来週からまた海外。愛しの島に行きます。
昨日、奇跡の生還を遂げた友達と、いつものZとご飯を食べて喋り、その後でカフェへ行ってまた喋りました。
奇跡の生還を遂げた友達にただ会えることが嬉しかったんだけど、人間って贅沢なものですね。彼は前とはまた別の人になっていて…なんだか自分とは合わない人になってしまったような気がします。
確かに、前から、自分以外の人間はゴミ、と思っている節はあったよ。
でも、身内には暑苦しいくらいの仲間意識を持っている人だったんだけど、いつの間にやら、身内やら仲間カテゴリーから私は出ているみたいだった。
Zは「なんだか闇が色濃く表面化していると思った」って。
いい人成分がすっかりなりを潜めたというか。
生きているとそういうこともあるよねえ。
もしかしたらもう会わないかもなあ、と、彼の生還を嬉しく思い、かつすっごく寂しい気持ちになりました。
生還したことと関係ないかっていうと、あると思う。
心身の限界を見て、「これだけの経験をすると、いろいろな出来事が些細なことにしか思えない。大事なのは自分と自分の周りだけ、他の人たちは例えるならハエくらいにしか思えない」って言ってて、ハエなのはいいけど、私、ハエ側認定された気がする。心身の限界を見て、そっちに行ったのかあ、と。
「脳の手術をしてからは、人の考えていることが全部分かるようになった」とも言ってた。
私、自称「分かる」人に山盛りであってきたのよね。サイキック系とかね。それで食べてる人たちね。それで、最初はそういう人たちの言葉に随分と左右されたけど、今、はっきりと確信を持っていることがあって、それは、「すべてわかる人などいない」ということ。
ある部分、見られてるんだろうけど、それは大きな多面体の、ほんの一部でしかないのです。それが正解でもあり、全くの的外れでもある。
自分のことが分かるのは、自分だけなんだよな。
Zは、そんな彼のことが「ちょっと怖いなって思った」と言うけど、私は怖いとは思わなかった。自分以外に自分を分かる人はいないことに確信があるから。自分を信じ抜けていたら、他人が怖いと思うこともない。
「分かる分かる」詐欺、「見える見える」詐欺。どっちも全然怖くない。
一緒に話していた時、自分にすっごい違和感を感じた。その違和感は、「この人のそばではもう自分らしくはいられないよ」っていうお知らせ。
もう、さようならなのかもしれないなあ。すごく寂しいです。
こんな風になっちゃうから、私はいつまでたっても、友達たくさんできないんだ。すごく残り少ない友達だったのに。
彼は生還したけどね、実はZ、言ってなかったけど、今、必死なんだよ。検査結果待ち。なんだよ、自分ばっかりかよ。とかね。
執着しない、に切り替えよう。変わってしまうことは、生きているから当然のこと。
「重かった過去に会いに行ったのにそれからはずっと明るい気持ちでいられたのは、天国からの悟のいたずらのおかげだったろうか。
深刻にならなくていいよ、全ては過ぎていくんだから楽しめよっていうメッセージだったんだろうか。」
よしもとばなな「サーカスナイト」幻冬舎文庫