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「……じゃあさ」
もう沈黙だとか威圧感だとかどうでもよくなってきた。
突然声を掛けてきて、言われるままについてきたというのに。
私の言葉は聞き入れず、ただ遮るだけで。
(何がしたいっていうんだ……!)
芽生えてきた怒りに身を任せて、言いたいことを口にする。
「なんだっていうの!? 私だって見たくて見たわけじゃないってのにさあ! だいたいあんなところでキスなんかしてないでよね! しかも相手女だったでしょ!? いや別に誰としてたっていいんだけどさ? 相手は一体だれ――――」
そこまで言って、私は三度リコに話を遮られた。
それも今度は言葉でではなく、行動によって。
彼女は私の両手を壁に押さえつけ、その顔を至近距離まで近づけてきたのだ。
唇がふれ合う直前。そう、それはまるでキスをする一歩手前のような……
「……っ!?」
私とリコは背はそんなに変わらない。羨ましいことに、体形はむしろ彼女の方が細いくらいだ。
なのに振りほどけない。それほどまでに力がこもっているのか、あるいは……
「それ以上は、駄目……いい?」
吐息がかかるほどの近さのまま、リコは話を続ける。
「見たことを忘れろとは言わないわ。でも一つだけ忠告する。私に関わらないで――――それだけよ、私の言いたいことは」
そこまで言って、リコは私の手を離した。
その瞬間、私の身体は糸が切れたマリオネットのように膝から地面に崩れ落ちる。
そんな姿に目もくれず、それじゃあ、と言って彼女は立ち去ってしまった。
「な……っんなのよ!」
怒りとも戸惑いともつかない複雑な気持ちのまま、私は彼女の後姿を見る。
しばらく立つこともできず、振り絞るような声で呟くしかなかった。
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「えーと、霧子さ……」
「リコって呼んで」
名前を呼んだ私に、彼女はすぐにそう返した。
まるで私の言葉を遮ろうとするかのような威圧感に、一瞬言葉が詰まってしまう。
そんな気持ちを察したのか、鈴森霧子――――リコは慌てて言葉を付け加えた。
「みんな……そう呼んでるから」
「う、うん。ごめん……」
なぜ私が謝るのか、そんなことを考える余裕もない。
決して和やかとは言えない雰囲気。
リコがなんのために私を体育館の裏に連れてきたのか、この沈黙では分からないままだ。
いや、思い当たる節はもう一つしかない。でも私から、それを切り出すことができない。
結局彼女が再び口を開くまで、私は黙っているしかなかった。
「千紗季さんさ……」
一度深呼吸をし、決意を固めたかのようにより強く私を見据えながら、リコは聞いてきた。
「……見たんだよね?」
「…………」
何を、とは言えなかった。
ましてや、しらを切ることなんてできるわけがない。
疑問形なのにほとんど断定するような強い語気を前に、私は素直にうなずくことしかできなかった。
「あ、あのね霧――――」
「リコ」
再び遮られる私の言葉。
言い訳も謝罪も聞きたくないというのか。
それともそんなに名前で呼ばれるのが嫌なのか。
とにかく彼女から感じたのは、ただ何も受け入れたくないという壁だけだった。
なんだか怒りがわいてくる。
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「えーと、霧子さ……」
「リコって呼んで」
名前を呼んだ私に、彼女はすぐにそう返した。
まるで私の言葉を遮ろうとするかのような威圧感に、一瞬言葉が詰まってしまう。
そんな気持ちを察したのか、鈴森霧子――――リコは慌てて言葉を付け加えた。
「みんな……そう呼んでるから」
「う、うん。ごめん……」
なぜ私が謝るのか、そんなことを考える余裕もない。
決して和やかとは言えない雰囲気。
リコがなんのために私を体育館の裏に連れてきたのか、この沈黙では分からないままだ。
いや、思い当たる節はもう一つしかない。でも私から、それを切り出すことができない。
結局彼女が再び口を開くまで、私は黙っているしかなかった。
「千紗季さんさ……」
一度深呼吸をし、決意を固めたかのようにより強く私を見据えながら、リコは聞いてきた。
「……見たんだよね?」
「…………」
何を、とは言えなかった。
ましてや、しらを切ることなんてできるわけがない。
疑問形なのにほとんど断定するような強い語気を前に、私は素直にうなずくことしかできなかった。
「あ、あのね霧――――」
「リコ」
再び遮られる私の言葉。
言い訳も謝罪も聞きたくないというのか。
それともそんなに名前で呼ばれるのが嫌なのか。
とにかく彼女から感じたのは、ただ何も受け入れたくないという壁だけだった。
なんだか怒りがわいてくる。
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「!? ひあ、な、……は、はい?」
突然のことに、私の声は完全に裏返っていた。
さっきまで頭の中を駆け巡っていたクラスメイト、その張本人の鈴森霧子が私に声を掛けてきたのだ。
クラスメイトである以上会話をすることはあり得ることであるが、彼女から話しかけられることは今までなかった。
それが今このタイミングで私に用がある……思い当たる節は一つしかない。
しかし、霧子は私に声を掛けたきり黙ってしまった。
周りを見回して、気まずそうな表情を浮かべる。
「……ここじゃ駄目ね。ついてきて」
見るとまだ教室に残っていた他の生徒が、一斉に私たちの方を見ていた。
私の声は裏返っただけじゃなく、思った以上の大きさだったらしい。
「…………ごめん」
霧子の姿を追いかけながら謝るが、彼女は何も言わずに進んでいく。
黒い髪を靡かせて毅然とした様子で歩く霧子とは対照的に、私の心は不安だらけだった。
向かった先は体育館の裏だった。
人が通ることは滅多になく、物語の中ではよく秘密の会話をするのに適した場所として挙げられる。
それは私の学校も例外ではなかった。
日が沈みかけている。
補習にたっぷりと時間を使ったため、もう部活の声も聞こえず辺りに人の気配はない。
あの時と同じ、薄暗い夕暮れ時だ。
霧子は立ち止まったきり、私の顔をじっと見て黙っていた。
誘ったのは彼女の方なのに、まるで私が話すのを待っているよう。
その切れ長の目は、奥に見える深い黒の瞳は、まさしくあの時私を見ていたものだ。
恐れるでも蔑むでもない、穏やかでありながらまっすぐに突き刺すような視線から、私は逃れることができない。
先に沈黙に耐えられなくなったのは私の方だった。
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「!? ひあ、な、……は、はい?」
突然のことに、私の声は完全に裏返っていた。
さっきまで頭の中を駆け巡っていたクラスメイト、その張本人の鈴森霧子が私に声を掛けてきたのだ。
クラスメイトである以上会話をすることはあり得ることであるが、彼女から話しかけられることは今までなかった。
それが今このタイミングで私に用がある……思い当たる節は一つしかない。
しかし、霧子は私に声を掛けたきり黙ってしまった。
周りを見回して、気まずそうな表情を浮かべる。
「……ここじゃ駄目ね。ついてきて」
見るとまだ教室に残っていた他の生徒が、一斉に私たちの方を見ていた。
私の声は裏返っただけじゃなく、思った以上の大きさだったらしい。
「…………ごめん」
霧子の姿を追いかけながら謝るが、彼女は何も言わずに進んでいく。
黒い髪を靡かせて毅然とした様子で歩く霧子とは対照的に、私の心は不安だらけだった。
向かった先は体育館の裏だった。
人が通ることは滅多になく、物語の中ではよく秘密の会話をするのに適した場所として挙げられる。
それは私の学校も例外ではなかった。
日が沈みかけている。
補習にたっぷりと時間を使ったため、もう部活の声も聞こえず辺りに人の気配はない。
あの時と同じ、薄暗い夕暮れ時だ。
霧子は立ち止まったきり、私の顔をじっと見て黙っていた。
誘ったのは彼女の方なのに、まるで私が話すのを待っているよう。
その切れ長の目は、奥に見える深い黒の瞳は、まさしくあの時私を見ていたものだ。
恐れるでも蔑むでもない、穏やかでありながらまっすぐに突き刺すような視線から、私は逃れることができない。
先に沈黙に耐えられなくなったのは私の方だった。
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