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リコが北崎と一緒に教室を出ていった後も、教室の中は奇妙な静寂に包まれていた。
皆が皆どうしていいかわからず、無言で次の授業の準備をし始める。
「そっか、リコって保健委員だっけ」
有希がポツリとつぶやく。
それに里穂も頷いてみせた。
「うん、一年の時から自分で立候補してたよねリコ」
二人の会話にふと疑問を覚える。
「あれ? 里穂と有希ってリコと仲良いの?」
「ううん、あんまり話したことないけど」
「だってリコって呼び方……」
「あー、だって一回怒られたんだよ私たち。霧子って呼んだらさ」
昨日の私と同じ、本名で呼ぶ二人に呼び方を訂正させたリコ。
どうやら誰に対してもそのようにしているらしい。
「わ、私たちも準備しようか?」
「う、うーん……」
時計を見ると、間もなく授業が始まる時間。
里穂と有希も、他の生徒と同じように自分の机に戻ろうとする。
でも私はどうしても引っかかるものがあって、未だ立ち尽くしている男子生徒の元へと向かった。
あっ、という二人の声が後ろから聞こえる。
「……北崎さんに、何かしたの?」
「し、知らねえよ!? ただ消しゴム落ちてたから渡そうとしただけで……」
「それだけ?」
「そ、それだけだって! 拾って後から肩を叩いたら急に……」
「…………そうなんだ」
ますます疑問が募っていく。
あの北崎の姿は男子生徒に肩を叩かれたから……?
あれは驚いてとかそんな状態じゃない、まるで怯えているような。
北崎は大人しい性格でも、極端に人を怖がる子じゃなかったと思っていたけど……
そしてリコがとった行動。
周りの生徒は戸惑うだけだったのに、リコはあんなにも迅速に彼女を保健室へと連れて行った。
リコは北崎がどんな状態だったのかを知っていたというのだろうか……
どうしてだろう、リコのことばかり、どんどん疑問が湧き上がっていく。
そのどれもが解消されなくて、心がざわつくのを感じる。
「……里穂、ちょっと抜ける」
いつの間にか私の身体は教室の外へと動いていた。
気になるからというレベルじゃない、私の知りたい何かが分かる、そんな予感がしたのだ。
「え? チ、チサ!? もうすぐチャイムが――――」
「適当にごまかしといて!」
廊下へと出た後、私が向かったのは他でもない保健室だった。
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ガタンという音、それに続くバサバサと何かが落ちる音。
二人に続いて、私もその音のする方へ目を向けた。
「お、おい、北崎!? どうしたんだよっ!」
そこには二人のクラスメイトがいた。
そのうちの一人の男子生徒が慌てた様子で声を掛ける。
その視線の先には、北崎と呼ばれる女子生徒がうずくまって下を向いていた。
顔を伏せたままの彼女は、見ると小刻みに震えている。
突然の大きな音とただならぬ雰囲気に、教室にいた生徒のほとんどがその様子に注目していた。
それでも誰かが何をするわけでもない。ザワザワと何かを口にするだけ。
いたたまれなくなったのか、男子生徒はもう一度、北崎に声をかけようとする。
「北崎、どうしたん――――」
「触らないで!!」
教室が静まり返る。
男子生徒を制止させたのは北崎ではなく、さっきまで窓の外をぼんやり眺めてたはずのリコだった。
男子生徒をにらみつけたまま、ツカツカと二人の元へ歩み寄っていく。
「彼女に、触らないで」
静かに、しかし強い圧を込めた物言いは、男子生徒に有無を言わさず引き下がらせる。
そのまま視線を北崎に移し、ゆっくりと彼女を抱きかかえて立ち上がった。
「北崎さんを保健室に連れていくから……先生にはそう伝えておいて」
クラスメイトにそう言い残し、二人は教室を出ていった。
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ガタンという音、それに続くバサバサと何かが落ちる音。
二人に続いて、私もその音のする方へ目を向けた。
「お、おい、北崎!? どうしたんだよっ!」
そこには二人のクラスメイトがいた。
そのうちの一人の男子生徒が慌てた様子で声を掛ける。
その視線の先には、北崎と呼ばれる女子生徒がうずくまって下を向いていた。
顔を伏せたままの彼女は、見ると小刻みに震えている。
突然の大きな音とただならぬ雰囲気に、教室にいた生徒のほとんどがその様子に注目していた。
それでも誰かが何をするわけでもない。ザワザワと何かを口にするだけ。
いたたまれなくなったのか、男子生徒はもう一度、北崎に声をかけようとする。
「北崎、どうしたん――――」
「触らないで!!」
教室が静まり返る。
男子生徒を制止させたのは北崎ではなく、さっきまで窓の外をぼんやり眺めてたはずのリコだった。
男子生徒をにらみつけたまま、ツカツカと二人の元へ歩み寄っていく。
「彼女に、触らないで」
静かに、しかし強い圧を込めた物言いは、男子生徒に有無を言わさず引き下がらせる。
そのまま視線を北崎に移し、ゆっくりと彼女を抱きかかえて立ち上がった。
「北崎さんを保健室に連れていくから……先生にはそう伝えておいて」
クラスメイトにそう言い残し、二人は教室を出ていった。
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次の日、リコは私のことなど気にも留めない様子でいた。
昨日のことなんてまるでなかったかのように、普段と変わらない日常のままだ。
窓際に座るリコは、やっぱりぼんやりと外を眺めている。
長い黒髪は相変わらず綺麗で、その顔立ちはすこしキツめだが端正と言っていい。
無表情なのが逆に絵になる風貌。怒ったり笑ったりするところは見たことがない。
……その彼女が露わにした感情。あれはなんだったのだろう。
――――私に関わらないで
忠告だと彼女は言った。
まるでキスを見られたことより、見てしまった私の方を心配するような。
それに普通は口止めしようとするものだと思うのに、そんなことは一言も言ってこなかった。
私が誰かに告げ口をすれば、困るのは彼女であるはず。
なぜだろう、本当に危ういのは私の方だと感じるのは。
「チサ、チーサ! どうしたのー?」
「うんうん、ずっとボーっとしてさ」
「……あ、ご、ごめん」
里穂と有希が心配そうに声をかけてきた。
3人で話をしていたことを忘れるくらい、私はリコのことが気になっていたらしい。
ただ、私はあの事を誰にも話す気はなかった。
言ったところで信じてもらえないからというのもある。
でもそれ以上に、あれは誰も侵してはならないと、そう思ったからだった。
リコと誰かのキス。
女性同士の、女性同士だからこそのキス。
その現場を目撃して、私が感じたのは『見てはいけないもの』だった。
それは果たして、学校だからとかキスそのものがどうとか、女性同士だからとか、そういう常識的な見方だけの話だったのだろうか。
リコの唇を思い出す。
触れてはいないけど、私の唇とは数センチだって隙間がないほど近づいていた。
ちょっとのはずみで、ほんの少しの意思で、重なり合ってたかもしれない唇。
そしてあの時、『かもしれない』ではなく、本当に『重なり合ってた』唇。
「相手は……誰なのだろう」
昨日とは違った気持ちの中で、再び芽生えた疑問を口にする。
里穂と有希はそれに気づいてはいなかった。
否、突然教室に響き渡った音に、二人は気を取られていた。
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次の日、リコは私のことなど気にも留めない様子でいた。
昨日のことなんてまるでなかったかのように、普段と変わらない日常のままだ。
窓際に座るリコは、やっぱりぼんやりと外を眺めている。
長い黒髪は相変わらず綺麗で、その顔立ちはすこしキツめだが端正と言っていい。
無表情なのが逆に絵になる風貌。怒ったり笑ったりするところは見たことがない。
……その彼女が露わにした感情。あれはなんだったのだろう。
――――私に関わらないで
忠告だと彼女は言った。
まるでキスを見られたことより、見てしまった私の方を心配するような。
それに普通は口止めしようとするものだと思うのに、そんなことは一言も言ってこなかった。
私が誰かに告げ口をすれば、困るのは彼女であるはず。
なぜだろう、本当に危ういのは私の方だと感じるのは。
「チサ、チーサ! どうしたのー?」
「うんうん、ずっとボーっとしてさ」
「……あ、ご、ごめん」
里穂と有希が心配そうに声をかけてきた。
3人で話をしていたことを忘れるくらい、私はリコのことが気になっていたらしい。
ただ、私はあの事を誰にも話す気はなかった。
言ったところで信じてもらえないからというのもある。
でもそれ以上に、あれは誰も侵してはならないと、そう思ったからだった。
リコと誰かのキス。
女性同士の、女性同士だからこそのキス。
その現場を目撃して、私が感じたのは『見てはいけないもの』だった。
それは果たして、学校だからとかキスそのものがどうとか、女性同士だからとか、そういう常識的な見方だけの話だったのだろうか。
リコの唇を思い出す。
触れてはいないけど、私の唇とは数センチだって隙間がないほど近づいていた。
ちょっとのはずみで、ほんの少しの意思で、重なり合ってたかもしれない唇。
そしてあの時、『かもしれない』ではなく、本当に『重なり合ってた』唇。
「相手は……誰なのだろう」
昨日とは違った気持ちの中で、再び芽生えた疑問を口にする。
里穂と有希はそれに気づいてはいなかった。
否、突然教室に響き渡った音に、二人は気を取られていた。
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