喜びに満ちた日 〜 その5 トレヴィリオ編 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

ついに待ちに待ったトレヴィリオ、アンドレア司教ご出身の教会、S.Pietro Apostolo 聖ペテロ使徒教会に到着。

 

 

ミラノからは車組と電車組の二手に分かれ、私は電車で到着。カテドラルは駅から徒歩10分ほどだが、上記教会は駅より2キロほど郊外。アンドレア師の甥御さんが迎えに来てくれた。前日はトレヴィリオは嵐だったそうで、町のあちこちにその残骸が見えた。「zio(叔父さん)らしいよ。」と甥御さん。やっぱり嵐を呼ぶ男であった!爆

 

後から巡礼団も観光バスで到着。まずはお御堂の説明がアンドレア司教よりあった。

 

 

トレヴィリオはベルガモ県ではあるが、ミラノ大司教区。しかし、ミサ典礼はローマ典礼である。

 

お説教ではまずは日本語、そしてイタリア語と続いた。

 

「教会は共同体の歴史でもあります。私の両親の結婚式をはじめ、私も姉も生まれてから、洗礼式、初聖体、堅信式、姉の結婚式、父の葬儀...私の司祭叙階、司教叙階後のミサも全てこちらで授かりました」とおっしゃった、どの方にも信仰の歴史と言うものがあるだろうが、トレヴィリオはアンドレア司教の原点。

 

「人生に必要不可欠な福音に立ち返りましょう。イエスのみ言葉に日々耳を傾け、味わうように。」

 

その後のお祝いやトレヴィリオ巡礼では、師と同級生だった!という方々にこれでもか!というくらいお会いした。皆さん非常に明るい方々であった。そして、師がどれだけ愛されてきたかわかる。

 

そしてミサ中には、幼児洗礼も行われた。すやすや眠る赤ちゃんは水を頭上にかけられ泣き喚くか?と思ったが、腕が動いた割にそのまま静かに眠り続けた。穏やかで、おおらかなお子さんに育つことだろう。

 

その後奉納には巡礼団より4名日本人信者を選出しておいていただいた。折り紙の「聖母マリア」の奉納はもちろん伝授してくださったK子さんしか居られない!司教には内緒であったので、カゴの中身をご覧になられた司教様のパッと輝く目を見て、大成功!と思った。

 

また、ミサの最後の閉祭の曲は、聖歌隊より「聖歌集141番を歌います。」とだけ紹介があり、イントロと共に日本人巡礼者達もイタリア語で大合唱。またまた司教様のあっと驚きと共に嬉しそうな顔が見れた。もう胸は一杯。涙が溢れてきた。

 

最後の司祭の祝福の前に、再び日本語とイタリア語で挨拶があったが、イタリア語の時、一瞬感無量になられたのか、言葉につまり涙ぐんだ感じで”vi voglio bene” 「愛してます」と挨拶された。再びぐっと来てしまった…。

 

ところで、アンブロジアーノ典礼でのミサの閉祭では、司祭は

 

"Andiamo in pace" 「行きましょう、平和の内に」と挨拶され、信徒は

 "Nel nome di Cristo" 「キリストのみ名のにおいて」と答える。

 

しかし、ローマ典礼では、

 
"La Messa è finita: andate in pace" 「感謝の祭儀を終わります。行きましょう、主の平和のうちに」といわれ、
 
"Grazie a Dio" 「神に感謝」と答える。
 
今日のこの日は、本当に神に感謝!と思った。
 
続く
 
今日の一句
トレヴィリオ 嵐の後に 喜び再来