傷は抱えたままでいい 12 | あの空へ、いつかあなたと

あの空へ、いつかあなたと

主に百合小説を執筆していきます。
緩やかな時間の流れる、カフェのような雰囲気を目指します。

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保健室は私の教室とはさほど離れていないので、すぐにたどり着いた。

あの時以来、あまり近づきたくなかった保健室。
ある意味では私とリコが初めて出会ったともいえる場所。
そこに直接入らず、閉まっているドアに耳を当てることにした。

それは不自然な行動で不審以外の何物でもない。
でもそうしなければ、きっと私の知りたいことにはたどり着けない。
鼓動が早く脈打つのを感じながら、できるだけ音を立てないように中の物音に集中した。


『後は少し眠れば、北崎さんは大丈夫よ』
『そう……』
『ありがとう。あの子を連れてきてくれて』
『…………』

聞こえた声は二人。
一人はリコのものだろう。そしてもう一人は聞きなれない声だが、少し大人びた口調に感じる。

『ねえ、ルイ。貴女には……私だけだよね?』
『……もちろんよ』
『そう……だよね』

霧子の声がどこかしおらしい。
普段の、そして昨日の彼女とは違う、まるですがるような口調。

『ルイ、私……』
『そんな顔しないで、……こっちに来て、霧子』
『…………ずるいよ、ルイ』


「…………き、りこ」
霧子、と呼んだ。彼女がルイと呼ぶもう一人の誰かが。
なのにリコは呼び方を訂正しない。私たちにしたように。

昨日、私にしたように。

――リコって呼んで
――みんな……そう呼んでるから

すぐにピンと来た。
今リコと話している、ルイと呼ばれる人があの時彼女とキスをしていた人物だと。
本名で呼ばれたくなかったのは、きっと特別な人にしかそれを許したくないから。


保健室、大人びた声、ルイ。
リコが、愛する人物。ルイ。


扉の向こうから聞こえるリコの涙声。

なんて、…………
…………………

胸の奥で何かが叫んでいる。

ここにいてはいけない、心の敏感なところが露わになる。
戻らなくては……苦しくなる前に、痛くなる前に。


「早川!! なにやってんだこんなところで!」

運がよかったのは、明らかに奇行でしかない盗み聞きの場面を見られなかったこと。
そしてそれ以上に運が悪かったのは、担任にはっきりと大きな声で、私の苗字を呼ばれてしまったことだった。
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