生み、同時に、ウクライナのロシアからの離反を誘ったアメリカが、「何があっても派兵しない」と早々と公言したことが、ロシアのウクライナ侵攻を招いた点については、自らの罪業にあまりにも無自覚であり、その責任をあまりにも軽んじている。バイデンは、その無自覚なアメリカ人の代表格だろう。

 

本来なら、和平合意に向けて、重要な仲介プレーヤーにならなければならないアメリカが、無責任にも無関係な第三者の立場に立って、ロシア叩きに熱中し、返り血を浴びない範囲で、ウクライナの支援を限定的に行なっている。

その方針と支援は、以下のようなものである。

「侵略者であるならず者国家ロシアの独裁者プーチンを、徹底的に痛めつけねばならない。」

「アメリカは、第三次世界大戦を招くわけにはいかないので、一切の軍事的な実力行使は行わない。(つまり、海軍・空軍も含めて派兵は行わない。)」

「ウクライナのゼレンスキー政権に対しては、可能な限りの財政援助、物資の援助、情報の共有を行う。」

「兵器の供与については、歩兵の使用する携帯火力に限る。(戦車、装甲車、ヘリ、戦闘機、爆撃機、軍艦などの大型兵器は含まない。)」

こうしたアメリカ、欧州、日本など西側諸国の行う限定的な援助によって、ウクライナ軍は今後も激しい地上戦を繰り広げる歩兵能力を維持できるので、ロシア軍は、ますます遠距離からの都市爆撃、砲撃に頼るようになり、市民の犠牲がどこまでも増えることになるだろう。

こんな惨状で、ウクライナの人々は、いつまで頑張ればいいのだろうか?