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リコは少しだけ意外というような顔をして、一つため息をついた。
「…………知らなかった、といえば嘘になるわね」
ポツリと、独り言のように呟く。
「この辺りで、ある事件が何度か起こってるの」
「ある事件……?」
「一言で言えば……女性への暴力事件よ。正確な件数は分からない。でも被害を受けたという人を私は何人も知ってる」
「まさか……北崎さんも!?」
彼女の言葉にすぐにピンと来た。
確かに、男子生徒に話しかけられただけにしてはあの反応は異常だった。怯えているような、という印象は正しかったのだ。
「被害といっても様々だわ。単に追いかけられただけという人もいる。…………でも北崎さんの受けたそれは、きっととても大きなものだったのだと思う」
話を続けるリコの顔に少しずつ影が差していっているのを、私は感じていた。
「結局北崎さんは学校を続けて休んでいる。このまま休学、もしかしたら退学するかもしれない」
「そんな……! 警察は何やってるの!?」
「もちろん動いたわ。でもそれはあくまで前の事件までの話。これまでの被害が微々たるものだったこと。前の事件から北崎さんが被害にあうまでかなりの時間が経っていること。……それに北崎さんも多分、そのことをまだ誰にも話していない」
些細な被害で済んでいて、その事件も長いこと起こっていなかったから捜査も止まっていた。
でも警察の知らないところで、人知れず苦しむ少女たちがいた。
誰にも話せないから、警察は知らない。
誰にも言えないから、家族も知らない。
リコはそんな少女たちの苦悩が分かるという。
ペットボトルを握りしめる手に力が入っていたのは、私も同じだった。
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