リーダーに必要な能力
39歳までに組織のリーダーになる (かんき出版・著:柴田励司)を読んだ。
よくあるHOW TO本とは少し違って内容が良かった。著者である柴田氏の視野の広さがそのまま文章化されている。これからリーダーになる若い方にオススメします。さて、内容は別として、その本にあった下記の一文で思いついた事を書きます。
先の展開は必ずしも過去の延長にない
とある会議に私とAさんとBさんの3人がいたとする。経験5年目Aさんはそこそこ仕事経験を重ねているから自分の成功体験やこれをやると失敗するという経験則で物事を判断しがちだ。新人のBさんは打合わせで間抜けたこと連発する。経験不足だから仕方ないと思いつつ会議の進行を遮るので厄介だ。
組織を発展させるアイデアを出すのはどちらかというとBさんだと思う。しかし会議中にBさんが突拍子な案を出したらその声を拾えるか私には自信がない。
リーダーに必要な能力は若い人が発言するゴミの意見から黄金のアイデアを発見する謙虚な姿勢と貪欲でしたたかな態度だと思う。
甘いものが食べたくて仕方がない
たま~に甘い何かが食べたくなる。ここ3日間はふと頭が空っぽになると何を食べようかと考えている。いつものことなのだが食べてしまえば口の中がヌルヌルするし、「やっぱり食べるんじゃなかった」と後悔するのである。それでも今は甘いものを食べたくて仕方ない。
前回は、考えた挙句にコンビニで鶯アンのパンを買って食べた。
今回はどうしょうかなあ。カリントウなんかはどうかなあ…。
報道STASIONの姿勢を問う
先日、報道STASION
で男子高校生が幼馴染を殺した事件が取り上げられていた。どこから入手したのか被害者の小学校 時代のビデオテープや写真が放映されていた。「提供した人はどんな人なんだろう」と思っていたらコマーシャルに移る前、被害者の顔写真にスポンサー企業名が被さった。
映像があればなんでもかんでも報道と称して垂れ流す。垂れ流すためにはスポンサーが必要だしお金を貰うためには1秒でも惜しい。だから同時に放映する。
もし私が被害者の肉親、親戚、社員の子供、スポンサーだったら…、と空想すると気が滅入る。世の中の歯車が狂っているような気がする。とはいえ今に始まったことではないもう忘れ去られている事件が多々ある。
今日の報道STASION
は黒田慶樹さんと紀宮さまの結婚式一色だろう。でも、多分、きっと、その画像にスポンサーの企業名は被さらないと思う。
RCサクセションの思い出
忌野清志郎 さんが学園祭でライブをしたという記事を読んで思い出した。
もう20年以上前になるだろうか、私は九州の博多でコンサート警備のバイトをしていた。コンサート警備はステージに背を向けてお客さんが殺到しないように阻止する役目なのだが私はどんな立場であれ音楽関係者という腕章が嬉しかった。
ある日、当時人気が出始めたとあるバンドの警備で私は会場にいた。薄汚いジーパンの一群の一人だった。取り仕切る主催者の方が叫んだ。
「事前ミーティングをしま~す。静かに!」
シーン
「みんな聞いてください。昨日、熊本(のコンサート)でお客さんが鎖を振り回してけが人が出ました。演奏が終わったからといって気を抜かないでください。今日のアンコールは3回です!」
ロックも興行だからそんなもんか、というRCサクセションの思い出。
天下は誰のものか
毎回ご紹介しているかもしれませんがソフトブレーン株式会社 のメールマガジンは本当に目からウロコ。
この記事のタイトルにした「天下は誰のものか」は今日配信されたメルマガにあった宋文洲氏
の新連載第1回目。三国志の話から少し前に話題になった“会社は誰のものか”を明確に論破されています。
「分かったふり」のプライド
「分かったふり」には妙なプライドが潜んでいるのだが、分からないから後で調べようという賢さがある。ところが若い頃は後で調べれば分かることが多い。しかし、それなりの経験を重ねると調べても分からない、調べられないことが多くなる。仕事の質が変わったから若い頃のやり方が通用しなくなったという点に気付いて欲しい。
20代前半でスタッフの場合は与えられた仕事でいかに成果を出すことにある。しかし20代も半ばを過ぎるともっと広い視野で顧客にどんな価値を提供すればいいのか、価値を知らしめるに今の方法は最善なのかなどを考えて実行してもらいたい。
妙なプライドは自分というささやかな領域でしかない。しかし、顧客や会社組織などを含むもっと広い領域にプライドを持ってほしい。その位置であれば些細なことに「分かったふり」などするはずがないと私は思う。期待される人材はいろんなことを考えなくちゃならない。
※弊社の新人に関して誤解を招く記事
を書いたので慌てて先日の記事の続きを書きました。
弱点克服
自分で考える弱点は他者にとってはどうでもいいことが多い。つまり、自意識過剰でしかない。
本当に弱点を克服しようと考えるなら人に聞くべきだ。弱点かそうでないのかを確認してからでも間に合うし、と私は思う。
と
書
き
つ
つ
ハゲの進行が気になる私は誰? ※関連記事はこちら
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「分からない」と「分かったふり」
弊社、期待の新人が早くも壁にぶち当たったようだ。中途採用で異業種からの転進だから戸惑っているのは想定内。しかし、ここで手綱を緩めるわけには行かない。とはいえ…、
分からないことにどうして「分からない」と言えないのだろうか。私なんかどんなことでもすぐに聞いてしまう。「分からない」と公言することより、「分かったふり」をしている方が恥ずかしいからだ。
「人生って何でしょうか」などという哲学的な問いならば私は「分かったふり」をし、それらしい答で煙に巻いて、「すごいなあ」と思わせる狡猾さを持ち合わせている。
しかし、仕事での事柄は分かっていようが分からないでいようが大したことはない。見栄を張る必要が全くない。そんなのが原因で死にやしないのだ。
どうして大袈裟に考えてしまうのだろう?きっと頭が良すぎるのだろうと思う。馬鹿になれば楽なのに。「馬鹿になれないってバカじゃねぇの」と思った私は馬鹿だから。
交響曲第三番
朝から深夜まで仕事。終電に間に合うように慌てて駅に向かう途中に考えたことは「今日は何に緊張したのだろうか、何だか体が疲れているなあ」と思って朝7時に起きてからの行動を検証した。歩きながら私はおもむろに背後を見た。誰もいないことを確認するために。そして…。
ブ~ウ~ウ~ウ~ウ
オナラをした。外での放屁は気持ちいいなあ、と関心しつつ、「これは?」と思ったことがある。
もう一度オナラの音を確認して欲しい。「ブ~ウ~ウ~ウ~ウ」と続いている。これは一体何を意味するかというと。5歩前進する間に音が途切れなかったというわけだ。1歩0.5秒として約3秒間の交響曲第3番ヘ長調。
私が若い連中に負けないと自負する理由はそんなことにもある。
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ここの人たちもたまには緊張するのだろうか? ■経営 Blog Ranking