5/9現在で、さまざまな証言、映像が、生徒たちや遺族から出ており、さまざまな疑惑が持ち上がっている。
特に、亡くなった女生徒が乗っていた平和丸の船長と乗組員についての疑惑だ。
もちろん、不屈の金井船長についての証言もある。
まず、不屈に乗った生徒たちは、乗船時に金井船長から救命胴衣の装着指導を一切受けなかったという証言がある。
平和丸については、先に乗った男子には説明があったが、防波堤から不安定な足場を使って乗船することを怖がって、後から乗った女子には説明が無かった。
それから、「波が荒くなっている」と警告に近づいた海保のボートを猛スピードで振り切ってリーフエッジに突入していく不屈の生徒たちの悲鳴が、平和丸の生徒の携帯映像に残っている。金井船長は、よほど無茶な運転をしていたようだ。平和丸が、そのすぐ後ろをついていっているのも悲鳴の大きさや近さからわかる。そして、不屈の側面から高波が近づいてきて、生徒たちは互いにしがみつきあい、船の手すりを握りしめた。しかし、金井船長は、一言も発することなく、猛スピードで直進するだけだった。そして、横波を受けて不屈は転覆し、生徒たちは海底に叩きつけられた。その後も、次々と高波は海上の生徒たちを襲った。
さらに、不屈転覆後、平和丸船長が、生徒たちに「誰か携帯を持っていないか」と訊いてまわり、「117番にかけて」と頼んだことが、生徒の証言でわかった。
平和丸に無線や救助信号が無かった。船長と乗組員が携帯電話を持っていなかった。あるいは持っていても、身につけておらず、すぐに出せる場所にも保管していなかった。そして、海保への通報が118番であることを、覚えていなかった。
117番にかけた生徒は、「あれ?」「これ、ただの時報じゃないか」と思った時には転覆して海に投げ出されていたという。
以上の点から生じる疑惑は、船長と乗組員の信じられないほどの無能さだ。
無謀にも自力で不屈の救助に向かったというよりも、まともに救助要請すらする手段を持たず、すべて生徒頼りで、しかも、その指示した内容も誤りで、ともかく何も考えられず、何もできないうちに平和丸も転覆したのだろう。「平和丸だけでも安全地帯に留まらなければ」と考える知恵すら働かず、「どうしたら救助要請できるかわからない」と焦っているうちに、平和丸も高波の餌食になったわけだ。
杜撰さもここまで極まると凶器となる。
彼ら抗議船の船長たちに生徒の安全を委ねた同志社国際高校の責任、抗議船のいい加減な運行の主体者としてのヘリ基地反対協議会の責任、協議会が中核となって成立したオール沖縄を支持母体とする玉城デニー知事の責任は、それぞれ問われなければならない。
特に、2019年に、不屈の金井牧師を平和学習コーディネーターとして表彰した県(玉城デニー知事)の責任は重い。
また、ことがここに至るも、生徒たちの証言や証拠映像を取り上げて、事件の真相に迫ろうとする公正な報道をまったくせず、あくまでも協議会側に寄り添った偏向報道、あるいは協議会に都合の悪いことは報道(取材)しない権利の行使に終始する地元二紙、朝日、毎日、共同通信、読売などを中心とするメディアの報道(取材)姿勢も問われている。
ヘリ基地反対協議会共同代表の浦島悦子氏は、琉球新報社主催の会で「早く遺族に直接謝罪できる状況になって欲しい」と言いつつ、「産経など右派の偏向報道や悪意ある虚偽情報に負けない」と支援者たちに述べている。この時の録音音声が流出したことに関して、琉球新報社は「会の参加者が流出させた」ことを疑って責めるようなメールを全員に送っている。
沖縄タイムスでも、「悪意あるデマ、根拠のない誹謗中傷に負けるな」とヘリ基地反対協議会を応援する投稿記事が5/1に掲載され、「亡くなった女生徒もそう思っているだろう」と記した最後の3行だけを問題とし、主題についてはまったく問題視していない。
毎年平和丸に乗船して抗議活動にも参加していた共産党の小池晃氏は「『共産党も協議会も謝罪していない』と言われるが、記者会見でもHPでもちゃんと謝罪している」と述べている。
遺族への謝罪とは、記者会見やHPの文章で済ませられるものなのか。直接謝罪や弔問がなくても遺族への謝罪は済んだとみなされるべきなのか、「船長、乗組員、協議会関係者は、遺族に、まだ謝罪していない」という言説はデマとみなされるべきなのか、浦島氏や小池氏に問いたい。
生徒たちからの情報が今になって出てきているのは、事件から少し時間が経って、生徒たちが少しずつ心の整理ができてきているからかもしれない。しかし、同時に、大人たちの真相究明の姿勢のなさがあまりに心許なく、肝心の情報が隠蔽されているという焦燥感に駆られての行動かもしれない。
こうした生き残った生徒たちからの証言や携帯映像も悪意あるデマなのか、根拠のない誹謗中傷なのか、協議会関係者に問いたい。
ついでに、引率教員が、生徒たちの証拠映像を消去するように命じたというのは本当か、これも同志社側に訊きたい。
不屈にも平和丸にも乗船したことのある社民党の福島瑞穂党首は、「辺野古基地建設工事がなければ、こんな事故も起こらなかった」という服部良一元幹事長の言説を、いまだに否定していない。
大人がまったく動かないから、仕方なく子どもが動いているのだ。
この構図は、不屈転覆直後からずっと続いているのではないかと思わざるを得ない。
海に投げ出された生徒たちは、自力で立てる浅瀬を見つけて、そこで、自らの判断で、自分の携帯で118番を検索して救助要請したのだ。
その間、船長は船体に繋がるロープを握っていただけで、乗組員も船体につかまっていただけだ。点呼も取らず、船体の下で、不完全な装着をした救命胴衣が船体に引っかかって溺死しかかっている女生徒がいることもわからずに…。
救助され上陸した後、乗客名簿もなく、引率教員の同乗や点呼もなく、海保の人の「これで全員ですか」の問いにすぐ答えられず、誰かわからないけど一人足りないとわかるまで10分かかった。
その後、港で待機中に、平和丸の柴田乗組員は「船長の特製コーヒー飲む?」「世界で一つだけのコーヒー、飲んだらきっと元気になるよ」「クッキー食べる?」「ここでしか食べられないよ」と生徒たちに話し、平和丸の諸喜田船長は「(不屈の)船長死んじゃった」と生徒たちに笑いながら話しかけてきた。
この時点で、平和丸の船長と乗組員は、自分の船に乗せていた女生徒が溺死した事実も知っていたはずだ。よく生徒たちに、にこやかに話しかけられたものだとも思うが、船長や乗組員の言動や様子が、生徒たちから見て、明らかに異常行動だったとも言われている。
しかし、こうした映像や証言は、いまだにメディアではまったく報道されていない。
事件の被害者となった生徒たちからすれば、同級生の死をめぐる理不尽な状況や事実を、まったく報道せず、責任団体の自己正当化を許し、ここまで彼らに不都合な事実を無視する大人たちの社会を、如何にして信じて育っていくことができるだろうか。
このままではいけない、そう思わないか。