糖尿病と判断される指標の一つは、血液中のブドウ糖の量(血糖値)が、空腹時で126mg/dl以上、食後2時間で200mg/dl以上を示していることです。そして、一般的には、1日の血糖値が平均して150mg/dlを超えている場合、糖尿病と判断されます。糖尿病は、基準よりも血糖値が慢性的に高い状態にある病です。ただ、初期には自覚症状がほとんどありません。
逆に、血糖値が低い状態も問題です。血糖値70mg/dl以下の状態は低血糖であり、症状としては、めまいやふるえや冷や汗や倦怠感に襲われます。血糖値50mg/dl以下では脳への影響が強まり、非常に危険な状態で、意識の混濁や消失もありえます。低血糖では、症状がすぐに現れやすいです。
血糖値は高すぎてもダメ、低すぎてもダメなのです。
そして、血糖値は刻一刻とどんどん変化していきます。ですから、今、現在の血糖値を知るためには、血糖値測定器を常備しておく必要があります。測定器の示す数値をスマートフォンのアプリでデータ化し、1日の血糖値の変化をグラフ化して、何を食べた後に血糖値が上がるか、就寝後は血糖値がどのくらい下がるかなど、24時間の変化を、毎日、自分で確認することができます。
これによって、病院に行かなくても、日々の血糖コントロールを自分でできるのが、血糖値測定器のありがたい点です。
糖尿病治療の問題点の一つは、医師が患者の1日の血糖値の変動を把握していないことです。その点、患者が自分の1日の血糖値の変動を知っていることは、治療法を相談する上で非常に重要なことです。
もう一つの指標はHbA1c (ヘモグロビンエーワンシー)の値です。
HbA1c とは、血液中の赤血球のタンパク質であるヘモグロビンに結合したブドウ糖の割合を示す数値です。ブドウ糖がくっついたヘモグロビンは糖化ヘモグロビンになります。そして、血中のすべてのヘモグロビン量中の糖化ヘモグロビンの割合がHbA1c の値なのです。
血糖値が高いとブドウ糖がヘモグロビンにくっついて糖化ヘモグロビンの量が増えます。逆に、血糖値が低いと糖化ヘモグロビンの量はあまり増えません。
ただし、一度、糖化ヘモグロビンになると、赤血球の寿命(120日)がくるまで、元のヘモグロビンに戻ることはありません。
ですから、HbA1c の値は、直近1〜2カ月で累積した糖化ヘモグロビン量の割合を表しており、ここ1〜2カ月の平均的な血糖値を表す指標といえます。
血糖値は、株価のように一分一秒数値が変動を続けますが、HbA1cの数値 は過去1〜2カ月の血糖値の状態を総合的に示してくれるので、糖尿病判定の重要な指標となっています。
HbA1c の数値は、5.6%未満を基準値とし、4.6〜6.2%は正常値であり、6.5%以上を糖尿病としています。
このHbA1cの値は、血液検査によってわかりますが、家庭用の検査キットはありません。ですから、病院で検査する必要があります。ただし、薬局の中には、ゆびさきセルフ測定室が設置されていて、自分で検査できる薬局もあるようです。
糖尿病は、すい臓から分泌されるインシュリン(細胞がブドウ糖を取り込むのを助け、血糖値を下げる働きをするホルモン)が出なくなったり、働きが悪くなったりする病気です。
糖尿病には1型と2型の2種類の糖尿病があります。
小児や若年層での発症が多く、自己免疫がすい臓の細胞を攻撃することで、インシュリンがまったく出なくなるのが1型糖尿病ですが、糖尿病患者のおよそ3%しかいません。この1型糖尿病は、完治(寛解)することはなく、一生、インシュリン投与による糖質コントロールが必要になります。
40代以降の中高年での発症が多く、疲労やストレスや睡眠不足、暴飲暴食や運動不足といった生活習慣や加齢による体質の変化などが原因で、疲弊により、すい臓からのインシュリンの分泌が減ったり、血中でのインシュリンの働きが悪くなるのが2型糖尿病で、糖尿病患者のおよそ95%を占めます。この2型糖尿病は完治(完全寛解)が可能です。
糖尿病は、症状が軽いうちは、自覚症状がほとんどありません。ただ、血中のブドウ糖濃度が高い状態が続くと、細かい血管を傷つけるため、合併症の起こる確率が高くなります。
糖尿病にはいわゆる三大合併症と呼ばれるものがあります。一つは眼を傷つけ、失明の恐れもある糖尿病性網膜症です。もう一つは、手足のしびれや消化不良などの症状を伴う糖尿病性神経障害です。三つ目は腎臓の機能の低下による糖尿病性腎症です。これが進行すると、人工透析が必要になります。
現在、我が国の糖尿病患者は推定で1000万人とされ、その予備軍も1000万人と推計されています。また、糖尿病患者のうち、医療機関受診し治療中の患者は552万3000人(2023)です。
問題なのは、多くの場合、血糖コントロールによって、血糖値を下げることには成功していても、糖尿病を治す(寛解する)ことには成功していないことです。そのため、病院に通いながら徐々に悪化していく患者さんが多いのが糖尿病の特徴です。
一般に、昔ながらの糖尿病治療は、HbA1c 6.0未満に持っていくように、食事・運動のみでなくインシュリン投与などで血糖コントロールを行うことで合併症が起こらないように強化療法を行います。
その際、日本の伝統的な治療としては、『炭水化物(米)をたくさん(1日のエネルギー摂取量の50%)摂って、それによって生じる血糖値の上昇を、インシュリンなどの投薬によって抑える』といういわゆる〝血糖マッチポンプ療法(東海大学名誉教授大櫛陽一先生の命名による)〟が採られることが多かったようです。
ところが、インシュリンなど血糖値を下げる薬剤は、その副作用として低血糖症になるリスクがあります。
また、1型糖尿病患者に炭水化物を1日のエネルギー摂取量の30%に抑えた食事を与えたことで、平均血糖値が下がったというスウェーデンの研究発表があります。エネルギー摂取量の50%も米を食べる必要があるのかということです。
加えて、2008年の大規模臨床試験(ACCORD試験)では、『インシュリン治療によってHbA1c 6.0未満を目指した強化療法群が、通常療法でHbA1c 7.0〜7.9を目指した通常療法群より、心筋梗塞や脳梗塞の死亡リスクが高い』という結果が報告されました。原因はインシュリン投与によって引き起こされる低血糖症です。症状の軽い2型糖尿病にインシュリン投与は本当に必要なのかという疑問が生じます。
こうした臨床試験のもたらすエビデンスは、当時、医学会に大きな衝撃を与えました。そして、HbA1c はただ下げれば良いのではなく、低血糖を避けなければならないとして、血糖値の変動の少ない〝質の良いHbA1c 〟を目指す治療が、近年、推奨されるようになってきたのです。
一方で、血糖値を上げる米などの炭水化物の摂取を控えて、タンパク質や脂質を中心とする食事(ケトン体生成食)にして、インシュリンなどの投薬をなるべくしないという方法もあります。
かつて(10年ほど前)は、『糖質不足を補うために肝臓で脂肪酸から生成されたケトン体が血中で増えすぎると血液の酸性化(糖尿病ケトアシドーシス)が起こるから、タンパク質・脂質中心のケトン体生成食によるケトジェニックダイエットは、糖尿病患者には勧められない』と言われていました。
しかし、実際には、糖尿病ケトアシドーシスが起こる割合は0.3%程度に過ぎないという報告もあり、現在では、『ケトン体生成食は2型糖尿病治療に有効である』とする見解が増えているようです。ただし、この場合、SGLT2 阻害薬の使用はケトアシドーシスの起こるリスクを高めるため、厳禁です。
一方で、インシュリンがすい臓からまったく分泌しない1型糖尿病では、ケトアシドーシスが起こる可能性が高いため、ケトン体生成食はお勧めできません。
2型糖尿病におけるケトン体生成食によるダイエットの最大の利点は、食後の血糖値の上昇が少なく、治療にインシュリン・SU薬・グリニド薬など血糖値を下げる作用が強力な薬剤を使用する必要がないため、低血糖症に陥るリスクが避けられることです。これによって、薬に依存することなく生活でき、糖尿病の悪化を防ぐことができます。
また、野菜もなるべく意識して摂り、炭水化物も少しは摂るようにして、血糖値の変化を観察しながら、自分のバランスを考えて食生活を調整していくことができれば良いのではないかと思います。
上記したHbA1c 6.0%未満という糖質コントロールの目標値は、現在の日本の標準医療において、高齢者を含むすべての人に当てはまるわけではありません。
日本糖尿病医学会・日本老年医学会によると、2016年の改訂以降、65歳以上の高齢者の場合は、認知機能が正常で、生活行動が自立していて、低血糖症に陥るリスクのあるインシュリンなどの薬剤による治療を受けていない人については、糖質コントロールの目標値はHbA1c7.0%未満とされています。
これは、一般に高齢者は、血糖値が若い人より高くなりやすく、血糖値の変動も大きくなりやすいため、糖質コントロールの目標を低く設定すると、低血糖症に陥るリスクが高くなるためです。
ですから、もしも、あなたが65歳以上の方でHbA1cの数値が 6.8%であったなら、あなたは糖尿病であるかもしれませんが、糖質コントロールの目標値の範囲内にいますから、そのままでも合併症になる可能性は低く、投薬治療の必要性はそれほどありません。インシュリンなどの投薬によって無理にHbA1c 6.0未満に下げようとする強化療法は、低血糖症になるリスクを高めるため、むしろ危険なのです。
低血糖だと、脳の働きが阻害され、ひどい場合には、せん妄状態や意識障害が起こる場合もあります。ある程度、血糖値が高い方が、脳の働きが活性化され、アルツハイマーや認知症になりにくいということもあります。
65歳以上〜75歳未満で、認知機能正常で、生活行動が自立していて、インシュリンなど低血糖症になるリスクのある薬を使用している場合、糖質コントロールの目標値はHbA1c 6.5(下限)〜7.5(上限)未満の範囲とされています。投薬治療を受けていない人と違って下限が定められているのは、高齢者が若い人のようにHbA1c 6.0%未満を目指すのは、特に投薬による強化療法では、低血糖症に陥るリスクを高めるため、逆に危険であると考えられているからです。だから、薬物治療中の高齢者は、HbA1c6.5を下回らないように気をつけなければなりません。
75歳以上の後期高齢者は、認知機能正常で、生活行動が自立していて、インシュリンなどの薬を使用している場合、糖質コントロールの目標値はHbA1c 7.0(下限)〜8.0(上限)未満の範囲とされています。ですから、もし、あなたが75歳以上の後期高齢者で、投薬治療中で、HbA1c 7.8%であったなら、糖質コントロールの目標値の範囲内なので、治療はうまくいっており、今以上に強い薬に頼って血糖値を無理に下げようとする必要はありません。HbA1c7.0が下限なので、薬物治療中の後期高齢者は、これを下回って血糖値を下げすぎないように注意が必要です。
以上が、2025年現在の糖尿病の治療(糖質コントロール)に関わる基礎的な情報です。
病院で治療してもらおうとする2型糖尿病患者にとって、最大の問題は、「(1日のエネルギー摂取量の50%)炭水化物(米)を食べろ!」「脂質を摂りすぎると血液が酸性化するからダメだ!」そして「血糖値が上がるのはインシュリンなど薬剤で抑える」という治療方針の病院・医師と、「ケトジェニックダイエットは悪くない」「炭水化物(米)をなるべく控えて野菜と脂質とタンパク質を中心に食べなさい」「薬はなるべく使わない」と、真逆のやり方を勧める病院・医師がいることです。
さらに、高齢者にとっては、「(インシュリンなど)薬でHbA1c 6.0未満にまで下げないといけない」と断言する医師と、「HbA1c 8.0ぐらいであれば、高齢者なら心配するほどではない」「投薬の必要はあまりない」と、ここでも真逆のことを言う医師がいることです。
患者としては、戸惑うばかりだとは思いますが、少なくとも、上記のガイドラインを参考に、自ら判断して信頼できる医療機関を選んでください。
大切なことは、効くかもしれないと思ったものは恐れずチャレンジすること、そして、自分の身体の反応を通して判断すること、さらに、自分自身で医学的な知識や病理に対する理解を深め、すべてを医師任せにせず、治療方針に関しても、鵜呑みにすることなく、常に疑問を持つことです。
自分の命は自分で守るという姿勢が大切になります。