曰く、「プーチン大統領は、老化で思考硬直している」「病いで焦りがある、異常に頑迷になっている」「誇大妄想である」「冷酷な独裁者だ」「4年前には80%を超えていた支持率が60%台まで落ちてきたことへの焦りがある」などなど、メディアからはいろいろ言いたい放題に言われている。

しかし、私は、そうは思わない。そういう面がまったくないと主張したいわけではないが、ことの本質はそこではない。

また、メディアは、ロシア人の大多数が、プーチン政権を支持していないかのような印象操作をおこなっており、「悪いのはプーチンであって、ロシア人ではない」「この戦争は、プーチンの個人的な戦争だ」という言い方で、すべての原因がプーチンの狂気の意志にあるかのように世論をミスリードしている

 

しかし、そうではないのだ。「アルツハイマーで頭がおかしくなっているから、精神異常の独裁者だから、冷酷な誇大妄想狂だから、プーチンが侵略戦争を起こした」という一方的な見方に、私は与しない。

経験の少ない若者たちや、育ちの恵まれた知識層を除いて、ロシア人の過半数は、今でもプーチン大統領を信頼し、強固に支持している。そして、ロシア人の国民性は、伝統的に、味方、身内、友人には、とことん手厚く、決して裏切らないが、その一方で、敵に対しては容赦がない。だから、「次に誰を殺す?」という合言葉が、仲間内での挨拶になる。

プーチンは、極めてロシア的なリーダーであり、プーチンの意志は、ロシアの意志である。そう言っても、間違いではない面も確かにあるのだ、ということを、我々は知っておかなければならない。

その意味では、アメリカに深刻な政治的分断があるように、ロシアにもまた分断があるのだ。ただし、ロシアにおいては、プーチンに代表される保守層の力は、アメリカよりはるかに強い

しかも、ロシア人は、経済封鎖ではまず折れない。伝統的に貧苦・困窮に強いのだ。また、国際的な非難・批判にも強い。敵に何を言われても負けない頑固さが、ロシア人の信条だからだ。

 

 

 

一方で、ウクライナのゼレンスキー大統領の評価はうなぎのぼりだ。開戦直前には、支持率20%台だったゼレンスキー氏は、キエフ包囲戦の前に、キエフからの脱出を拒み、首都に留まって、首都防衛戦を戦い抜く姿勢を示していることから、すっかりウクライナの英雄となった。ウクライナ人の大統領への支持率は91%に急上昇し、今や、ゼレンスキー大統領は、ウクライナ民族の勇気と誇りを象徴する存在として、世界的に尊敬され、その指導力も高く評価されている

確かに、彼の行為が〝英雄的〟であることは私も認める。しかし、そもそも、ゼレンスキー氏は、テレビドラマの中で、一般市民が偉大な大統領になるストーリーを演じた俳優であり、現在のゼレンスキー政権のスタッフは、そのテレビドラマの制作スタッフなのだ。ある意味、彼らは、劇場型政治の専門家である。その意味では〝英雄的大統領〟を演じることに関しては、右に出るもののない専門家(プロフェッショナル)なのだ。

ロシア軍の侵攻は、ゼレンスキー氏に、一世一代(命懸け)の絶好の舞台を与えた。そして、ゼレンスキー氏は、水を得た魚のように、与えられた役割を見事にこなしている。

 

この極限状況で、ゼレンスキー氏は指導者として光り輝いているが、しかし、それが、ウクライナ国民を幸せに導くのか、というと、それはまた別問題だと思うのだ。

中国の建国の英雄毛沢東は、戦いにおいては不屈の闘志で味方を引っ張る偉大なリーダーだったが、国が統一され、平和になると、愚か極まる〝大躍進〟政策で、数千万人の国民を餓死に追い込み、それでも飽き足らず、退屈のあまりに狂気の〝文化大革命〟を起こして、10年にわたって全国民に地獄の苦渋を舐めさせた。中国国民の命を奪い、精神を破壊し、経済を木っ端微塵にし、社会全体を監獄化させた。

戦争における英雄が、平時における優れた指導者になるとは限らない。また、毛沢東は、戦争においては最終的に共産党を勝利に導いたが、ゼレンスキー氏も国を勝利に導くとは限らない。決して降伏しない不屈のリーダーが、国を破滅に導く可能性だってあるのだ。

今の時点で、ゼレンスキー大統領の政治的手腕やリーダーとしての資質について、最終的な評価を下すのは早計だろう。

もっとも橋下徹氏の言うように、「勝ち目のない戦争を続けるのは、犠牲者ばかり増えて意味がない」という意見に対しては、ウクライナ人の反論が正鵠を得ている。

日本人は、捕虜や占領民を保護するアメリカの占領しか経験していないから、勝ち目がないなら、さっさと降伏したほうがいいと考えるが、それは、抵抗を止めれば、あとは無惨に虐殺されるだけだという経験のある人々にはまったく通用しない考えで、我々は、生きるために抵抗を続けるのだ。」

 

 

 

2022年2月28日、開戦から5日目、ベラルーシとの国境で、ロシアとウクライナの停戦交渉が始まる。しかし、ここで、どちらからの譲歩もなければ、戦闘は続くことになる。ゼレンスキーが譲歩しなければ、戦争は、ウクライナが倒れるまで終わらないかもしれない。

その意味では、西側の軍事介入はないというプーチンの予測は正しい。ロシアは核を保有しているから、NATOは、全面対決を恐れて動けないということもあるが、基本的に、ウクライナを救うことに、それほど意欲的でない。諸国民にとっては、他人事だからだ。

実際、AP通信の世論調査によるとアメリカ人の72%が、「ロシアとウクライナの戦争に、アメリカは深く関わるべきではない」と答えている。CBSの世論調査でも、「ウクライナを支援すべき(43%)」を「関わるべきではない(53%)」が上回った。バイデン大統領自身も、開戦早々に「軍事介入はしない」と明言した。ウクライナの安全保障を請け合ったブダペスト覚書を簡単に破り捨てたわけだ。

バイデンが言うように「ロシアが核を保有しているから、アメリカはウクライナに派兵しない」というなら、中国も核を保有しているから、中国が侵攻してきても、アメリカは日本の防衛に手を貸さないかもしれない。

アメリカがあてにならないならば、自国の安全保障をどうするのか、日本にとっても、他人事では済まないはずなのだが、一般市民の反応は非常に薄い。

他人事じゃないと強く感じているのは、ロシアと国境を接するバルト三国、フィンランド、ポーランドや、台湾ぐらいだろう。

 

一方で、日本としては、アメリカが頼りにならないなら、中国への対抗上、ロシアを孤立させることは、自国の安全保障を維持する上で得策ではない。しかし、日本政府は、自国の地政学上のバランス感覚を働かせず、先を考えず、安易にウクライナに肩入れし過ぎている

日本にとって最重要の隣国ロシアを無視した、ウクライナ支援一辺倒の岸田首相の外交の舵取りは、極めて危ういと言わざるを得ない。ウクライナには悪いが、ウクライナの味方をして、ロシアの恨みを買っても、日本には一文の得にもならない。その点では、国連総会でのロシア非難決議に棄権票を投じたインドは、非常に賢い国であると思うのだ。

プーチンを追い詰めることは、日本にとって、まったく利がないどころか、安全保障上、極めて危険である

プーチンが北海道に核を落としたら、米軍は、バイデンは、何をしてくれるだろうか?

この戦争で、1番損しているのはプーチン、1番得したのはバイデン。ゼレンスキーは、バイデンに、巧妙に愛国心を焚き付けられ、ロシアへの敵愾心を煽り立てられて、アメリカに都合よい情勢を生み出すために、うまく操られて、踊らされたのかもしれない。

支持率が低迷していたバイデンとしては、何のリスクもなく、手を汚さずに、口だけ使って、ロシアをこき下ろす度に、世界がほめそやし、各国が従ってくれるのだから、内心、笑いが止まらないだろう。これこそ、バイデンが望んでいた状況だ。

バイデンは、戦争で遊んでいる

 

 

 

そもそも、国境を接する、この2国の関係や因縁は、非常に根深い。ある意味、日韓の関係にも似ている。

キエフ大公国(ウクライナ)は、9世紀のバイキング(ノルマン人)の侵入による族長リューリクの建国に起源を持ち、10世紀末にはウラジミル大帝がキリスト教を導入して以降、11世紀には大いに繁栄した。12世紀のビザンツ帝国衰退後は、徐々に衰退したものの、それでも最大の勢力を有するスラブ人国家だった。その一方で、ロシア(モスクワ大公国)は、同じスラブ系の一地方勢力に過ぎなかった。

しかし、その後、13世紀に、モンゴル帝国の西方遠征があり、キエフ大公国は徹底抗戦した後、壊滅的な打撃を受けて崩壊した。それ以降、ウクライナは完全に衰微し、二度と復興することはなかった。

しかし、モスクワのロシア人は、モンゴルと敵対せずに、その庇護のもと、急速に力をつけ、モスクワ大公国として自立した。その後、モスクワ大公国はロシア帝国へと発展拡大していった。

それに対して、キエフ(ウクライナ)は、オスマン帝国やロシア帝国(→ソ連)など周辺の強国に次々に服属し、ソ連崩壊まで独立することができなかった。

13世紀のモンゴルの征服が、ロシアとウクライナにとって、歴史的な明暗の分かれ目となったのだ。

 

17世紀末のピョートル大帝以降、20世紀に至るまで、ロシアは、黒海を目指して南下政策を進め、数百年にわたる数々の熾烈な戦いの末に、オスマン帝国からウクライナ(クリミア)を奪取した。

したがって、ロシア人にとっては、「クリミア及びウクライナは、同胞の血で贖われた失うことの許されない我が領土である」という意識がある。そして、ロシア人にしてみれば、ウクライナ人は、ロシア人の一部であり、兄弟なのである。

一方で、今日のウクライナでは、「自分たちはロシア人ではない、ウクライナ人だ」という激しいナショナリズムの意識が育っている。今回、このウクライナ人の〝愛国心〟の深さと激烈さが、プーチンの予測をはるかに上回ったのだ。

ロシア人には、虐げられてきたウクライナ人の情念と愛国心の深さが理解できない。圧倒的なロシア軍の攻勢を前にして絶望的に不利な状況に置かれているウクライナ人の頑強さとしぶとさは、プーチンの最大の誤算だったろう。

こうしたロシア人とウクライナ人の意識の相違は、中国人と台湾人の関係にも、少し似ている。

第三国が関わるには、非常に複雑で根が深い問題なのだ。

この戦争は、和睦では終わらない。最終的に、軍事的にはロシアが勝利する。ウクライナは、インフラや人命において壊滅的なダメージを受けるだろう。だが、それまでは誰にも止められない。

 

 

 

はたして日本であれば、敵が国土に侵攻してきた時、自衛隊任せにせず、それまで銃を手にしたこともない市民が、自ら武器を取って戦う意志を持つだろうか?

圧倒的な軍事力を持つ敵の侵攻に際して、日本政府は、国民に「18歳以上、60歳未満の男は、国外に脱出禁止だ」「おのおの武器を持って戦おう」と呼びかけ、市民に火炎瓶の作り方を教え、銃を配るだろうか?

また、絶望的状況で徹底抗戦を国民に呼びかける指導者や政府を、日本国民ならば、これほど絶大な信頼を持って、支持し得るだろうか?

 

しかし、結局のところ、この国を守るのに、本当に頼れるのは、日本人だけではないか。

バイデンは、「ロシアは核を持っているから、アメリカはいかなる状況になろうとも、決してウクライナに派兵しない」と言う。中国だって核を持っている

だから、日本人が守ろうと思わなければ、誰もこの国を守ろうとする者はいない。

私たちは、そのことを、遅まきながらも、今、学んでいるところなのだ。

 

 

 

〈資料〉

国名     人口       GDP                軍事費

日本     1億2580万人  50451億ドル  491億ドル

ロシア    1億4410万人  14786億ドル  617億ドル

ウクライナ     4413万人    1553億ドル    59億ドル