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次の日、リコは私のことなど気にも留めない様子でいた。
昨日のことなんてまるでなかったかのように、普段と変わらない日常のままだ。
窓際に座るリコは、やっぱりぼんやりと外を眺めている。
長い黒髪は相変わらず綺麗で、その顔立ちはすこしキツめだが端正と言っていい。
無表情なのが逆に絵になる風貌。怒ったり笑ったりするところは見たことがない。
……その彼女が露わにした感情。あれはなんだったのだろう。
――――私に関わらないで
忠告だと彼女は言った。
まるでキスを見られたことより、見てしまった私の方を心配するような。
それに普通は口止めしようとするものだと思うのに、そんなことは一言も言ってこなかった。
私が誰かに告げ口をすれば、困るのは彼女であるはず。
なぜだろう、本当に危ういのは私の方だと感じるのは。
「チサ、チーサ! どうしたのー?」
「うんうん、ずっとボーっとしてさ」
「……あ、ご、ごめん」
里穂と有希が心配そうに声をかけてきた。
3人で話をしていたことを忘れるくらい、私はリコのことが気になっていたらしい。
ただ、私はあの事を誰にも話す気はなかった。
言ったところで信じてもらえないからというのもある。
でもそれ以上に、あれは誰も侵してはならないと、そう思ったからだった。
リコと誰かのキス。
女性同士の、女性同士だからこそのキス。
その現場を目撃して、私が感じたのは『見てはいけないもの』だった。
それは果たして、学校だからとかキスそのものがどうとか、女性同士だからとか、そういう常識的な見方だけの話だったのだろうか。
リコの唇を思い出す。
触れてはいないけど、私の唇とは数センチだって隙間がないほど近づいていた。
ちょっとのはずみで、ほんの少しの意思で、重なり合ってたかもしれない唇。
そしてあの時、『かもしれない』ではなく、本当に『重なり合ってた』唇。
「相手は……誰なのだろう」
昨日とは違った気持ちの中で、再び芽生えた疑問を口にする。
里穂と有希はそれに気づいてはいなかった。
否、突然教室に響き渡った音に、二人は気を取られていた。
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