あの空へ、いつかあなたと -3ページ目

あの空へ、いつかあなたと

主に百合小説を執筆していきます。
緩やかな時間の流れる、カフェのような雰囲気を目指します。

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「……だから私は、あそこで見ていたの。いわゆる張り込み捜査というものなのかしらね。これまでの事件があの辺りに集中していたから、そこで見ていた。……これ以上、事件を起こさないように」
「見ていたって……ずっと!?」
「さすがに何時間も同じ場所にいるのは疲れるわね……」
フッと、リコはため息をつくように短く息を漏らして、自嘲気味に微笑んだ。

私は言葉を失っていた。
彼女がここ何日か元気がなかったのは、ずっとあの場所にいたからだ。何時間も、ということはその行動はおそらく深夜まで及んでいたのかもしれない。

そして私が絶句したのは、単にその行動に対してだけではなかった。
自分のクラスメイトというだけの関係。ましてや普段話したこともない生徒が被害にあったというだけで、自らの身体を省みずにそこまでのことをするだろうか。


不可解だと言わんばかりの私の気持ちを察したのか、こちらが聞くより先にリコは言い放った。
「私も、事件の被害者の一人だと言ったら……分かってくれるかしら?」
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リコは少しだけ意外というような顔をして、一つため息をついた。
「…………知らなかった、といえば嘘になるわね」
ポツリと、独り言のように呟く。


「この辺りで、ある事件が何度か起こってるの」
「ある事件……?」
「一言で言えば……女性への暴力事件よ。正確な件数は分からない。でも被害を受けたという人を私は何人も知ってる」
「まさか……北崎さんも!?」
彼女の言葉にすぐにピンと来た。
確かに、男子生徒に話しかけられただけにしてはあの反応は異常だった。怯えているような、という印象は正しかったのだ。
「被害といっても様々だわ。単に追いかけられただけという人もいる。…………でも北崎さんの受けたそれは、きっととても大きなものだったのだと思う」

話を続けるリコの顔に少しずつ影が差していっているのを、私は感じていた。
「結局北崎さんは学校を続けて休んでいる。このまま休学、もしかしたら退学するかもしれない」
「そんな……! 警察は何やってるの!?」
「もちろん動いたわ。でもそれはあくまで前の事件までの話。これまでの被害が微々たるものだったこと。前の事件から北崎さんが被害にあうまでかなりの時間が経っていること。……それに北崎さんも多分、そのことをまだ誰にも話していない」


些細な被害で済んでいて、その事件も長いこと起こっていなかったから捜査も止まっていた。
でも警察の知らないところで、人知れず苦しむ少女たちがいた。

誰にも話せないから、警察は知らない。
誰にも言えないから、家族も知らない。

リコはそんな少女たちの苦悩が分かるという。
ペットボトルを握りしめる手に力が入っていたのは、私も同じだった。

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「はい、どうぞ」
私とリコは近くにあった公園のベンチで腰かけることにした。
自販機で買ったジュースのペットボトルを1本リコに手渡す。

「……ありがとう。ごめん、私のために」
「いいの、助けてもらっちゃったから。こっちこそ、ありがとう」
それは正直な気持ちだった。
あのコンビニで動けずにいた私の手を引いて、一緒に逃げてくれた。
恐怖から、文字通り振り切ってくれた。

それ自体は本当に感謝したいと思うこと。
でも、もっと根本的なところで感じた疑問がそれとは別に芽生えていた。


なぜ彼女があの時間、あの場所にいたのか。
私の通学路というだけじゃない。今日私は放課後を図書館で過ごしてからあの道を歩いていた。
私が図書館に来たのは気まぐれで、有希と里穂ですら知らないことだ。

たまたま同じ時間に下校して、たまたま同じ道を歩いていて、たまたま私の危機を救った。
そしてそんな偶然の積み重ねみたいな場に現れたのが、他の誰でもないリコがだった……?

(ううん、違う。きっと――――)
一昨日リコが私に言った言葉がよみがえる。
『お願い…………気をつけて……帰って……どうか』
その意味を今改めて考えると、結論は一つしか思いつかなかった。


一度だけ深呼吸をして覚悟を決める。
大げさだとは思わなかった。私が今から聞こうとしていることは、今までの疑問を解消する”何か”に繋がること。

それは漠然とした予感でしかない。
もし正しかったとして、そのまま進めたら触れてはいけないものに触れてしまうことなのかもしれない。

それでも、聞くなら今だ。
リコ、と声をかけ、隣に座る彼女の方を見る。
そんな私の想いを感じ取ったのか、リコも私の方をゆっくりと見た。

その眼差しはどこかあきらめのようなものをまとっていて――――


「ねえ、リコは私が怖い目にあうって、もしかしたら知ってたんじゃないの?」
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