この物語の主人公レインボーマンに変化(へんげ)するのは
青年ヤマトタケシ。
当初は強くなりたいという私的な理由でインドの山奥で修行して、その後には妹の治療のために、というこれも私的な事情によりマカオに飛び立つのですが、恐ろしい組織の秘密を知ることになって命を狙われ、自分や家族の命を守るために組織との闘争の日々が始まるんですね。
ヒッチコック映画にも共通するような「巻き込まれ型」主人公。
しかも闘争の相手となる秘密組織は表面には現れないから、日本という国家は対応できないしまた対応しようともせず、結果としてヤマトタケシは日本国家を代わりに秘密組織に対して孤軍奮闘するようになっていきます。
この一個人がある偶然をきっかけにして、巻き込まれるような形で国家の代わりに大仕事をする、という構図から連想される人物は司馬遼太郎さんが小説にした「菜の花の沖」の主人公・高田屋嘉兵衛。
高田屋嘉兵衛の場合は実在の人物ですが、この「巻き込まれ型」の主人公というのは、その過程が理不尽であるだけに主人公に対して感情移入しやすいですね。
しかも「菜の花の沖」にせよ「レインボーマン」にせよ、国家がなすべきことを一民間人がほぼ孤立無援の状態で奮闘している姿に不条理を感じるとともに、主人公に対してますます気持ちが入っていく、そんな作りになっているように思っています。
ヤマトタケシという一青年は本来ならばもっと穏やかな青春を過ごしていたでしょうに、ほんの偶然から強大な秘密組織を相手に日本国家を一人で背負って闘うことになった、その宿命の重さ/悲しみが、第一クールのエンディング曲になった「ヤマトタケシの歌」に表現されています。
この曲を聴くと、グッとくるんですね。
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レインボーマンは7つの化身に変化(へんげ)するけれども、生身の人間であることにはかわりは無いのですね。
万能の超人が主人公のドラマも好きなのですが、傷つくこともあれば血も流す生身の人間が主人公のドラマに、グッとくるんです。
例えば、円谷プロの特撮だったら「ウルトラQ」や「怪奇大作戦」、
円谷プロではありませんが「キャプテンウルトラ」、
仮面ライダーの中だったら「ライダーマン」、
映画ターミネーターだったら「第一作」。
人間が人智を尽くして怪物と戦うという点では、
ガメラシリーズの「ガメラ対バルゴン」。
レインボーマンも生身の人間だから、敵の攻撃を受けてしまうとダメージは大きく、命の保障も無い。
そういう主人公だからこそ、見ている私たちは主人公が傷を負えばよりリアリティーをもって我が事のようにその痛みを感じ、主人公を自分自身に近い存在として意識する。
レインボーマンにはそんなところにも人気の秘密があるように思っています。
さて、レインボーマン。
生身の人間ですが、そこはヨガの秘法の継承者。
至近距離で銃撃を浴びても、兇刃が迫ってこようとも、厳しいヨガの修行により会得した人智を超える体術で身をかわすその姿に感銘さえ覚えます。
修行を積んで「あのくたらさんみゃくさんぼだい」の境地に到達すればあそこまでできるんだ。
ヤマトタケシ=レインボーマンはそんな希望を持たせてくれるような素晴らしい存在ではないでしょうか。
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では今回はこの辺で。
バッハッハーイ!![]()










