前話へ
「!? ひあ、な、……は、はい?」
突然のことに、私の声は完全に裏返っていた。
さっきまで頭の中を駆け巡っていたクラスメイト、その張本人の鈴森霧子が私に声を掛けてきたのだ。
クラスメイトである以上会話をすることはあり得ることであるが、彼女から話しかけられることは今までなかった。
それが今このタイミングで私に用がある……思い当たる節は一つしかない。
しかし、霧子は私に声を掛けたきり黙ってしまった。
周りを見回して、気まずそうな表情を浮かべる。
「……ここじゃ駄目ね。ついてきて」
見るとまだ教室に残っていた他の生徒が、一斉に私たちの方を見ていた。
私の声は裏返っただけじゃなく、思った以上の大きさだったらしい。
「…………ごめん」
霧子の姿を追いかけながら謝るが、彼女は何も言わずに進んでいく。
黒い髪を靡かせて毅然とした様子で歩く霧子とは対照的に、私の心は不安だらけだった。
向かった先は体育館の裏だった。
人が通ることは滅多になく、物語の中ではよく秘密の会話をするのに適した場所として挙げられる。
それは私の学校も例外ではなかった。
日が沈みかけている。
補習にたっぷりと時間を使ったため、もう部活の声も聞こえず辺りに人の気配はない。
あの時と同じ、薄暗い夕暮れ時だ。
霧子は立ち止まったきり、私の顔をじっと見て黙っていた。
誘ったのは彼女の方なのに、まるで私が話すのを待っているよう。
その切れ長の目は、奥に見える深い黒の瞳は、まさしくあの時私を見ていたものだ。
恐れるでも蔑むでもない、穏やかでありながらまっすぐに突き刺すような視線から、私は逃れることができない。
先に沈黙に耐えられなくなったのは私の方だった。
次話へ