今日(2026年3月16日)午前に辺野古基地建設反対派の抗議船2隻「不屈」「平和丸」が辺野古沖で大波によって転覆し、2名が亡くなった。

2隻のボートには合計21人が乗船しており、転覆時には全員海に投げ出された。

先に「不屈」が転覆し、それを見て助けに向かった「平和丸」も転覆したという。

乗船者21人のうち18人が、京都の同志社国際高校2年生の生徒たちで、亡くなった2人は抗議船「平和丸」に乗っていた女生徒と「不屈」の船長だった。

さらに、この2人を除く19人のうち、生徒12人、乗組員2人の14人が負傷した。

当時、現場では波浪注意報が出ていた


「不屈」転覆(10時10分)の後、大波の中、「平和丸」は、満員の状態の船で、外海に流されていく「不屈」の船体を追いかけ、海保も呼ばずに無謀な救助に向かい、2分後に強い波を受けて転覆した。

事故発生から10〜40分後までに、女生徒を除く全員が、2隻を警戒して「波浪注意報が出ているから船を出すのは危険だ!」と呼びかけながら、2隻の近くにいた海上保安庁の船に救助されたが、乗員や教員らは港に上陸した11時頃まで生徒が1人足りないことに誰も気づいていなかった。

海保は「平和丸」の下に取り残されている人に気づいていた(何時に?)が、必要な装備を持つ潜水士がいないため、消防に救助を要請したという。


しかし、消防によると10時25分に「2隻の転覆で要救助者が20名いる(女生徒は数に入っていない)」と海保から連絡を受け、救助に向かった消防の隊員が10時45分に現場に到着したという。

そして、海保により「不屈」の金井船長含め十数人を救助済みと聞いたものの(11時頃、女子生徒1人がまだ行方不明という事実が判明し?)、水難隊員が、取り残された女生徒を探して、現場付近を調査・確認したという。そして、11時15分(「平和丸」転覆から63分後)、ひっくり返った「平和丸」船体の下から女生徒を発見、救助したというのだ

ライフジャケットを着た女生徒は「平和丸」の横転した船体の下に閉じ込められたまま、脱出できずに溺死したものと見られる。

また、この時、救助に向かった海保の救命ボートも転覆(乗組員は全員無事)している。

パニックに襲われて無謀にも自力で「不屈」の救助に向かって、二次災害を起こした「平和丸」の船長には業務上過失致死の疑いがかけられている。


同志社国際高校の高校2年生262人は、14日から修学旅行で沖縄を訪れていた。3日目の今日は37人の生徒が2人の教員に引率されて、班別行動の「船で辺野古を海から見るコース」に参加し、先発18人の生徒が2隻の抗議船に乗り込んでいた。

沖縄県内でも大学生に辺野古の座り込みに参加させて授業の単位を与える先生がいるが、さすがに抗議船に高校生を乗せるのはやり過ぎだろう。救命胴衣は全員着用していたとはいえ、教員は同乗していない。

実際には教員2人は陸にいた第二陣の生徒19人と一緒にいたが、ボートの定員から考えて第二陣にも同乗する気はなかったろう。

しかし、もし教員が平和丸に同乗していて、海上で生徒の安否確認をしていたら、早期の女生徒の救出が可能だったかもしれない。

修学旅行なのに引率した教員が誰も抗議船に乗船していないなんてことがあっていいのか?


遊覧船と違って抗議船では、乗客の安全対策が行き届かず、生徒の身の安全が保障できないという問題が非常に大きい。

大きさ的にも船というよりエンジン付きボートである。しかも2隻の抗議船は事業登録もされていない。

しかし、この「辺野古」プログラムは、2015年頃、学校側と反対派活動団体の間で決められ、これまで、続いてきたようだ。団体側は無償ボランティアだと言うが、1日日当5000円を各船員に支払ったと学校側は述べている。しかし、法的には無償であろうが有償であろうが国に事業登録の届出は必要だ。

また、4年前(令和5年)からは、抗議船に毎年、同校の高校生を乗せてきた経緯がある。

そして、例年通りかはわからないが、今年の抗議船には高校生18人に乗組員(というか活動家)3人で、大人は一艘に1人、2人しか乗っていない。

具体的には最大搭載人数10人の「不屈」に9人乗船(生徒8人・船長1人)、最大搭載人数13人の「平和丸」に12人乗船(生徒10人・船長1人・乗組員1人)で、どちらも搭載人数ほぼいっぱいである。

しかし、どちらも教員が1人づつ乗る余地はあった。

乗らなかったが…。


ただ、「不屈(全長6.27m)」「平和丸(全長7.63m)」は、本当に小さなボートなので、定員ギリギリまで乗ってしまうと、波が荒れると体重の偏りが起こりやすく転覆しやすい。

普段、無茶な操船を伴う抗議活動では2、3人しか乗らないボートに10人も乗り込んだら、定員ギリギリ超えていないとしても、かなり重心は不安定になる。まして、こんなボートに乗ったこともない高校生ばかりを乗せて海に出て、これで高い波が来たら、子どもたちが波を避けようとして移動し、船の重心が片側に寄ってしまって不安定になり、一気に転覆しても不思議はない。

実に危険な運用であり、海の危険を軽視していると批判を受けても仕方がない。

地元沖縄の学校でも、辺野古の抗議船に生徒が乗り込んだりするような「平和学習」活動はありえない。

実際、修学旅行で辺野古基地反対派の抗議船に集団で乗り込むプログラムを行なっている高校は、同志社国際高校だけである。


なぜ、このような危険なツアーが続けられてきたのか?

この点については、この基地反対派(日本基督教団含む)が玉城デニー知事の支持母体の中核にあることとも関わっているように思う。

身内贔屓で彼らの活動が野放しにされていた可能性があるのだ。上記したように海上運送法による国への申請・登録もされていない。

ちなみに、亡くなった71歳の金井船長さんは、辺野古基地反対派の有名なプロテスタント(日本基督教団)の牧師さんで、普段から反対運動の先頭に立っていた活動家の方だ。

これまでにも「平和丸」「不屈」などの抗議船が、修学旅行の中高生を乗せて、抗議活動のために海に出たこともあるというヤバい情報もある。

沖縄の日本基督教団系のプロテスタント教会は基地反対運動及び韓国の反日運動、加えて玉城デニー知事の支持母体にも深く関わっている。

その意味では、今回の悲劇は、高校側、反対派と同様に、玉城デニー知事にも管理責任の一端があるのではないか。


また、座り込みに参加させるのも、抗議船に乗せるのもそうだが、米軍基地反対派の運動に、大学や高校が教育の一環として生徒を参加させるのは、政治的中立性の観点から甚だ疑問である。

平和教育とは、「平和の大切さを理解する」とともに「どうすれば平和が維持できるのか?」を考えることでなければならない。

同志社大学の現学長小原氏と「不屈」の金井船長は、共に親韓反米極左の日本基督教団の牧師さんとして、ある意味、思想的な同志であり、同志社と辺野古基地反対派は組織としての親和性もあったと考える方が自然である。

反米反日活動家の一方的な意見だけが刷り込まれ、日米同盟や米軍基地を抑止力として考える観点が抜け落ちているのでは、偏向教育の誹りを免れないだろう。

同志社国際高校は、40年以上、沖縄への修学旅行を通して〝平和教育〟を続けてきたというが、その内実は「反日活動家養成教育」ではないかと誹られるのも無理はない。


A読谷村チビチリガマ

B左翼彫刻家金城実と交流

Cカヌー体験⇨佐喜眞美術館※普天間の極左美術館

Dサンゴの植え付け

E遺骨収集

F辺野古反基地派訪問

G佐喜眞美術館


3日目班行動7コースのほぼすべてに極左的イメージが漂う。

しかし、沖縄の左派は「オール沖縄」と名乗りながら、実際には沖縄の少数派である。今回の衆院選では小選挙区はすべて自民党候補が当選した。特に、辺野古の住民の大多数は基地容認派であり、抗議活動には参加していない。

また、「オール沖縄」会議は、今回の事故の報を受けて、辺野古基地反対運動を週内は自粛すると発表した。

週内自粛とかではなく、なぜ抗議船を廃止しないのか、意味がわからない。

その上、翌日には反対運動が思いっきり行われていた。喪章をつけていればよいというものではあるまい。

それに、県民のほとんどは、このオール沖縄会議に対して、当事者意識やシンパシーをまったく持っていない。その点からも「オール沖縄」の欺瞞がよくわかる。

上記のような極端に偏向した沖縄体験をしていると、沖縄の生活の実相から相当にズレた沖縄認識を、生徒たちが持つようになるのではないかと、私は危惧している。


日本の医療費は本当に逼迫していると思います。

このままでは予算が続きません。

国民負担も重くなるばかりです。

ところでスウェーデンでは、医療費は無料ですが、子どもが発熱して病院に連れて行っても、37度程度の熱だと診療をしてくれません。「熱が38度を超えたら来てください」と追い返されます。

また、イギリスでは、登録してあるかかりつけ医にかかるのは無料ですが、風邪で予約しても、診療予約日が一ヶ月後になったりします。

医療費は無料とは言っても、風邪程度の命にかかわらない軽い病気は、基本的に「自分で治してね」というのが基本姿勢なのです。

逆に「日本は、病院で簡単に保険適用で安く気軽に薬が手に入るので、フードロスならぬ薬ロスが多すぎるのではないか」と私は疑っています。

この際、日本も、スウェーデンやイギリスに倣って、風邪やインフルエンザなどで、高熱が続かない状態であれば、保険適用外とすべきではないでしょうか。

代わりに、命に関わる病気は、しっかり保険でカバーするのがよいと思います。


自民が単独で衆議院の2/3を超える316議席を得ました。

しかも、自民はいくつかの比例代表ブロックで比例代表名簿に記載されている立候補者の人数が足りなかったため、14議席を無駄に失い、他党に配分されるという大失敗をしていました。その分も加えれば、単独で330議席を得ていたでしょう。

一つの政党が、衆議院の2/3の議席を占めるのは、戦後政治で初めてのことです。

投票所で調査された高市内閣支持率は全国平均で70%を超えていました。この内閣への絶大な支持が、今回の歴史的大勝につながったことは明らかです。

厳しい寒波の中であったにも関わらず、投票率も55.68%と、前回、衆院選の53.85%より多くの有権者が投票に行きました。

国民の選挙への関心も高く、浮動票が大きく動いたものと考えられます。


国民は高市政権の何を支持したのでしょうか?

私が思うのは、やはり、『中国の横暴な振る舞いと理不尽ないじめの攻撃の的にされながら、力強く持ちこたえ、じっと耐える高市首相に対して、国民として支援したい』という強い思いが多くの日本人を動かしたのだと思うのです。

それは同時に、あまりに傲慢な中国の振る舞いや日本への卑劣な脅迫を非難せず、逆に高市首相を批判する、この国の情けないメディアや野党、主に親中派とされる公明、立憲、共産、れいわ、社民の言動に対する溜まりに溜まった強いフラストレーションを伴っていたと感じます。

なぜ日本の危機なのに、日本が悪いと非難して中国を擁護するのか、いったいぜんたい、彼らは、どこの国の政治家なのか、どこの国のメディアなのか。

そうした国民の不満と怒りが爆発したのだと思うのです。


沖縄でも、共産と社民は、それぞれ小選挙区の唯一の議席を失い、4選挙区すべてで自民党が勝利するという史上初の歴史的事態となっています。

玉城デニー知事を擁する反米・反基地・反自民の「オール沖縄」勢力の完全な敗北です。

こんなことは、これまで一度もなかったことです。

沖縄も含めて、日本国民は、日米同盟の強化、日本の独自防衛力・抑止力の強化を含む、確かな安全保障環境が構築されることを望んでいるようです。そして、不合理で卑怯な中国の脅しに屈しない強い政府を望んでいるということです。

今回は、それがはっきり示された選挙だったと言うことができるでしょう。


また、今回、立憲の野田さんは公明にはめられたと思います。

人が良すぎて、またしても他党にだまされ、利用されてしまったのです。

公明の斉藤鉄夫さんは、比例名簿の上位に公明党出身候補者の名を優先して記載させて、公明出身候補者全員(7議席増の28議席)を手堅く当選させ、しかも、小選挙区には公明党出身者が一人も立候補せず、選挙区での惜敗率で順位を争うこともなく、何の努力もなしで濡れ手で粟の比例議席を得ました。その一方で、旧立憲議員の議席はわずか21議席(小選挙区7/比例区14で123議席減)しか当選せず、立憲系候補者はほぼ壊滅状態になりました。

立憲創始者の枝野さんも幹事長の安住さんも重鎮の小沢さんも落選しました。高市発言を引き出す要らない質問をしつこく迫ったことで、その後の日中の軋轢を生んだ岡田克也氏も落選しました。

立憲だけでなく、反自民の左派系政党は、軒並み議席を減らしました。共産も4議席減の4議席、れいわは6議席減の1議席、社民は議席ゼロです。

ここ数ヶ月、メディアと共に中国に味方し、高市内閣を理不尽に攻撃していた左派政党は、すべて議席を減らしたのです。

リベラル・左派の票が中道から共産やれいわや社民に流れたわけでなく、リベラル・左派系を支持する民意(票)が減ったのです。

これが日本国民の主権者としての判断です。


これから高市首相は、国内の強い支持を背景に、諸外国と堂々と渡り合うことが可能になります。どこの国も、国内で今にも倒れそうな弱い政権など相手にしないからです。

かつて、最初は中国から恫喝された安倍首相が、選挙に勝ち続けたことで、習近平と互角に渡り合えるようになったように、今後は「国内で圧倒的な支持がある高市政権に喧嘩を売るのは、日本国民の反中感情を激化・深化させる恐れがあり、危険である」と中国も考えるようになるでしょう。

高市首相の日本国内での強い支持が、敵対的な周辺諸外国に対しては、強い抑止力として働くのです。このため、今後、中国といえども、日本に対して融和的にならざるを得ない面が出てくるはずです。

それでも、高市首相は中国の態度の変化を歓迎しつつも、油断することなく、しっかりと中長期的安全保障戦略を構築していってくれるでしょう。

そして、主権者である日本国民もまた、高市政権にそのような姿勢を期待しているのではないでしょうか。

元テレビ朝日社員でテレ朝「羽鳥慎一モーニングショー」コメンテーターの玉川徹氏は、「高市政権はトランプ政権のベネズエラ攻撃に対して、毅然とした対応をすべき」と仰っています。

同じく元テレビ朝日「報道ステーション」アナウンサーで、現TBSの「news23」アナウンサーの小川彩佳氏は、「高市総理は、攻撃の正当性について何も言及していない」「同盟国だから黙するのか、同盟国だからこそ問うのか、スタンスが問われています」と仰っています。

総理経験者で立憲民主党の野田佳彦代表は、「正当性の点から極めて疑問で、遺憾の意を表明せざるを得ない」「いくらなんでもやり過ぎだ」と仰っています。

玉川さん、小川さん、野田さんは、『日本政府はアメリカに対して毅然とした態度で、ベネズエラ攻撃には正当性がないと批判するべきだ』と仰りたいのだと思います。

しかし、そうであるなら、御三方は『日本がアメリカにモノ言える国家になるためには、アメリカの核の傘に依存しないで、安全保障上の自立を保つことができるよう、一刻も早く独自核武装するべきだ』と提唱するべきではないでしょうか?

それを言わないで、独自の抑止力もなく、安全保障上の担保もなく、「政府はアメリカに毅然とした態度をとるべきだ!」「政府のスタンスが問われている」と主張するのは、言論人として、極めて無責任だと言わざるを得ません。

また、橋下徹氏も、「日本は中国にはモノを言えてもアメリカには言えない」「そのくらいへこへこな国だと認識して防衛力増強すべき」と仰っていますが、残念ながら防衛力増強程度では、アメリカにモノを言えるようにはなりません。日米同盟に依存せずにモノが言えるようになるためには、戦える自衛隊、独自核武装、憲法前文と9条の削除が最低限必要ぐらい言ってもらわないと、何のための毒舌か?と批判されて当然でしょう。


JNN 世論調査 1/10・11⇨高市内閣支持率78.1%(➕2.3%)/不支持率18.6%(➖2.1%)


毎日新聞世論調査 1/24・25⇨高市内閣支持率57%(➖10%)/不支持率29%(➕7%)

日本経済新聞世論調査 1/23〜25⇨高市内閣支持率67%(➖7%)/不支持率26%(➕8%)

読売新聞世論調査 1/23〜25⇨高市内閣支持率69%(➖4%)/不支持率23%(➕9%)

FNN 世論調査 1/24・25⇨高市内閣支持率70.8%(➖5.1%)/不支持率23.4%(➕4.5%)


★2025年に亡くなった著名人(69人)



◼️宗教家

ローマ教皇フランシスコ(88)アルゼンチン出身 史上初のアメリカ大陸出身の教皇 史上初のイエズス会出身の教皇 ネイティブ・アメリカンに対して、カトリック教会が迫害を支えた歴史を認めて謝罪した。

 

◼️政治家

村山富市(101)老衰 元内閣総理大臣 社会党党首 自社さ連立政権(1994〜1998)※総理在任中の1995年に阪神淡路大震災(1月)、地下鉄サリン事件(3月)が起きた。

不破哲三(95)急性心不全 日本共産党中央委員会幹部会委員長(1982〜1987/1989〜2000)日本共産党中央委員会議長(2000〜2006)※1987年以降、共産党の実質的指導者/門から学校並みに巨大な屋敷に辿り着くまで森の中を車で走ることになる、広大な敷地を持つ不破御殿で、党本部から派遣された料理人・運転手兼ボディーガード・秘書やメイドを使役して王侯貴族の生活を営む「労働者の党」の王様であった。また、2024年まで、日本共産党常任幹部会委員に留任し続け、党から年収1000万円の収入があったと言われる。その他、著作の印税も大きかった。

シリキット皇太后(93)タイ王室ラーマ9世(プミポン国王)の妃/ラーマ10世、シリントーン王女の母/国民から絶大な人気

ホセ・ムヒカ(89)食道癌 元ウルグアイ大統領 世界で一番貧しい大統領 「貧しい人とは、欲望に限りがなく、満足できない人のことだ」「金持ちは政治家になってはいけない」「人は発展するためでなく、幸せになるために生まれてきたのだ」

リチャード・アーミテージ(79)肺血栓症 政治家 知日派 日米外交に大きな役割 ジョージ・W・ブッシュ政権一期目の国務副長官

 

◼️文学者・小説家・著述家・学者

福田善之(93)肺炎 劇作家 代表作⇨「真田風雲録(1963)」 脚本家 代表作⇨NHK大河ドラマ「風と雲と虹と(1976)」

曽野綾子(93)老衰 小説家 日本財団会長 保守の論客 「渡嘉敷島での集団自決は軍の主導ではない」として大江健三郎の「沖縄ノート」の記述を否定した

佐久川政一(91)沖縄大学学長 沖縄大学名誉教授 チュチェ思想研究会全国連絡会会長 金日成・金正日主義研究全国連絡会代表世話人 チュチェ思想の宣伝者 日米同盟と米軍基地に反対した

ジェームス三木(91)肺炎 脚本家 代表作⇨NHK連続テレビ小説「澪つくし(1985)」 大河ドラマ「独眼竜政宗(1987)」 ドラマ「翼をください(1988)」 大河ドラマ「八代将軍吉宗(1995)」 大河ドラマ「葵 徳川三代(2000)」

渋谷陽一(74)誤嚥性肺炎 音楽評論家 雑誌「ロッキング・オン(1972)」創刊 ラジオDJ⇨「ヤング・ジョッキー」「サウンド・ストリート」

森永卓郎(67)原発不明がん 経済アナリスト エコノミスト

フレデリック・フォーサイス(86)小説家 代表作⇨「ジャッカルの日(1971)」「オデッサ・ファイル(1972)」「戦争の犬たち(1974)」

ジョン・ヴァーリイ(78)アメリカのSF作家 代表作⇨第一短編集「残像(1978)」第三短編集「ブルー・シャンペン(1986)」

 

◼️ミュージシャン・歌手

三浦洸一(97)老衰 歌手 代表曲⇨「落葉しぐれ(1953)」「東京の人(1956)」「踊子(1957)」

アイ・ジョージ(91)歌手 代表曲⇨「硝子のジョニー(1961)」

上條恒彦(85)誤嚥性肺炎⇨老衰 歌手 俳優 代表曲⇨「出発(たびだち)の歌(1971/第二回世界歌謡祭グランプリ/上條恒彦と六文銭)」 俳優⇨「3年B組金八先生(1979)」の社会科教師役

ペドロ梅村(83)ペドロ&カプリシャスのリーダー 代表曲⇨「別れの朝(1971)」「ジョニイへの伝言(1973)」「五番街のマリーへ(1973)」

橋幸夫(82)肺炎 歌手 御三家 代表曲⇨「潮来笠(1960/デビュー曲)」「いつでも夢を(1962/吉永小百合とデュエット)」

菅原孝(81)肺炎 兄弟フォークデュオ「ビリーバンバン」の兄 代表曲⇨「白いブランコ(1969)」「さよならをするために(1972)」

川村栄二(78)編曲家 主な編曲⇨「100万本のバラ(1987/加藤登紀子)」「半分少女(1983/小泉今日子)」「輝きながら…(1987/徳永英明)」「心の色(1981/中村雅俊)」「愛しき日々(1986/堀内孝雄)」「やっぱ好きやねん(1986/やしきたかじん)」

いしだあゆみ(76)甲状腺機能低下症 歌手・女優 代表曲⇨「ブルー・ライト・ヨコハマ(1968)」

木原俊雄(75)NOBODYの片割れ 作曲(バンドとしての提供)⇨「モニカ(1984/吉川晃司)」「にくまれそうなNEWフェイス(1985)」「六本木心中(1984/アン・ルイス)」「あゝ無情(1986)」「Dance Beatは夜明けまで(1986/荻野目洋子)」

新川博(69)虚血性心不全 キーボーディスト 編曲家 主な編曲⇨「雨音はショパンの調べ(1984/小林麻美)」「君たちキウイ・パパイヤ・マンゴーだね(1984/中原めいこ)」「君は1000%(1986/1986オメガトライブ)」「六本木純情派(1986/荻野目洋子)」「1986年のマリリン(1986/本田美奈子)」「碧いうさぎ(1995/酒井法子)」

明石昌夫(68)心不全 ベーシスト 編曲家 主な編曲⇨ZARDの「Good-bye My Loneliness(1991)」「IN MY ARMS TONIGHT(1992)」「あの微笑みを忘れないで(1992)」「遠い日のNostalgia(1992)」「君がいない(1993)」「揺れる想い(1993)」「もう少し あと少し…(1993)」「きっと忘れない(1993)」「来年の夏も(1994)」「こんなにそばに居るのに(1994)」

西尾芳彦(63)胆管がん 音楽プロデューサー 作曲家 1997年に音楽塾ヴォイスを設立。YUI、絢香、家入レオをプロデュース。主な作曲⇨「三日月(2006/絢香)」

皆川おさむ(62)慢性腎不全 元歌手 「黒ネコのタンゴ(1969/6歳/イタリアの童謡のカバー)」が大ヒット(1969年度年間5位・1970年度年間1位)

ロバータ・フラック(88)心不全 歌手 代表曲⇨「愛は面影の中に(1972)」「やさしく歌って(1973)」

コニー・フランシス(87)骨盤骨折 歌手 代表曲⇨「カラーに口紅(1959)」「ボーイ・ハント(1961)」「可愛いベイビー(1961)」「VACATION(1962)」

ピーター・ヤロー(86)膀胱癌 ピーター・ポール&マリーのメンバー 代表曲⇨「500マイル(1962)」「花はどこへ行った(1962)」「パフ(1963)」「風に吹かれて(1963)」

ロジャー・ニコルズ(84)パーキンソン病 作曲家 カーペンターズの「愛のプレリュード(1970)」「雨の日と月曜日は(1971)」

スライ・ストーン(82)慢性閉塞性肺疾患(COPD) アメリカのミュージシャン スライ&ザ・ファミリー・ストーンのリーダー ボーカリスト 主な作詞作曲⇨「Dance to the music(1967)」「Everyday People(1968)」「Stand!(1969)」「Thank You(1969)」「Family Affair(1971)」「If You Want Me To Stay(1973)」

ブライアン・ウィルソン(82)神経衰弱による呼吸停止 アメリカ西海岸のウエストコースト・サウンドを代表するロックバンド「ザ・ビーチ・ボーイズ」のリーダー・ボーカリスト・ベーシスト 主な作詞⇨「サーフィン・U.S.A.(1963)」 主な作曲⇨「Don’t Worry Baby(1964)」 主な作詞作曲⇨「サーファー・ガール(1963)」「アイ・ゲット・アラウンド(1964)」「Girls On The Beach(1964)」「The Warmth of The Sun(共作/1964)」「カリフォルニア・ガールズ(共作/1965)」「Please Let Me Wonder(共作/1965)」「Wouldn’t it be Nice(1966)」「グッド・ヴァイブレーション(共作/1966)」「God Only Knows(共作/1966)」

リック・デイヴィス(81)多発性骨髄腫 イングランド出身のプログレッシブ・ポップ・ロック・バンド「スーパートランプ」の創始者でリード・ボーカル グループ代表曲⇨「ブレックファスト・イン・アメリカ(1979)」(この曲を表題曲とするアルバムがビルボード4週連続1位・グラミー賞で年間最優秀アルバム賞受賞・全世界で1800万枚のセールスを記録。)

オジー・オズボーン(76)パーキンソン病 イギリスのロック・ボーカリスト メタルの帝王 1968年にヘヴィ・メタル・バンドの元祖「ブラック・サバス」を結成 今月5日、オリジナル・メンバーによるラスト公演を敢行 代表作⇨2ndアルバム「パラノイド(1970)」 ソロ1stアルバム「ブリザード・オブ・オズ(1980)」➡︎飛行機事故で夭折した天才ギタリストであるランディ・ローズが世界的に認知された出世作 ソロ2ndアルバム「ダイアリー・オブ・ア・マッドマン(1981)」➡︎本作発表後のツアーの途中で事故死したため、ランディ・ローズにとって最後のスタジオ・アルバムとなった ソロ3rdアルバム「バーク・アット・ザ・ムーン(1983)」➡︎新しいギタリストとしてジェイク・E・リーが参加

クリス・レア(74)脳卒中 イギリスのシンガーソングライター 日本で人気のある代表作⇨8thアルバム「オン・ザ・ビーチ(1986)」

マイク・ピーターズ(66)悪性リンパ腫 イギリス(ウェールズ)出身 ロックバンド「アラーム」のリード・ボーカル 代表曲⇨「ストレングス(1985)」「ドーン・コーラス(1985)」「スピリット・オブ‘76(1985)」「アブソリュート・リアリティ(1985)」

リンダ・ノーラン(65)乳癌 肺炎 アイルランド出身の姉妹音楽グループ「ノーランズ」のメンバー 代表曲⇨「ダンシング・シスター(1979)」※全英3位・アイルランド2位・日本1位(オリコン)

 

◼️俳優・芸能人

露口茂(93)老衰 俳優 テレビドラマ「太陽にほえろ!」山村刑事(山さん)役

仲代達矢(92)俳優 主演映画「人間の条件1〜6部(1959・1961)」「二百三高地(1980)」「影武者(1980)」「鬼龍院花子の生涯(1982)」「乱(1985)」

吉行和子(90)肺炎 女優 テレビドラマ「3年B組金八先生(1979〜2011)」桜中学家庭科教師池内友子先生役 テレビドラマ「ナースのお仕事(1996〜2002)」婦長役 兄の吉行淳之介は小説家

藤村志保(86)肺炎 女優 映画「忍びの者(1962)」ヒロイン 大河ドラマ「太閤記(1965)」のねね役 映画「古都憂鬱 姉いもうと(1967)」で初主演 映画「男はつらいよ 寅次郎頑張れ!(第20作/1977)」のマドンナ

和泉雅子(77)原発不明がん 女優 吉永小百合・松原智恵子と「日活三人娘」と称された 主演映画⇨「非行少女(1963)」「絶唱(1966/共演舟木一夫)」「私は泣かない(1966)」「花と果実(1967)」 冒険家⇨海氷上から北極点に到達した(1989)世界で2人目の女性

櫻井智(53)多臓器がん 声優 代表作⇨「マクロス7(1994)」ミレーヌ・ジーナス役 「怪盗セイント・テール(1995)」主演 「るろうに剣心(1996)」巻町操役 「スーパードール★リカちゃん(1998)」ドールリカ 「ポケットモンスター ダイヤモンド&パール(2006)」シロナ役

遠野なぎこ(45)女優 NHK朝の連続テレビ小説「すずらん(1999)」主演 映画「海は見ていた(2002)」メインキャスト 昼ドラ「冬の輪舞(2005)」主演 昼ドラ「麗わしき鬼(2007)」メインキャスト

ジーン・ハックマン(95)アルツハイマー病 ハリウッド俳優 主演代表作⇨「フレンチ・コネクション(1971)」「ポセイドン・アドベンチャー(1972)」「スケアクロウ(1973)」「フレンチ・コネクション2(1975)」

ブリジット・バルドー(91)フランスの女優 1950〜60年代のヨーロッパを代表するセックスシンボル/フランスのマリリン・モンロー

ロバート・レッドフォード(89)ハリウッド俳優 主演代表作⇨「明日に向かって撃て!(1969)」「追憶(1973)」「スティング(1973)」「愛と哀しみの果て(1985)」 映画監督 代表作⇨「普通の人々(1980)」

クラウディア・カルディナーレ(87)女優 イタリア人 主演代表作⇨「ブーべの恋人(1963)」「山猫(1963)」

ダイアン・キートン(79)肺炎 ハリウッド女優 主演代表作⇨「アニー・ホール(1977)」「ミスター・グッドバーを探して(1977)」「レッズ(1981)」「赤ちゃんはトップレディがお好き(1987)」「恋愛適齢期(2003)」 出演作品⇨「ゴッドファーザーⅠ・Ⅱ・Ⅲ(1972・1974・1990)」アル・パチーノの妻 「花嫁のパパ(1991)」のママ役

 

◼️スポーツ・格闘技

新間寿(90)コロナ後遺症から肺炎 アントニオ猪木のマネージャーとして、ストロング小林戦、アリ戦をプロデュース 佐山聡をタイガーマスクとしてプロデュース UWFを旗揚げ 「スポーツ平和党」の幹事長

長嶋茂雄(89)肺炎 プロ野球選手 読売巨人軍選手・監督 ミスタープロ野球 守備はサード 背番号3 打席は3番 4番の王貞治と合わせて「ON砲」と呼ばれた 引退時の言葉「我が巨人軍は永遠に不滅です」は有名 国民的なヒーロー

釜本邦茂(81)肺炎 サッカー選手 東京五輪(1964)メキシコ五輪(1968)日本代表 メキシコ五輪銅メダルの功労者(エース・ストライカー)にして大会の得点王

ジャンボ尾崎(78)S状結腸がん プロゴルファー 男子国内ツアーで最多の通算94勝 

増位山太志郎(76)肝不全 大相撲力士 大関 歌手 ヒット曲⇨「そんな夕子にほれました(1974)」「そんな女のひとりごと(1977)」

グラン浜田(74)プロレスラー 小さな巨人 メキシカン・レスリング(ルチャリブレ)の先駆者

西村修(53)食道癌 プロレスラー 闘う哲学者 クラシカルなグラウンドの攻防を主体としたレスリング・スタイル 東京都文京区議会議員

ジョージ・フォアマン(76)プロボクサー 世界ヘビー級統一王者(1973・1994)一度、引退してから、再び、世界王者に返り咲いた

ハルク・ホーガン(71)急性心筋梗塞 アメリカを代表するプロレスラー 〝超人〟 得意技はアックス・ボンバー 映画「ロッキー3(1982)」出演 「イチバーン!」のかけ声で有名

サブゥー(60)プロレスラー アラビアの怪人ザ・シークの甥 インディーの帝王 有刺鉄線デスマッチなどハードコアレスリングのパイオニア 机にのせた相手にムーンサルトプレスを連発した

 

◼️その他

西本喜美子(97)フォトグラファー 自撮りおばあちゃん

篠田正浩(94)肺癌 映画監督 代表作⇨「瀬戸内少年野球団(1984)」「少年時代(1990)」「写楽(1995)」※細君は女優の岩下志麻

俵孝太郎(94)肺癌 ニュース・キャスター ジャーナリスト

栗山富夫(84)悪性リンパ腫 映画監督 代表作⇨「釣りバカ日誌(1〜10/1988〜1998)」「花のお江戸の釣りバカ日誌(1998)」

みのもんた(80)焼肉を喉に詰まらせて心肺停止 アナウンサー 司会者 ニュース・キャスター

堀越謙三(80)間質性肺炎 映画プロデューサー 1982年に渋谷にミニシアター「ユーロスペース」を開館/87年ドキュメント映画「ゆきゆきて、神軍」を独占公開、ロングランヒット/ミニシアター・ブームを牽引した

ジョルジオ・アルマーニ(91)イタリアのデザイナー 「アルマーニ」ブランドの創業者 モード界の帝王

デイヴィッド・リンチ(78)肺気腫(COPD) アメリカの映画監督 代表作⇨「イレイザー・ヘッド(1977)」「エレファント・マン(1980)」

ロブ・ライナー(78) アメリカの映画監督 代表作⇨「スタンド・バイ・ミー(1986)」「恋人たちの予感(1989)」「ミザリー(1990)」「最高の人生の見つけ方(2007)」