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「えーと、霧子さ……」
「リコって呼んで」
名前を呼んだ私に、彼女はすぐにそう返した。
まるで私の言葉を遮ろうとするかのような威圧感に、一瞬言葉が詰まってしまう。
そんな気持ちを察したのか、鈴森霧子――――リコは慌てて言葉を付け加えた。
「みんな……そう呼んでるから」
「う、うん。ごめん……」
なぜ私が謝るのか、そんなことを考える余裕もない。
決して和やかとは言えない雰囲気。
リコがなんのために私を体育館の裏に連れてきたのか、この沈黙では分からないままだ。
いや、思い当たる節はもう一つしかない。でも私から、それを切り出すことができない。
結局彼女が再び口を開くまで、私は黙っているしかなかった。
「千紗季さんさ……」
一度深呼吸をし、決意を固めたかのようにより強く私を見据えながら、リコは聞いてきた。
「……見たんだよね?」
「…………」
何を、とは言えなかった。
ましてや、しらを切ることなんてできるわけがない。
疑問形なのにほとんど断定するような強い語気を前に、私は素直にうなずくことしかできなかった。
「あ、あのね霧――――」
「リコ」
再び遮られる私の言葉。
言い訳も謝罪も聞きたくないというのか。
それともそんなに名前で呼ばれるのが嫌なのか。
とにかく彼女から感じたのは、ただ何も受け入れたくないという壁だけだった。
なんだか怒りがわいてくる。
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