3/16に発生した辺野古の抗議船転覆事故について、当日の辺野古漁港の監視カメラの映像を、産経新聞が手に入れ、事件からちょうど3ヶ月経った6/16に報道された。

事件当日、リーフエッジで不屈が転覆したのが午前10時10分、救助に向かった平和丸が転覆したのが午前10時12分だ。

カメラの映像では、平和丸転覆から22分後、午前10時34分頃、救助された生徒たちを乗せた海保の警備艇が漁港に入ってくる姿が確認できる。午前10時54分までに七隻の警備艇が次々と港に到着して生徒たちを下船させ、警察官や救助隊員が生徒たちに駆け寄る緊迫した場面が続く。


映像では、後発組を引率していた男性教員や乗り物酔いで同乗しなかった先発組担当の女性教員、さらに救助された平和丸船長も映っていたが、彼らが生徒の安否確認や点呼を取る姿、近寄って慰める姿、声をかける姿さえもうかがえなかった。

まず後発組を引率していた男性教諭は、生徒たちが港に着き始めてから40分ほど経った11時15分頃、始めて映像に現れるが、生徒たちが固まっているところに近づく様子もなく、20mほど離れたテントの中から、遠巻きに生徒たちを眺めているだけで、1人じっと立ち尽くしているばかりだった。

一方で、救助された生徒の一人は「応急処置を受けたときに、海上保安庁の方に『足りない人がいないか』と聞かれたので、生徒で集まって人数確認をした」と振り返る。そして「乗船者のグループ分けの名簿が見当たらず、人数確認に時間がかかった」「誰かは分からないが、1人足りないことに気づき、その旨を伝えたところ、何隻かの船(警備艇)が出航し、捜索が本格化した」と証言している。その間、教師の話はまったく出なかった。

なぜか、引率教員は、本来自分がやらねばならない生徒の安否確認や点呼の義務を完全に放棄していたのだ。


溺死した女生徒が発見されたのは午前11時15分、そして、カメラの映像では11時24分に女生徒を乗せた警備艇が港に入ってくるのが写っている。そして、上陸後、救急車に乗せられるのだが、ちょうど、この時、生徒たちが港に到着してから1時間後に、初めてカメラに写ったのが先発組引率の担当だった女性教員である。

それまで、この女性教員は、カメラには写らないヘリ基地反対協議会のテントにいた。救急車が港に到着して武石さんが乗せられると、この女性教員は、突然、カメラ映像の外から救急車に向けて走ってきたのだ。そして、救急車に同乗して行った様子がカメラに写っている。

自分の責任を完全に放棄して一切仕事をしないのであれば、最後まで仕事をしなければよいのに、なぜ、最後に意味のないパフォーマンスをするのか、と思いました。何もしない方がまだ潔いのではないでしょうか。


少なくとも、この2人の引率教員は、傷ついた生徒たちに寄り添いたいという気持ちを、かけらも持っていなかったことは、カメラの映像からはっきりとわかります。

生徒への共感はまったくなく、感情は氷のように冷たいが、自己保身の意識だけは強力に稼働している人間サイボーグ先生か…。

自分たちが生徒たちの命を預かっているなんて、まったく思っていないのだろうなあ。

素晴らしい子どもたちなのに、なぜ信じられない大人たちしか、周りにいないのだろう。



昨今、発達障害やパーソナリティ障害であるという人が異常に増えているように感じます。

実際にはどうなのでしょうか。

発達障害の中でも多いのはADHDとASDです。ADHDは大人になってから診断されることが多く、ASDは子供の頃に症状が診断されやすいという特徴がありますが、境界線上の人も含めれば、どちらも人口の5%以上いるのではないかと推測されています。(病院での診断ではADHD3%、ASD1.6%)

ADHDとASDは併存することも多く、ADHDと診断された人の25%がASDの特性(すべてかその一部)を併せ持っており、ASDの人の40%がADHDの特徴(全部か一部)を併せ持っています。そのパーセンテージの差からも、ASDよりADHDの人の方が全体発症診断数(母数)は多いのがわかります。そして、医療受診された発達障害全体の25%が、ADHDとASDの両方の診断基準を満たしている、つまり、完全なADHDとASDの併発である(総人口の0.7%)と報告されています。

日本で発達障害と判定(医療診断及び公的調査含む)されている人の総数は、人口の10%、10人に1人はいると考えられます。しかし、これはおそらく氷山の一角です。発達障害は生まれつきの脳神経の働きの偏りであり、一生涯治ることはありません。そして、病院や公の調査で診断されていないだけで、グレーゾーンの人も含めれば実際には発達障害だという人はもっと多くいるはずです。


パーソナリティ障害とされる人の割合(医療診断及び公的調査含む)もまた、人口の10〜15%(10人に1人以上)と報告されています。

病院に受診する人が最も多いのは境界性パーソナリティ障害で、病院で診断されるパーソナリティ障害の6割以上を占めますが、一般的な調査では人口の2%程度とされます。

また、近年増えているとされるのが、境界性パーソナリティ障害と地続きで繋がっているスペクトラムの一端と考えられている自己愛性パーソナリティ障害で、アメリカでは人口の6%(16人に1人)いるという報告もありますが、一般的な調査では、こちらも人口の2%程度と考えられています。

この二つのパーソナリティ障害は、境界線が非常に曖昧で、互いに移行するスペクトラム(連続体)の一部と考えられており、併存の割合も高いので、合わせると総人口の3%程度を占めると考えられています。

また、この二つのパーソナリティ障害は、ADHDと併存する割合が最も高く、特に境界性パーソナリティ障害の人の40%はADHDの特徴を有しています。さらに自己愛性パーソナリティ障害の人の場合は20%がADHDを併発しています。

一方、これも人口の2%程度を占めるシゾイドパーソナリティ障害ですが、ASDとの併存率が非常に高く、シゾイドパーソナリティ障害の人の50%以上がASDであると言われています。

ASDとシゾイドパーソナリティ障害は、あまりにも親和性が高いので、かつては、同じ特徴を有していても、幼年期に見つかったらASD、大人になってわかった場合はシゾイドパーソナリティ障害と診断された時代もあったそうです。


しかし、実際には発達障害とパーソナリティ障害はまったく別の障害です。

まず、発達障害は先天的なもので、一生涯治りませんが、パーソナリティ障害は後天性が強い障害で、それ自体は完治も可能です。

そして、発達障害がパーソナリティ障害と併存する場合には、生まれた時からADHD・ASDだった子が、その後の環境要因により、境界性・自己愛性・シゾイドパーソナリティ障害などを発症することが多いのです。

繰り返しますが、パーソナリティ障害は、発達障害と違って、生まれつきの脳神経の働きの偏りではありません。

言わば、発達障害がコンピューターのハード面だとすると、パーソナリティ障害は、そのハードを動かすソフトの障害ということです。そして、このソフトは改善の余地があります。ですから、一般的には、パーソナリティ障害は治る障害なのです。

ソフトの改善は、配線の修理ではなく、プログラミングの作業になります。具体的には薬剤治療ではなく、カウンセリングによるということです。

ただし、発達障害とパーソナリティ障害が併発している場合、症状の改善が難しくなります。ソフトを治そうとしても、ハードの不調が邪魔をするわけです。

特に、ADHDがASDと併存している場合には、ADHDの対処療法薬(コンサータなど)などもあまり効きませんし、ASDやパーソナリティ障害には症状改善の専門薬もないので、治療による症状改善は非常に困難です。

日本の精神医療は、基本的に薬の処方箋を出すだけで、カウンセリングなどしませんから、上記のような発達障害やパーソナリティ障害の複雑な併発症状においては、ほとんど無力と言っていいと思います。


例外は、ADHDの症状を緩和するコンサータなどの薬が効く場合で、そういう人にとっては、併発症状があっても、病院に行く価値があると思います。

ただ、日本は、欧米に比べると、ADHDの症状改善薬の規制が極端に厳しく、現在、成人用の即効性のある中枢刺激薬はコンサータしか認可されていません。そして、例えば欧米では第一選択薬として広く認可されているアデロールは、日本では常習性を恐れて覚醒剤指定されていて使用禁止です。そのため、現在、日本では、ストラテラの製造中止をきっかけとして、治療を求めるADHD患者が増加し続けていることもあって、コンサータの不足が深刻化しています。

一方で、不思議なことに、欧米では依存性の高さから規制が厳しいデパス(エチゾラム)などの精神安定剤については、日本は規制が非常に緩く、野放しになっています。

例えば即効性の高いデパスは、その依存性の高さからアメリカでは禁止されており、欧州でも医師の厳格な管理の下、カウンセリングを受けることを条件に処方されています。しかし、日本ではデパスは必ずしも精神科や心療内科でなくても、内科でも処方は可能で、ほとんど規制されてきませんでした。

私としては、そのおかげで助かってきたというか、デパスにお世話になってきた面があります。心理的ストレスやパニック症に対する鎮静手段として、冷静な自己管理ができるなら、規制はない方がいいと思うのですが、それだけでは済まないのも確かです。

日本は、そもそも医師によるカウンセリングがないので…。




女系天皇でいいと思います。

現代の一夫一婦制の下では、男系しか認めないなんて言っていたら、皇統断絶を免れることはできないでしょう。それを、こっそり側女に産ませて皇后が産んだことにするとか、人工的に男子を産むように医学的に操作するとか、なんか違うんじゃないでしょうか。生命への畏敬の念が失われた地で、先祖神への信仰を守る意味があるでしょうか。

かといって、宮家を復活させて、男系の細い血を受け継いでいる養子で固めて、皇位継承者を増やすとか始めたら、そのうち、皇太子も養子でOKになっちゃうんじゃないでしょうか。男系の継承って、そんなんでいいんでしょうか。

加えて、結婚後も、女性皇族は皇族のままで活動してもらうとか、そんなの皇位継承とは関係のない話だし、女性を何だと思っているのか。ともかく、問題の根本的な解決にはならない話ばかりです。

皇室典範を改正しても、今のままでは、ろくな改正にならない気がします。


そもそも、どうして、これほど男系にこだわるのでしょうね。

天皇家は万世一系で男系天皇が続いてきたと、表の皇紀にはあるのでしょうが、実際、裏ではどうだったのでしょう。

卑弥呼や壱与は、当時、連合王国だった大和国家の大王だったと思うのですが、世継ぎは誰だったのでしょう。卑弥呼や壱与の子が次代の大王になった可能性はないのでしょうか。

また、女系ではなく、女性天皇であれば歴史上多くいます。推古天皇、持統天皇、元正天皇、元明天皇などたくさんいます。これらの女性天皇は、夫が亡くなった後、幼い子や孫が天皇になるまでの中継ぎという意味があったと思います。

ただし、聖武天皇と光明皇后の唯一の子として、聖武天皇の後継者として皇太子となり、天皇となった女性がいます。それが孝謙天皇(称徳天皇)です。


さらに元を辿れば、天皇家は太陽神天照大神の子孫とされています。諸外国では太陽神はギリシャ神話のアポロンのように男神であることが多いのですが、天照大神は女神です。

私は、この女神は、縄文時代には主神である大地の女神として崇められていた存在が、大陸から稲作文化と共に太陽神信仰を受容した時、主神である女神が太陽神に変質したのではないかと考えます。そして、女性を指導者とするという縄文由来の母性文化の精神が濃厚だったからこそ、男性の王を立てても国がまとまらず、卑弥呼や壱与といった女王を立てることで、ようやく人心がまとまったのだろうと考えます。

だとするなら、この国の柱たる大王が、男系を伝統とするなどという考えは、春秋戦国時代や南北朝時代以降に日本に入ってきた中国文化の影響であって、我が国のもともとの伝統などではないということになります。

女媧とか武威の禍とか、中国の男尊女卑的な価値観に、縄文の1万年前から続く伝統的な母性文化を、現代まで保っている我が国が、従わなければならないいわれはないのです。


そうであるなら、競争やら効率やら父性文化的価値観の軋轢に軋む人類史上の大激動に見舞われている今日、私たち日本人が、古代回帰の選択をしたとて、さほどおかしなことではないと思います。

現令和天皇・皇后の一粒種である愛子さまを次代の天皇として立太子しても、問題はないのではないでしょうか。

むしろ、秋篠宮家へ皇統が移ることの方が不自然で、後々、災いの種にならないとも限らないと思うのです。

その理由の一つは、皇太子として帝王学を学んで育った令和天皇の下で育つのと、秋篠宮家で育つのとでは、家族文化そのものが異なるだろうということです。

さらに言えば、長女眞子さまの結婚騒動から考えても、秋篠宮家の家庭としての価値観や教育力に、私は疑問を感じずにはいられません。疑問というか、もっと言うと不安を感じます。


以上、いろいろ考えた末に、思うのです。

次期天皇は愛子さまでいいのではないでしょうか。


5/9現在で、さまざまな証言、映像が、生徒たちや遺族から出ており、さまざまな疑惑が持ち上がっている。

特に、亡くなった女生徒が乗っていた平和丸の船長と乗組員についての疑惑だ。

もちろん、不屈の金井船長についての証言もある。

まず、不屈に乗った生徒たちは、乗船時に金井船長から救命胴衣の装着指導を一切受けなかったという証言がある。

平和丸については、先に乗った男子には説明があったが、防波堤から不安定な足場を使って乗船することを怖がって、後から乗った女子には説明が無かった。

それから、「波が荒くなっている」と警告に近づいた海保のボートを猛スピードで振り切ってリーフエッジに突入していく不屈の生徒たちの悲鳴が、平和丸の生徒の携帯映像に残っている。金井船長は、よほど無茶な運転をしていたようだ。平和丸が、そのすぐ後ろをついていっているのも悲鳴の大きさや近さからわかる。そして、不屈の側面から高波が近づいてきて、生徒たちは互いにしがみつきあい、船の手すりを握りしめた。しかし、金井船長は、一言も発することなく、猛スピードで直進するだけだった。そして、横波を受けて不屈は転覆し、生徒たちは海底に叩きつけられた。その後も、次々と高波は海上の生徒たちを襲った。

さらに、不屈転覆後、平和丸船長が、生徒たちに「誰か携帯を持っていないか」と訊いてまわり、「117番にかけて」と頼んだことが、生徒の証言でわかった。

平和丸に無線や救助信号が無かった。船長と乗組員が携帯電話を持っていなかった。あるいは持っていても、身につけておらず、すぐに出せる場所にも保管していなかった。そして、海保への通報が118番であることを、覚えていなかった。

117番にかけた生徒は、「あれ?」「これ、ただの時報じゃないか」と思った時には転覆して海に投げ出されていたという。

以上の点から生じる疑惑は、船長と乗組員の信じられないほどの無能さだ。

無謀にも自力で不屈の救助に向かったというよりも、まともに救助要請すらする手段を持たず、すべて生徒頼りで、しかも、その指示した内容も誤りで、ともかく何も考えられず、何もできないうちに平和丸も転覆したのだろう。「平和丸だけでも安全地帯に留まらなければ」と考える知恵すら働かず、「どうしたら救助要請できるかわからない」と焦っているうちに、平和丸も高波の餌食になったわけだ。

杜撰さもここまで極まると凶器となる。


彼ら抗議船の船長たちに生徒の安全を委ねた同志社国際高校の責任、抗議船のいい加減な運行の主体者としてのヘリ基地反対協議会の責任、協議会が中核となって成立したオール沖縄を支持母体とする玉城デニー知事の責任は、それぞれ問われなければならない。

特に、2019年に、不屈の金井牧師を平和学習コーディネーターとして表彰した県(玉城デニー知事)の責任は重い。

また、ことがここに至るも、生徒たちの証言や証拠映像を取り上げて、事件の真相に迫ろうとする公正な報道をまったくせず、あくまでも協議会側に寄り添った偏向報道、あるいは協議会に都合の悪いことは報道(取材)しない権利の行使に終始する地元二紙、朝日、毎日、共同通信、読売などを中心とするメディアの報道(取材)姿勢も問われている。

ヘリ基地反対協議会共同代表の浦島悦子氏は、琉球新報社主催の会で「早く遺族に直接謝罪できる状況になって欲しい」と言いつつ、「産経など右派の偏向報道や悪意ある虚偽情報に負けない」と支援者たちに述べている。この時の録音音声が流出したことに関して、琉球新報社は「会の参加者が流出させた」ことを疑って責めるようなメールを全員に送っている。

沖縄タイムスでも、「悪意あるデマ、根拠のない誹謗中傷に負けるな」とヘリ基地反対協議会を応援する投稿記事が5/1に掲載され、「亡くなった女生徒もそう思っているだろう」と記した最後の3行だけを問題とし、主題についてはまったく問題視していない。

毎年平和丸に乗船して抗議活動にも参加していた共産党の小池晃氏は「『共産党も協議会も謝罪していない』と言われるが、記者会見でもHPでもちゃんと謝罪している」と述べている。

遺族への謝罪とは、記者会見やHPの文章で済ませられるものなのか。直接謝罪や弔問がなくても遺族への謝罪は済んだとみなされるべきなのか、「船長、乗組員、協議会関係者は、遺族に、まだ謝罪していない」という言説はデマとみなされるべきなのか、浦島氏や小池氏に問いたい。

生徒たちからの情報が今になって出てきているのは、事件から少し時間が経って、生徒たちが少しずつ心の整理ができてきているからかもしれない。しかし、同時に、大人たちの真相究明の姿勢のなさがあまりに心許なく、肝心の情報が隠蔽されているという焦燥感に駆られての行動かもしれない。

こうした生き残った生徒たちからの証言や携帯映像も悪意あるデマなのか、根拠のない誹謗中傷なのか、協議会関係者に問いたい。

ついでに、引率教員が、生徒たちの証拠映像を消去するように命じたというのは本当か、これも同志社側に訊きたい。


不屈にも平和丸にも乗船したことのある社民党の福島瑞穂党首は、「辺野古基地建設工事がなければ、こんな事故も起こらなかった」という服部良一元幹事長の言説を、いまだに否定していない。

大人がまったく動かないから、仕方なく子どもが動いているのだ。

この構図は、不屈転覆直後からずっと続いているのではないかと思わざるを得ない。

海に投げ出された生徒たちは、自力で立てる浅瀬を見つけて、そこで、自らの判断で、自分の携帯で118番を検索して救助要請したのだ。

その間、船長は船体に繋がるロープを握っていただけで、乗組員も船体につかまっていただけだ。点呼も取らず、船体の下で、不完全な装着をした救命胴衣が船体に引っかかって溺死しかかっている女生徒がいることもわからずに…。

救助され上陸した後、乗客名簿もなく、引率教員の同乗や点呼もなく、海保の人の「これで全員ですか」の問いにすぐ答えられず、誰かわからないけど一人足りないとわかるまで10分かかった。

その後、港で待機中に、平和丸の柴田乗組員は「船長の特製コーヒー飲む?」「世界で一つだけのコーヒー、飲んだらきっと元気になるよ」「クッキー食べる?」「ここでしか食べられないよ」と生徒たちに話し、平和丸の諸喜田船長は「(不屈の)船長死んじゃった」と生徒たちに笑いながら話しかけてきた。

この時点で、平和丸の船長と乗組員は、自分の船に乗せていた女生徒が溺死した事実も知っていたはずだ。よく生徒たちに、にこやかに話しかけられたものだとも思うが、船長や乗組員の言動や様子が、生徒たちから見て、明らかに異常行動だったとも言われている。

しかし、こうした映像や証言は、いまだにメディアではまったく報道されていない。

事件の被害者となった生徒たちからすれば、同級生の死をめぐる理不尽な状況や事実を、まったく報道せず、責任団体の自己正当化を許し、ここまで彼らに不都合な事実を無視する大人たちの社会を、如何にして信じて育っていくことができるだろうか。


このままではいけない、そう思わないか。




黙祷もなかった同志社国際高校の始業式における西田校長の言動とその問題点


①西田校長の言動その1⇨今回の辺野古の事故の直接的原因は私たち(学校)にはない


これについては、学校側が、政治団体であるヘリ基地反対協議会が運営する辺野古反対派の活動現場を見学先に選ばなければ、あるいは、海上運送法上の事業登録もしていない、乗客名簿もない、満足な保険もかけていない抗議船に、生徒を乗せることに決めなければ、そもそも事故は起こらなかったことを考えれば、第一義的な原因は学校側にあると言えるでしょう。

また、当日、引率教員が波浪注意報が出ていることを確認して、海保などに相談し、出航を取りやめる判断をしていれば、やはり事故は起こらなかったのです。

ところが、教員らは波浪注意報が出ていることすら知らず、知ろうともしていませんでした。

さらに、引率教員が生徒たちの救命胴衣装着をきちんと指導していれば、たとえボート(平和丸)が転覆しても、救命胴衣がボートに引っかかることはなく、女生徒は助かっていた可能性があります

しかし、教員も船員も船長も、誰も救命胴衣を正しく着用するように指導しなかったし、生徒が正しい着用をしていなくても気にしなかったのです。

そして、引率教員が、生徒と一緒にボート(不屈)に同乗し、船長が勝手にスピードを上げて、予定にない外洋(波の高いリーフエッジ)に出ようとするのを止めていれば、最初の転覆も、なかったかもしれません。

実際は、引率教員がボートに乗りませんでした。体調不良とか乗り物酔いとか言っていますが、しかも、同乗しなかったのは、今年だけのことではなく、以前から教員の同乗は絶対必要とは考えられていなかったのです。


それに、「不屈」転覆時(10:10)に、「平和丸」船長は無線で海保に救助要請をしませんでした。

無謀な自力救助を試みて、「平和丸」も転覆(10:12)しました。その後、海保への最初の通報は、10時16分、海に投げ出された生徒たちからの118番通報だったのです。

生徒たちは繰り返し高波を被り、珊瑚礁によって多くが負傷していました。その中で、何とか足の立つ浅瀬を見つけ、携帯で海難救助先をググって118番へ電話をかけ、「転覆したけど、どうすればいいか」と訊いたのです。

平和丸の諸喜田船長にも柴田乗組員にも、そのような機転はありませんでした。

もし、しっかりした引率教員が「平和丸」に乗っていたら、「不屈」転覆後、パニックに陥った「平和丸」船長を落ち着かせ、船を安全地帯に移動させ、海保への救難信号の発信を促したかもしれません。

そうすれば、満員の生徒を乗せて危険なリーフエッジに向かい、「平和丸」まで転覆させた、諸喜田船長の愚かな行為を防げたかもしれません。

あるいは、たとえ「平和丸」が転覆したとしても、生徒より先に教員が118番通報したり、海上に投げ出された生徒たちの総人数の海保による確認が、より早く行われることで、女生徒の早期発見に繋がった可能性もあります。

ともかく、いるべき場所に教員がいないというのは、本当に致命的でした。

以上の観点から鑑みるに、今回の事故の第一の責任は学校にあり、同志社国際高校が事故に直接的責任のある当事者である可能性は拭えないと言えるでしょう。

少なくとも、「事故の直接的原因は私たち(学校)にはない」は、事故で心身ともに傷つき、学友を失ったトラウマを抱え、生々しい恐怖や絶望の記憶に苛まれている生徒たちに向かって、校長が言ってよい言葉ではなかったはずです。

なぜ、学校は、あの船に子どもたちの命を預けられると判断したのですか?」という遺族の問いにも向き合っているようには感じられません。

むしろ、大人の責任回避の姑息さを露わにしたという点で、最も教育に悪い言葉であったと思います。



②西田校長の言動その2⇨私たち(同志社国際高校)の教えている内容は(研修旅行含めて)思想的・政治的に偏向していない


同志社国際高校では、研修旅行のしおりで、ヘリ基地反対協議会による辺野古での座り込みを求める文章がこれまで複数回掲載されてきました

道路交通法にも違反する辺野古の座り込みの是非については、意見の分かれるところであり、この座り込みに無条件で賛同する立場は、政治的に中立とは言い難いです。

したがって、修学旅行のしおりで生徒たちに座り込みへの参加を奨励するのは、明らかに政治的に偏向していると言えるでしょう。

加えて、遺族がnoteで書かれているように、研修旅行の開会礼拝における金井牧師(「不屈」船長)の教えでは、基地反対の抗議活動の意義について直接的に述べており、自身が活動家の1人であることを隠していませんでした。その上で、ボートで辺野古を案内したわけですから、これは思想教育であり政治活動であると言ってよいと思います。

また、研修旅行3日目の班行動のBコースでアトリエを訪問する読谷村の彫刻家金城実氏は、沖縄での日本兵による朝鮮人徴用工の虐殺(フィクションか?)のシーンを彫った「恨之碑」や独自の着想による「慰安婦像」を制作した彫刻家であり、思想的に非常に偏った人物です。

さらにC・Gコースでは、普天間の私設美術館である佐喜眞美術館を訪問しますが、この美術館は、非常に規模の小さな美術館で、戦争の暗い絵や怖い絵が主な展示作品となっています。また思想的な偏りも強く感じる施設なので、なぜここへ行くコースが二つもあるのか、不思議なのです。

沖縄には、さまざまな美術館や博物館や文化館があるのに、なぜ、この小さな目立たない施設と美ら海水族館しか、行くコースがないのでしょうか。

他にも、Aコースのチビチリガマは集団自決の跡なのですが、この場所を案内する側の説明によっては、思想的に強く偏ることになります。

そして、Eコースの遺骨収集は普通の高校生は参加したがらないでしょう。


亡くなった女生徒が「美術館の後に怖い絵を見るより、お友だちと綺麗な珊瑚礁を見る方がいいじゃん」と言ったのは、美ら海水族館へ行くコースが、辺野古でボートに乗るFコースと佐喜眞美術館へ行くGコースの2つしかなく、佐喜眞美術館には怖い絵が多いということを知っていたということを意味します。

そして、女生徒は佐喜眞美術館へ行くより、ボートに乗って珊瑚礁を見る方を選んだわけです。決して、辺野古に興味があったわけではありません。

むしろ、それ以外のコースの思想色が強すぎて、なるべく思想色の薄い、旅行先として楽しめそうな選択肢を探した結果こうなってしまったということだと思います。

以上、3日目の班行動のコースを網羅して見ていくと、この研修旅行は、政治的にかなり偏向したものだったようだと推測されます。

西田校長の「同志社国際高校の研修旅行は政治的に偏向していない」という断言は、どう考えても正しくないと言って良いかと思います。

むしろ、遺族のnoteの主張とは真っ向から対立する誤った主張であると言えるでしょう。

加えて、西田校長自身が、事件後、負傷者の保護者に連絡するよりも先に、沖縄で女生徒の出棺に立ち会った後、わざわざ玉城デニー知事と「オール沖縄」県議の議員団に会っていること自体が、この学校の政治的な偏向性を示しているとも言えるでしょう。

校長は、地元京都で負傷生徒たちの保護者たちに対応するより先に、わざわざ玉城デニー知事やオール沖縄議員団に会いに行ったのです。まさに、この校長の行動こそが実に政治的ではないでしょうか。

また、この3月19日に、沖縄の安置所から女生徒の遺体が京都へ向けて出棺する際、校長、学年主任、ツアー会社社長などが待っていて、那覇空港までいっしょに向かい、遺族を送り出したそうです。

しかし、その中に、諸喜田平和丸船長、柴田平和丸乗組員、その他、ヘリ基地反対協議会の関係者は1人もいませんでした。もちろん玉城デニーら、県の関係者も1人もいませんでした。

3/16〜3/19までの女生徒の亡骸が沖縄にあった四日間、船長、乗組員、協議会、オール沖縄の関係者から、遺族への直接謝罪・弔問、弔電、書面での謝罪、何一つとしてなかったのです

ともかく、ヘリ基地反対協議会は、(腕組み)謝罪会見でも見られた通り、常識の通じない、反省のない、普通ではない人たちの集団です。



問題なのは、西田校長含めて、同志社国際高校の教員たちが、自分たちの研修旅行のプログラムが思想的・政治的に偏っていることに気づいていないことです。

その意味では、ヘリ基地反対協議会が、辺野古での反対運動を、たとえ人の命が失われても仕方がないと思えるほどに、絶対正義であると信じ込んでいることと親和性があります。

彼らの心の中では、目的は手段を正当化します。

法を侵しても、命が失われても、正義は遂行されねばなりません。

彼らはそう思っているのでしょう。

だから、何の反省もなく、簡単にリスタートできるのでしょう。

その証拠に、事件から1ヶ月以上経った4月19日現在でさえも、平和丸の諸喜田船長、乗組員の柴田さん、ヘリ基地反対協議会の代表含めて関係者は、誰一人、亡くなった女生徒の保護者のもとへ謝罪に訪れていないのです。あまりにも常識外れの被害者無視です。

そして、その代わりに、柴田さんなどは、事件後、翌日から座り込みに参加し、その後、進行を妨害するためにトラックの前に寝そべる姿が目撃されています。

自分たちの危険な行動が女生徒の命を奪ったという自覚がまったくないことは明らかです。

このままでは、遠からず、同じような悲劇が繰り返されるでしょう。

4/3付で、弁護士から書面で、同志社国際高校へ、ヘリ基地反対協議会から遺族への直接対面謝罪の要望を郵送したそうですが、これも、なぜ4/3?、なぜ弁護士を通して?、なぜ書面で?、なぜ学校を通して?、誰が来るの?、諸喜田船長と柴田乗組員はいまさら来れるの?、と疑問しかありません。

学校側弁護士からは「遺族に意向を問い合わせています」という返答が、4/17に返ってきたそうです。

弁護士同士で、何の話でしょうね。謝罪をするのに、これだけ弁護士から弁護士へ仲介を挟むとか、既に当事者としてのまともな謝罪になっていないですね。


それにしても、ヘリ基地反対協議会を構成・支援する野党やメディアにとっては、自民党大会での現役自衛官による制服での国歌斉唱の方が大事件らしく、一斉に大騒ぎしていますが、そもそも国歌を歌うことは政治活動ではありません。制服を着たのも国歌への敬意と考えれば自然なことです。どこの党でも、お望みなら自衛官に国歌斉唱をお願いすれば良いのではないでしょうか。

国歌を自衛官が制服で歌っても誰も傷つきません。しかし、辺野古の政治活動では高校生の死傷者が出ています。

自衛官が制服で国歌を歌うことより、学校の研修旅行が偏った政治活動となっている方が、よっぽど重大な問題だと思うのですが、ほとんどのメディアが、この問題は取り上げようとしません。

毎年、辺野古で抗議船に乗っていた共産党の小池晃氏とか、活動を支援してきた社民党の服部良一氏とか、ヘリ基地反対協議会と同志社国際高校の側に立って擁護しているか、さもなければ、あいまいにごまかしているように見えます。

共産党、社民党、日本基督教団は当事者として責任があります。特に、辺野古で毎年、抗議船に乗って、抗議活動に参加していた共産党の小池晃氏などは重大な責任を負っています。

真摯に反省し懺悔して欲しいものです。